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仄暗い水の底から

第4話です。

 目を覚ませば、そこには青い空が広がっていました。

 見覚えのある種族固有スタート地点。トゥール湖の湖畔は、僕が最初に来た時と変わらず穏やかな水面を広げています。


 【直感】には今のところ、何も引っかかってはきません。狼たちも、今位はおとなしく森の奥に引っ込んでいるのでしょう。

 少し、安心しました。

 正直、今あの手の姿を見ただけで我を失いそうになる程度には、腸が煮えています。

 たかがゲームと、飲み込んでしまうのは楽でしょう。

 何しろこっちはゲームを始めたばかり、相手はボスキャラ。負けて当たり前です。理屈をこねてこの感情を抑え込むのは、それ程難しい事ではありません。


 煮沸しそうになる頭を冷やすため、目の前の湖に身を横たえます。

 冷たい水が、実に心地よいのです。思えば、最初に狼と戦った時に逃げ込んだのもこの湖でした。

 ここは、このリザードマンの身体にとって故郷の様なものなのでしょうか。時折不思議な温かみさえ感じます。


 さて、少し感情も落ち着いてきました。 

 自分が負けず嫌いであることは、自覚しているつもりです。

 ゲームではなかなかそうなることはありませんでしたが、熱中しているもので負けると、悔しさで身が千切れるような気にもなります。


 今、感じているのはそれに近い感情でした。

 うん。これにそのまま身を任せるのは流石にどうかと思いますが、間違いなくあのクソ犬をぶちのめす燃料にはなりますね。

 モチベーションの維持というものは大切です。せっかくやるのですから、適う限り楽しみましょう。

 

 ……丁度いい温度です。もう少し頭を冷やしたら、あれを殺す方法でも考えましょうか。


 ゆっくりとまどろむように、僕は湖の中で目を閉じました。









 さて、冷静になったところであの犬畜生にリベンジする方法を考えましょう。

 姉さんや愛利栖ちゃんには申し訳ないですが少々予定を延期させてもらいます。苦情は後日受け付けましょう。

 僕が今やるべきことは、可及的速やかにあのクソ犬を殲滅してウーノの町に向かうことです。目的は見失わないようにしましょう。

 では、そのためにも現時点での戦力を確認しましょうか。


  アバター シン

  種族   リザードマン

  レベル  9(+7)

  職業   なし

  HP    975(+357)

  MP    0

  INT    61(+23)

  VIT    61(+23)

  AGI    37(+15)

  MAG    18(+7)

  LUC    0

  スキル (余剰SP:16)

  【スラッシュⅡ】【スケイルナックルⅡ】【ヘヴィシュートⅡ】【テイルアタックⅠ】【直感Ⅱ】【鱗装甲Ⅲ】


 右手装備 斬馬刀(劣)

 左手装備 なし

 頭    なし

 胴    なし

 脚    レザーレギンズ

 足    なし

 装飾1  なし

 装飾2  なし


 あれ?【テイルアタックⅠ】なんていつの間に増えたんでしょうか?

 ……だめです。思い出せません。そういえば尻尾を振り回していたら慣れてきてどんどん楽に使えるようになったイメージはありましたが、定かではないですね。

 というか、SP使わなくてもスキルって増えるんですね。まあ、いつどこでなぜ増えたのかさっぱりですから、二羽目の兎は期待しない方がいいでしょう。

 気を取り直してステータスですね。ふむ、もうLUCの数値は見ないことにします。

 HPがものすごく増えているような気がしますし、他のステータスも順調に上がっていますが、やはり胴装備を壊されてしまったのは痛いですね。

 というか、リザードマンだから割と違和感ありませんが、人間だと半裸で斬馬刀持った変質者ですよねこれ。

 気づきたくなかった現実からはとりあえず目を背け、レベルアップで大量に取得したSPの使い道について考えることにします。

 まずは姉さんに勧めてもらった【HP自動回復】ですね。これは確定です。

 残り10ですか……あのクソ犬対策を考えなければいけませんが、悩みどころです。


 まず、前提としてLv50という圧倒的なLv設定があります。すなわち、ステータスを考えてみた場合僕とは隔絶された違いがあると考えていいでしょう。

 特に速度に関しては比べることさえ烏滸がましいかもしれません。所詮でかい野良犬ですから、肉迫してしまえばある程度攻撃の軌道は先読みもできるでしょう。

 ですが、単純な駆けっこでアレと勝負とかまともな知性を疑います。

 そうなると、一度戦闘に入ってから逃げるとか、場所を動くとかは難しいかもしれませんね。

 であれば、アレと遭遇したその場所が戦場となるわけですが、そもそもあのクソ犬、どこから湧いて出やがったんでしょうね?


 とりあえず、わからないことは調べてみましょう。

 このゲームではゲームの中から公式の掲示板にアクセスできるようです。いろいろスレッドがありますが……よくわかりませんね。

 ……実のところ、僕この手の掲示板ってほとんど見たことがなかったんですよね。纏められているものなら見るんですが……。

 とりあえず、総合質問に関するスレッドを覗いてみましょう。


 掲示板の情報を覗いてみてもあのクソ犬の情報は見当たりません。というか、この黒狼の森の情報自体がほとんどありませんね。

 少々がっかりしつつ、スレッドを流し読みしていると――


 「……おや? これは……キングスライム、ですか。成程、スライムを倒し続けたら出てくるボスキャラ……」

 

 少々興味深い情報を見つけました。

 どうやら最初の都市ウーノの近くのフィールドでは、特定条件で出現するボスキャラが確認されているとのことです。


 「何体倒せばいいんでしょう……。ふむ……そういえば、さっきも狼を都合300体ほど倒してましたね」


 よし、ならばとりあえず狼を狩り続けてみましょう。もし当てが外れたとしても狼300体分の経験値は無駄にはなりません。

 それよりも考えるべきは、もしこの予想が大当たりしてアレが出てきやがった場合ですね。

 真正面から戦っても勝てないなら、少しばかり小細工が必要です。何しろ、相手を攻撃したところでダメージがほぼ入らないのですから倒しようがありません。

 勝因があるとすれば、この強靭な蜥蜴の筋力です。ダメもとで後ろ脚を引っ張ったら転ばせることに成功しましたので、上手くいけばあのクソ犬を腕力で抑え込むだけならできるのかもしれません。


 「……関節技、締め技……四足の動物に有効な締め技って何がありましたっけ? というか、いっそのこと水の中に沈めて溺死させますかね? 普通の狼も最初はそうやって駆除しましたし」


 果たしてボスキャラにそのような狡い手段が通じるのか甚だ疑問ですが、元より勝率0%に近い喧嘩を売るのです。男は度胸と言いますし、何でも試してみるとしましょう。

 そうなると、そもそもアレを水の中に沈めるまで僕が生き残っている必要があるのですが……おや? ひょっとしてSP2でスキルレベルも上げられる…? 

 ふむ、これはよさそうです。ここはひとつ、信頼と実績の【鱗装甲】先生を頼りにしましょう。突進の直撃は耐えられなくても、ひょっとしたら殺意の高すぎるお手くらいは緩和できるかもしれません。

 あとはそうですね……あ、これはちょっとよさそうです。取りましょう。あと、ダメ元でこれも取っておきましょうか。 


 調子に乗って取得していたらSPが尽きてしまいましたが、結局あの犬コロを呼び出すために、先程と同じくらい狼どもを倒す必要があると予想します。今日ほどとは言わずとも、ある程度レベルが上がればSPの補充は期待が持てます。

 

 ……これで出てくる条件違ったら……ああ、もう考えるのは止めにしましょう。碌なことになりません。 

 少々疲れも出てきたところです。今日はこのくらいにして、明日改めてログインしてから始めましょう。

 二人にログアウトする旨の連絡を入れて、本日は終了です。









 はい。翌日です。明日から休みになりますので、宿題を終わらせたらログインですね。

 学校では愛利栖ちゃんがいつになったらウーノに来れるのかとしつこかったですが、連休中にはたどり着けるよう努力するという事で勘弁してもらっています。

 ……まさかタイムリミット設定されるとか考えていませんでした。


 さておき、ログインしてからひたすら狼を釣りだしては殲滅する作業を繰り返しています。おかげでレベルもスキルレベルの方も順調に上がっていますね。


 【毒攻撃Ⅱ】

  アクティブスキル。任意の攻撃に毒効果を付与する。スキルレベルにより威力上昇。


 【水中行動Ⅰ】

  パッシブスキル。水辺、または水中での行動制限が解除される。スキルレベルにより水中でのスキル行使に追加補正。


 新しく取得したスキルもなかなか有用です。狼をまとめて毒で弱らせ、湖に放り込んで溺死させるというコンボですが、面白いように嵌っていますね。

 このゲームでの「毒効果」は、一定時間継続的に固定ダメージを与え続けることと、相手のステータスを低下させる効果があるようです。

 今はスキルレベルもⅡですが、それでも普通の狼くらいなら毒効果だけでもHPの1/3は削れています。非常に強力ですね。

 もちろん、刀も使って軽快に両断することも忘れません。

 森から、少し大きめのフォレストヒュージウルフが飛び出してきました。前回はこれの後に出てきましたが、今回はどうでしょう。



 ――脅威接近――

 ああ、ビンゴですね。狼を大量に殺戮し続ければ決まったパターンで出てきてくれる。実にゲームらしくて良い。

 森の奥から、忌々しいあの気配が近づいてきます。


 ええ、前回と同じようなご登場ですか。だけど、それはもう見ましたからね。


 


 漆黒の弾丸と化したクソ犬――フォレストウルフロードは、前と同じく僕めがけて超高速の突進を仕掛けてきました。

 ですが、一度見たものなら、対処くらいはできるというのもです。ましてこのために頭の中で何度再現して見せたことか。


 相手との接触ギリギリのタイミングを図って回避行動を取ります。こうまでして避けられないのではそもそもお話になりま――あれ?

 直撃は回避しましたが、妙な衝撃波が襲ってきました。【鱗装甲Ⅵ】まで強化された先生のダメージカット機能でダメージは無効化されていますが、なるほどこの突進こんな付加能力があったのですね。

 それにしても、【鱗装甲】は流石の信頼度です。見事にダメージをカットしてくださいましたので、衝撃波などおそるるに足りません。ざまあみやがれですクソ犬。


 「それと、飛び出す先くらいは確認を勧めます。犬畜生に言っても無駄でしょうけどね」


 わざわざ森の中からここまで狼を釣りだして戦っていた理由など、これ以外にありません。

 僕が回避したために犬コロが飛び出した先は―――我が故郷たる湖の真上です。


 「オオオオオオオオオッ!!」


 雄たけびと共に全力でクソ犬の尻に回し蹴り風に【ヘヴィシュート】です。ほら、もっと湖の奥の方に吹っ飛びやがりなさい。

 相も変わらずダメージ表示は「1」ですが、この身体での全力蹴りです。突進の勢いに加えて尻を蹴飛ばされたおかげで、クソ犬は綺麗に吹っ飛んで大きな水飛沫を上げました。

 では、僕もあまりもたもたしていてはいけません。早くしないと、あいつが体勢を戻してしまいます。

 奴の後を追って全力で走り幅跳びを敢行した僕は、狙い通り着水した犬コロの鼻先に着地します。空中で前転しながら踵落とし風の【ヘヴィシュート】はおまけですから遠慮なく食らうがいいのですよ?

 あ、何偉そうに犬かき始めてやがるんです? さっさと水の中に沈みなさい。

 踵落としで鼻先を再び水中に叩き戻し、そのままの勢いでもう一度ジャンプ。


 「浮かんでくるんじゃありませんよ!」


 両足で踏みつけ風に【ヘヴィシュート】を叩き込むと、その勢いでクソ犬の頭は湖底にまで沈みます。


 《【ヘヴィシュートⅡ】のスキルレベルが上がりました》


 あっはっは、問題ありません。さらに続けましょう。

 水中で延々頭に【ヘヴィシュート】のストンピングです。

 普通の狼のAIは基本的に水中で戦うことは想定していないようですが、どうやらボス個体のこいつでも基本は同じようです。

 水中に落とされた狼は、全力でもがいて岸に帰ろうとします。

 悲しいかな、AIの限界なのかもしれませんが、こいつらは全力でもがいている間、非常に無防備になります。

 何とも都合の良い話ですが、それなら僕がやることなど一つです。


 「つまり! この方法大正解ってことですよね! 大人しく溺れやがりなさいこの駄犬が!」


 【水中行動】を使い、クソ犬の頭を延々踏みつけて湖底に叩きつけます。

 忌々しいことに、僕の踏みつけで与えられるダメージ表示は相も変わらず「1」ですが、どうもこのゲーム地形によるダメージは別計算ではいるようです。


 「1」、「5」、「1」、「4」、「1」、「6」、「1」、「4」……


 ……こういうところでもイラつかせてくれますね。僕の蹴りの数倍のダメージが湖底に頭を叩きつけた時のダメージで入っています。理不尽です。

 

 「1」、「3」、「1」、「4」、「1」、「5」、「1」、「25」、「4」、「1」……


 おや、なんだかかなり大きな数字が出ましたね。……なるほど、これが窒息ダメージですか。これはかなりのダメージソースですね。

 ……くやしくなんてありません。でもイラつくのでちょっと勢いをつけて踏みます。……やっぱ「1」ですか分かってましたよこのクソ犬!

 

 「まあ、その為にこれもあるんですがねっ!」


 【毒攻撃Ⅱ】発動。ストンピングにさらに毒効果を付与です。力加減を変えてもダメージ一緒なら、数を増やす方向に移行します。

 こちとら最初からボス個体に一撃で毒が通用するとは思っていません。効くまで踏み続けるだけです。


 「1」、「7」、「1」、「5」、「1」、「5」、「1」、「6」、「1」、「4」、「1」、「3」、「25」、「1」、「4」、「1」……


 ……動物虐待とか言わないでくださいね? これゲームですし、そもそも人様を食い殺してくるような害獣を駆除するのに手段なんて選んでる暇はないのです。

 昔の偉い人も言ったそうですよ? 「勝てばよかろうなのだ!」でしたっけ?

 

 そうこうしていると、急にフォレストウルフロードはぐったりしたようにおとなしくなりました。

 ダメージ表示を見ると、どうやら毒が効いてくれたようです。窒息よりも速いペースで同じくらいのダメージを稼いでくれていますね。

 うん。これはやはり取って正解でした。どうも幸運の女神は僕に微笑んでくれているようです。後でお礼のメッセージでも送りましょう。運営に。

 蹴り続けていくと、毒の状態が解除される前に再び毒が付与されたようです。毒のダメージの表記が二つ並びました。重複するとか想定外ですが、嬉しい誤算ですね。


 「1」、「6」、「1」、「5」、「20」、「20」、「1」、「5」、「1」、「6」、「20」、「20」、「1」、「3」、「25」、「1」、「4」……


 良し、良いペースです。僕の攻撃だけではピクリとも動かなかったクソ犬のHPゲージがじわじわと削られていきますね。

 おっと、また毒が追加付与されましたか。どうもこの毒状態になると、能力値と一緒に状態異常に対する抵抗力も落ちるみたいですね。


 くくく、何とも好都合な話です。毒に耐性を持たれたりとかほとんど効かないことも心配していましたから、これほど覿面に効果があるとは!

 じわじわと削れていく狼のHPゲージは、すでに三分の一を割り込んできています。ストンピングで与えるダメージと共に、毒がもうすでに三…あ、今四回分の重複になりました。もうゴリゴリ削れていきますよ。


 梃子摺らされましたが、これで―――





 《一定の条件を満たしたため、AIの進化を行います。対象:フォレストウルフロード》


 



 そのインフォメーションと同時だったでしょうか。


 大人しかったフォレストウルフロードの瞳に輝きが戻り、世界を引き裂くような咆哮をあげたのは。

読んでいただきありがとうございます。

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