教訓:口は禍の元である
第8話です
【恐怖耐性Ⅰ】
状態異常「恐怖」に対する耐性を獲得する。スキルレベルの向上により効果上昇。
ペコさんが突然獲得したのは、このようなスキルでした。
ひとしきり大騒ぎの後、ユーヤさんとガレスさんはペコさんを取り囲んで聞き取りを始めたようです。
どうやらスキル獲得に至るまでの行動や、僕を視認して状態異常「恐怖」を受けた回数等を事細かく確認して記録しているようですね。
「ああ、こうやって記録しとくと情報屋が買うときに色を付けてくれたりするんだよ」
聞くところによりますと、こうした記録は攻略情報を専門に売買するプレイヤーたちに販売するなどの使い方があるそうです。
「より新しく、詳しくなるほど情報っていうモノは商品価値が高くなるんだよ。ま、おかげで良い小遣い稼ぎにもなるんだが」
「何と言っても未確認のスキルだからな。うまくいけばこの護衛クエストより稼げるかもしれん」
成程。未確認という事は、ペコさんが手に入れたのは余程珍しいスキルなのでしょう。
「珍しいなんてもんじゃないさ。そもそも「恐怖」なんていう状態異常からして新発見なのに、状態異常に対する【耐性】スキルが本当にあったなんて大発見だよこれ」
あれ、そうなんですか?
てっきり【毒攻撃】なんてスキルがあるものですから、【毒耐性】みたいなスキルもあるのかと思っていましたが。
「そりゃみんな考えたわよ。【毒攻撃】持ちを片っ端から集めて攻撃くらいまくってた「解析組」のプレイヤーもいたわ。でも、結局誰も見つけることが出来なかったからね。だんだん皆諦めていったのよ」
「ああ、しかし実際こうして【耐性】スキルがあるという事がわかったんだ。アプローチによっては「毒」や「麻痺」に対する【耐性】スキルも発見できるかもしれないな。……で、ペコ。「恐怖」状態になってからの移動歩数について何だが……」
ふむ、確かに一種類でも見つかるという事は他の物も見つかる希望になるでしょうね。
ところで、瞬きの回数とか本当に関係あるんですかそれ? というか覚えてるんですかそれ?
そうこうしていると、不意にインフォメーションが開きました。
《プレイヤー達の行動により、状態異常に対する【耐性】スキルの生成が確認されました。以後、SP獲得スキルに【耐性】系統スキルを追加します》
「は?」
「え?」
「おいちょっとまて」
ふむ、追加されたのは【毒耐性】【麻痺耐性】【スタン耐性】【恐怖耐性】【魅了耐性】【混乱耐性】【封魔耐性】……。
状態異常ってこんなにたくさんあったんですね。
「……あー、これ、ひょっとしなくてもペコが【耐性】スキル取っちまったせいか。……嘘だろぉ……儲ける予定が……」
「……納得いかないわー。すっごく納得いかないわー。今更SPで取れたところで……」
「ま、まあ思うところがないではないが……結果オーライという事にしておこう。な。」
「クソ……ファリエルの野郎絶対足元見やがるぞこれ。なんでこんなタイミング悪く……」
……おおう、皆さんから何やら妙なオーラが立ち上っていますね。温厚そうなガレスさんですらよく見ると口元がひくついています。
「ええと、皆さん今まで結構苦労されてたんでしょうか?」
「うん、僕もあまり詳しくはないけど、あの3人はβテスターでね。β時代からずっと【耐性】スキルを取ろうと頑張ってたらしいよ……」
成程、今までの苦労は何だったのかという話でしょうから、その、心中お察しします。
「ふ、ふふふふふ、案の定掲示板がお祭り騒ぎよ。クソ運営への罵詈雑言と【耐性】を獲得したプレイヤーの捜索祭りが起こってるわ」
掲示板を開いたミーシャさんが暗い笑みを浮かべています。
……あ、うん。確かにすごいですね。とんでもない速度でスレッドが消費されていきます。あ、また一つ終わりました。
ううむ、MMORPGの暗部の一端を覗き見ている気分ですね。
「……やばいな。ペコ、SPで取ったことにしとけよ」
「う、うん。わかった。でもこれ、シンさんがすごく困ったことになるんじゃないかな?」
へ? 僕ですか?
見れば、ガレスさんたちは揃って難しい表情を浮かべています。
「そうだよなあ……これが「毒」とか「麻痺」の状態異常スキルならまだ良かったんだろうけど、「恐怖」はなあ……」
「「恐怖」を付与できると確認されているのは、モンスターまで引っ括めても現状シン君くらいだ。……というかただでさえ目立つしな君は」
……ええ、怪しさ満点のカ〇ダタもどきですからね。むやみやたらと大きな体も相まって、見た目のインパクトは絶大と言えるでしょう。
「騒ぎに乗じて掲示板にブラフばら撒いとく?」
「やめとけ、失敗したら目も当てられん」
ガレスさんもユーヤさんも考え込んでくださっています。
まあ、僕は今日会ったばかりで縁も所縁もありませんから、最悪僕が町の手前で引き返せば――
「全員できっちりウーノに帰れる方法を考えようか。だから、簡単にあきらめちゃいかんぞシンくん」
……あれ、何で今考えてること分かったんでしょう。
そんなに僕、考えていることが顔に出やすいのでしょうか?
「何考えているか知らんが、君は今立派に俺たちの仲間で、旅の同行人だ。せっかくの縁を、無為になくすこともないと思うぞ?」
……こういうのって、なんていうんでしたっけ。
お節介? 旅は道連れ? 何か微妙に違う気もしますが。
僕は赤の他人のはずなのですが、こうして他人様に親身に考えていただいているというのは――今まであまりなかったかもしれませんね。
なんでしょう。間違っても嫌な気はしません。むしろ、ありがたいとさえ感じます。
……うん。さすがにこうまでしていただいてだんまりを決め込むのは不義理というものです。
「……あの、皆さん。すみません。実は―――」
「あ、あはははは……え、本当なの? 狼にもキンスラみたいなのがいて、しかもそれ倒したって……えぇ……」
「……いや、これ、マジか……うわ、マジなのか。いや、なんていうか……」
「シン君……人間なの? リアルでスー〇ーサ〇ヤ人ってわけじゃないよね?」
腹をくくって皆さんに今までのことを告白し、僕が持っている称号の効果を開示した後の反応がこれでした。
……怒られるかと思いきや、ドン引きされています。覚悟していなかった分こちらの方がつらいのですが。
「その、すみません。皆さんのクエストの邪魔をする原因を作ってしまったみたいで……」
「あ、ああ、いや、多分その辺はあんまり関係ないと思うから別にいいんだが……ちょっと衝撃の情報すぎるな。君のそれは……」
あれ、あんまり関係なかったのですか……ひょっとして、僕余計なことを……
「……ふぅ、よし、少し落ち着いた。ええと、要はシン君の「恐怖」付与能力はこの【狼の天敵】って称号のせいなんだな? なら話は簡単だ。非表示にしてしまえばいい」
「非表示……ですか? すみません、どうすればいいんでしょうか」
「ああ、ステータス画面の称号にカーソルを合わせて少し待ってみてくれ。横にオプション機能の表示が浮かんでくるから、そこから称号非表示を選ぶんだ。すると称号が他人から確認できなくなって、効果も発動しなくなる」
ええと……おお、言われた通りの表示が出ました。「非表示」っと……
「ええと、これで大丈夫でしょうか?」
「ああ、ペコ、どうだ?」
「あ、うん。もう何も感じないよ。大丈夫みたい」
念のために外套のフードも脱いでみますが、蜥蜴の姿をあらわにしても全く問題なかったようです。
……ああ、よかった。もう町に入ることもできない流浪コースを心配しなくてもよさそうですね。
「なあ、シン君。今俺たちに話してくれたことなんだが、秘匿したいと思うかい?」
ガレスさんが真面目な表情で質問してきました。
そうですね……皆さんの反応を伺うに、安易に広めては面倒の元のような気がします。何より、姉さんと愛利栖ちゃんに迷惑がかかるようなことは避けたいです。
「ええと、できればその方が嬉しいです。あまり目立つのは得意ではありませんので……」
「ふむ……なら少し回りくどい方法だが、君を目立たせずに済ませる方法はある。どうだい?」
おや、そんな手段があるのですか?
「俺達の知り合いで、情報の売買をやってる奴が「解析組」という情報ギルドにいるんだ。彼らに情報を売り渡せば代金を貰うと同時に、情報の管理を任せることが出来るよ」
「はあ、情報を、管理ですか?」
「ああ、シンくんの個人情報はあくまで秘匿した上で、【狼の天敵】【決闘者】の称号と、君が倒したフォレストウルフロードの情報を彼等の手で公表してもらうんだ。情報を商売にしてる連中だから、信用が置けるという点では保証するよ」
ふむ。つまり僕がこの称号を持っているという事は隠してくれた上で、称号の情報自体は広めていただけるという事ですか。
……するとどうなるのでしょう?
「君は人前では称号を非表示にしておけば、君がそれを持っているという事は誰にも気づかれずに済むだろう。情報は一度出してしまうとそれを詮索しようとする連中が出てくるものだ。そんな連中を全部「解析組」に押し付けることが出来るのさ」
「ええと、なんだかそれは非常に気の毒な気がするのですが……」
「ん、その辺は……たぶん大丈夫だね。それに彼らの方にメリットがないわけじゃない。少なくとも今はね」
ふむ……何かお考えがあるようなのですが、当面僕にとってはこの称号の情報はリスクにしかならなそうです。
ここは、お任せした方がよさそうですね。
「では、お手数ですがお取次ぎいただけますか?」
「ああ、任せてくれ」
再び護衛を続けながら街道を進んでいくと、正面から何やら高速で近づいてくるものがあります。
ええと……え?
「……なんだか、見間違いかもしれませんが、とんでもなく大きなカタツムリがこっちに爆走してきてませんか?」
「いや、正しいよ。あれは「解析組」のサブマスが持ってる乗騎だね。彼はスネイルライダーという職業だからねえ……」
……ええと、職業なんですかそれ?
あ、そういえば僕今無職でしたね……町に着いたら職を探さないといけないんでしょうか。
カタツムリは見る見るうちに近づいてくると、その大きな殻の上から人型の何かが此方に飛び移ってきます。
「ガレスウウウウウウッ!!!! さあ吐け今吐けとっとと吐けえええっ!! 【恐怖耐性】をどうやって取ったあ! というかそもそも「恐怖」をばら撒いてくるモンスターはどこだああああっ!?」
飛び移って来たのは、狼の耳を頭の上に生やした女性でした。ものすごく血走った目でガレスさんに飛び掛かって胸倉掴んでますね。
……あれえ、ガレスさんよりずっと小さいのになんでガレスさんが振り回されているんでしょう。これがステータスの差というものなんでしょうか?
「お、落ち着けワンニャン、今話すから、振り回すな」
「ちょっとマスター! 落ち着いてくださいよ! 悪いガレス、この状況でえらく気が立っててな……」
狼耳の女性を後ろから羽交い絞めにしたのは、やたら渋い声のカエルさんでした。声からして男性でしょう。
「ふー……ふー……ああ、すまないガレス。さっきから煽りやら苦情やらのメッセージがひっきりなしでな……いらん八つ当たりだった。悪かった。……だからファリエル、そろそろ離してくれ」
「はいはい。ええと、どうするガレス。君が言っていたのはそこのでっかい……ああ失礼、『リザードマン』という種族の彼のことでいいのかな?」
此方に笑顔を浮かべたのでしょうけど、カエルの顔は非常に表情が読み取りづらいですね。
……僕も似たようなものだと思うんですけどね。なんで考えていることバレるんでしょうか。
読んでいただきありがとうございます。