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罰(ばち)

 5人で聡太たちの家に帰り着くと、大人たちは既に夜の宴会も始めていて、涼花たちは手を洗うと昼間と同じ席にそれぞれついて、用意された昼の残りのおかずと新しいおかず、新たな寿司桶を前に、いでもらった冷たいお茶で喉を潤した。


「あんたたち、ちゃんとお参りしてきたの?」


「あ……」


「あ、じゃないわよ。何しに神社に行ったのよ。しょうがないわね。明日お参りしなさいよ」


 聡太と勇太の母親は、2人にそう言うと、何か意味ありげな顔で2人の父親に目配せをしていた。その視線がなんだか気になって、涼花はいまだに思い出せるほどだ。


 20時を過ぎると、「明日も仕事だから」「子供たちが遅くなるから」などと口々に言い始め、帰り支度を始めた。


「さあ、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんにありがとうとさよならして」


 いつものパターンで祖父にバイバイすると、既にいい気分で酔っている祖父は、半分寝ながら手をあげるだけだ。祖母はいつも玄関を出て、車が走り出しても手を振っている。聡太も勇太も一緒にだ。


 涼花が車に乗り込み、母親の温子がドアを閉め、祖母と向き合った時、微かに話す声が聞こえた。


「お母さん、ちゃんとお参りしてなくて大丈夫かな?」


「ごめんよ、聡太がいたから安心しきってたさ。明日涼ちゃんの分も、ちゃんとお参りしとくでな。大丈夫さ。温子の運転だろ?なら大丈夫だ。帰り、気をつけてな」


 小さいながらも、このやり取りで、何かしら不安を感じたことを、今でも覚えている。大丈夫という言葉は、繰り返されればされるほど、そこは大丈夫じゃないような気がした。


 くねくねとした山道を走り、家に帰りついたとき、車で眠った涼花は父親の腕に抱えられ玄関を入ると、すぐ後から家に入ってきた母親が、「よかった。今夜は1回だけだったわ」と言った。何が1回なのだろうとぼんやりとした頭で思った。


 翌日、幼稚園で起こったことは、高校生になった今でも鮮明に覚えている。


 涼花が通っていた幼稚園の園庭には、大きな木が1本あり、その横に2つのブランコがあった。そのブランコは園児たちに人気があり、いつも順番を待つ列ができていた。


 隣の家に住む同い年のひー君は、涼花の前の順番で、「僕の番、とっといて」と言って靴に番の代わりをさせ、横の木に裸足で登り始めた。今思えば、大きな木とは言っても、子どもの目から見たら大きなもので、大人からしたらそれほど大きな木でもなかったのかもしれない。


 その木には、まるで足をここにかけてくださいとでも言うように、ぼこぼこした小さなでっぱりがいくつもあって、そこに足をかけ登る子も多かったのだ。


 ブランコの横で待っているときも、ひー君の上には、その前に登っている子がいた。


 そうしている間にも順番が進み、涼花はそのたびにひー君の靴を持ち上げ前に進めた。


「ひー君、つぎー!」


首を持ち上げてひー君を呼ぶと、「涼ちゃん、どいて!」と言い、ジャンプして木から飛び降りた。


「こらー!ひー君、飛んだらダメって言ったでしょ!!」


 ひー君、怒られた。


 ひー君は、やんちゃな子でよく先生から怒られていて、いつも先生の目を引いているのに、怒られることなんて屁でもないというように笑っていた。その強いところを涼花はいつも羨ましく見ていたものだ。自分なら、怒られるようなことなど絶対にできない。


 ひー君がブランコに乗り、涼花は次の番でそこにいた。ちょうど木の前辺りだ。


 ひー君は、最初はゆらゆらで、それが大きくなりはじめ、そしてすごい勢いでブランコを漕ぎ出し、あ、またやるなと思うと同時に勢いをつけてジャンプした。


「こらっ!」


 先生の怒る声がするとほぼ同時に、涼花に大きな衝撃がきた。


「あぁぁ~っ、涼ちゃん!!」


 その大きな声で、自分が痛いことに気が付いた。目の前に地面があり、転んでいることがわかった。一瞬感じた身体の重みはすぐに消えた。自分の身体の上に誰かが降ってきたその誰かを、先生が抱え上げたのだ。それはひー君ではないことも涼花はわかっていた。ブランコから飛んで、涼花の上に降ってくることなど角度的にないことを小さいながらもわかっていたのだ。


 その騒ぎで園庭にいた他の先生もやってきて、先に抱き起された誰かを受け取り、怒っていた先生が涼花をそうっと抱き起した。その頃には痛みで涙が流れ出していた。


井能いの先生呼んできて!」


 大きな声でそう言うと、「動かないよ、ここで待とうね」と言われた。


「痛い、痛い」と泣く涼花に、「涼ちゃん痛かったね。大丈夫だよ、大丈夫だからね」と先生がいい、ああ、また大丈夫大丈夫って言われた。私は大丈夫じゃないんだ。そう思った。


 井能先生は内科医で、幼稚園のすぐ裏に医院があり、涼花も何かあるたびにそこに行っていた。内科医という町医者の井能先生は、大抵の病気やケガも診ていた。その井能先生がすぐに園庭に現れ涼花を診てくれた。


「涼ちゃん、これは痛かったね。うん、大丈夫だ。折れていないし頭も強く打った感じはないよ。ちょっと保健室で休んでいればいいね」


 そう言って、井能先生に抱き上げられ、保険室に連れていかれた。


「大丈夫だと思うけど、万が一吐いたり高い熱が出たりしたら総合病院に行くように、家の人に言っておいてください。まあ、大丈夫ですけどね」


 静かなその場所では、小さな話し声が涼花の耳にもちゃんと届いた。井能先生も大丈夫だって言う。だから涼花はそれがとても不安だった。


 あの時、自分の上に落ちてきたのは誰だっただろう。ひー君ではなかったことだけは確かだ。


 迎えに来た母に連れられて家に着くと、園服からパジャマに着替えさせられてベットに寝かされた。いつもと違うその行動は、涼花を不安にさせたが、それ以上に母親を不安にさせたらいけない気がして、大人しく目を瞑った。


 玄関から物音がして目が覚めると、既に薄暗くなっていて、パジャマでベットにいた涼花は、朝だと思い、階段を下りて行った。


「やっぱりばちが当たったんだわ。ちゃんと拝んでないから」


「よさないか。そんなこと関係あるわけないだろう。言い伝えをいちいち関連付けて考えるなんて、どうかしてるぞ。あんなケガ、子どもだったらしょっちゅうあるじゃないか、気にするな」


「あ、涼ちゃん目が覚めた?ご飯にしようね」


「うん……おはよう」


「涼花、朝じゃなくて夜だぞ。今日は疲れて昼寝いっぱいしたなぁ。ご飯食べたら一緒に風呂に入ろうな」


 父の優し気な声は、今も耳の奥底に残り続けている。


 きっと、いつものただの一日にすぎないはずだったその日は、そのあとの電話で、涼花の記憶に強く印象付けられる一日となったのだった。


「ええっ、嘘でしょ……菜緒が?大丈夫なの?うちも今日、涼花が怪我をしたのよ。大怪我じゃなかったからよかったけど、菜緒もとなると……やっぱり、ばちかしら。私たちは村を出てるから大丈夫だと思い込んでいたわ。気をつけなきゃ。行ったのにちゃんと拝んでこなかったのがよくなかった……私も大丈夫だと思い込んでたから油断したわ。帰りも一回だったから」


 つい声が大きくなった母の声に、風呂上りに涼花をすごい勢いで拭いたと思ったら、「待ってろ」と言って、母のいるリビングへ向かった。待ってろと言われても、何か不穏さを感じた涼花は、リビングに向かったのだった。


「菜緒も今日、怪我したって……二人揃って、しかも昨日の今日で……こんなことってある?やっぱりばちが……」


「おいっ、よせ。涼花、ごめんよ、まだ髪が濡れてたな。行こう」


 その父の声に反応する前に見た母の目は、確かに恐怖を湛えていた。


 何かよくないことが起きた。それは涼花と菜緒にばちとなって現れた。そのことが強く印象に残り、そのばちは、前日、ちゃんと御狐様を拝まなかったからだと、涼花の心に強く植え付けられたのだった。

 


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