星が躍る花園で君に花束を贈る:招待状
イスクート邸に届けられた花束と手紙はアルベールに様々な思いを抱かせた。あの日、あの夜の交流は一夜限りの令嬢の気まぐれではなかったのだ。風のようにふわりふわりとやってきては突風のごとくあたりを散らかしていく様は、本当に風の妖精ではないだろうかとありえない妄想が頭をよぎる。
なぜ自分なのか、どこが気に入られたのか。風の妖精は自由だと聞くからきっとこれも気まぐれだろうと思うことにしてもあのグラディウス辺境伯が許すはずもない。なぜなら、彼女こそがグラディウス領唯一の継承者なのだから。
グラディウス領はルミーニア王国東部の国境沿いに位置する交易と軍事を主とした領地になる。ルミーニア王国はノルドラド大陸中央に位置し、東部にはアルデキリル帝国・聖ウェーナ教国・ギュスターヴ王国が、北部から西部にかけて大陸最大国家であるヨダギソンサ帝国が、南部には海が広がりヘーガーツェ諸国群が隣接している。ヨダギソンサ帝国はノルドラド大陸最大の国家であり、ルミーニア王国とは接する面も多いことから不可侵条約を結んでおり、貿易のみとなっているのに対してほかの4国については同盟を結んでいるもののいつ破綻になるかわからない状態である。特にアルデキリル帝国はここ最近まで領土拡大を目的とした戦争を広げており、ヨダギソンサ帝国にも戦いを挑み破れている。その2国に挟まれているルミーニア王国はまさに板挟みといった状態であった。また、アルデキリル帝国の戦火はギュスターヴ王国を触発しており、ルミーニア王国は巻き込まれなかったものの国の東部では緊張状態が続いていた。
グラディウス領は国内で唯一のアルデキリル帝国、聖ウェーナ教国、ギュスターヴ王国の3国と面した領地であり、貿易だけでなく国防の役割を果たしている。南方には港と海軍を主としたアデリンナ領、北方にはアルデキリル帝国とヨダギソンサ帝国と隣接するライニカ領がある。この3つの領がルミーニア王国最大の防衛地点となっておりそれぞれに領地所属の軍がある。それぞれの領は互いに連絡を取り合い、常に国境を警備していた。そんな3領があるからこそいまだルミーニア王国は平和であり、国王や貴族からの信頼も厚い。
グラディウス辺境伯の長女である彼女は一人娘であり、グラディウス辺境伯の地位を継ぐことになっている。この3つの領は後継者について各領主と国王、そしてそれぞれの領所属の将軍たちの承認を得られなければならない。ライニカ領は長男がアデリンナ領は三男が継ぐ予定だ。そこらの貴族よりも後継者相続が難しい彼女は結婚していてもおかしくはない年齢だったが未だに浮ついた噂などない。過去、アデリンナ領主の結婚した相手が無断で軍の資金を使用したり、軍内部の人事まで口を出し、あげく、ヘーガーツェ諸国群の一国と戦争となった時に軍命令として自分のみを守り真っ先に逃げ出したという事実がある。もちろん逃げ出した本人はその後国王軍に捉えられ死刑となった。過去の出来事により彼女たち3領の領主候補は結婚も慎重にならざるを得ない。また、結婚に至っては本人の同意はもちろんのこと、ほかの2領の領主と国王からの承認も必要になっている。現にライニカ領の長男は幼馴染の庶民の女性と結婚している。同じ時を過ごしてきた経験から軍事についてはある程度理解があり自身も剣術ができるほど。また、領地経営に関してはほぼ彼女が行っており彼が留守にしていても問題ないという。ちなみにこの結婚に関して、現領主夫人が彼女のことを気に入っており、幼い時から密かに教育を行っていたという噂がある。いずれにしても現領主の奥方たちを見れば、商人の娘だったり剣術に長けていたりしている中で、なぜ音楽しかできないアルベールが選ばれたのだろうと疑問に思った。
白ユリの花束は甘い香りがしてまるでこの前の夜会を思い出させるようだった。薄い紫色に金淵の封筒。整った文字で綴られている便箋。しなやかではあるものの固さを纏いしっかりとした文字はとても彼女の瞳に似ていた。
あの夏の熱帯夜のような熱に浮かされた夜会に涼やかに駆け抜けていった風は、秋を呼び込み木々を彩らせた。季節外れのユリは、夜会のような華やかさと儚さをアルベールに静かに語りかけているようだった。
「返事を書かなければ…」
風がアルベールの背中を押したように吹き抜けていく。早く返事をよこせという催促だろうか。そうであればなんとせっかちな風だろう。
彼女に似合う便箋を探していれば、大嵐が部屋に舞い込んできた。
「兄さん!」
勢いよく開け放たれた扉は大きな音を奏で、嵐の凄まじさを物語る。嵐たる現況はアルベールと同じ色の銀髪を振り回しながら詰め寄る。どうやらお怒りのようだ。
「…どうした?そんなに怒って」
「怒ってません!!」
語尾を強めながら豪快な足音を立てて近寄る様はヤマアラシが威嚇しているようで実に可愛らしい。彼の名はローレンス。アルベールの弟だ。
「髪を振り乱して…。いったいどうしたの?」
ローレンスの髪を直しながら問いかける。されるがままにされているローレンスは少し落ち着いたのか直に話し始めた。
「…手紙が来たでしょう。あのグラディウスから!」
「来たけど…?」
「それが問題なんです!あの!グラディウスから!しかもそのご息女から!手紙がきたことが問題なんです!いったいどうしたんですか!?」
「どうもこうも…。この前、夏の日に王家の夜会にいっただろう?そこで一曲せがまれてしまって…。どうやら僕の曲が気に入ったらしくって今度お茶会を開くからどうだろうか?とお誘いをいただいたんだ」
アルベールが淡々と手紙を見せながら話すと、ほのかに赤かった顔色がさっと青ざめる。人の顔とはこんなにも色移りするんだなと感心してみているアルベールをよそにローレンスはふらふらとアルベールから離れる。
「…なんてことだ…お父様に…お父様に相談しなきゃ…」
そう呟きながらローレンスはアルベールの部屋を後にした。残されたアルベールは少し不安になりながらも便箋探しを再開した。