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境界の番人  作者: キイカ
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番人の少女

 青く澄み渡る空、点々浮かぶ白い雲、眩しく輝く太陽。

 今日はどちらの世界も晴れているようで、見上げた空は良い天気だ。

 そう思い視線を下に向ける。

 数多の白い砂利、さらさらと流れる川、その上に立つ灰色の橋。

 こちらは相変わらずいつも通りで、上と違ってなんとも味気ない景色でつまらない。いきなり変わることもないのだろうけど。

 川の水面は流れているにも関わらず波一つ無く、空に浮かぶ太陽をそのまま映している。

 やや遠くからかすかに聞こえる川の音を聞きながら、私は今日も仕事のために誰かを待つ。

 その世界で生きることが嫌になった、渡界希望者を。

 それが私──(ナギ)の、この境界を守る番人としての役割だから。




 昼も過ぎた正午頃、橋の中央に立つ私は暇だった。番人の仕事は、基本的に人が来なければ始まらない。二人一組でやるのが常なのだが、今日の相方は今昼食を取りに行っているためいない。

 そうなると話し相手もおらず、こうして橋の手すりに背中を向けてもたれかかって景色を見るくらいしかやることがなくなる。相方に早く帰ってきて欲しいと思いながら、変わらない景色を眺める。

 そうしてしばらくすると、足音が聞こえてきた。

 聞こえてきたのは、左耳。つまり渡界希望者の方だ。

 橋の近くは砂利によって埋め尽くされているため、擦れ合う音が聞こえてくるのだ。

 この音も嫌いじゃないので、たまにずっと聞いていたくなるときもある。


「あの……すいません」


 なんてことを考えていたら希望者が近付いて来ていた。

 思考に耽るのは良くないと自戒して、橋の入り口まで移動する。

 そして、接客モードに切り替える。


「はい。あなたが渡界希望者の方ですね?」


「あ、えっと、その、はい。ここが本当に別の世界に連れて行ってくれるところなんですよね?」


「ええ、その通り。ここは境界──二つの世界の橋渡しを行う場所です。気になることがあればいくつか質問には答えますよ」


 ほとんどの希望者方は、この場所がどんな場所かを知らずに来る。そんな方々ために番人のルールとして、ある程度の質問に答えることが決められている。

 もちろん答えられない部分もあるのだけれども。

 私の言葉に今回の希望者──やや痩せ型の男性は少しばかり俯き、やがて顔を上げた。


「じゃあ、いくつか……。そもそもここはどこなんですか?」


 早速よく聞かれる質問が来た。

 なにも知らない人にとって、目を開けたらこんな場所にいるのだから聞きたくなるのも無理はない。


「ここは、二つの世界を繋ぐ境界。橋渡しを行うための特殊な世界です。具体的な場所は答えられませんが、寝ることで来ることが出来るようです」


 大半の人は寝るとここに来る。境界の入り口は関係者以外には開けられないため、必然的にそうなるのだ。


「……境界。じゃあその二つの世界ってなんですか?」


 これもまたよくある質問だ。自分の住んでいた世界以外があるなんて信じられないことの方が多い。が、最近はすんなりと飲み込む人が増えてきた。

 原因は分かってはいるが、どうしようもないのでこちらからは手を出さないようにしているらしい。


「一つは、あなた方の住んでいる世界。これを私たちは安世(あんせ)と呼んでいます。また、もう一つの世界、あなた方が向かう世界を幻世(げんせ)と呼びます。その二つのことです」


「安世と幻世ですか……。その幻世、というところはどのようなところなのですか?」


 この人はどちらかというと、向こうの世界のことが信じられないタイプの人らしい。

 それもまたしょうがないことでしょう。言葉だけでは本当かなんて判別できないから。


「幻世は、人々は剣を取り、魔法を使い、魔物や魔獣などと戦っています。それらとは異なり農業や商いで暮らしている者もいます。一言で言えば安世にはない幻のような物事の世界です。その目で確かめないと信じられないようなことも多いでしょう。ですが、残念ながら見せることは出来ません」


「ど、どうしてですか?そこまで言うなら見せてくれても……」


「ルールですので。強いて言うのであれば、秘密保守です。さて、他に質問はありますか?」


 言えないこともあれば、見せれないこともあったりするのがこの仕事だったりする。私としても、本当は見せた方が理解は得やすいのだけど、それをすると後でお上の人に怒られるので我慢する。仕方ないからこればかりは。


「じゃ、じゃあ、渡るとしてなにか必要なことはありますか?」


「そうですね、未練を残さないことです」


「未練、ですか?」


「ええ、そうです」


 これが誰もが通る道。この橋を渡るにおいて最も重要で、きっと折り返すことになる最大の関門。

 私たちがここにいる一番の理由。

 場合によっては鎮静のために動かないといけなかったりする。


「向こうの世界に行く際、元いた世界においてのあなたの痕跡を全て、一欠片もなく消去します。あなたという存在が、あちらの世界には残らないようにします。後は言わずとも、お分かりですよね?」


「……」


 私の言葉にだんだん顔色が悪くなっていく。それもまあよくあることで。誰だってこんなこと言われたらそうなるでしょう。

 全ての未練を断ち切れ。とは言ってませんが、それくらいの覚悟がないと向こうにはとても行かせられないから。

 とはいえ、覚悟があるのなら私たちは止めはしませんが。


「特に質問がなければ、後はあなたの意思確認をします。よろしいですか?」


「……それは、今答えないとだめですか?いったん戻ってから考えるというのは……」


「ダメです。ここでの出来事は、起きてからは思い出せないようになっていますから」


 縋るような目の男性にやや突き放すような言い方で申し訳ないけど、これもルールなのでどうしようもない。

 希望者の方もかなり悩んでいる様子。これはどちらと出るかな。


「……行き、ます。未練は……無いわけではないですが、些細なことですから」


 ふむ、案外思い切りは良いみたい。

 それでは私も追加でお仕事をしなければ。


「あなたの意志を確認しました。それでは私の後に続いて橋を渡ってください」


 希望者の方を連れ添って橋を渡る。渡りながら、希望者の方は段々と姿が変わっていく。当の本人はそのことには気づいていないようだけれど。

 私たちはここの住人なので変わることは万が一でもないけど。


「はい、渡り終えました。さて、お気付きではないようですが、この手鏡で自身の姿をご覧ください」


服のポケットから手鏡を取り出し男性に渡す。


「あ、はい、ありがとうございます……え? これは、どういう……?」


「この橋を渡ったあなたを向こうに相応しい姿にしました。それに応じてあなたの痕跡はなくなりました。ですが、あなたの記憶はそのままですので注意してください」


 驚き慌てているが、この人は比較的大人しい人らしい。姿が変わっても暴れたりはしないようだ。

 が、私の言葉には少し気になるところがあったようで、その顔が不安そうになっている。


「私の記憶は消さないのですか?」


「ええ。その領域にまで干渉すると、あなたという存在がそもそもから変わってしまいます。それでは意味がありませんから。あなたはあなたのまま、新たな姿で生きていくのです」


「そう……ですか。分かりました。それで、この後は?」


 やや考えるような顔でしたが、飲み込めたようでなにより。

 元いた世界の痕跡もなく、自身の記憶すらない。希望して渡界する方々をそんな目に遭わせるのは、私としても遠慮したいことだから。


「後はあなたが起きれば終わりです。向こうの世界に行ってから、私たちは時折会いに行きます。経過観察のようなものだと思ってください。それと、生きていくための最低限の物資はお贈りしますが、その後は自力で生きてくださいね。私たちが関わるのは基本この境界に関することだけですから」


「分かりました。色々とありがとうございました、えっと……」


 おや、なにか困っている様子。そういえば名前を伝えていなかったことを思い出した。反省反省。


「私は凪。お好きなように呼んでください」


「はい、じゃあ……ナギさん、ありがとうございました」


 そう言って彼は目を閉じた。おそらく目覚めそうなのでしょう。渡界し起きるときはこちらで眠くなるみたい。

 それでは最後に私も餞別を贈りましょう。


「あなたの新たな人生が良きものでありますように」


 ひらひらと手を振りながら、ちょっとだけ微笑んで薄れていく希望者の方を見送った。

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