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一話

 意識がはっきりしない。



 遠くの方で誰かの声がきこえる。


「…………タノシミダ!」


 最後の方しか聞き取れなかったが、女の子の声のようだ。


 時間が経つにつれて音がはっきり聞こえるようになってきた。視界も段々と明瞭になり、ついに意識もはっきりする。


 どうやら私はどこかの部屋の真ん中に座らされているようだった。

 部屋は石造りのようだが床に引かれた絨毯や、部屋を照らす明かりのせいか冷たい印象は受けない。


「お、起きたのか?」


 すぐ近くで声が聞こえて、自分の目の前に先程の声の主が近くにいることに気がついた。目が覚めた時に首が斜め下を向いていたため気がつかなかったが、声の主は目の前にいるようだった。


 声のした方に顔を向けるとそこには女の子がいた。乾いた血のような赤茶色の長髪をツインテールにしており、小柄で可愛らしい容姿と合わせて、幼い印象を受ける。漆黒の瞳と日を浴びてないような肌の色をしており、黒と赤茶色を基調としたゴシック調のワンピースを着ている。

 また、彼女にはおかしな点がある。角があるのだ。耳の上あたりから生えた黒くて鋭い二本の角が、彼女の特別性を表しているようであった。



「まだ意識がはっきりしてないのか? ……おーい」


 そう言うと彼女は、確認するようにこちらの目の前でヒラヒラと手を振った。


「あ、あの……」


 咄嗟に返事をしようと声を出して、がく然とした。私はこんな声だっただろうか? 今の声は無機質な印象を受けるが、透き通った女の子の声だ。すぐに自分の声を思い出そうとするが、何故か思い出せない。それどころか自分のことであるはずのことが何も思い出せないことに気がついた。



「記憶、無いのであろう?」


 こちらの様子を見てか、再び彼女が話しかけてくる。


「我の名は〈アリス・サタナス〉、魔王の娘でありお前を呼んだ者だ! こちらに来たばかりで分からない事だらけだろうから、我が懇切丁寧に教えてやろう」


 アリスはそう言うと、どこからか木の椅子を持ってきて私の目の前に座った。


「よし、何から聞きたい?」


 聞きたいことは山ほどあったので、とりあえず順番に聞いてみることにした。


「……まず、その角は本物ですか?」

「角?変な事から聞くのだな。勿論本物だぞ。特別に触らせてやろう」


 そう言うなりアリスは右側の頭をこちらに向けてきた。

 触ろうとして手を出した時、自分の手を見て驚き思わず声が出てしまう。


「え……なに、これ……」


 間違いなく自分の手であるはずのものは、形こそ人間の手そっくりであったが、関節の部分が生物のものではなかった。関節毎に繋ぎ目があり、例えるなら人形の手のようだった。


「なんだ、まだ気がついてなかったのか? ……ほら、これがお前の新しい身体だ!」


 私が驚いている姿を見てアリスはそう言うと、部屋にあったのであろう大きめの鏡を持ってきて、こちらの姿が見えるよう目の前に置いた。



 鏡には椅子に座った美しい女の子の人形が写っていた。人形はアリスによく似ていたが、より洗練されて人間離れした美しい容姿をしていた。ちなみに服は着せられていない。

 髪の色は透き通る様な白髪をしており無機質な印象を受ける。瞳は硝子細工のように透き通っており、少しグレーがかった淡いピンク色をしているがそこに生気は感じられない。


「これは……」


 私なのだろうか。確かめるように手を前に出すと、鏡の中の少女も対応するように手を出す。

 それは間違いなく自分の姿だった。何故か記憶を失っているが、私は人間で、このような女の子の人形で無かったことはわかる。身体が人形になったことには驚いたが、特に嫌な気はしなかった。





 ひとまず人形になった自分の体を調べてみることにした。

 まず最初に気がついた関節。調べてみると、どうやら関節は球体によって形成されており、いわゆる球体関節人形の仕組みの様だとわかった。

 次に呼吸だが、そもそも肺が無いようで空気を吸い込むという行為自体が出来なかった。

 皮膚は人の肌の感触に似ているが、よく見ると違うと分かる。また、皮膚の素材の下にすぐ硬い感触があったため、層の様な構造になっているようだった。

 最後に、人形だから無いだろうとは感じてはいたがプライベートゾーンには何も無かった。だが、胸の膨らみ自体は少しあり決してまな板では無い。





 一通り自分の身体を調べ終わると、何も言わずに見ていたアリスが自慢げに話しかけてくる。


「凄いであろう? 我の長年の研究の成果の集大成がお前の身体なのだ! なんと不眠不休で活動でき、半永久的に生きる事ができるのだ!! そのかわり飲食は出来ないし、生殖機能は失われたがな」

「それって、ほぼ不老不死なのでは? ……というか、飲食が出来ないのであればエネルギー源はなんなのでしょうか?」

「うむ、ほぼ不老不死だな! ちなみに、エネルギーの摂取は要らないぞ」


 エネルギーの摂取まで必要が無いとなると、この体には永久機関でも内蔵されているのだろうか。そんな考えが頭をよぎるが、今は深く考えないことにした。



「質問を変えます。私の記憶は何故無くなったのでしょうか? 私という人物をご存じですか?」

「お前の記憶はこの世界に来る際に失われたため、もう戻ることは無いであろう。あと、残念ながらお前のことはそんなに詳しくないのだ。だがこの世界に来るかどうかはちゃんと尋ねたぞ」

「この世界、ということはここは私がいた世界とは別の世界なのでしょうか?」

「うむ、まだ気付いてなかったのだな」


 失われた記憶が戻らないこと、ここは異世界でここには自分の意思で来たことを聞いて、普通ならもっと取り乱すかと思われたが、私は不思議と受け入れることが出来た。そして、過去は捨ててこれからのことを考える方が堅実だという結論に至る。


「そうでしたか。ひとまず、過去のことは気にしないことにして、自分の置かれた状況を把握することに専念します」

「我の呼び掛けに応じたお前には、これから我の従者として色々と働いてもらう予定だぞ。勿論そのための教育はするつもりだ」


 魔王の娘の従者は何をさせられるのかと少し心配だが現状他に宛はなく、覚えてはいないものの自分でまいた種のようなのでこれも受け入れることにする。


「わかりました」

「お前ならそう言ってくれると思ったぞ。……にしても、いつまでもお前というのもあれだな。お前、自分の名前は覚えておらぬのか」

「思い出せません……」

「そうか、ならひとまずお前の名は〈ドール〉だ!」

「ドール、そのままですね」

「仮だから気にするな。なにか思いついたら改めて付けてやるぞ」

「わかりました」

「これからよろしくな、ドール」

「はい」





 こうして私の人形としての生が幕を開ける。

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