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愛しい君へ  作者:
2/3

星が躍る花園で君に花束を贈る 2:夜会

夏の香りに誘われて虫たちは雅な曲を奏でる。


花弁の如く闇に降り落ちた欠けた月は無数の星を伴って闇夜を飾った。


艶やかな花々は漆黒に染まり、煌々と照らす光は夏の火のように僕たちを誘なう。


丁寧に装飾された白白とした装飾品。所々に金が散りばめられ豪華さを演出する。花々が舞い踊るように様々なドレスが閃めく。


心地の良い音楽と喧騒の中、白い舞台は蝋燭の炎に照らされて影を成す。


影は音もなく舞台を降り闇夜に溶け出す。夏の香りが強く残る庭は影が闇夜に溶けること拒絶するようにむせ返るほどの現実を突きつける。所詮は影。夜にはなれない。月が抱く夜は無数の星に彩られ影とは違うのだと訴えかけているようだった。


時は無情にも過ぎ去り、虫たちは喧騒をさらに賑やかにした。月夜が辺りを明るく照らし影はより影を隠した。どこにも行けないのだと言わんばかりに闇夜に似ていて異なる影はただただ漏れる光に佇んでいた。


ひとひら。穏やかな風が吹き抜ける。


一輪の花が影の元に風を届ける前までは。たたずむ影は闇よりも暗く、弱弱しく佇んでいた影は。真夏の夜に似合わない秋を思わせる風がかすかな暖かさと鋭利な冷たさを伴って影を凪いだ。

それは必然であり偶然であった。ただの花の気まぐれかもしれない。ただ、そこに吹き抜けていった風は確かに影を救った



「ねぇ、もう奏でないの?」


その声はよく通り。その声はどこまでも届いて。その声は一筋の光と強さを孕んでいた。

影を見る花はどこか怒りを含んで影を見つめる。美しい花は瞳と同じすみれ色の上品なドレスを身にまとい、庭園に住む妖精のように月明りが照らしていた。


「やぁ、レディ。失礼を」


「………リリアナ。リリアナ・ステア・グラディウス」


風は冷たさを纏いながらも静かに、そして滑らかにふきぬけていく。

彼女、リリアナは秋の風を纏っているかのごとく、どこか冷たさがあった。


「恐れ入ります。リリアナ嬢。私はアルベール・ソヌス・イスクートと申します。ご挨拶をしても?」


白いレースに包まれた手が掲げられ、陶器を触るようそっとその手をすくい口付けを落とす。


顔をあげればすみれのように可憐で透き通っている瞳で見つめられる。少し早い秋の風はこの瞳が運んできたものだと、その時になってようやっとアルベールは気が付いた。


透き通った瞳に見入っていれば彼女はやや不機嫌そうに彼を見る。


「どうしたの?私の顔になにか?」


「…申し訳ございません。すみれ色の綺麗な瞳でつい見入ってしまって…」


「お世辞をどうも」


彼女はやはり秋の風のごとく冷たさを纏いながらさつかみどころがなく彼の手から逃げてしまう。

すこしでも彼女が笑えばきっとこの冷たい風も暖かな春の風になるに違いないのに。


「…レディ」


「リリアナ」


「リリアナ嬢。そのように冷たいことを言わないでいただきたのですが…。」


「そう」


失礼を重ねたようで菫の瞳はいまだ冷たい風を纏ったままだった。綺麗なすみれ色にはやはり暖かい春の風が似合うのに、彼女はそれを許してはくれない。


「機嫌を損ねさせてしまったようです…。どうしたら許していただけますか?」


「………さっきの曲」


舞台で行った演奏のことを言っているのだろうか。彼女の目線がアルベールの手元のバイオリンに移る。


「月のワルツですか?」


「そんな題名があったのね。その曲、もう一回弾いて」


リリアナが言った言葉に反応したように強い風が吹いた。突発的に吹いた風はアルベールの心を現したようにあたりを乱しながら吹き抜けていき、残された彼は乱れた心の行き場を失った。


ここで感情を出してはいけない。影は影らしくしなくてはいけない。感情なんて持ってはいけないのだ。ざわざわとした心を落ち着けるよう自身の乱れた髪を直す。自身の髪を直しながらふと彼女を見やる。


風は等しくリリアナの髪も乱した。月明りに照らされている彼女の顔色をうかがうことはできなかったが、先ほどの提案を諦めていないようだった。


「ひどい風。……………ねえ?聞いてる?さっきの話。あの曲弾いてくれるの?」


少し困りながら柔らかな栗色の髪を整えている姿は、まるで飼い主に無造作に撫でられた後の犬猫の毛並みのようにみえて、思わずアルベールの頬が緩む。先ほど自分の心を乱した彼女を、アルベールはもう少し、彼女を見てみたい、彼女の瞳が暖かさを宿し春のような風を纏った彼女を見てみたいと思ってしった。それは真夏の日差しがさんさんと降り注ぐなか唯一の木陰のように、涼やかな風がなぜか心地よいと思ってしまったのだ。


ふと彼女の髪に刺さった葉が目に入った。思わず手を伸ばし彼女の髪に触れる。柔らかく絹のようにきれいだった。


「……よろしいですよ。私などの演奏でよければ」


口からこぼれ出た言葉は彼女の望みを反映させた言葉。しかし、髪から覗く彼女の目からは心なしか冷たさを感じる。


「…あなたの演奏がいいの。私のために弾いて」


何がリリアナの忌諱に触れたのかわからないアルベールだが、彼女の望みは果たそうとバイオリンを構えた。少しでも彼女が喜ぶように。演奏が終わったころには彼女が笑顔をアルベールに向けてくれるように。


「ではリリアナ嬢のために」


月が照らすは二人の男女。煌びやかな明りから逃れるようひっそりと佇む二人を隠すように風が優しく包み込む。穏やかな音色は穏やかな時間を運び、虫たちはそれぞれにアンサンブルを奏でた。暑くべっとりとした夏の風はいつの間にか爽やかな秋の風と変わり、風は音色に合わせて二人を撫で心地よさをもたらした。


結局、アルベールはリリアナに春をもたらすことはできなかった。しかし、二人で過ごしたあの空間は間違いなくアルベールを癒した。ひとつのしこりを残しながら。ふわりふわりと現れた花は秋の風を纏い、影のもとを駆け足で過ぎ去っていった。それは影にとっては幻想的で運命的な出会いだった。またもう一度、あの花に出会うことができたなら。そしてもう一度チャンスが与えられるのであれば、この手で春を呼べようになろうと明るく照らす月に誓った。


煌びやかな曲は夜遅くまで鳴り響き、あたりを煌々と照らした。色とりどりの花々は思い思いに花弁をばらまきながら、それぞれに物語を語る。幻想。一夜限りの夢。夢と名の付くものはなんて甘美で儚いものなのだろうか。物語は夢とともに消えゆき、しかし、思い出は残していく。思い出は過去に。過去は未来に。それぞれ結末を紡いでいく。


夜会。それは夢。幻想。儚い思い出。


たった一晩。それだけの出来事を誰が誠としようか。

しかし語り手が存在する限り紡がれた物語は続けなければならない。



ある日、白百合の花束と共に一通の手紙が届く。

宛名は「リリアナ・ステア・グラディウス」

ささやかな贈り物は凛と佇み、自然と彼女を連想させた。

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