第3話 夕日色に染まった僕の相棒
色んな事をつらつらと考えていたら、入学式どころか帰宅する時間になっていた。
吹奏楽部は入学式で、校歌も演奏していたがグッとくる何かがあった。もちろん、プロに比べればまだまだ足りないところは沢山あるのだろうけど、燻っていた僕を突き動かす何かがあった。
(帰ったら、トランペット吹こう……!)
何だかワクワクしてきて、衝動に突き動かされるがままに駆けて帰った。
家に着いて適当に制服を放り投げてパーカーにジーパンへと着替えると、相棒を持って家を飛び出した。向かうは河川敷、中学時代によく練習していた場所だ。
しかし、いつもの場所には先客がいた。
「あ、七ツ河きたきた!おーい、こっちおいでー!」
なんで二ノ宮センパイがここに居るんだよ、という言葉を飲み込んで、先輩の方へ向かう。無視したい気持ちはあったが、なんだかんだこの先輩には弱い自分がいる。中学時代に先輩の無茶振りに応じていたからだろうか。そもそも吹奏楽男子たるもの、女子に弱い性質があるのだ。
とりあえず、何故いるのか尋ねてみることにする。
「なんでこんなところに居るんスか。」
「え?七ツ河を待ってたの。」
「いや、なんで来るって分かるんスか。怖っ。」
ひっどーい!と怒る先輩は、それでも笑っていた。笑顔が絶えない人だな、とぼんやり思う。まあ先輩がいる事の理由を追及したところで意味もないし、と気持ちを切り替えて先輩からふたり分空けて座った。隣から物言いたげな気配を感じるが、気の所為だと思う。
ケースから、鈍く銀色に光る相棒を取り出すと、夕陽に照らされてオレンジ色に反射して綺麗だった。手入れをしたばかりで綺麗な相棒は、僕にやれやれとでも言いたげな、しかし愉快そうな雰囲気を醸し出しているように感じる。待たせたな、と一撫でしてからそんな自分が気持ち悪いと思ってすぐ手を離した。誤魔化すように、マウスピースを口に宛がう。
音出しをして、まず何を吹こうかと迷ったら先輩が自身のトランペットを構えいきなり演奏し始めた。
これは、……『ハトと少年』か。トランペットと言えばこの曲、というイメージがあるほど有名なジブリの曲だ。
先輩がどういうつもりで吹き始めたのかは分からない。ただ、中学時代の練習曲としてよく吹いていた、トランペットデュオのこの曲。今でも吹けると思う、いや吹けると思われてるから先輩は吹いているのだろう。ならば、応えるしかない。
音が、風に乗って吹き抜けていく。夕日色に染められたハトが飛び立つのが、見えた気がした。
「なーんだ、七ツ河トランペット続けてるじゃない。良かった良かった、安心した。」
「なんなんスか、一体。意味分かんねェんスけど。」
「え、七ツ河をうちに誘うために決まってるでしょ!」
先輩に、もちろんやるよね?吹奏楽、と満面の笑みで問われてドキッとした。
僕は中学の途中で吹奏楽部を退部していて、それ以来は何もしていなかった。いや、黒革のケースの存在感に負けて、というか負けたと言い訳しては何度かメンテナンスしたり試し吹きしたりしていたけど、特には音楽はしてなかった。
でも、なんだかんだ言い訳ばかりしてきたけれど、僕はまた音楽を始めるきっかけが欲しかっただけなのかもしれない。
でも、乗せられるのは癪に障る。吹奏楽部を辞めたのには変わりないのだから。……なんて、意地を張りたくなるのは何故だろうか。
「僕は、吹奏楽部はもう辞めたからいいんスよ。」
「え、よくないよ、よくない!」
「私は七ツ河の音、好きだもんっ!」
すごく綺麗な音なのにもったいない!等と言葉を間断なく重ねる先輩の台詞に、ガツンッと衝撃を受けた。
言うまでもなく、答えは決まっていた。
それから、先輩と暗くなるまでトランペットを吹き倒したのだった。