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深い嘆きの森

第3話です。

 目を覚ますと、見慣れた自室の天井です。

 強制ログアウトで無理やりVRの世界から引き戻されたせいか、多少ぼんやりした視界で周りを見回そうと……無視したくてもできないものがいますね。


 「……ねえ珠樹姉さん? いろいろ聞きたいことがあるんですが、とりあえず僕の上から退いてください」


 仰向けになっている僕のお腹に上に載っているのは、全ての元凶……もとい。諸悪の根源……違う。幼馴染の珠樹姉さんです。

 ……ああ、嫌な予感がする。こういう少し膨れた子供のような表情を浮かべているときと、一切の感情がない無表情の状態のこの人は、ベクトルこそ違えど確実に僕と愛利栖ちゃんを振り回しにかかるのです。


 「ちょっとお姉ちゃん! 窓から飛び移るのは反則でしょ!」


 勢いよくドアを開けたのは、ショートヘアの髪を靡かせた美少女―――と言うと調子に乗るので言いませんが。珠樹姉さんの妹の愛利栖ちゃんですね。別名、僕の共同被害者とも言います。


 「もぅ、たっちゃんってばぁ。お姉ちゃんずっとずっとずうううっと町の中探してるのに、どこにいるのよもお!」


 ……あれ、もしかしてこれ、僕が変なところからスタートしてしまったのが原因ですか?

 とりあえず正直に言いましょう。僕も今現在進行形で困っていますし。


 「ええと、すみません。最後の選択肢で種族固有スタートっていうの選んじゃって、今湖のほとりで狼の駆除をしてます」


 「……え?」

 「……ほらぁ、やっぱりじゃない。よくわからない選択肢が追加されてた時点で辰也に連絡しときなさいって言ったでしょ。何が『愛の力があれば大丈夫』よ」


 姉さん。愛があってもどうしようもないものはどうしようもありません。

 ……いえ、すいません。これについては選択する前に確認しなかった僕の落ち度ですね。


 「……そ、そんなぁ……あんな選択肢βの時はなかったのに……うう、私達とたっちゃんを引き裂くだなんて……」

 「はぁ……愛の力があれば何とかなるんでしょ」

 「愛利栖ちゃんの意地悪ぅ!」


 愕然として崩れ落ちるのはいいんですがね。ほんといい加減降りてください。口にはしませんが重いのです。





 多少姉さんが落ち着いたところで、情報交換をすることにしました。

 どうやら最後の選択肢は正式バージョンから追加された選択肢らしく、姉さんと愛利栖ちゃんは揃って市街スタートを選んでいたようです。


 「お姉ちゃん変なところで詰めが甘いよね」

 「うぅ、これに関しては完全に見落としてたわ……おのれ運営……GM見つけたら問答無用で【メテオ】ぶちこんでやる……」

 「まあまあ、お互い場所がわかったからいいじゃないですか」


 3人ともバラバラよりはずっとましという話です。場所がわかれば後は会いに行けばいいだけですからね。


 「そうね。とりあえず、お姉ちゃんと一緒に辰也を迎えに行けばいいのかな?」

 「えっと、たっちゃん今トゥール湖にいるって言ってたわよねぇ……たしか黒狼の森の先だから結構遠いわね。それに、あの森の狼って一匹一匹は弱いんだけど、群れで来るから下手すると簡単に削り殺されるわ」

 「……お姉ちゃん、何のための広域殲滅型キャラなの?」

 「え? お姉ちゃんだけなら余裕で行けるに決まってるでしょ。そもそも愛利栖ちゃんがまだまともに動くことさえできないじゃない……あ、そっかぁ♪ お姉ちゃんはぁ、たっちゃんと二人でいちゃいちゃしてるからぁ♪ 愛利栖ちゃん動けるようになったらゆぅっくり来ればいいよぉ♪」

 「ふっっざけんじゃないわよ! お姉ちゃん野放しにしたら苦労するのは私と辰也だっていつも言ってんでしょうがあっ!!」

 「きゃー♪ 愛利栖ちゃんこわーい♪ 大丈夫よぉ。そんな言うほど暴れないからぁ」

 「生憎そんな台詞に騙されてあげられるほどお姉ちゃん相手に楽してないのよ! 明日の朝青汁飲まされたいの!?」

 「あ、あうぅう、それはやだぁ……」


 姉妹が言い争うのはいつもの事なのでどうでもいいのですが、僕が都市に行くにはやはりあの森を抜けなければいけないようですね。

 まあ、湖畔で戦った感じなら何とかなるかもしれません。


 「あの狼なら何とか突破できそうですし、僕が市街の方に行きますよ。大体の方角を教えてもらえます?」

 「方角なら南になるわね。少なくとも大きな街道には出るはずだから、あとは街道沿いに来れば必ず着くわ。……でも、突破できるってどうやって? リザードマンってそんなに強いの?」

 

 姉さん曰く、βテスターの中でもリザードマンという種族のプレイヤーはいなかったようです。ひょっとして僕が初めて位なんでしょうか?


 「強いと思いますよ。HPも結構ありますし、【鱗装甲】のスキルで細かいダメージは無視できます。狼も簡単に倒せますから、多分森を突っ切るくらいは何とかなると思いますよ」

 「あれ……【鱗装甲】ってそんなに強いスキルだったっけ……? まあ、いいか。なら、【HP自動回復】のスキルもついてたりしたら、かなり楽になるかもしれないわね。SPを6使うから、3レベルくらい上げたら取ってみてもいいんじゃない?」

 「成程、それはいい事を聞きました。そうしてみましょう」

 

 スキルポイントの使い道と目標が出来ましたね。戻ったら少し狼たちを駆除しに行きましょう。


 「それにしても開始早々モンスターの襲撃とは、種族固有スタートって修羅の道もいいとこよね」

 「同感です。まあ、体の動かし方を慣らすにはちょうどいいと思います。すごく大きな体ですから、普段と勝手が違って新鮮ですしね」

 「……普通そんなすぐにひょいひょい動けないんだけどねぇ。ねえ、愛利栖ちゃん」

 「私はしょうがないじゃない。ていうか、何なのよあの滅茶苦茶な選択肢。一つとしてまともな種族がなかったんだけど」


 えぇと……?

 まあ、確かに僕も選択肢が酷くて『リザードマン』しか選ぶ気が起こりませんでしたが、愛利栖ちゃんもなんですか。

 ふくれっ面の愛利栖ちゃんの隣で、姉さんが思い出し笑いをしています。


 「そうそう! 最初は『スキュラ』に『アルラウネ』に『サキュバス』でしょ? 嫌だからって変えたら『マーメイド』に『アラクネ』に『ラミア』だもんねえ! くくく……いやあ、愛利栖ちゃんにぴったりなのばっか♪……ぷくくくく……」

 

 ……どの辺がぴったりなのかはさておき、ほとんど出ないはずの二足歩行以外を当てまくるとか引きがいいんだか悪いんだか……。


 「……って、何ですか愛利栖ちゃん。チョークスリーパーはやめてください」

 「辰也。おねえちゃんが調子に乗ってる。なんとかしなさい」

 「……うん、ごめん。ちょっと図に乗りすぎた。だからお願いたっちゃんジト目でこっち睨まないでぇ」


 その後、お互いの情報を交換した僕たちは、ゲームの中で再度メッセージを交換し、フレンド登録することで落ち着きました。


 「そういえば、たっちゃん「シン」なんていう名前にしたんだ。名字からとったの?」

 「そういうつもりじゃなかったんですが、そういう見方もできましたか……単に名前の一文字を音読みにしただけです」


 「辰也」の「辰」でシンですね。大きなリザードマンはぱっと見ドラゴンのように見えないこともないですから、今更ながらぴったりな気がします。

 ちなみに、珠樹姉さん―――「オーヴ」の種族は『ヴォーパルプリンセス』という兎獣人だそうです。本人曰く、「もっふもふやで」という事ですので、会うのが楽しみですね。

 愛利栖ちゃんのほうは、ゲーム内での名前が「アリス」。『ラミア』という蛇獣人で、今はオーヴ姉さんと最初の都市「ウーノ」で動く練習中だとか……。







 さて、とんだ騒動もありましたが再開です。

 今後の方針も決まったことですし、まずはレベル上げから始めるべきでしょうか。【HP自動回復】を取得すれば、多少まとわりつかれたところでダメージを無視できるようになるでしょう。

 そうすればあとは森の出口まで駆け抜けるだけです。


 「よし、そうと決まれば狼たちに糧になってもらいましょう。さあ、レベリングですよー」


 今度は失敗しませんよ。あらかじめ刀も抜きましたし、準備万端です。 



 



 「さて、困りました」


 尻尾で地面に叩きつけられた狼の頭が、破砕音と共に潰れてポリゴンに代わります。


 「いや、確かにレベリングのために喧嘩を売ったのは僕の方です。そこは申し訳なく思っています」


 右から左へ―――斬馬刀を全力で振り回すと、巻き込まれた狼たちがまとめて肉塊に代わります。骨も皮も肉も一切関係なく。大質量武器というのはこういう時に気持ちいいものですね。


 「でもね、いくらなんでも、限度というものがあると思うんですよ?」


 一回り大きな狼――表示からしてフォレストヒュージウルフという名前の魔物らしいですが、大口を開けて飛び掛かってきましたのでそのまま口の中に拳を叩き込みます。

 あ、こいつ少し頑丈ですね。仕方がないのでそのまま地面に叩きつけ、思い切り体重を乗せた震脚で頭を踏みつぶします。


 《レベルが上がりました》


 はい、ちなみにこれで僕のレベルは9ですね。目標は4のはずなんですが、ひっきりなしに狼が襲い掛かってくるものですから落ち着いてスキルの取得もできやしません。

 湖に逃げ込むことも考えたのですが、調子に乗って森の結構深くまで入ってしまったせいで完全に囲まれています。失敗しました。

 まあ、幸か不幸かレベルアップと共にHPも完全回復する仕様なので、死ぬ心配はまったくありません。

 むしろ、レベルアップと共にVITがどんどん増えるせいか、時折狼が自滅するまであります。やっぱ強すぎませんかね【鱗装甲】


 《【鱗装甲Ⅰ】のスキルレベルが上昇しました》


 おおう、さらに固くなったみたいですね。これはもはや【鱗装甲】先生とでもお呼びした方がいいかもしれません。


 「さて、この犬ども、何匹潰せばいなくなるんでしょうか」


 インベントリの中には山のように狼の素材がたまっていきます。素材の数から見るに、そろそろ撃破数が300匹くらいになるのでしょうか。

 それでもまだまだ狼たちは減る気配が見えません。生態系とか、ゲームだしあまり考えなくてもいいんでしょうけどね。そろそろ虐殺するのもどうかという気になってきました。

 うーん。なんだか【HP自動回復】が無くても突破できそうな気がしてきましたね。このまま逃げ出しましょうか?

 じわりじわりと体の向きを変え、逃げる準備を整えていくと――空気も読まずにまた新手が追加されました。

 わんこそばじゃないんですから。蓋はどこです蓋は?


 新手でやって来たのは、先ほど殴り殺した一回り大きな狼と同じモノでした。しかもご丁寧に五匹ほどまとめてのお越しです。

 まあ、所詮大きいだけの犬ですので脅威にはならないでしょう。駆除です。

 狼たちは連携でもするつもりなのか、僕の周囲を囲むように陣取りました。ご苦労な事ですが、大した問題にはなりません。前から飛び掛かるものには刀を、後ろから来る不届き物には尻尾をお見舞いするだけです。

 そうそう、この尻尾なのですが、慣れてくると本当に使い勝手がいいのです。質量があるので薙ぎ払いにも丁度良く、案外細かく動くので狼の首に巻き付けてそのまま地面に叩きつける程度はできます。何よりいいのは、重心の安定が非常に取りやすいので結構アクロバティックに動けるという事でしょうか。

 サマーソルトキックならぬサマーソルト尻尾で1テンポおくれて飛び掛かって来た狼をかちあげ、そのまま空中で両断します。

 うん。いくら数がいようが、このペースなら問題ありませんね。ですが、そろそろ本気でお代わりは要りませんよ?


 後にして思えば、願いが通じたとも言えたかもしれません。ですが、まさか斜め上の方向に叶えてくれるとか誰が思うというのでしょう?


 ――脅威接近――

 その時【直感】に感知されたのは、狼によく似た、だけど明らかに異なる規模の気配でした。

 先程から引切り無しに飛び掛かってきていた狼たちが、僕の退路を塞ぐような形で配置を変えてきます。


 「あ、まずいですね。これボスキャラか何かでしょうか?」


 気配のする方向に刀を構えます。そこらの雑魚狼ならこんな必要はありませんが、こんな物凄く嫌な予感のする相手に無防備でいることなどありえません。

 ところで、僕自分で言っていたはずなのですが、自覚が足りないようなので自戒を込めて言っておきましょう。


 嫌な予感がするときは、大体その予想の三割増しでろくでもない事が起こります。時々、三倍でも効きませんのでちゃんと覚悟位は決めておきましょう。


 突如として、森の一部が炸裂しました。

 ほとんど同時に僕に襲い掛かって来たのは、周囲の物をすべて吹き飛ばすような衝撃と共に突進してくる、巨大な黒い狼。

 正直、侮っていました。

 たかが狼が飛び掛かってくる程度なら、受け止めるくらいはできるだろうと踏んでいた僕は、その選択を後悔しました。


 「グッ!ガアアアアアッ!!」


 背後の狼を、木々を、森をまとめてなぎ倒しながら僕は吹き飛ばされました。体力の八割近くを一瞬で削り取られ、胸を覆っていた初期装備のレザーチェストが破損扱いとなったためか、ポリゴンになって消えていきます。


 【フォレストウルフロード】Lv50


 僕を吹き飛ばした狼には、そのような表記がされていました。ついでに他の狼と違って表記が少し豪華になっています。

 ええ、どうみてもボスか何かですね。しかもLv50って何ですか。僕の5倍とか。

 正直、アレが僕が今まで蹂躙していた狼と同じ動物なのか疑問が湧きます。

 相当巨大なはずの僕の身体よりも、なおその狼は巨大でした。

 下手をすれば、中型トラック程度の大きさはありそうです。ゲームだからと言って、そんな狼がいてたまるかという話ですね。

 

 「……三十六計逃げるに如かず……と言いたいところですけど、そうは問屋が卸しませんかっ!」


 相手の動きの()()()と同時に全速力で仰け反った僕の、一舜前まで頭があった箇所を、とんでもない速度の爪が薙ぎ払いました。

 やばいです。やばいにもほどがあります。

 仰け反った体勢のまま、今度は振り下ろされる爪を横っ飛びに躱すと、動きの遅れた尻尾が千切られました。

 ダメージが更に重なり、体力は残り1割もありません。そうまでして作った少しばかりの間隙を利用して逃げ出ししますが、その直後には、()()()から大口が迫ってきます。

 ちょっと、回り込むにしても早すぎませんかこれ?

 ああ、ボスキャラからは逃げられないって本当なんですね。せめて勝てないボスからは逃げられるという温情が欲しいものです。

 スライディングの要領で狼の体の下に潜り込み、狼とのディープキスを回避します。頭の上から金属が激突するような咬合音が響いてくるのは、心臓に悪いというレベルではありません。

 腹の下に潜り込み、せめて急所でも――畜生ないんですか! せめて蹴り上げて潰すなりできれば楽だったのに!

 仕方がないので後ろ脚を掴み、全力で内側に引っ張ります。四本脚の動物なら、この向きに掛かる力には上手く抵抗できないはずです。

 相手が常軌を逸した筋肉ダルマの時はおとなしく齧られましょう。

 結果としては、僕の目論見は成功しました。リザードマンの強靭な筋力は、中型トラックと同等の大きさの化け物狼の筋力を、一時的とはいえ上回って見せたのです。

 不意を突かれた狼は、バランスを崩して転倒しました。まさに千載一遇のチャンス――ですが、僕はここでまたしても致命的なミスを犯してしまったのです。

 

 転倒した狼にさらに追撃をかけるべく、斬馬刀を倒れた狼の眼球にその切っ先を叩きつけようとして――何か硬いものに弾かれました。

 

 「1」


 それは、今の刺突で狼に与えることのできたダメージの数値でした。

 冷静になれば、わかっていたことです。そこらの狼が僕に傷をつけることが出来ない事と同じことではないですか。

 

 フォレストウルフロードにとっては、さぞかし滑稽な姿だったでしょう。

 その表情に侮蔑と嘲りを浮かべて、そのクソ犬は僕の上半身を食いちぎりました。


 ええ、身の程知らずに挑んできた雑魚、ですか。

 実に、その通りでしょうね。




 《死亡しました。Lv10未満のため、デスペナルティは発生しません》

読んでいただきありがとうございます。

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