伯爵令嬢、弟子を取る
薬草園ができて初めての朝、朝食を取った後はいよいよ念願の初出勤だ。ちなみにアーニャはお休み。3人で交代に休んで、常に2人いる体制なんだって。
「お嬢様、嬉しそうですね」
「だって、あれだけの薬草に設備よ!研究も再開できるし、フィスト様にはすぐにでもお礼に成果を見せないと。一先ずは『魔力病』治療薬なんだけど手順と使う薬草が多くてどうしようか悩んでるの」
「それでは、研究員の方に手伝ってもらえればよいのではないですか?」
「…そうね。私が1人でやるより早くできるだろうし、液体だから万が一にも成分が変質しても困るしね」
「そちらは国の方で治験及び専用の収容施設を作ると発表があるそうですわ」
「よっと、私用の研究室はここかな。そうなの?材料さえそろえばどこでもできると思うんだけど…」
「まだまだ、他国では実現不可能な薬なのですから、流出を避けねばならないのでしょう」
「何とかならないかな。それだと、平民の人はいつまで経っても手に入れられない」
私は昨日3人がまとめてくれた資料を部屋に置いていきながらため息をつく。あの薬は確かに高価な薬草も少し使うけれど、平民でも入手ができないほどでもない。この機会に一気に無くしてしまいたいのに…。
「一応、国にも考えがあるようです。専用の施設というのが治すために集めるのではなく、外部に薬の成分が漏れないために作るそうです。なので、収容対象は貴族だけでなくこの国の平民にもきちんと権利があるそうです」
「それならよかった。お父様が言ってたのよね『完成したら一気にうちは金持ちだ!』って。高くなるんだとは思っていたから。前に、魔力回復薬の改良版を作った時も一気に服が豪華になってたし」
「あれは…なんというか…」
リーナはあの時の元主人の服を思い出す。金キラな下地にダイアにオパールなど、あまりに下品で着飾った姿に流石に注意され、2度と着ることの叶わない服だった。そういえば、お付きのメイドたちがしきりに重いとこぼしていたわね。
「それでお嬢様。今日は何を?」
「そうだな~。まだ研究員の人もいないし、ジェシカに薬草について教えようかな?」
「良いのでしょうか?アーニャ様がいませんけど」
「アーニャはたま~にうちでも研究所でも手伝ってくれてたから、初歩の知識はあるんだよ」
「まあ、彼女も学園のメイド科出身ですし、それなりには知識があるはずですわ」
「それではお願いできますか?」
「じゃあ、まずは効能についてね。普通はそんなに1種類につき効果は多くないからいいんだけど、混ぜたり同時に使うと~……」
「…ってことで絶対、組み合わせとかラベルミスはないようにね!これができないと部屋には入れられません」
「なるほど、効き目が強い薬草などの量を間違えると大変ですよね」
「そうそう、それに高めるのも危ないね。元々多めの処方だったらさらに効果が強くなって体がびっくりするから。それじゃあ、実際に作っていこう」
「はい。ですがどのように?」
「まずは作るものを決めます。今回は初級のポーションだね。だから、こっちの本からポーションの材料を調べて、さらにその薬草の特徴をこの写してくれた本で調べます。調べたら実際に薬草園に採りに行くの」
「分かりました。材料は4つですね。水は既にありますから薬草を3種類採ってきましょう」
「お嬢様これでしょうか?」
「そうそう、ぶちっと採っていいよ。また生えてくるし勢いよく採っても大丈夫だから」
「はい」
「そっちはどう?リーナ」
「言われたものはこのぐらいたまりましたけれど…」
「それだけあったら十分かな?それじゃあ戻ろう!」
「じゃあ、戻ってきたところで作業開始だね。まず、薬草はすでに洗い終わってるのでそれぞれこれでつぶしてください」
「薬草ごとにですか?」
「良い質問ですジェシカさん。ポーション作りだけなら混ぜてもいいんですが、それぞれこの時点で価格が違うので別に取っておくんです。すると、別の研究や薬を作る時に無駄になりません」
「は、はぁ。でも、薬草はいっぱいありますよね?」
なんだかお嬢様の視線が少しすわりかけたような…。
「すぐ生えてきてくれるものもあれば、季節に1度しか取れないものもあります。あと研究者の研究の中で材料が被るものが出た場合に、特定の薬草だけ大量に消費するなどもあるのでそういうのも考えるんです。特にある工程でのみ失敗が続く場合には同じ材料のみが消費されるのが一番困るんですよね…」
「ジェシカ。ああなったらお嬢様は少し帰ってきませんから、続きを致しましょう。研究所の予算も少なく苦労していた反動なのですわ」
未だ1点を注視してぶつぶつ言いながらも腕だけは動いている。何とも不思議な光景だ。
「あ、あれ作業終わってます?じゃあ次ですね。といっても水分を飛ばして粉末にしたいので魔道具の出番なんですが…」
「お嬢様は魔力が低いから使えないのでしたわね」
「前は所員さんやアーニャにお願いしてたから」
「私がやりましょうか?」
「ジェシカ出来るの?」
「はい、さすがに魔法で身を立てるほどではありませんが、多少ならできますよ」
「そうなんだ。じゃあ、お願いね。これを発動させたら簡単に出来上がるから」
「じゃあ、やりますね…」
無事に魔道具は起動して、液体だった薬草が粉末になる。
「後はこれを本の通りに入れて水を入れてカシャカシャすれば完成だよ」
「ふむふむ、このスプーンですくってからこの棒で平たくして入れる。こっちは2杯、こっちは1杯…終わりました」
「見てたけど、ジェシカって几帳面なんだね。きっと、色々作れるようになれるよ。それじゃあ、お水入れてね」
ジェシカがお水を入れてかき混ぜる。最初の色から少しずつ色が変わってきて、鮮やかな緑色になった。
「うんうん、あとは専用の瓶に入れて完成だね」
「出来はどうでしょうか?」
「ごめん。私この瓶に入ってないと分からないんだよね」
「それではすぐに入れますね」
瓶に入ったポーションに栓をしてふりふりと出来を確かめる。うん、店売りよりもきれいだね。魔力回復薬と違ってポーションはほとんど作っていないから、同じ容器の色味とかで見ないと分からないんだよね。入れ物が違うと見え方変わっちゃうし。
「お店のよりもちょっと上質だね。これからもがんばろうね」
「本当ですか?ついていきます!」
残った分についてはこれからも使えるので、きちんと保管用の瓶に入れていく。その前にきちんとラベルを貼る。
「これで今日作った材料は3つだね」
「これがどんどん増えていくのかと思うと私は少し不安ですわ」
「リーナは心配性だね。こうやって、自分が使ってきた材料が増えていくのが良いんだよ。この棚にないものがまだあって、今あるのと組み合わせればどうなるのか考えるのが楽しいのに…」
「睡眠時間を守っていただけるのでしたら、何も言わないのですけれど。まあ、侯爵家にいるうちはそんなことはさせませんわ」
「リーナが厳しくなった気がする」
「当然です。個人で爵位を持たれたのですし、侯爵様の邸に住まうものとしてきちんとマナーも身につけていただきませんと」
「はぁ~い」
フィスト様に迷惑もかけられないし、頑張ろう。その後も、ジェシカに調合の注意点や効率のいいやり方なんかも教えて初日の出勤を終えた。なお、その日が7日ある週の4日目だったので今日が今週の最終出勤日と押し切られ、残りの2日はマナーの特訓、最後の1日はお休みとなった。
「ううっ、今日も疲れた~。ようやく明日はお休みだ~」
「お嬢様。その体たらくではまたリーナ様に怒られます」
「でも、2日連続でマナーなんてこれまでなかったし…」
「ありませんでしたわ」
「…ありませんでしたわ」
「少なくとも、邸を出たらある程度は必要です。頑張ってください」
「アーニャはマスターしてるの?」
「あら、カノンドーラ=ライビル子爵様。これでも私は学園のメイド科を首席卒業ですのよ。これぐらい造作もありませんわ」
「…なんだか気持ち悪い」
「お嬢様が私を普段どのように見ているか少しお話しますか?」
「いいえ、寝ますわ」
「お休みなさいませ」
割と私側だと思っていたアーニャに裏切られた思いで私は床に着いた。もう少し頑張ろうと思いながら。
翌日、久し振りの休日は特に何もなくゆったりと過ごした。慣れないマナーの講座を受けたせいかもしれない。薬学関係の本も読まずにリラックスして、午後はお茶を楽しんだりした。国が違うのか家格の差か珍しいクッキーも出てとってもおいしかったな。そんな夕食の折に、フィスト様からお話があった。
「ああ、カノン。明日は研究所の所員が来ることになっているから、そのつもりで頼む」
「そうなんですね。分かりました。フィスト様は?」
「打ち合わせの関係でどうしようかと思ったのだが…」
「では、ぜひお願いします!私も初めての人の前は緊張するので心強いです」
「そうか!ならそのようにさせてもらう」
フィスト様はこの頃、朝だけは一緒になるものの、昼は当然ながら夜も別々になることが多い。ちょっと寂しいからここぞとばかりにお願いしてみた。それに、本当に緊張するので一緒にあいさつしてくれると嬉しい。だけど部屋に戻るとその決心が揺らぐ事を伝えられた。
「お嬢様、明日はドレスですので」
「えっ!明日はドレスなの?」
「当り前です。お嬢様は研究所の所長の前に子爵です。いわば彼らは領民にも等しいのだからきちんとした格好でないと」
「だけど、その後は研究者として活動するわよね?」
「それが何か?挨拶の時と作業中の格好が同じなどあり得ませんよ」
「でもほら、ドレスなんて持ってきてないわよ?」
「ここがどこかお忘れですか?侯爵家の方で既に手配済みです。子爵の話を頂いてから10日ほど。万事話はついておりますので」
アーニャは続きを言わなかったが、逃げるなと目が語っていた。通りで今日はメイドたちが張り切っていたと思ったわ。そして翌日―――。




