外道ネコミミの娘
とりあえず書いてみようと思いました。
外道ネコミミの娘は外道だった。
どれくらいの外道かというと、それはもう、本当に、他のありとあらゆる存在の追随を許さないほどの外道だった。その外道さは彼女を一度でも目にした者ならば我が目を疑い、噂を耳にした者なら我が耳を疑うほどだった。そうは言っても、歴史上には彼女よりひどい人間などいくらでもいるだろう、と指摘する人もあるかもしれない。だがもしある人物がいたとして、その彼もしくは彼女が、本当に本物の、真にその道をゆく外道であったとしたら、その人物の名が歴史に残ることなどまずありえないし、見識豊かな人々からすればそれはあまりにも明白な事実であるから、その件に関しては、これ以上の説明をするのはやめておこう。ともかく、外道ネコミミの娘は、まったく間違えようもなく、非の打ちどころのない外道なのだった。
外道ネコミミの娘は外道だった。
彼女は暴力的で、酒グセが悪く、平気で他人のものを盗み、嘘ばかり吐き、既婚者を見かければ、彼が既婚者であるという、ただそれだけの理由で誘惑した。彼女はありとあらゆる悪徳をそなえており、悪の生き字引きとはすなわち彼女のことだった。だれかが、知性によって産まれる忌まわしい悪徳についてひとつ、あげたとする。それはまさしく、ぴたりと彼女を言いあらわした言葉なのだった。
外道ネコミミの娘は外道だった。
外道ネコミミの娘は、そんなわけだから、人々の心を惑わすところ甚だしかった。彼女はひどい嘘つきだった。どれほどの嘘つきかというと、それはもう信じがたいほどの嘘つきで、そもそも彼女はネコミミでもなければ娘でもなかったし、ましてや外道ですらなかった。実際のところ彼は平平凡凡たる男性で、悪徳の坩堝どころか、しでかした部下にさえ逆に平謝りするような、自責の念に凝り固まったつまらない人物に過ぎなかった。
外道ネコミミの娘は外道だった。
外道ネコミミの娘は、休みの日の夕方に、ふらりと外に出かけるのが好きだった。彼は意味もなくあちらこちらをうろつきまわった。とはいえ、彼は無職だったので、彼の生活に休みでない日などはたったの一日もなかった。彼は生まれてから一度も労働というものをしたことがなかった。
外道ネコミミの娘は外道だった。
外道ネコミミの娘は心の狭い男で、常に苛々としていたので、なにをして、なにを見たところで、その怒りはぐつぐつと煮えたぎるばかりだった。
たとえば、ふと目のはしに人影が映ったとする。すると彼はまず、その人物の薬指を観察した。そしてそこに指環を見出せば、「結婚なんて馬鹿のすることだ。結婚は人生の墓場という言葉を知らんのか」と憤慨し、無ければ無いで「この少子化の時代に、なんて不届きなやつだ。死んでしまえ」と呪いの言葉を投げかけるのだった。
彼は虫を見れば踏みつぶし、鳥を見れば石を投げた。持ち主の見えない車には石で卑猥な形の傷あとをつけ、だからといってそれらを楽しんでいるわけでもなかった。というのも、彼はきわめて心の広い男だったので、そもそもなにかをして楽しまなければ日々の生活で渇きを覚える、というような、平平凡凡の感覚とは無縁だったのだ。彼の心は常に穏やかで、凪いだ海の静けさすら彼の心の安らぎにはかなわなかった。つまり彼は、苦しみから脱していたために、楽しみもまた必要とはしていなかったのだ。
外道ネコミミの娘は外道だった。
休日の散歩は、外道ネコミミの娘にとって何よりの楽しみであったが、彼はまだ年端もいかぬ少女だったので、歩くには杖を必要とした。
彼女はあまりにも長く生きていたせいで、すっかり腰が曲がっていたし、足は萎え、とくに右足はほとんど指先の感覚がないほどだった。歯はほとんどが抜け落ちていて、彼女は貯えさえあればすぐにでも入れ歯を手に入れたいと思っていた。
彼女は、すれ違った大人には、必ず笑顔であいさつをした。ほどんどの子どもは両親にきつく言い含められてなお、しばしば礼儀を忘れるものだが、彼女は天性の明るさと心のまっすぐさで、人のあるべき道というものを教えられずともわきまえていた。
ちょうど太陽が、意識せずとも全てを照らし出すように、彼女は自らの人徳の光でもって、人の進むべき道を照らすのだった。彼女は、人はかくあるべきか、その道を見つけ出す聡明さと、その道を歩む心の清さを持ち合せていた。
外道ネコミミの娘は外道だった。
外道ネコミミの娘は男とすれ違った。「あら、なんて不細工な人なのかしら。猫背だし、靴は安物で汚いし、服はよれよれで今にも臭ってきそう。こんな人とは、死んでも関わり合いになりたくないわ」その男は彼女を見て挨拶したが、彼女は無視した。かわりに、彼女はその男の薬指を観察した。「あら、非国民ですこと。こんな男に選挙権を与えるくらいなら、独裁政治のほうがよっぽど良いわ」彼女は男を手のひらで叩き潰した。「あら、血だわ」彼女は自分の手のひらを見て言った。「わたしの血でなければよいのだけれど。ほんと、忌々しい蚊ね」彼女は、蚊のポケットから財布を抜き取ると、中に入っているお札を数えた。そしてそれを自分の懐にねじ込むと、残りは何事もなかったかのように地面に捨てた。「あら、落し物だわ」彼女は使命感からその財布を拾い、交番に届けた。「ありがとうね。お婆ちゃん」警官がお礼を言ったものの、彼女は耳が遠かったし、歯もほとんどなかったので、どう返事をしたものか、ただ分厚い唇からもごもごと音を立てるばかりだった。だが、その不明瞭な、しかし心の内がひしと伝わってくる彼女の声に、たとえ内容までは分からなくとも、警官が心打たれたのは間違いのないことだった。警官は即死だった。
外道ネコミミの娘は外道だった。
外道ネコミミの娘の頭にはネコミミがついていたので、当然、みちゆく人々の中には、彼女を物珍しげに見る者や、怪訝な表情や、好奇の視線を向けてくる者があった。もちろん彼女は心が広く、また、人の道をよくわきまえてもいたので、そこらの有象無象がたとえどのような無礼を働いたとしても、まったく気にすることもなく、穏やかな微笑みを浮かべたまま、あたりを血の海に染めるのだった。
「ほんとうにいらいらすることだねえ。これだから若い者は、本当に嫌になるよ」彼女は道端で怯える老人を、文字どおりの真っ二つにした。彼女はあの外道ネコミミの娘であったから、たかが生き物を引き裂くのに、凶器などは使うまでもなかった。彼女の杖は仕込みであったし、その刃はどんな刀よりも鋭かった。彼女は自分を無視した人間を片っ端から斬り殺した。彼女に斬られた人々は決まって、口をそろえてこう言った。「ちょっと君、大のおとなが真っ昼間から働きもせず、ぶらぶらとしているのもどうなんだろうね?」そう注意されてしまうと、彼には返す言葉のひとつもなかったので、「かたじけない、かたじけない」と何度も同じ言葉を繰り返し、その場をやり過ごす以外には何の手だてもないのだった。
また、稀にではあるが「まあ、困った時はおたがいさまだ。これをとっておきたまえ」そう言って、彼にお金をめぐんでくれる人もいた。そのような幸運に巡り合うと、彼女は幼いながらに心の高潔な人物であったので、「それはいいから、そっちのお財布の方をくださいな」と、いつも懇切丁寧にお願いするのだった。その美々しい、心洗われる言葉の調べに、人々は必ずといっていいほど感銘を受けた。それはたとえどのような悪党であっても、その声を聞けばたちどころに生まれ変わってしまうほどだった。そうして彼女は、あまねく衆生をたちどころに生まれ変わらせ、ぱちりぱちりと叩き潰した。「まあ、血だわ。忌々しい蚊ね」すぐに彼女の手は血だらけになった。「それにとっても数が多いわ」彼女は海外旅行が趣味だったので、すかさず財布を懐にしまった。
外道ネコミミの娘は外道だった。
外道ネコミミの娘は一度も海外旅行に行ったことがなかった。彼女は手始めに、ロシアと中国とアメリカに旅をしようと決めた。とはいえ、彼女は入れ歯を買うお金すら満足に持っていないほどだったので、ましてや飛行機に乗るお金などあるはずもなかった。 「しかたないわね」彼女は自身のささやかな夢を叶えるために、身のまわりにある要らないものを売る事に決めた。彼女はまず、北海道をロシアに売却し、次に九州・沖縄を中国に、最後に四国をアメリカに売り飛ばした。こうして彼女はわずかばかりのお金を作り、ようやく国を後にする事ができた。彼はロシアでスープカレーを食べ、中国で芋焼酎を呑み、アメリカで讃岐うどんをすすった。この一連の売却劇はやがて国際問題に発展し、結果として世界は核の炎に包まれた。こうして彼女は、人類の罪を一身に背負うことで世界を救済した。
外道ネコミミの娘は外道だった。
万事がこんな調子であったから、外道ネコミミの娘の正体を知る者は誰ひとりとしていなかった。人々は彼の姿を我が目でとらえ、彼女の姿を画像・映像に収めようと躍起になった。ところがこれこそが彼の真の狙いであって、これこそが外道ネコミミの娘が外道と呼ばれる根本のところだったのだ。
外道ネコミミの娘は外道だった。
外道ネコミミの娘に関わった者は、遅かれ早かれ、死ぬさだめにあった。
外道ネコミミの娘は外道だった。
外道ネコミミの娘に関わらなかった者もまた、遅かれ早かれ、死ぬさだめにあった。
外道ネコミミの娘は外道だった。
繰り返しになるが、外道ネコミミの娘は外道だった。
外道ネコミミの娘は外道だった。
外道ネコミミの娘の正体は、なんと、意外なことにも、外道であったのだ。
とりあえず書いてみました。