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決闘者

第5話です。次回、掲示板回です。

 「っ!冗談にもほどがありますっ!」


 フォレストウルフロードが放った咆哮は、巨大な衝撃波と共に周囲の水を一気に吹き飛ばしました。

 僕も当然のごとく吹き飛ばされ、露となった湖底に転がされました。

HPが結構な量減ってしまったことを感じながらも、当然そのままでいるわけにはいきません。

 叩きつけられた衝撃を利用しながら、なんとか体勢を立て直します。


 「……何だというんですか、これは」


 僕の視界には、少々理解しがたい光景が広がっていました。

 湖底まで露となった湖に、吹き飛ばされた水が濁流となって戻ろうとして――不可視の壁のようなものに阻まれているのです。

 僕とフォレストウルフロードを中心とした円形に、大凡半径20m程度の広さでしょうか。

 それはまるで、水の壁に囲まれた決闘場のようでした。


 まだ毒が残っているのか、フォレストウルフロードはゆっくりと立ち上がりながらも、煌々と輝く瞳でこちらを睨み付けてきます。

 窒息と毒によるダメージで削り続けたHPゲージは、いまだに1/4は残っています。


 《フォレストウルフロードの特殊スキル【魔狼決闘】が発動しました。以後、いずれかの対象が死亡するまでの間結界内からの脱出は不可能です。また、勝者の判定まで決闘への一切の介入は許可されません》


 ……はい。ご丁寧にアナウンスありがとうございます。あとで覚えててください。

 だいたい、AIが進化とか意味が分かりません。まともに相手してたらレベル差とステータス差で一方的にやられるのは目に見えているじゃないですか。ハメ技使って何が悪いんです。

 ああ、最悪です。唯一の勝ち筋だった溺死はもう使えませんし、僕のSTRでは微々たる規模でしか奴のHPを削れません。

 対して相手は毒で動きが鈍っているとはいえ、AGIに関しては少なくとも僕の倍以上はあるでしょう。

 正面から戦って勝てないから知恵を絞り、運の味方もあったとはいえ有利に戦いを進めてきたというのに、こういうひっくり返し方をしますか。

 ああ、もう、本当に――


 「上等ですクソ犬。ここできっちり開きにしてやります」


 手にしたのは斬馬刀。頼みにするのは鱗の肉体。

 いざ、尋常に――

 

 二つの獣の咆哮が、激突した。




 【ベルセルクチャージ】


 それは、彼の狼の身体を黒い弾丸へと変じさせる一撃。

 その突撃は生半可な防御など薄紙のように打ち破り、半端な回避はその身に纏った衝撃波で跳ね飛ばす。

 全力であれば、本来リザードマンなど容易く戦闘不能に追い込めるであろう必殺の一撃は、その身を毒に侵されてなお、その威力と速度は常軌を逸する物だった。


 ただし、狼の眼前に立つリザードマン(シン)は、およそ常軌のモノとはかけ離れていた。

 万全の状態でさえその動きを見切る異常な蜥蜴の前では、毒で鈍ったその突撃はあまりにも遅すぎた。

 まして、初めて会敵した時よりもはるかに強靭となったその鱗の前には、狼が纏う衝撃波ですらそよ風のごとく往なされるだけだった。


 最小限の動きで狼の突進を回避したリザードマンは、その交叉の刹那に丸太のような脚で狼の腹を蹴り上げる。

 蜥蜴のSTRは低い。狼とは、本来比べることが笑い話のような差があると言っていいだろう。

 実際、当たったとはいえ狼に与えられたダメージはたったの「1」。

 システム上のSTRとVITの差によって生じるダメージは、残酷なまでに圧倒的な力の差を映していた。


 ただし、()()()()()()()()()()()()は、話が別だった。

 実に身長2.5m、体重にして300kgに届く蜥蜴の巨体を、跳躍一つで十数メートル先にまで運ぶほどの脚力で、全力の蹴りを叩き込んだら、どうなるか――。

 確かに、ダメージはほとんどない。ただし、狼自身の突進による運動エネルギーと、真下から蹴り上げられた運動エネルギーが合わさればどうなるか。いちいち考えるまでもないだろう。


 明後日の方向へ飛び出した狼を、蜥蜴は逃がさない。

 間髪を入れずその尾を巨木のような腕を伸ばして掴み、咆哮と共に全力で引っ張った。

 

 ガクン、と、狼の身体を衝撃が襲う。そして一瞬の浮遊感の後、思わず耳を塞ぎたくなるような破砕音と共に、狼の巨体は露となった湖底に叩きつけられていた。

 群れを束ねる主として、その巨体を誇る狼ですら、その衝撃は堪えた。

 本来有り得ない向きから強制的に地面に叩きつけられた衝撃は、狼の巨体を再び浮き上がらせるほどのものだった。

 狼の視界が衝撃で歪む。蜥蜴の直接の攻撃ではほとんど削れることのないHPが、構造物である湖底との衝突ダメージによって削られる。


 そのゲージの動きを見て、蜥蜴は哂った。


 狼をバウンドさせた勢いのまま、蜥蜴は逆方向に尻尾を引っ張った。

 再び、狼を衝撃が襲う。先ほど同様の衝撃に、今度は狼の口の中から数本の鋭い牙が零れ落ち、光となって消えていった。

 そして、三度。四度――


 蜥蜴は、その凶悪な顔に兇悪な笑みを浮かべて狼を振り回す。

 振り回し、叩きつける。バウンドの勢いを使って再び振り回し、今度は逆方向に叩きつける――


 それはまるで、冗談のような光景だった。

 蜥蜴の巨人が、その数倍もの大きさの狼の尾を掴んで玩具のように振り回し、何度も何度も執拗に湖底に叩きつけているのだ。

 しかもその勢いは、だんだんと速度を増してきていた。

 より強い力で叩きつけ、より強くなった反動を利用してさらに早く振りまわし、さらに強い力で叩きつける――


 それはまるで、漆黒の竜巻がその場に生まれたかのような勢いだった。

 狼の全身を、衝撃の痛み以上の怖気が襲った。


 狼は()()()()を知らなかった。

 ()()()()は、いつも自分が他者に与えるものだった。

 

 それ(恐怖)を、決して認めるわけにはいかなかった。

 

 


 【ルナティック・ハウル】


 それは魔狼と呼ばれる種の切り札。

 自身の生命力(HP)を削ってまで放つその咆哮は、【ベルセルクチャージ】によって生じる衝撃波の数倍もの威力の音の爆弾だ。

 単純な威力だけでも、木っ端の如き相手は肉塊と化す狂気の咆哮は、流石の蜥蜴でさえ無傷で耐えることはできなかった。


 本来、この咆哮は心弱きものの動きを止め、ともすれば一撃で死に至らしめる副次効果を持つ。

 その効果は、今眼前の蜥蜴が放つそれ(恐怖)よりも遥かに強力なもののはずだった。



 ――なのに、何故、どうして――



 蜥蜴は衝撃波をまともに受け、後方へと吹き飛ばされている。 

 開いた間合いは、狼にとって絶好の隙だった。

 なのに、今、再び【ベルセルクチャージ】を放てば容易くあの蜥蜴を食い殺せるはずなのに。



 ――どうして、この身体はあの蜥蜴に怯えて動かない――



 あり得なかった。

 有り得てはいけなかった。

 あれは、狼にとって弱者に他ならない。一撃で小石のように吹き飛び、二撃で容易く散る。まさに吹けば飛ぶような雑魚のはずなのに。


 自身を襲う怯懦を吹き飛ばすように、狼は吠えた。

 こんなものは間違いだ。

 こんなことはあってはならない。

 狼は再び【ベルセルクチャージ】を放つ。

 漆黒の弾丸は、狼自身の恐怖から逃げ出すように、その本来に近い速度にまで加速した。

 吹き飛ばされ、背中から倒れた蜥蜴に先程のような回避は適わない。

 狼が絶対の自信をもって蜥蜴に食らいつこうとした―――次の瞬間。


 「!!!!!!!??????!?!!」


 狼の世界は反転し、湖底めがけて顔面から盛大に突っ込んだ。


 蜥蜴はその強靭な背筋をフル稼働させ、体を尻尾から縦に一回転させてみたのだ。

 その回転は見事に飛び掛かろうとする狼の腹に直撃し、痛撃は与えずとも突進の軌道を変え、湖底に着弾させてその大口に大量の土砂を食わせることに成功していた。

 再び狼のHPゲージが削れる。自爆に近いダメージだが、蜥蜴の全力での攻撃を数十倍する痛撃が狼に襲い掛かっていた。


 尻尾の勢いそのままに体勢を立て直した蜥蜴は、湖底に頭を埋めている狼に全力で切りかかる。

 だが、悲しいかな。その一撃一撃で与えられるダメージは実に微々たるものであり、毒を再度付与することに成功はすれど狼が自爆したダメージには到底至らぬ程度の痛みしか与えられない。


 ステータスの差は、残酷だ。

 如何に蜥蜴が無双の剛力を誇っていても、ステータス上狼のVITを上回ることはない。

 故に、どれだけ全力で切りかかろうとも、殴ろうとも、与えられるダメージは「1」


 やがて、緩慢な動きになりつつも狼は地面から頭を抜き取り、再度咆哮する。

 

 蜥蜴は咆哮によってふたたび吹き飛ばされ、狼と蜥蜴の格闘は再度火ぶたを切った。









 「ゼェッ……ゼェ……本当に、冗談じゃありません。何でさっさと死なないんですかこのクソ犬……」


 「……グルルルルルル……」


 一体、何度交叉を繰り返したでしょうか。

 毎度毎度死にそうな気持であの突進をいなしたり躱したりして、直後にできた隙めがけてひたすら切り込む。ルーチンワークといかないあたりがつらいところです。

 途中1回ミスって左腕を丸ごと食われたせいで、もう投げ飛ばすこともできません。まあ、代わりにアイツの尻尾引き千切ってやりましたが。

 ああ、欠損ダメージがかなりきついですね。スリップダメージみたいにじわじわHPを削ってきています。なんだかだんだん削られ方が大きくなってきた気がしますし、これは良くありません。


 とはいえ、あのクソ犬もなんだかんだでもう長くないでしょう。何度投げ飛ばして殴ったかもう覚えていませんが、散々喰らわせまくった毒や欠損ダメージのおかげで、奴のHPゲージはもうドット単位でしか残っていません。

 それに、左の後ろ脚を集中攻撃した後からはそこも部位破壊になったのか、突進もしてきませんね。

 まあ、代わりに恐ろしい速度でお手されるんですけどね! かすったら死にます!


 ああ、いけません。テンションがおかしいですね。そろそろブチ切れるのも燃料が尽きてきましたか。


 右腕一本で刀を構えなおし、全力で右方向に駆け抜けます。

 脚を破壊した後の攻撃パターンは大体理解が出来ました。

 大きく変わるのは、攻撃の主体がカウンター待ちになったことでしょう。


 狼は基本的にその位置からあまり動かず、主に前足の爪を振るって近づくものを排除しようとするようです。

 振り方は左右からの薙ぎ払いと上からのスタンプの2種類。直前動作がわかりやすいので躱すこと自体はそれほど難しくはありません。

 問題は、その後の行動です。


 狼の左前脚を使った薙ぎ払い―――これを誘発させた僕は、極端に体をかがめて懐めがけて飛び込みます。ですが―――


 「ちっ! 外れですか!」


 狼は、あの咆哮をあげて僕を吹き飛ばします。これも直前で回避行動をとってしまえばダメージ判定は回避できるようです。しかし、吹っ飛ばされて強制的に仕切り直しのような形にされるので非常に面倒なのです。

 これが噛みつきの方なら、さらにそれも躱して腹の下にもぐり、切り刻めるんですが……


 吹き飛ばされた先で体勢を立て直した僕は、即座に狼めがけて突進します。

 次は、右側に誘導して―――


 そう考えた瞬間、【直感】が警告を鳴らします。

 全力でブレーキをかけることも間に合わない―――とっさに僕がとった行動は、ヘッドスライディングのように頭から湖底に突っ込みました。

 直後、黒い弾丸が僕の頭上を通過します。


 「……最悪です。あのタックルまだできたんですか……」


 すぐさま体勢を立て直し、着弾後に反転した狼と相対します。

 正直、あれを躱せと言われてももういい加減自信がありませんね。そろそろ欠損ダメージが自動回復を超えてき始めました。

 このままだと、僕がスリップダメージで死にますね。


 ……そういえば、あのクソ犬、HPドットの状態から減らなくなってますね。ボスはスリップダメージじゃ死なないんですかね?

 ああ畜生。考えてみれば当然ですが、やっぱ腹立つものは腹が立ちます。


 一つ、大きくため息をついてから再び構えなおします。

 どちらにしても、これが最後でしょう。

 僕が最後にアレに一撃入れて勝つか。時間切れで死ぬかです。

 非常に不本意ですが、最後くらいは相手の流儀に乗ってやりましょうか。と、いうかたぶんそうしないと終わらない気がします。


 ホント。こういうギャンブルはあまり好きじゃないんですけどね。


 右腕一本で構えた斬馬刀。

 全身を真横に、左足から右腕の先までを一直線に。

 イメージするのは槍。

 ただひたすらにまっすぐに。すべてを穿つようにまっすぐに突き出される槍。


 ぞっとするくらいに静まり返った一瞬の後


 黒い弾丸は、一直線に蜥蜴の剣士に襲い掛かる。

 その口を大きく開き、小癪な蜥蜴を丸呑みにせんと、音すら超える速度でただ、まっすぐに。

 待ちわびていた、蜥蜴の血肉が口の中に納まる、その瞬間に―――


 咆哮と共に剣士は、その全力をもって穿った。


 ため込んでいた力をすべて開放。太刀も、自分の腕も、上半身さえ飲み込まれようとしたその刹那に、全身のばねを一気に解き放って狼の喉奥に太刀を突き立てた。


 直後、湖を押しとどめていた結界は消失する。

 押さえつけられていた水は我先を争うように元の水底に納まろうと殺到し、濁流となって残されていたものを飲み込んだ。



 《フォレストウルフロードの撃破に成功しました。》

 《種族ボスの撃破により、ボーナスSPが付与されます》

 《【魔狼決闘】に勝利しました。称号【決闘者】が付与されます》

 《死亡しました。デスペナルティが発生します。》

 《レベルが上がりました。死亡中のため回復効果が無効化されました。》

読んでいただきありがとうございます。

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