静かな湖畔の森の陰から
第2話です。
空に浮かぶのは穏やかな日差しを降らせる太陽と、白く輝く二つの月。
湖から流れる風はとても優しく、ぽかぽかとした陽気も相まって実に心地よいです。
この体が爬虫類の物だからでしょうか。日向ぼっこがこれほど素敵とは思いませんでした。
こうした場所でキャンプというのも魅力的ですね。現実でも計画してみましょうか。
はい。現実逃避はそろそろやめましょう。不毛です。
「さて、あまりここでのんびりしていても話が進みませんね。どうも僕の御同類はなかなか来られないようですし……」
リザードマンの種族固有スタート地点という事でしたので、しばらくご同類の方をお待ちしてみたのですが、待てど暮らせど一人としてお仲間は出てきませんでした。
ずっと後悔しきりなことではありますが、最初は市街スタートにした方が良かったのでしょうね。
とはいえ、ずっとこうしていても埒が明かないのも事実です。反省は反省として行動しましょう。
初手から遠回りをしてしまいましたが、市街という選択肢があった以上は人が集まる街があるのでしょう。とりあえずは一番近い街に向かうことが最適と考えます。
……と言っても、見渡す限り森と湖という湖畔の風景しか見えません。
はるか彼方にはやたらと巨大な単独峰がうっすらと見えていますが、あそこに行って周辺の全景を見回すというのは、手間を考えるとぞっとしません。
「メニューの中に地図とかあるんでしょうか……? あ、ありますね。だけど……」
メニュー表示のマップを開いてみると、そこに表示されたのは僕の周囲の地図が方位と縮尺付きで記載されているだけでした。
つまり、湖と森の一部しか記載されていません。道らしき表示は何もありませんね。
……縮尺変わりませんかね? むう、クリックしてもスワイプしても同じですか。 実に不親切です。
「……トゥール湖に、黒狼の森、ですか。まあ、地名はさておき方位磁針代わりにはなってくれそうですね。とりあえず、これを頼りにしてみましょうか」
マップを常時表示するように設定し、とりあえずの方角を確認します。少し歩いてみると、マップに表示される部分が少し広がりました。どうやら自動で拡張してくれるようですね。
――脅威接近――
希望が見えてきたところで、不意にアナウンスが表示されます。
初期スキルで取得した【直感Ⅰ】が発動したようですね。成程、このように発動するタイプのスキルでしたか。
【直感Ⅰ】
パッシブスキル。自分に接近してくる脅威を事前に検出する。レベル上昇により対象種類増加、察知範囲拡大。
どうやら、近づいてくるものは森の奥から来るようです。しかも……ああ、お友達というわけではなさそうですね。
マップを確認してみると、赤色のマーカーが森の奥から僕に接近してきます。数は……8個ですか。多いのか、少ないのか……。
ああ、嫌な予感がします。
僕のこれまでの経験上なのですが、嫌な予感がしたときは、だいたい予想の3割増しくらいろくでもない事が起こるのが常だと考えています。
今回は……ええと、狼ですか。仕方がありません。飛び掛かられたら迎撃しましょう。
幸い、数と向かってくる方向はわかるのです。この大きな体がどれほど戦えるのかはわかりませんが、見た目通りの強さであることを祈りましょう。
マーカーが向かってくる方向に対して軽く体を斜めに構えるや否や、森の中から狼が勢いよく飛び出して来ました。
うん、反応できない速度というわけではなさそうですね。
少々ほっとしつつ、飛び掛かってきた狼にカウンター気味に蹴り―――【ヘヴィシュート】を叩き込みます。
大口を開けて飛び掛かって来た狼は、リザードマンの丸太のような足から繰り出される下段蹴りをまともに受ける羽目になりました。
その結果としては……ええと、頭の上半分が吹っ飛びましたね。実年齢に合わせてR-18表示制限かけてて助かりましたが、表示制限がないとかなりグロいことになってそうです。
……あ、流石に一撃で撃破とはいきませんか。HPがまだ1/4程度残っていますね。
頭がないまま痙攣していますが、これは少々惨いので早めにとどめを刺してあげましょう。
痙攣する狼を全力で踏みつけてHPを全損させると、狼はそのまま光のポリゴンと化して消滅してしまいました。
《アイテムを取得しました》
おお、敵を倒したらアイテムがもらえるんですね。こういう辺りアクションゲームとかに似てて嬉しいところです。
ゲームによっては死体を解体とか、いろいろやらなければいけないものもあるそうですが、これは楽ですね。
初めてのアイテム表示に喜んでいると、空気も読まずにまたしても狼が飛び掛かってきました。しかも今度は2匹です。
格闘で迎撃するのもいいですが、折角浪漫武器を入手しているのです。ずんばらりんといってしまいましょう。
む。
あれ。
あ、ちょっとまって噛みつかないでまとわりつかないで。痛くないけどうっとおしい。刀抜くまでちょっとストップ―!
いや、よく考えてみれば僕こんな長い刀抜いたことありませんでした。背中に背負った刀を抜くのに四苦八苦しているうち、狼が追加で三匹ほどやってきます。
お代わりを要求した覚えはないのですが。せめて食べ終わってから持ってきてくれませんか?
【鱗装甲Ⅰ】のおかげか全くダメージがありませんので噛みつかれても何ともないですが、このごわごわが邪魔で仕方ありません。
せめてもふもふなら堪能できるのに!
【鱗装甲Ⅰ】
パッシブスキル。自身のVITを強化、かつ一定量のダメージを軽減。スキルレベルにより強化量及び軽減量増加。
どうやらこのスキル、ダメージカット能力があるらしく、一定以下のダメージは無効化してくれるようなのです。実にタンク向きのスキルですね。ありがたいことです。
この狼たちがそれほど攻撃力が高くないこともあって、5匹にまとわりつかれて噛みつかれてもダメージは微々たるものでした。
ですが、これではいけません。時々軽減量を突破してくるダメージがありますから、何時までもこのままとはいかないでしょう。
なので、三十六計逃げるに如かず、です。
僕は踵を返すと、全力で湖に向かって走り幅跳びを敢行します。
なんとなく思ってましたが、この『リザードマン』の身体は非常に身体能力が高いようです。目測ですが、20m以上ジャンプできるとは思いませんでした。
大きな水飛沫と共に着水すると、そこは大柄な『リザードマン』の頭がやっと出る程度の深さになっていました。
つまり、僕の体に噛みついていた狼たちは揃って水の中という事になります。慌てて僕から離れ、犬かきで逃げようとしますが、そうは問屋が卸しません。
逃げる狼を捕まえ、水の中に引きずり込みます。そのまま踏みつけて水底に押さえつけると、溺死したのかポリゴンになって消えてしまいました。
うん、まるでワニですね僕。ワニも言ってみれば大きな蜥蜴みたいなものですし、あながち間違いではありません。
逃げる狼を追いかけ、しめて4匹ほど仄暗い水の底にご招待したところで、メッセージが流れてきます。
《レベルが上がりました。スキルポイントが2SP付与されました》
おや、待望のレベルアップですね。最初の1匹とあわせて5匹ほど狼を倒したことになりますから、こんなものでしょうか。
逃がしてしまった1匹と、森の中にいた2匹は逃げてしまったようです。まあ、少し余裕が出来たところなのでいろいろと確認してみるのもいいでしょうね。
湖畔に戻った僕は全身を振るわせて適度に水気を切り、獲得したアイテムをまずは確認します。
【狼の爪】 レア度:コモン
森狼の鋭い爪。簡単な工芸品の材料になる。
【狼の牙】 レア度:コモン
森狼の鋭い牙。簡単な工芸品の材料になる。
【狼の毛皮】 レア度:コモン
森狼の毛皮。簡単な衣類や防具の材料になる。
如何にも狼から取れるぞといわんばかりの素材です。複数あるものは自動的にインベントリ内でまとめてもらえるのは嬉しいですね。
さて、おまちかねのレベルアップでしたから、ステータスを見てみましょう。
アバター シン
種族 リザードマン
レベル 2 (+1)
職業 なし
HP 618(+50)
MP 0
STR 38(+3)
VIT 38(+3)
AGI 22(+2)
MAG 11(+1)
LUC 0
スキル (余剰SP:2)
【スラッシュⅠ】【スケイルナックルⅠ】【ヘヴィシュートⅠ】【直感Ⅰ】【鱗装甲Ⅰ】
右手装備 斬馬刀(劣)
左手装備 なし
頭 なし
胴 レザーチェスト
脚 レザーレギンズ
足 なし
装飾1 なし
装飾2 なし
うーむ……なんでLUCが0のままなんでしょうか? ひょっとしてリザードマンの特性か何かですかね? 【鱗装甲】の反則じみた性能を考えればそういうのもアリ……なんでしょうか?
考えていても仕方ありませんね。レベルアップで「スキルポイント」を貰えたので有効に活用しましょう。
この「スキルポイント」というのはその名の通り、消費することでスキルを新しく獲得できるポイントです。ただし、スキルによって必要なスキルポイントの量が違いますので、欲しいと思ったスキルのために貯めておくというのは有効な方法ともいえるでしょう。
さて、スキルの一覧を見てみますと……これまたとんでもない量ですね。事前に調べていたものよりずっと多いです。
一人で考えてもよい考えが浮かぶとも思えませんし、姉さんたちに相談してみてからでもいいかもしれません。
「……思ったよりも僕、楽しんでますね。珠樹姉さんに勧められたってだけで警戒しすぎましたか」
案外楽しく遊べている自分に、思わず苦笑が漏れます。
それもこれも、思い返せば一昨日の事でした。幼馴染の珠樹姉さんが、いつもと変わらぬ唐突さで僕にこのBeast Eden Onlineを勧めてきたのが始まりです。
『ねえ、たっちゃん。おねえちゃんとゲームで遊ぼ♪ このゲーム、β版がすっごく面白かったんだよ。ね、ね?』
年上の癖に無邪気な笑顔で甘ったるく喋る珠樹姉さんは、僕と姉さんの妹、愛利栖ちゃんにとっては鬼門中の鬼門です。
大体の場合、姉さんの我儘に巻き込まれて二人で尻拭いする羽目になるか、正面から犠牲者になるかのどちらかです。
正直、惚れた弱みでもなければ完全に見捨てているレベルでしょう。全くもって幼少期からの刷り込みとは怖いものです。
そもそも、僕は元来あまりゲームをする性質ではありません。多少アクションゲームや格闘ゲームはやりますが、RPGのように時間のかかるものは敬遠する傾向にありました。
ですが、今回に限っては珠樹姉さんがいつになくしつこく勧誘してきたのと、同じく姉さんの被害にあった愛利栖ちゃんが――死なば諸共と言わんばかりの迫力で縋り付いてきたものですから、首を縦に振らざるを得なかったというところなのです。
「ですが、こうして実際にゲームをやってみると案外性に合っているかもしれません。少々疑心暗鬼になり過ぎましたか……あ、そういえば姉さんに連絡するのを忘れていました。」
少々手違いで変わったところからスタートすることになりましたので、せめて無事に開始できたことくらい伝えておくべきでしょう。
確か、姉さんのプレイヤーネームはβテスター時代と同じ「オーヴ」で始めると言っていましたね。コールしてみましょうか。
…
…
…………あれ、出ませんね。ひょっとして違う名前なんでしょうか? いやでも―――
《外部からの接触を確認しました。強制ログアウト処理を行います》
え?ちょっとま―――
読んでいただきありがとうございます。