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本日の商品 不老不死の薬

その村には絶望が蔓延していた。重税、飢餓、役人の横暴。明日への希望など無く、子供の顔にすら笑顔が浮かばない。生きる理由すら見いだせなかったこの村に、この日は笑顔が溢れていた。

 

「飲めー! 歌えー!」

 

「良いぞ良いぞー!」

 

 ぼろ布を縫い合わせたような粗末な服の村人は今まで見たことのないご馳走や美酒を楽しみ、歓喜に打ち振るえる。そんな彼らの中に場違いな男が一人。

 

「いやはや、そんなに領主様はお酷いので?」

 

 仕立ての良い白いスーツを身に纏い、中央に目玉の描かれた黒い布で顔を隠した彼こそが貧困に喘ぎ今日の食事にすら困る村に大量の食料を無料で贈った者である。名は名乗らず、商人とだけ名乗る彼に疑念を抱く村人は不自然なほどに居らず、彼の問いかけに不満を爆発させる。

 

「あんな屑に様を付ける必要なんて無いぞ!」

 

「贅沢するために税はどんどん上がる一方で、盗賊退治も街道の補修もしやがらねぇ! それにあっちの爺さんが孫娘を連れて行かれたみたいに見た目の良い女は連れて行かれるんだ!」

 

「彼奴が地獄で苦しむ姿を見てぇよ!」

 

 次々と出される不平不満、それに賛同する声は酒の勢いもあってか上がっていく。そんな中、先程から気になってたのか男の一人が不安そうに訊ねた。

 

「……なあ、こんな食料を本当に無料でくれるのか? 後で払えって言われても金なんか無いぞ?」

 

「いーえ、いーえ、大丈夫! 先日、ある街で思ってたよりも早く仕事が終わりまして用意していたこれらが余ったのですよ。それに皆様の笑顔が見られて私も嬉しいです。何せ商人ですから」

 

「アンタ、神様の使いみたいだな」

 

 見ず知らずの相手にここまで親切にしてくれるのかと村人の口から次々に感謝の言葉が投げ掛けられる。商人も布の下で嗤・っ・て・い・た・。

 

 

 

 

「その様な言葉を前の街でも言われましたが……そうだ! 皆様の願いを叶えて来て差し上げましょう。お代は頂きますが……大丈夫、お支払いいただける内容ですので」

 

 

 

 

 

 

 

「酒だ! それに女はまだ来ないのか!」

 

 村から離れた場所に建つ屋敷の中は領民達の暮らしと打って変わって豪華絢爛……いや、兎に角金を無駄にかけただけの趣味の悪い内装で、若く見え麗しい女だけを選んで働かせているメイドの服は露出度が高く娼婦の様だ。そんな屋敷に響いた怒号の主こそが領主であるゴーヨクであり、肥え太った醜い男であった。

 

「旦那様、領民から税の引き下げを求める書状が……」

 

「持ってきた者、書状に名が書かれた者は美女以外は殺せ。平民ごときが生意気だ」

 

 贅の果てに肉が何重にも垂れ下がり、下着同然の服装で呼ばれた女性達の身体を撫で回しながら酒をあおるゴーヨクに対し、執事が話しかけるも鬱陶しいとばかりに手で追い払われる。先々代の頃より仕えている彼がどれほど支えようとしてもこの家の終わりは近かった。

 

 

 

 

 

「……不老不死の薬だと?」

 

「ええ! 偉大なる領主様がお求めになられていると耳にして持って参りました」

 

 挨拶の品として大量の金銀財宝に美姫達を用意してやって来た商人に対してゴーヨクは訝しそうな視線を向ける。今後も貰う物を貰えればと会ってはみたが信用はしていないので当然だ。不老不死の薬と聞かされ、誰が簡単に信じるものか。

 

「確かに欲しいが……おい、今回はお前が試せ」

 

「ひぃ!?」

 

 ただ其処に居ただけで選ばれた使用人が悲鳴を上げる。これまでも同じように不老不死の薬と言って怪しげな物を持ってきた商人は数人おり、そのたびに使用人で試し、死んだ責任を商人に押し付けて私財を奪って来た。

 

(あれだけの美女達を連れてきたのだ。余程の財を持っているのだろうよ)

 

「ご容赦! ごようしゃを!」

 

 必死に懇願する使用人の男性を兵士達が押さえつけ、薬を無理矢理飲ませる。彼らもおこぼれに預かる予定なのか商人が連れてきた美姫達にいやらしい視線を向け、恐怖で固まっているのだろうと動かない商人に意識を僅かに向けて剣を抜く。

 

 

 

 

 

「やれ」

 

 合図と共に剣が心臓を貫き引き抜かれる。だが、傷は瞬く間に塞がって誰もが呆然としていた。最初に我に返ったのはゴーヨクであり、すぐさま歓喜が心を満たす。財と権力を持った者が最後に求める不老不死、それが手に入るというのだから。

 

 

「さて、既に料金は払ったのだから何時まで我が屋敷に居るのだ。さっさと出て行けっ!!」

 

 当然、薬は手に入れるが代金など払う気は微塵もない。子供のような言い掛かりを付け商人を追い出した彼は喜びながら薬を飲み込んだ……。

 

 

 

 

 まず、試しに指先を傷付けてみれば直ぐ様塞がって痛みも殆ど無い。徐々に傷を大きくしても同様で、この日からゴーヨクは連日のように宴を開き、更なる重税が領民を苦しめる。

 

 

 

 

 ……変化が起きたのは半年が過ぎた頃だった。

 

 

 

「なんだこの料理はっ! 全く味がしないではないかぁ!!」

 

 この日、朝から食卓に分厚いステーキが出された。鉄板の上でジュウジュウと熱せられている肉は対して力を入れなくても切り分け、断面からは肉汁が溢れ出す。ニンニクと香辛料でヴェルダンに焼かれたステーキの香りは食欲を誘い涎が溢れ出しそうだ。厚く切った肉を口に運んで噛みしめれば脂と肉汁が口の中に広がり……全く味がしなかった。

 

 激怒した彼に呼び出されたコックはしどろもどろになって弁明するも主に対する不敬だと首を跳ねられた。だが、鉄板の上の脂を吸わせたパンも、ワインも、付け合わせの野菜も、何を食べても、誰が作っても全く味を感じない。

 

 口の中に食べ物が入り、どのように広がるかは分かる。芳しい香りが食欲を大いにわかせる。だが、味は感じない。味覚が完全に失われてしまったのだ。医者に診せても理由が分からず、更に半年後……今度は匂いすら分からなくなった。

 

 無味無臭の味気ない食事から逃避するように味のない酒の酩酊感や女性を抱く快楽に逃避するゴーヨク。半年後、それすらも感じなくなった。

 

「おい、明かりをつけろ! 何も見えないぞ!」

 

 更に半年後、遂に視力が失われる。生きるのが嫌になり何度も死のうとした。元々が横暴な権力者。従っていた者達も嬉々として殺そうとするも傷は消え去り、ならばと溶岩に投げ込んでも沈まない。まるで土の上のように身体が浮いていた。……そして更に半年後、聴覚すら失われ世界と完全に切り離されたゴーヨクは気が狂うことなく正気を保っている。無論、強靭な精神力など持ってはいないに関わらず。

 

 

 

 

 

(死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたいシニタイシニタイシニタイ……誰か、殺してくれ!)

 

 何日何十日何ヶ月何年願っただろうか? 時間の感覚すら失った彼の耳に声が届いた。誰の声かはとっくに忘れてしまった声だ。

 

 

 

「了解いたしました、お客様。では、代金として領民の方の願いを叶えて下さいますか?」

 

「ああっ! 死ねるのならば何でもするぞっ!!」

 

 一瞬の迷いもなくゴーヨクは答える。次の瞬間、失っていた感覚が戻ってきた。」

 

 

 

 

 

 

 

「さてさて、命の危険がない以上は失われる感覚ですが……此処では必要ですので戻して差し上げますよ、お客様ぁ!!」

 

 味を感じた。口の中に広がる血の味だ。臭いを感じた。むせかえるような鉄の香り、自分から吹き出す血の香りだ。身体を貫く刃の冷たさも、発狂しそうな激痛も、耳をつんざく絶叫も聞こえる。

 

「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

「おんやぁ、どうかしましたかぁ? お約束通り死なせて差し上げて……彼らの望みの通りに地獄に落として差し上げただけですよ?」

 

 商人は布を僅かにめくってにんまり笑う口元を見せながら前方を指さす。其処には商人が食料を渡した村の者達が、地・獄・で・苦・し・む・所・を・見・た・い・、そう言った者達が地獄の責め苦を受けていた。針山血の池極寒灼熱、ありとあらゆる地獄が村人達を苦しめる。絶叫が響く中、商人の嗤い声がそれを塗りつぶす様に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

「願いは全部叶えましたよ、お客様ぁ! ではでは、お望み通りに地獄の光景をご堪能下さる事を心の底より願っておりますよぉ! 代金は皆様の絶望ですし楽に払えるでしょうねぇ! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、最初に不老不死になった方ですか? さあ? ご依頼の範疇外ですので何もしませんよ? この世界が消え去っても存在を続けるのではないですか?」

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