夏の文芸部活動
溶けたアイスが手首に伝う。
うだつの上がらない夏の日差しは煌々と輝いており、アスファルトから立ち上る陽炎がこの日の暑さを物語る。
時刻は午前の10時半を過ぎたところ。
先週から夏休みに入った我が花の高校生活もこの暑さの前には萎れてしまいそうだ。
時間帯的には朝と呼べると言うのに、つい先月までの昼頃と同じような蒸し暑さに億劫になる。
俺が何故、暑いというのにもかかわらず外へ出ているのかと言うと、端的に言って部活動が理由である。
正直なところ、他の中学や高校と同じような普通の部活ならば俺もわざわざ溶けたアイス何ぞ片手に持ってまで学校へ行こうとはしない。
家のエアコンを効かせて囚人のように部屋から一歩も出ないというヒッキーを満喫していたであろう。
俺も、それができるなら一番良かった。
だが、どれ程嫌だろうと俺には部活に行くだけの理由があった。
それを聞くと多くの人間はハードな運動系の部活を思い浮かべる。
例えば野球部。
夏も冬も関係なく学校のグラウンドでバットの素振り、走りこみをやらされ夏も冬も関係なく汗を欠く。
この時期は甲子園があるため、普段の練習にも一層の熱が入るだろう。
例えばサッカー部。
試合に置いて体力がモノを言うこのスポーツは年がら年中走らされボールを蹴ってまた走る。
体力はどんなスポーツでも必要だが、球技においてバスケと並んでこれ程重要視されるのもそう多くは無いだろう。
何せこのスポーツは球をけりながら走ってゴールを目指すスポーツなのだから、この暑い夏の中でも特に悲惨なことになっている連中だろう。
だが、俺の所属する部活はこの暑い日差しの中を動き回る部活ではない。
寧ろ、俺は今学校の制服を着ている時点で運動部ではない。
俺の所属する部活動とは、「文芸部」である。
何をするの、と聞かれても、俺は本を読んでるくらいしか答えられない。
本当に、ただひたすらに本を読むだけだ。
ただし、読む本は毎週男の子がこぞって買うような漫画でもなければ、可愛い女の子が主人公を助けてくれるようなご都合主義に塗れた楽しいライトノベルでもない。
国語の教科書にも載るような偉い人達のエッセイやその時代を代表するような文豪の小難しい小説群だ。
それらは勿論人を選ぶ。
ましてや読むのは高校生なのだから飽きる者もいるし投げ出す者もいる。
かくいう俺も、その一人だった者だ。
俺の高校は必ずどこかの部活動へ入らなければならず、面倒を嫌う俺は数多ある部活の中から一番楽そうな部活を選んだ。
それが「文芸部」だ。
本を読んでいるだけでいいなら、何か適当な小説か伝記物の漫画でも読んで時間を潰そうかと考えていた当時の俺は何を気負うでもなく図書室へ向かった。
適当に決めた部活ではあったが、それを理由に幽霊になるような適当な人間でもなかったのだ。
そして、俺と同じような感じで部活に入った新入生は地獄を見た。
楽そうかと思えば、蓋を開けてみれば―――というやつだ。
正直最初はがっかりしたし、億劫になった。
俺と一緒に入った奴らは全員ノックアウト。一週間と経たずに幽霊となって今では顔も見ない。
更に、元々この「文芸部」自体人が少なく、先輩に至っては2年3年と合わせて片手で足りる。
要するに、この部活は本当に本が好きな物好きが集まる部活だった訳だ。
なあなあな気持ちで入った来た奴らと話が合う訳もなく、新入生との溝は深まる一方だった。
なんせ、本ばかり読んでいるのだから普段そうでない人のテンションについて行けない。
まぁ所謂根暗な人達の集まりなのだから、コミュニケーションが弾む訳もない。
そんな部活に、今は唯一となった一年生である俺が未だこの部活を辞めない理由は一つだ。
それは、思春期男子の純粋な下心。
率直に言って、この部活の部長である3年の紀柳奏先輩のことが好きだ。大好きだ!
俺はその人にお近づきになりたいがために、本を読み、毎日欠かさずに部活へ参加し続けた。
例え俺など眼中になかったとしても、俺は先輩の声が聞きたい。顔を見たい。話がしたい。
その欲望に比べれば、夏の暑さなど暑いだけのものだ。
人は時に、欲望によってそれが何であれ突き動かされてしまうものなのだ。
学校まであと残り数分。
それまでに俺は溶けてしまっているアイスを食べ終えてから近くの公園で手を洗い、再び学校を目指す。
汚れたままの手で本に触れればそれこそ先輩の逆鱗に触れかねないので、きちんと綺麗にしてからでないといけないのだ。
それで嫌われてしまえば、俺の心は一生立ち直れない程の傷を負ってしまうだろう。
それから程なくして校門へ到着する。
グラウンドからは運動部の元気な声が鼓膜を振るわせる。
こんな熱い日の中汗水垂らして青春しているのだから、彼らは湧水のような元気に溢れているのではなかろうか。
俺なら今の時点でバテバテなのでその元気を分けて欲しいくらいだ。
登校中はまだアイスで気を保てていたが、それもアイスが口の中へ行くまでの話。
持ってきた少ない荷物からの水筒の水分ではこの暑さを払拭するまでには至らない。
今の俺は気力だけで学校に来ていると言っても過言ではないのだ。
「はぁ、11時まで30分切ってると言っても暑すぎだろ。溶けて汗になりそうだ……」
口ではそう言っても、まずは先輩に合わなければ今日の苦労は報われない。
なので俺は汗を流す運動部を尻目に昇降口へ行き、足早に図書室を目指した。
「おはよーございまーす」
図書室の扉を開け、初めにそう言った。
何事も挨拶は大事なので続けると決めてからは毎回行っているルーチーンに似た何かだ。
「おはよう、宮田君」
まぁ、実際の所部長の紀柳先輩がほぼ確実に挨拶を返してくれるからが理由なのだが……。
宮田雅。
名前だけ見れば女子と間違えられそうな、俺の名前だ。
小学校の頃はよく名前関連で苛められたが、俺自身は全く堪えたことはなかった。
むしろ、俺はこの名前が好きだ。意味的に大まかに言えば『美しい』ことを表す言葉だ。
こんな俺にはもったいない言葉だが、俺は例え泥沼にあっても美しく咲く睡蓮のような感じがして何となく気に入っていた。
「今日も来てくれてありがとう。あなたが読めそうな本はいつも通りそこに置いておいたから、自分で見繕いなさい」
そう言って紀柳先輩は読んでいる本から目を離さずに座っている右側を指差した。
本は紀柳先輩の両側に塔のように積み重なっているが、左側にある本は全て紀柳先輩の読む本だ。
対して右側にあるのは俺が読めそうな本だ。
「文芸部」に入りたての頃、俺は本を読むということが習慣化していないため読める本というものが無かった。
適当に手を出しては本を開き、文字の量に圧倒され本を閉じ、また適当に本を出してはを繰り返していた。
そんな俺を見かねて読書初心者である俺でも読めそうな本をいくつか見繕ってくれたのが紀柳先輩だった。
凛とした雰囲気を身に纏い、背中の方まで伸びた艶のある黒髪を揺らしながら佇む姿は、どこか良いところのお嬢様なのだろうかと思わせる上品さを醸し出す。
その顔立ちは大変整っており、10人に聞けば10人が美人だと答えるのは間違いない。
俺と一緒に入った多くの一年男子もその美貌に引き寄せられた。
だが、この「文芸部」において彼女の本に対する情熱は本物だった。
妥協を許さない読書に対する真剣さは後輩である俺達にも向けられた。
少しでも大声を出そうものならその場で締めだされ、本を落とそうものなら本を大切に扱わない者はいりませんと締め出され、本を読まずに携帯を弄れば本を読みに来ていないと言うのなら帰りなさいと締め出される。
ただひたすらに彼女は読書をすることだけを部員に求めていた。
この部活に余り人が居ないのも、彼女の性格が一助となっていることは否定できなかった。
それ故に大半の者がこの部活を後にする。
残った者は例外を除いて本当に本が好きな物好きだけになる訳だ。
「いや~、なんかスンマセン。いつも選ばせちゃって……」
「そう言うなら早く自分一人でも選べるくらいには成長なさい。いつまでもこれじゃあなたのためにはならないわ」
「いやぁ、そうは言ってもタイトル見てもどれを読んでいいかわからないですし……」
自然と頬が緩む。
話せたということもそうだが、こうして紀柳先輩の声が聞けることが純粋に嬉しい。
「タイトルだけ見てもわかる訳ないでしょう?肝心なのは中身よ。文量と内容のつり合いを見て自分に合うかどうか決めるのが普通よ」
「読書初心者にはハードルが高いスよ……」
そう言って俺も机の方へ向かう。
紀柳先輩の位置は決まって一番手前の席の右側。そうすると図書室に入って一番最初に視界に入るのは紀柳先輩となる。
俺はその景色の為に夏休みに入ったというのに活動している「文芸部」に毎日顔を出していると言っても過言ではない。
極めつけはこの部に所属している本の虫ともいえる他の先輩方もこの夏の暑さには弱いのか、夏休みに入って1週間経つというのに未だ顔を見ていない。
つまり、夏休みは、俺と、紀柳先輩で、二人きりなのだ!!
これを逃さない俺ではない。
全てはこのためである。
「そうかしら、例えば……そうね。これなら宮田君も知っているでしょう。太宰治の『走れメロス』」
「あぁ、小さい頃テレビで見たことありますよ、それ」
「短編だから、宮田君でも読みやすいと思うわ。太宰治らしからぬ情熱に溢れる作品ね」
『走れメロス』、一度は教科書とかでも見たことがある。
別に好きだとかは思わないけど紀柳先輩の言った通り読みやすいと言えば読みやすい。
「そういや、今日も他の先輩達来てないんスね」
「そうね。まぁ仕方のないことなのだけど、皆本当に本が好きだから少し寂しいわ」
その寂しさを俺が埋めてやります、何て言えれば男の甲斐性として十分なのだろうが、この俺がそんなことを言える訳もなく、「そうスね」と返すくらいだ。
「そういや、紀柳先輩は何の本読んでんスか?」
本を読もうと思っていても、ふと目の前に好きな人が居れば集中できるものもできない。
つまり俺は公的に紀柳先輩と会話できるということだ。
本を読んでいれば厳しさマックスの紀柳先輩も多少大目に見てくれるらしい。
それは入部してから約3か月で地道に積み上げてきた俺との精一杯の関係だった。
「私?『学問のすゝめ』、福沢諭吉よ」
「い、1万円……」
何かシリーズものの推理小説だとかを読んでいるかと思えば、まさかの回答である。
「もう沢山の本を読んできたから最近は専ら哲学にも手を出し始めたわね。それに、図書室の本もそろそろ読み終えてしまうし……」
「え、ここにある本全部スか!?」
「ええ。私、読むのは早い方だから」
この学校の図書館は読書ガチ勢である「文芸部」の存在でちょっとした量の本がある。
そのジャンルは様々であり、ライトノベルから紀柳先輩が読んでいるような本当に難しい本もある。
それをほぼ読み終えたということは読むのが早いという次元の話ではない。
ぶっちゃけ家でも借りて読んでいるじゃあるまいか。
「すごいスね」
それからしばらくは言葉を交わさなかった。
勿論もっと話したいが、それ以上に先輩の邪魔をしたくなかったからだ。
それに、俺自身もこの沈黙は苦じゃない。
お互いに同じ場所で本を読むことで同じ時間を共有し合っている気がして、同じ時間を過ごしている感覚がして俺も気に入っている。
それから1時間30分くらい経っただろうか、心地の良い沈黙は静かに破られた。
「……少し、暑いわね」
「確かに、今12時スから丁度ピークでスね」
「そうね……」
そこから紀柳先輩は本を置いて少し考えを巡らせている様だった。
あの紀柳先輩が本を置くということは、それだけこの部屋が暑いのだろう。
現在、学校などの公共施設はエアコンを設置する所が増えてきており、学校の教室等もエアコンを付けている所も少なくない。
だが、残念ながらうちの高校のこの図書室だけはどうしても規模や予算の問題で後回しになっていることが現状なので、今はどうにか窓を開けて風を通して頑張っている状況だ。
確かに暑いが、外程ではない。
けれど暑いのもまた事実なため、熱中症には十分に気を付けねばなるまい。
だがメリットはある。
それは、汗を欠く紀柳先輩が見れるということだ。
透けるなんてことは無くとも、汗を欠く女性というものはそこはかとなくエロスへ通じる何かを感じると俺は思う。
「宮田君。扇風機を持ってきましょう」
「扇風機、ですか?」
「ええ。流石に図書室で倒れる訳にもいかないから、上の理科準備室から取ってきましょう」
「え、何で理科準備室に扇風機が……」
「今年入った新入生は知らないでしょうけど、あの教室は半分物置みたいになっているの。だからあの部屋には扇風機が3台もあるのよ」
「なんか意外スね……」
なんのかんの言ってても始まらないので、俺と紀柳先輩は早速行動を開始した。
まずは鍵を取りに行くために職員室へ行く必要がある。なので、ここは後輩である俺が行くべきだろう。
「じゃあ、俺職員室に鍵を―――」
「いえ、私が取りに行くわ。涼しいもの、職員室」
「え……」
「ふふっ、宮田君は理科準備室で待っていて」
そう言って紀柳先輩は若干足早に職員室へと向かっていった。
「い、意外とお茶目だな。紀柳先輩……」
そして、そんな場面を俺だけが目の当たりにしたという少しの優越感が胸に残る。
初めて目にした好きな人の意外な一面というのは案外破壊力に富んでいた。
「…と、理科準備室行かなきゃ」
俺も鍵のかかった理科準備室へと向かう。
理科準備室前についてからしばらくすると、鍵を持った紀柳先輩がこっちに来る。
距離的に時間がかかっていた気もするが、それは言わぬが華なんだろう。
「鍵、取って来たわ。……開けるわね」
そう言って紀柳先輩は理科準備室の開錠を手早く済ますと扉を開ける。
そして俺達を襲ったのは、真夏の天敵である、猛烈な蒸し暑さだった。
「うわ、なんだこれ!……て、窓締め切ってるからそりゃ暑いよな……」
「……宮田君」
「は、はい……」
呼ばれた瞬間、俺は何となく察しがついた。
「扇風機、取ってこれる?」
「……」
正直、この蒸し暑さを必死に内包した教室に入って、扇風機を取りにいくのは億劫だと言う他ない。
なんならこのまま帰りたいくらいだ。
けれども、好きな人にそう言われれば行くしかないのが男の性である。
「2人で入って扇風機を取りに行く選択肢は、あります?」
「ごめんなさいね宮田君。私、寒いのはいいけど暑いのは苦手なの……」
もしかしたらと思い、せめて一緒にどうですかと伸ばされた手は無情にも紀柳先輩によってあっけなく払われた。
それを悲しいとは言うまい。
「……わかりました。行ってきます!」
これ以上紀柳先輩につらい思いをさせたくない一心で、おれは覚悟を決め部屋に入る。
直後、扉の前に立っていた時とは一線を越える蒸し暑さが俺を襲う。
「宮田君、どう?」
「ええと、奥の方に見えるスけど、人体模型とかが邪魔で結構かかりそうスね」
「押し付けてごめんなさい」
「いいんスよ。こういうのは男の仕事でしょう?」
「そうね……。じゃあ、無事に扇風機を取ってこられたら少しご褒美を考えてもいいわ」
なん……だと……!?
「それ、嘘じゃないスよね!?」
「ええ、二言は無いわ」
そして、暑さと俺の真剣勝負が幕を開けた。
舞台は理科準備室。
この内側から蒸発するような暑さを耐えぬいて奥の方に眠る扇風機を取ってくる。それだけのミッションだ。
理科準備室は使わない実験器具や模型によってかなり狭い。
扇風機を手に入れるにはそれらを越えなければならないのだ。
意を決して、一歩ずつ歩を進める。
「このへんの棚になるやつとか壊れたら弁償だろうなぁ。こっちの人体模型とかなんか無駄にリアル」
普段こういった場所には踏み込まないからか、いくらか珍しいものに目が惹かれる。
だが、それらを超えて遂に扇風機のあたりまで来れた……のだが―――
「どう?持ってこれる?」
「んー……えっと、紀柳先輩、扇風機の所までは来られたんスけどなんか色々物が散乱しててめっちゃ取りにくい感じに……」
「そう……、そのまま扇風機だけ持ってこれる?何だったら少し乱暴にしてもかまわないから」
「そ、そうスか。じゃあ遠慮なく……」
扇風機の首の部分をしっかりと持ったまま俺は植物を引っこ抜く要領で扇風機を引っ張り出そうと試みる。
すると―――
「よっ、とっと。案外いけたな……」
意外にも扇風機はすんなりと引っこ抜くことが出来て多少拍子抜けを食らう。
俺はそのまま扇風機を持って言われたとおり無事に理科準備室を出ることに成功する。
「ふう、あぁ何か理科準備室から出るだけで涼しいスわ……」
「ありがとう宮田君。それにしてもすごい汗ね、この中本当に暑そうね」
「いやほんとに、蒸し焼きになりますよここ」
「本が汚れても嫌だから、拭いてあげるわ」
―――え?
すると紀柳先輩はスカートのポケットからハンカチを取り出すと汗でべったりと濡れる俺の顔を優しく拭き始める。
「え、あ、ちょ……紀柳先輩。ハンカチ汚れちゃいますよ」
「いいのよ、私は気にしないわ」
「あ、や、俺が気にするというか……なんというか……」
いきなりそんなことをされしどろもどろになる俺を許してほしい。
流石に予想外の事態に頭は真っ白だ。
「つか、ご褒美ってこれですか?」
「何を言っているの?宮田君の希望を聞いていないじゃない」
「……希望?」
「少しのご褒美と言っても、本人の希望次第というのは当然でしょ?」
「え、あ、ま、マジスか……!」
「ええ。だから何か希望が有れば聞くわ」
え、えと。
落ち着け。
あの紀柳先輩が俺の希望を叶える形でご褒美だと……!!
これは、考えなければ。
一生にあるかないかの大チャンスだ。
これをきっかけに告白だとかそういう雰囲気に持っていくのは流石にできない。俺じゃ無理だ。
だが、きっかけを作ることはできるはずだ。
そう、きっかけを。
……デートはどうだろうか?
こういう風に何かしら言われた時、じゃあデートしてくださいとか言ってみて、まずはどこまで希望として受け入れてくれるのか反応を観察するのだ。
もしこれでオーケーならそのままデートに行けるし、ノーだとしてもそこからまた新しく上限を踏まえて考えられる。
だからそう、まずはデートの誘いだ。
週末にデートへ誘って、雰囲気がよかったらその場で告白とか……ね。
無理なんだろうけど、どうしたって想像は膨らむものでもし本当に叶ったのならばどれだけ嬉しいことなのだろうと俺は夢想する。
その夢を現実にするために、まずは、……まずは、デートに誘うのだ。俺!
「え、えと……じゃあ、デ、デ、デ……」
「ふふっ、落ち着いて。ゆっくりでいいから」
「は、はい……」
これがどうして落ち着いていられよう。
紀柳先輩の声でますます緊張する自分を抑えられない。
頭は真っ白になり、どんどん思考能力が削がれる。
ぼーっとするような感覚になるが、それでも俺は紀柳先輩に伝えねばならないのだ。
「っ!」
そして大きく息を吸って、ついに俺は言葉にした。
「お、俺と、付き合って下さい!!」
最終的に言おうとしていた、最後の言葉を。
「―――」
次の言葉がでなかった。
やってしまったと思った。
緊張で気が動転して、有ろうことか俺は紀柳先輩に告白したのだ。
いや、どうしたって暴挙以外の何物でもない。
そして、紀柳先輩から無慈悲な言葉が紡がれるのを予想して俺は目を瞑った。
「わかったわ、よろしく宮田君」
「……へ?」
紀柳先輩はそのまま俺の手を握った。
「変な声をだすのね。ちゃんと私の話を聞いていた?」
「……え、聞き間違いじゃなければ、了承した気がスんですけど」
「もしかしなくても了承したわ。今時しっかり告白してくれるなんて肝が据わっているのね」
「え、や、俺何でか全くわかってないんスけど……」
「あら、意外と鈍いのね。その辺りは自分で考えなさい」
「―――!!!」
顔から火が出る程真っ赤になっている自覚がある。
それ程に、暑さでやられたとかでなく単純に顔が熱かった。
そんな紀柳先輩の顔も朱色に染まり柔らかな笑みを浮かべていた。
「改めて、よろしく……おねがいします」
「ええ、こちらこそ」
そうしてぎこちなく繋いだ手は今度こそ振り払われずに、ぎゅっと握り返された。