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戻す場所

 小川で遊ぶ子供たちの近くまで行くと、バケツに入っているザリガニに目が行った。そうだ、ここはザリガニがいて、涼花には上手く捕まえられなかった覚えがある。そして少し上流ではカニを捕まえるはずだが……


「わぁ、ザリガニ捕まえたんだ!すごいね~ハサミ怖くないの~?」


 バケツを覗き込んでまずそう声をかけた。いきなり知らない人が「さっさとお狐様参りをしてきなさい!」なんて言うのも変だろうと思い、話のとっかかりを作ったのだ。


「へへっ、すごいでしょ。お姉ちゃんもやる?」


「うん、やりたいやりたい。ザリガニなんか捕まえたことないんだよね。面白そう……あっ、でももう夕方だし、先にお狐様参りをしてこないと怒られちゃう。みんなは?もうお詣りしたの?」


「あ、そうだ。僕たちもお狐様参りしてこないと父さんたちに怒られる」


「じゃあ一緒にいこっか」


 そう言うと、子どもたちは涼花を見て、自分のイトコたちに目をやり、何かを伝え合ったかのように涼花に近寄ってきた。よし、上手くいった。


 涼花はお先にどうぞというように子供たちを先に行くように促し、子どもたちは涼花の横を通り過ぎていき、小さい涼花も通り過ぎようとした。その瞬間、石に躓いた小さな涼花が転びそうになった。


「危ないっ」


 咄嗟に手を出した瞬間、小さい涼花が自分の手をすり抜けた感覚があった。えっ?あっ、転んじゃう……と思ったが、手を出した涼花とほぼ同時に、小さい涼花のすぐ後ろにいたイトコの聡太がその身体を支えた。


「お姉ちゃん、手を出すの遅いよ」


「ごめんごめん、危なかったね。でも転ばなくてよかった。聡ちゃんありがとう」


 その涼花の言葉に、聡太はニッコリとしたかと思ったら首を傾げた。


「僕、名前教えたっけ?」


 焦った。そうだ、名前なんか聞いていない。


「知ってるよ。村の子たちの名前くらいちゃんとわかってるよ」


「そっか」


 聡太はそれ以上深く追究してこず、涼花はホッと胸を撫で下ろした。


 それにしてもだ。小さな涼花は涼花の手を通り過ぎてしまった。これは間違いない。なぜそんなことが……いや、今はそれよりお狐様参りだ。涼花は前を行く子どもたちの後ろを追うように、子どもたちがちゃんとお参りをするのを見届けるかのようにくっついて、神社の鳥居をくぐろうとした。すると、大きな力で手を引かれた。


「ダメだよ。ついてっちゃダメ。というか、ぼく以外とこの鳥居はくぐっちゃダメなんだ。あの子たちはもう大丈夫さ。ほら」


 男の子が指さす方に目をやると、確かに5人の子供たちは鳥居をくぐり、参道を進んで行くところだった。


「よかった。あの日、お詣りできなかったことがずっと心の中に引っかかってたんだよね。お詣りできなかったことというか、それが原因でばちが当たってたから」


「だから、それはばちなんかじゃないんだって。よくないことが起きるとなんでもそれに結びつけるのは、むしろ信心深い人なんだよね。それより、もう帰らなきゃ。あんまりこっちにいると……」


「こっちにいると、なによ?なんか隠してる?っていうか、さっき小さい私が私の手をすり抜けたような気がするんだけど」


「気がするんじゃなくて、すり抜けたんだよ。でもすり抜けたのは小さい方だけじゃなくて、あんたもだよ」


「えっ?私も?……もって、なに?どういうこと?」


「ここはあんたがいていい場所じゃないってこと。さあ、手を握って。今度は右の手で」


 なによ……ちゃんと説明を……そう思いつつ、もう涼花には漠然とだが自分に起きていることがわかっていた。男の子の言う通り、この手をつないだ方がいい。


 涼花が男の子の手を掴むと、「目を閉じて」の言葉で目を閉じ、一緒に鳥居をくぐった。


「もういいよ。次は本殿に行こう」


 男の子の言葉で目を開けると、先程までそこにいた小さい涼花たちの姿が消えていた。ああ、戻ってきたんだな。理解できないことだらけの中で、そこに戻ったことだけはわかった。が、よく考えたらここは自分が戻っているべき場所でもないことにも気付いた。


 男の子の手を掴んだまま、涼花は参道を歩いた。その言葉通り、トボトボとだ。この子の言うとおりにすれば間違いないのだろう。戻るべき場所へ……


 

「涼ちゃん……涼ちゃん…」


 誰かの呼ぶ声で目が覚めた。


「あれ?ここは……どこ?」


 何かのドラマのセリフかと思うような言葉がまさか自分の口から出るとは。そんなことを一瞬思った気もするが、気もするが……気も、する……


「いたーい」


 目覚めた涼花は、痛みに気付いた途端に大きな声で泣きだした。


「怖かったね、痛いね、すぐ医者せんせいが診てくれるからね」


「いたい……おかーさん、おかーさん…」


「お母さんにも電話したからね、すぐにきてくれるから」



『こらっ!狐!なんてことするんだ』


『だって大神オオカミ様、あの子は逝く前に夏越しの祓いに来たんじゃないか。普通はそんなことないだろ。大神オオカミ様のところにお詣りに行かなきゃって、消えそうな意識の中でそれだけを念じてたんだ。だからぼくにも会えたんじゃないか。あの子はぼくのところに来たいって、そう望み続けてたから……』


『だからって、木から落ちてきた子がぶつかった、あそこじゃないだろう。戻す場所を間違えとる』


『あそこでいいんだ。時々人を迷わす道を作ることはあるけど、でもぼくは誰にもばちなんか与えない。それに、ぼくが迷わせたからかもしれないけど、あの子のお母さんもいつもちゃんと祈りの宝をくれたんだ。だからあそこでいいんだ。あそこからなら、あの子の今日は違う日になるはずだから』



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