第7話 日がな一日ペシミズム
「で、あの美人は誰よ?」
「……何を言ってるか分かんねぇよ。」
「七っち、美人と登校してたじゃん。」
教室に着いた途端に話しかけられ、俺はしかと見たンだからね!と騒ぐコイツは、津萩一輝。七っちは、僕の苗字である七ツ河から取ったあだ名らしい。ものすごくどうでもいいけど。そして、その津萩が言ってるのは、どうやら二ノ宮センパイのことらしい。たぶん。今朝、僕と一緒に登校したし間違いないだろう。吹奏楽部のセンパイらしいよ、とだけ返し席に着くとヘッドホンを取り出した。
iPodを弄りホームルームが始まるまでずっと音楽を流していたが、その間ずっと衝撃を受けたような、泣きそうに見えるセンパイの顔が頭から離れなかった。
***
「で、七っちはやっぱ吹奏楽部なん?」
「……まだ決めてない。」
「ええ?!あんな美人と一緒に居たくせに、部活は別なんだ?」
何言っているか分かんねぇよ、と返しながら弁当箱に入ってる唐揚げを口に放り込んだ。
授業が始まったが、まだまだ初級といった様子で難しい感じもしない。しかし先輩方いわく、これからどんどん授業スピードが上がってついていくのが大変になるということだった。流石、一応は進学校。だいたいのカリキュラムを2年で終わらせて、3年生は受験対策なんだとか。これが一般的なのかどうかは知らないが、3年間で学ぶべきものを2年間に詰め込むって相当大変なんじゃないだろうか。まあ、やってみなきゃ分からないけれど。
そして、昼休みとなった今、出席番号が僕の前である津萩が絡んできて一緒に昼食を取っているという訳である。……『つ』と『な』が並ぶって珍しい気がするけど気のせいだろうか。まあ、席は男女で別れているし僕達の出席番号の間に女子はいるからたまたまだろう。でも、津萩が絡んできてくれて良かったと思う。授業中は、どうしても二ノ宮センパイのあの顔がこびりついて離れず集中できなかった。今は休憩時間だし、津萩とバカ話していれば気は紛れるだろう。話題は二ノ宮センパイのことだけど、うん。
「そういう津萩は何部に入んの?」
「もっちろん、軽音部!ギターとベースで悩み中。」
どっちがモテると思う?なぁ、なんて喋り倒す津萩の話を適当に相槌を打ちながら、やはり話に集中できずにいた。そんな僕の様子に気付かず好き放題話していた津萩に付き合っていたら、休憩時間が終わって授業がまた始まる。今日は中途半端になってしまっているな、と思いながらせめて板書だけでもとろうと手を動かした。
授業中、なんとなくポケットに手を入れると、がさっと嫌な音が鳴った。
「なぁなぁ、七っち!部活決めてないなら俺と一緒に軽音部行こうぜ!」
「……ああ、行くか。」
「七ツ河っ!」
帰り支度をしながら津萩に部活見学の誘いを生返事していたら、教室の入り口に立っていたのは今日一日僕の頭の中を離れない二ノ宮センパイで。つかつかと教室に入ってきたかと思うと、にっこり笑いながら僕の手を引きながら足早にそのまま連行されていった。慌てて鞄と相棒を掴んだのは言うまでもない。そんな僕らを見て、ひゅうっ、と口笛を吹いたのは津萩だろうか。あとでとっちめておかなければならない、なんて今はどうでもいいことを考えてしまった。
「ちょ、強引じゃないっスか――。」
「七ツ河。私、諦めないよっ……。」
二ノ宮センパイに思わず抗議の声を上げれば、センパイは一瞬ぴたっと足を止めた。そして、宣言するように呟いたかと思うと再び歩き出した。その足取りは先ほどよりも速くて、帰宅しようとしている生徒の波に抗っているから人にぶつかりそうな程だ。そして僕は、歩く度にガサガサとポケットから音が鳴っているような気がしてなんだか気が気じゃなかった。