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本日の商品 町の安全

「……ああ、くそったれが」

 

 今までの人生で何千何万と繰り返してきた言葉を口にしてしまう。それほどに俺の……俺達の人生は終わっていた。

 

「第七班、槍構え……突けぇぇええええっ!!」

 

 隊長の命令と共に兵士が槍を突き出す。城壁をよじ登ってきた魔物共は槍に貫かれて落下し、何人かの騎士は反撃にあって命を落とす。もう何度も見た光景。明日は我が身どころじゃねぇ。瞬きした次の瞬間には我が身って奴だ。ボロボロの槍に傷だらけの鎧。騎士の顔には疲弊と絶望と空腹の色が浮かんでいる。

 

 これが俺の祖国アルガラの唯一残った街、首都アルガリアの日常だ……。

 

 

「朝だ! 朝が来たぞ!」

 

「生き残れた……」

 

 朝日が大地に射し込むと同時に街を囲んでいた魔物共は何処かへと消えていく。安堵し泣きながら歓喜する同僚を見て俺は馬鹿馬鹿しくなった。どうせ夕日が沈むと同時に襲ってくるってのによ。

 

「……一体何時からこんな事になったんだっけな」

 

 ああ、思い出した。丁度二年前、俺の息子が生まれた年だ。それまで人と魔物は互いに縄張りを作り顔を合わす事なんざ滅多になかった。だからこそ二年前の大侵攻が起きた時に行動が遅れちまったんだ。多くの犠牲者を出し、多くの街が滅び、必死の抵抗虚しく少ない生き残りが唯一残った首都に逃げ込んで籠城を始めた。

 

 だが、もう終わりは近い。配給される食料は明らかに目減りし、優先的に食料が配布される騎士でさえ痩せて来ている。食われて死ぬか、食わずに死ぬか。俺達の未来はどっちかだ。

 

 

 ゴミが散乱した街道を歩き我が家を目指す。すれ違う奴らは何奴も此奴も辛気くさい顔で歩き、立ち上がる元気もない子供が道端で倒れて腹を鳴らしている。だが、誰も助けようとはしない。その筈だった……。

 

 

 

「おやおや、これはお可哀相に。ほら、これをお食べなさい」

 

 こんな状況で誰が他人に手を差し伸べたのかと顔を向けてみれば其処にいたのは手足が異常に長い針金細工の様な男だった。場違いなほどに仕立ての良い白いスーツを身に纏い、顔を大きな目玉が描かれた黒い布で隠したその男は子供に柔らかそうなパンを手渡す。周囲の奴らの目がギラギラと光ったのが手に取るように分かった。

 

(……馬鹿が)

 

 子供も食べなければ奪われると理解しているのか慌てて口に押し込め、男は周囲の奴らを見回し首を傾げるも数瞬後に合点したように顎に手を置く。どうやら気付いたようだな。

 

 見知らぬ子供に恵むことが出来るなら、食料の蓄えでもしているのだろうと狙われていることにな。悪いが俺は助けない。一晩中命を懸けて戦ったんだ。妻と息子が待つ家に無事に帰りたいんでね。少し後ろ髪を引かれる思いを感じながらも俺は歩き出す。背後から男から物資を脅し取ろうとする声が聞こえだが抵抗する様子はない。

 

 どうやら大人しく従うのかと思った俺の耳に信じられない言葉が飛び込んできた。

 

「ええ、構いませんとも。どうぞお好きなだけお受け取りください」

 

 思わずバッと振り返った視線の先、そこには先程まで存在しなかった荷車に山のように積まれた食料と、そこに殺到する奴らの姿があった。パンだけじゃなくチーズにハム、ソーセージもある。

 

 

「お前ら退け! これは俺のだ!」

 

「うるせぇ!お前こそ退け!」

 

「肉だ! 酒もある!」

 

 食料の配給が始まって少し経った頃から肉なんて殆ど口にしていない。食べ物の多くは固いパンや干し魚、なのに目の前には食べたかった物が、家族に食べさせたかった物が沢山ある。俺は男を見捨てようとしたくせに、男が出したであろう食料の争奪戦に飛び込んでいた。

 

 

 

 

「もしかしてその方は神のお使いかもしれないわね。ほら、この街を護る城壁を一晩で完成させたとされる人の格好と貴方が見たその人の格好って同じでしょ?」

 

「そう言われればそうか。思い出す余裕も無かったな……」

 

 争奪戦で手に入れた食料を手に帰った俺は妻の言葉で昔聞いたお伽噺を思い出す。侵略者から街を護る為に神が王様の元に遣わした一人の男が作ったとされる城壁は三百年経った今でも朽ち果てず、大型の魔物の力でも壊れない。だからこそ何とかよじ登ってきた奴だけを相手にすれば良かったので今も街を守り切れている。

 

「……どうせなら街を救って欲しいもんだ」

 

 確かに食料を施してくれた。だが、住民の数に対して少な過ぎ、争奪戦で少なくない怪我人も出た。薬も枯渇し始めた現状では応急手当てでさえ出来るかどうか……。

 

 

 

「ああ、本当に最悪な状況だぜ」

 

 俺だけなら諦めて居ただろう。魔物は朝日と共に去っていくが日没と同時に現れる。本能で人の存在を察知する魔物共は街から最後の一人が居なくなるまで襲って来る。だが、諦める訳には行かない。俺には大切な家族が居るんだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をやってるんだ役立たず!」

 

「無駄に多く配給された食糧を返せ!」

 

 無数の石礫が俺に投げつけられる。瓦礫の山の前で膝から崩れ落ちた俺の視線の先、其処にはつい数時間前まで俺の家があり、大切な家族が俺の帰りをまっていた。だが、もう家はない。俺の帰りを待っていてくれる家族も……。

 

 切っ掛けは昨日の食料争奪戦だった。久し振りに酒を手に入れた奴らと争奪戦で怪我をした奴らが偶然近くに配置されていたんだ。配置人員をチェックする上官も酒を手に入れた奴の一人で、この日初めて数匹の魔物が街に入り込んだ。幸い小型ばかりで犠牲は少なかったが……その少ない犠牲者には俺の家族も含まれていたんだ。

 

 

 

 

「糞っ! もう戦う意味なんて無いじゃねぇか!」

 

 普段から護ってやっていたのに石を投げてきた恩知らず共を殺し、そのまま当てもなく街をさまよい続ける。すると離れた場所で喧騒が聞こえてきた。どうやら再び食料の争奪戦が始まったらしいと察した瞬間、俺は一目散に走り出す。目当ての存在は直ぐに見つかった。顔見知り同士で食料を巡って争う住民をジッと見つめている針金細工の様な男。

 

「おい、アンタ!」

 

「おや? 私に何かご用ですか?」

 

 俺は男に近寄るなり足にすがりつく。顔を隠しているが面食らっては居ないことは何故か理解できた。

 

 

「なぁ、アンタ神様の使いなんだろ!? だったらこの最悪な世界をどうにかしてくれ!」

 

「私が神の使い? いえいえ、私は只の商人。この食料は宣伝のような物ですよ。では、商人としてお伺い致します。お客様は今を最悪と感じ、それをどうにかして欲しいと願うのですね?」

 

「ああ! 魔物共がこの街を襲うことが無いようにしてくれ! 叶えてくれるなら何でもする! 何でも払う!」

 

 商人だろうが悪魔だろうが構うもんか! 俺は泣き叫びながら懇願する。このくそったれな世界をどうにかして欲しいと。二人が安心して眠れるようにしてくれと。

 

 

「……了解いたしました。では早速……おっと、いけないいけない。名乗るのを忘れておりました。私は『ネペンテス商会』の従業員にして偉大なる御方の下僕の一体で御座います。どうぞお見知りおきを」

 

 男が仰々しく頭を垂れた時、一陣の風が吹き荒れる。咄嗟に目を瞑った俺が目を開けた時、空は先程まで青空だったのが夕焼けに染まり、周囲には多くの人の姿が見える。俺が混乱する中、誰かがあれを見ろと叫び、俺も思わず皆が見た方を向く。俺が目にしたのは外・か・ら・見・た・街・の・姿・だ・っ・た・。

 

 

「一体何が……」

 

 混乱が増す中、突如悲鳴が上がる。遠くから魔物の群れが近付いてくるのがハッキリと見えた。地平線を覆い尽くす程のかつて無い大群を前にもう笑いしか出ない。

 

 

「ああ、くそったれ。昨日までが幸福に思えるぜ……」

 

 次々と殺されていく人々を見ながら俺は呟いた。そして俺の目の前にも魔物がやってくる。そして鋭い牙が生えた口を開けて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あひゃひゃひゃひゃ! ご満足いただけましたか、お客様ぁ! これで人間が一人も居ない街を魔物が襲うことは御座いません。住民全員の絶望と引き換えに願いは確かに叶えましたよ。……まあ、三百年前の仕事の代価で滅亡は決まっていましたがね」


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