ある日、森の外、熊さんたちに出会った
やっと森を抜けられました。
第7話です
目が覚めた時、そこには青い空が広がっていました。
穏やかな日差しに柔らかな風。まごう事なき、いつもの湖畔です。
フォレストウルフロードやその眷属の姿はすでになく、あれが使った【魔狼決闘】で作り出された水底の決闘場も、跡形もありません。
湖は、普段と同じ穏やかな水面を広げているだけでした。
ゆっくり体を起こし、自分の身体を見回します。
フォレストウルフロードに食われたはずの左腕の欠損も修復され、HPも全快しているようです。
どうやらデスペナルティになって少しばかりステータスが落ちているようですが、残り時間を見るに、8時間もすれば元に戻るようですね。
とりあえず、メニューとログを確認して―――ようやくほっと安堵しました。
「……よかった。なんとか勝ってたみたいですね。正確には相打ちなんでしょうが、復活できるから僕の勝ちでいいでしょう」
正直、アレをもう一度やれと言われてもご免被ります。それに、あまりこっちにばかり感けていたらあとが怖いのです。
「よし。それじゃやることもやりましたし、遅ればせながらウーノに向かいましょうか」
もう狼たちにわざわざ構う必要もありませんし、のんびりとステータスの確認でもしながら進みましょう。
アバター シン
種族 リザードマン
レベル 16(+7)
職業 なし
HP 1337(+362)
MP 0
STR 84(+23)
VIT 84(+23)
AGI 53(+14)
MAG 26(+7)
LUC 0
スキル (余剰SP:30)
【スラッシュⅣ】【スケイルナックルⅢ】【ヘヴィシュートⅣ】【テイルアタックⅡ】【直感Ⅲ】【鱗装甲Ⅶ】【HP自動回復Ⅲ】【水中行動Ⅱ】【毒攻撃Ⅲ】
右手装備 斬馬刀(劣)
左手装備 なし
頭 なし
胴 なし
脚 レザーレギンズ
足 なし
装飾1 なし
装飾2 なし
称号
【決闘者】【狼の天敵】
レベルもスキルレベルもかなり上がりました。狼討伐300匹分にフォレストウルフロードの分も合わせて、経験値ががっぽり手に入ったお陰でしょう。
SPもレベルアップ分以上にありますね。フォレストウルフロードを撃破した報酬で貰えた分は、嬉しい臨時収入といったところですね。
この使い道は後で考えるとして、気になるのは「称号」の方です。
【決闘者】
決闘に勝利した者に与えられる称号。PvP時に全能力向上(小)
【狼の天敵】
無数の狼を葬った者に与えられる称号。狼系の相手に対し能力値上昇補正(中)
【狼】系統種族に対し状態異常「恐怖」付与(小)
【決闘者】の方はあの【魔狼決闘】が関係してると思うんですが、ひょっとしてほかにもあんな面倒くさい事やってくる奴がいるんでしょうか?
うん、あれは一度やれば十分です。次は是非ご遠慮したいところですね。
こちらの【狼の天敵】については……うん、都合600匹以上狼を虐殺してますからね僕。天敵呼ばわりされても文句は言いづらいですね。
ところで、「狼に対して状態異常「恐怖」付与」とあるんですが……
「ひょっとして、さっきから全く狼が寄ってこないのはこれのせいなんでしょうか? 今後狼関連のクエストがあったら苦労しそうですね……はぁ……」
まあ、インベントリの中には狼関係の素材は捨てるほど入っていますから、素材集めとかなら何とかなりそうですね。
……それにしても、狼というのは決まった素材しか落とさないのでしょうか? 牙と爪と毛皮の3種類しかありません。
唯一違うのは、フォレストウルフロードが落としたと思しき素材1つくらいでしょうか。
【魔狼の魂】 レア度:???
種を率いし狼の残照。用途不明。
名前からしてどう見てもアレのドロップですよねこれ。怨念とか籠ってなければいいんですけど。
「おや、そろそろ森も終わりでしょうか」
ミニマップに細い道のようなものが表示されました。姉さんの言っていた街道でしょう。
よし、ではここから街道沿いに南に向かえば町に着くのでしたね。
どれくらいの距離があるのかはわかりませんが、とりあえず姉さんに――――
「くそっ! こいつらまた仲間を呼びやがった! 追加が来るぞ!」
「ちょっとペコ! こっちに流れてきてるじゃない! ちゃんと倒しなさいよ!」
「ご、ごめん! 数が多くて!」
あれぇ……?
どうしてまた、こんな物騒な場面に出くわすんでしょうか?
見れば大きな馬車の周りに数人の獣人が陣取り、襲い掛かってくる無数の子鬼を迎撃しているようですね。
「うわっ! 何アレ、リザードマン!? 新手!?」
「ちょっ! こんな時に! だれかあれを倒しに行って!!」
「無茶云うな! こっちは手いっぱいだ!」
しかも、何でしょうか。
こっちを見る目が、なんだか敵の増援を見るような目で見られています。
……やはりリザードマンでも半裸はまずいのでしょうか?
そうしていると、小柄な犬耳の剣士さんが子鬼たちに押し込まれて倒されてしまいました。現実の僕も人の事は言えませんが、こういう時に体格が小さいと損ですよね。
……うん、何となくほっとけない気になってきました。助太刀してみましょう。
「ひっ! ……あれ?」
「結構です。そのまま動かないでください」
犬耳剣士さんにのしかかっていたゴブリンの首を撥ねると、そのまま彼の周囲にいた子鬼どもに一閃。
スマートに両断というより、鉄塊で千切り飛ばしたといった方が正確でしょうけど、撫で斬りです。
うん、やっぱりこうやってまとめて叩き切るのは気持ちいいですね。
おや? 戦闘中だというのに獣人の方々も子鬼共もぼうっとしてどうしたというのです?
……ああ、助太刀のつもりでしたが、獲物を横取りに来たのかと思われているのかもしれません。改めて、事情を伝えましょう。
「不躾に失礼いたします。少々助太刀させていただきたいのが、よろしいでしょうか?」
「え? あ、はい、お願いします……」
「御許可いただき、ありがとうございます」
よし、許可もおりましたね。
準備運動がてら勢いよく地面を蹴り、僕に返事を返してくれた大柄な熊の戦士の真正面に着地します。
ついでですので数匹ほど踏みつぶしておきましょう。
「では」
斬馬刀を一閃。戦士の前にたむろしていた十数匹の子鬼を丸ごと両断します。
戦士さんは片手斧を持ってらっしゃいますが、それでは如何せんリーチに不安があるのではないでしょうか?
ともあれ、熊さんの正面にいた子鬼は殲滅しましたので、次は近くにいた猫耳の魔術師風の女性の前に移動します。
移動の勢いをつけて尻尾と太刀の薙ぎ払いで一蹴。うん、狼よりも随分脆いですね。これだけで肉塊になるとは。
さて、最後になって申し訳ありませんが狐耳の剣士さんにたかっていた子鬼たちがラストです。飛び蹴りで数匹の頭を飛ばすとともに、刀で残りの首を撥ねます。
うん、人型というのはやはり切りやすいですね。まあこの体の膂力であれば急所をいちいち考えなくても――
――脅威接近――
おや? 【直感】さんの警告ですね。
振り返ると――おお、僕より大きな相手はあのクソ犬以来でしょうか。
子鬼たちとは違ってこれまた筋骨隆々とした巨大な鬼です。丸太のようなこん棒を携えて、実に斬り甲斐がありそうですね。
随分ゆっくりとこん棒を振りかぶっていますが、いちいち待ってあげる必要もないでしょう。
刀の峰に片手を添え、力任せに股下から切り上げると……あれ?
ちょっと待ってください。なに勝手に真っ二つになっているんです。
クソ犬ほど理不尽に硬い相手を望んだわけでもありませんが、多少は斬り応えがあっていいもんじゃないでしょうか? 豆腐か何かですかこいつは?
見掛け倒しもいいところじゃないですか。これならちょっと大きめの狼の方がまだましです。【直感】もこんな程度にいちいち反応しないでもらいたいものです。
「……ええと、これで全部でしょうか?」
うん……これなら手助けなんて要らなかったかもしれませんが、笑ってごまかしましょう。ごめんなさい。
僕が助太刀に入ったパーティーは、第二の都市ドゥーエから最初の都市ウーノへと移動するNPCの商人を護衛する、というクエストを受けていたそうです。
本来は比較的楽なクエストだったらしいのですが、今回は道中に出てくる子鬼が普段の数倍以上の数だったと云うことで、苦戦を強いられていたそうですね。
「何でも、黒狼の森の狼たちが最近出てこなくなったらしくてな。そのせいでゴブリンが異常に発生して困ってるって話らしいんだよ」
「成程、そうだったのですね」
大きな熊の戦士――ガレスさんによる話です。
あの子鬼はとても頻繁に仲間を呼ぶらしく、広域殲滅型の魔法などで一気に焼き払うのが、最も有効な対処方法らしいのです。
しかし、大量発生していたため予定していたよりも戦闘の回数が増えてしまい、主火力である魔導士―――猫獣人のミーシャさんのMPが尽きてしまったことから、このような事態となってしまったということでした。
はい、関係があるかどうかはわかりませんが、黒狼の森で狼を大量虐殺したのは僕です。心の中で謝ります。ごめんなさい。
ともあれ、このままでは手が足りず苦戦することが見えているということでした。
流石に原因を作っておいて放っておくというのも寝覚めが悪いものです。そこで、最初の都市への案内も兼ねて同行させてもらえないかお願いしてみたところ、快く許可してくださいました。
うん。少々時間はかかるかもしれませんが、こういうのも案外楽しいものですね。
「いやぁ。それにしても『リザードマン』ってものすごい火力と体力なんだな。初めて見たけど驚いたよ」
道中に出現したゴブリンの群れを一太刀で薙ぎ払うと、狐耳の剣士―――ユーヤさんが感心したように言っていました。
「都市に僕と同じようなリザードマンはいないのですか?」
「少なくとも俺は見たことないねえ。ガレスも見たことねえだろ?」
「ああ、少なくともシン君のような種族は無いね。爬虫類系種族というだけなら、ラミアとかタートルとかもいるんだが」
「あ、知ってる。掲示板で話題になってた美少女ラミアちゃんでしょ?あの子マジ可愛いよねー」
話に乗ってきたのはミーシャさんです。本人曰く、美少女と美少年の話題なら何でも食いつくとのことですが……すみません。よく理解できそうにないです。
「ああ、あんな美少女そうそういねえよな。ま、どうせベースのアバター弄ってんだろうけどよ」
「おン? ちょっちそいつは聞き捨てならないわね。私の美少女センサー的にはアレは天然物と見たわね!」
「お前そう言ってこないだ性転換した狐太夫見抜けなかったじゃねーか!」
「あ、あ、あれはたまたまよ! ほら、他は基本的中させてるじゃない! ペコだってなかなか――あら?」
おや、気が付けばいつの間にか一人減っていますね?
やめてくださいよ? そして誰もいなくなったというのは暗い闇夜だけにしてくださいね。
「ちょっとペコ、あんたなんで馬車の隅で震えてんのよ? 具合悪いの?」
「ご、ごめん、でも、よくわからないんだ。さっきから、なんだかすごく怖くて……」
そう言ってシーツを被って震えているのは、先ほど助けた犬耳剣士さんですね。
……あ、ひょっとしなくても、そういうことでしょうか。
「すいませんペコさん。多分僕のせいでしょう。僕には狼に対して「恐怖」の状態異常を付与する能力がありますから……」
「「恐怖」!? なにそれ! え? そんなスキルあるの!? すっごい! 黒狼の森で探索し放題じゃん!」
目を輝かせて迫るミーシャさんに、思わず気おされます。
「へえ、あの森の中から出てきたってのはそういう理由か。……できればスキルの名前くらい教えてもらいたいところだけど、そいつはマナー違反だな」
「そうだな。そういう訳だからミーシャも少し落ち着け」
ガレスさんとユーヤさんに窘められて、ミーシャさんは渋々引いてくれました。
なるほど、ゲームに関する情報は軽々に取り扱わない方が良いのでしょうね。
「うぅ……あ、ほ、本当だ。これ、状態異常なのか……でも、どうやって解除するんだろう?」
「「恐怖」なんて状態異常初めて見たからなあ……時間経過で治るんじゃねえか? 具体的にどんな異常なんだ?」
「ええと……まずはシンさんに近づきたくなくなる。それと……ステータスが軒並み下がってるね」
「ふむ。継続ダメージなどは特にはないのか?」
「それはなさそうだね。……あ、だめだ。シンさんの方見るだけでぶり返してくる。ごめんね」
「いえ、僕の方こそ申し訳ありません」
狼に対して「恐怖」付与とは知っていましたが、【狼】系統種族って、犬人も含まれるんですか。
というか、一般のプレイヤーにまで効果があるなんて思いませんでした。
「うーん……【狼】が関係する種族がシンくんを見ただけでこうなるのか。こりゃ大変だぞ」
え?
「まったくだ。人狼をはじめとして【狼】が関係する種族のプレイヤーはかなり人口が多いからな。シン君が町に入ったら大混乱になるんじゃないか?」
なんですと?
「あ、ひょっとしてNPCも影響受けたりするのかしら? 総合ギルドの受付嬢のクラウディアちゃんとか思いっきり対象じゃない」
……僕、町に入れず放浪コースなんでしょうか?
「ええと……姿を隠せば何とか……なりませんかね?」
「うーん……試してみる? とりあえずこのシーツ頭から被ってみて。ペコ、どう?」
「あ、だいぶマシかも。怖いには怖いけど、直接見なければ耐えられないほどじゃないよ」
おお! 光明が見えましたよ!
「それじゃ、僕に任せてよ。【裁縫】のスキルがあるからもうちょっと素材があれば外套を作ってあげられるよ」
なんということでしょう。救いの主はここにいました。
早速NPCの商人さんに、持っていた狼素材と物々交換で数枚のシーツを譲っていただきます。
ペコさんにシーツを渡すと、すぐさまスキルを発動させて僕に姿を隠す外套を作ってくれました。本当にありがとうございます。
「どうでしょう。状態異常は緩和できていますでしょうか?」
特に頭が隠れていないと意味が無いようでしたので、マントに大き目のフードが付いたような外套になっています。
装備してみると、目の部分に穴が開いたマントを頭から被った、やたらマッチョな体躯の何かという奇妙奇天烈な生き物になりました。
これ、その、某有名RPGゲームに出てくる盗賊……いえ、これ以上は贅沢というものです。ペコさんのご厚意には感謝しかありません。
「うん。完全に影響がないわけじゃないけど、かなり軽減されてると思うよ。ウーノには僕よりもっと優秀な本職の生産職がいるから、相談してみるといいよ」
「あー、みんてぃあさんとかなら素材と報酬に応じてやってくれそうだよね。変態☆紳士さんは……女の子キャラじゃないから無理かな。腕は間違いないんだけど」
「無理だろ。あいつは自分の欲望に死ぬほど忠実だからな……ラミアちゃんの修道服作ったのあいつらしいし」
「うげぇ……あいつまたレシピガン無視で自分の自前のデザインセンスと服飾スキルで作ったのね……これだから技術を持った変態は」
……おおう、なんだか凄く濃そうな方ですね。
でも、服飾をされる方のお名前を伺えたのは収穫です。町に着いたら探してみましょう。
「あれ……? え? うわ……本当に……?」
和気あいあいと会話していると、何やらペコさんがびっくりしたような表情を浮かべます。
「ん? どしたのペコ? なんか見つけた?」
「あ、いや……その……」
「……【耐性】スキルが、『生えた』」
街道に、ガレスさんたちの驚愕の叫びがこだましました。
読んでいただきありがとうございます。