序章
「なんで!?なんで神憑りが!?」
「なんとも呆気ない幕切れですねぇ」
「キャキャ」
星が一つもない夜空の下に人影があった。
膝ま付くボロボロの少女、向かいには杖を着いた老紳士、その回りには不気味な黒い人型の何が蠢いていた。
草原には少女の悲痛な叫びと黒い人型の笑い声しか聞こえない。
「なんで…」
少女の声は少しずつ小さくなっていく。
先ほどまで目の前の老紳士と黒い人型と戦っていた魔法少女はそこにはいない。
その姿を老紳士は愉しそうに眺めていた。
「貴女ぁ、絶望したのでしょう?」
「っ!?」
「貴女達のそれは陽の気をエネルギーとするものでしたねぇ…」
老紳士は愉快そうに顔を歪ませて語り出す。その目は弱者を舐め回すように見ていた。
「頼れる仲間は異空間に閉じ込められ、それでも戦わなければ、守護らねばならない。この国を!我輩から!使徒どもから!たった一人で!」
「ギャギャァ!」
おおよそ紳士とは思えないほとんど興奮した老紳士は大袈裟な手振りで叫んでいた。周りの使徒もまた老紳士の内面を表すように下卑た笑い声を上げていた。
「違う!私は絶望なんて」
「違わないでしょう!!神憑りも出来ず、そうやって立ち上がることも出来ないただの小娘がぁ!!」
「っ」
必死で反論する少女の心を折るよう老紳士は捲し立てる。
「気づいていますかなぁ、震えてますよ?お嬢さぁん」
「っ!?違う、違います…わた、しは」
「素晴らしぃ!絶望に沈み行く人間と言うのは、なんと甘美なのでしょう!」
「ギャギャギャギャァ!」
老紳士は恍惚とした表情で星のない夜空を見上げた。その口の端からはだらしなくよだれを垂れ、目には狂気を孕んでいた。
「君のことは使徒に任せよう!じっくりと君を料理しよう!我輩に見せてくれ最高の絶望を!」
急に真顔に戻ると少女に目を向け新しい遊びを見つけた子供の様に目を輝かせる。
そして、一体使徒を差し向けた。
「い、や。いゃぁ…」
「でははじめようか。お嬢さん」
「キッキキャャァァ!!」
逃げることも出来ずへたりこむ少女に使徒は無慈悲に拳を振り下ろした。
しかし、その拳が少女に届くことはなかった。
「…これは面白いない」
星が一つもない空の下。
神憑りの解けた少女を庇い、闇の使徒の拳を受けた者がいた。
腰に刀を差し編笠を目深に被った侍のような男だ。
「キシャ?」
使徒は首を傾げる。
幼児程の知性しかない頭では、自分より遥かに下等な人間が拳を受け止められた事では理解が追い付かなかったのだ。
侍はその隙を見逃さない。
「キャシ!?」
脱力。
二者の力の均衡は崩れ使徒は前につんのめる。
侍は既に次の行動に移っていた。
「ふっ!」
腰に据えた大刀を構える。
一瞬、腰元が光った瞬間に使徒の上半身と下半身は切り離されていた。
「えっ!?なにが…」
「…」
神速、そう呼ぶにふさわしい程の速さだ。抜刀から納刀まで少女と老紳士は刀身を見ることはできなかった。
「ギャジャァァアッ!」
断末魔の叫びを上げ使徒は塵となって消えた。
その場に残ったの侍のみ。編笠越しに唯一見える無精髭を生やした口元のみ。つり上がった口角は老紳士を挑発しているようだった。
「…行け」
沈黙を保っていた老紳士は表情は変えず低い声で使徒たちに命じた。
「ギャキャァギャ」
「ギャシャアア!」
数多いる使徒の内、老紳士のそばに控えた二体が侍へ駆け出した。
侍は大きく深呼吸をすると迫り来る使徒へ歩きだした。
「ギャァ!」
「ギシャァ!」
左右からの強襲。
技とは到底言えない、獣の如く荒々しい二撃。それが侍を捉えることはなかった。
「ギ!?」
それを疑問に思う間もなく一体の使徒が何かに躓き顔面から着地する。
「ふっ!」
侍は攻撃をしゃがみこんで回避し、その流れで使徒の足を救い上げたのだ。
使徒がアスファルトにキスするのを横目で見送り、残る一体の膝裏へ蹴りを放つ。
「ジャァ!?」
ガクンと動きが止まる。
侍が腰の刀に手をやるとまた腰元が光った様に見え、次の瞬間には使徒の首は跳ねられていた。
「キ?」
使徒は首を跳ばされた事に気づかず自分の胴体が見えることを不思議に思いながら塵となった。
「け、剣がみえない、それにまた光ったような」
まだ立ち上がることが出来ずにいた少女は眼前の侍を見ていた。ボロボロにほつれた編笠、くたびれた黒い着物で腰には刀を一本挿している。
その姿は子供のころ祖母と見た時代劇の侍だ。
「ギャァ!」
背後から転ばされた使徒が低い姿勢でタックルを仕掛ける。
侍は冷静にそれをかわすとすれ違い様に刀を抜いた。
逆袈裟に切り裂かれた使徒は断末魔もなく消え去る。
「凄い、神憑りも無しを使徒を…」
驚く声を余所に老紳士は目を細め侍の刀を見ていた。
抜き放ったままの刀に刀身はなかった。柄だけの刀、それが侍の得物だった。
「貴様ぁ、何者だ?」
「…」
「そんな物でどうやって我輩の使徒を斬ったのです?ただの人間では使徒を塵にすることは出来ないはずなのですがねぇ」
侍は老紳士の問いに一切答えず柄だけの刀を納めた。そして老紳士の視線から庇うよう少女の前に移動した。
「俺は…」
侍は編笠を整えながら老紳士の問いに答える。そして少しいいよどむと腰の刀を抜いた。
「なんだそれは、貴様いったい」
またも光を放った鯉口、侍の抜き放った刀は刀身がなかったはずだった。
しかし、抜いた刀に刀身があった。光が形をなした刃は神々しさを感じさせた。
「俺は新木守之助。ただの浪人だ」
この男、武士である。