冒険者ギルド
盾に剣と杖が交差したエンブレムの看板が冒険者ギルドの目印だ。
冒険者ギルドは大通りをまっすぐ進んだ先、街の中央付近の四辻の一角にあった。
周囲の建物よりも一回り大きい4階建ての重厚な造りの建物だった。
正面の扉を開け中に入ると、そこは大通りとはまた違った雰囲気の喧騒漂う空間だった。
中に居る人数は思ったより多くはない。
ざっと見たところ男性7割女性が3割と、男女比としてはやはり男性の方が多いようだった。魔物討伐など荒事主体の仕事が多いからだろう。
何人かの冒険者がこちらを見ているが気にせず内部を見渡す。
入って右手側には酒場のようなエリアがあり、何人かの冒険者らしき男たちが飯を食ったり酒を飲んでいたりしている。
中央には複数の掲示板が立てられたエリアがある。おそらくあれが依頼が張られた掲示板だろう。
正面奥には銀行や役所の相談カウンターのような窓口が並んでいる。
窓口は5つ。依頼の受付や達成の報告、素材の買取などを行う窓口だろうが、受付内容の案内看板などは見当たらないのでどの窓口でも良いのだろう。
窓口にはそれぞれ冒険者が並んで順番を待っている。窓口によって列の長さが違うのは何かあるのだろうか?
窓口のギルド職員はみな女性だが、やっぱり職員によって人気不人気があるのかもしれない。
俺は特にこだわりは無いので一番人数の少ない列に並ぶ。
濃い藍色のセミロングの髪。キリッという表現が似合う少々きつめの表情をした美人のお姉さんだ。窓口を担当している職員のなかでは一番年上のようだ。もっとも、それでも二十台前半にしか見えないのだが。
スレンダーで胸も控えめだが、作業の手際は良い。もともと少なかった列があっという間に消えて俺の番になった。
「お待たせ致しました。冒険者ギルドミッドエスト支部へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
丁寧な対応だが、やや事務的な感じもする。この辺りが列が短い理由かな?と思う。ま、気にしないけどな。
「冒険者登録をお願いしたいのですが」
一瞬、受付のお姉さんの目がすっと細められる。
「わかりました。では「おいっ小僧っここはガキの遊び場じゃないぞっ」ます」
背後から男のだみ声が響き受付のお姉さんの声がかき消される。
「すいません。よく聞こえなかったのでもう一度お願いできますか?」
男の声を無視して受付のお姉さんに話しかける。
「おいっ無視すんじゃねぇっ」
だみ声の男が背後から肩を掴もうと手を伸ばしてくる。
俺は右足を軸に身体を回すようにすっと椅子から立ち上がり、左手に持っていた木刀を流れるように右手に持ち替えながら抜刀術の要領で背後の男のこめかみに木刀を叩きつける。
「ぐはっ」
木刀の打撃音と同時に周囲の喧騒が一瞬にして静かになり、ドサリと言う男の倒れる音がやけに大きく響いた。
木刀は見事テンプルにヒットし、男が白目を剥いて倒れている。
不快さが直感を刺激したので思わず有無を言わずにぶっ叩いてしまった。
予想以上に周囲の注目を集めてしまい内心動揺するが、平静を装って何事も無かったように椅子に座り直す。
「それで、ギルドの登録なんですが」
「え?あ、あの?」
「何かありましたか?」
俺は何も無かったかのように敢えて微笑んでみせる。受付のお姉さんの顔が引きつっているが気にしないことにする。
「いえ、ギルドの登録ですね。まずはこちらの書類に記入をお願いします。代筆は必要ですか?」
「大丈夫です」
書類を見ると、名前、年齢、出身、拠点、戦闘スタイル、スキルなどとなっていた。
「必須は名前と年齢、その他は任意で結構ですが、記入してある方がパーティーメンバーの募集やギルドからの依頼の斡旋などで有利になることがあります。」
「判りました」
俺は名前と年齢を記入し、出身と拠点、戦闘スタイルは空白にし、スキル欄には格闘術と剣術のみ記入し提出する。
「では、ギルドの説明をさせていただきますね」
「はい、お願いします」
「ちょっと待て!」
また良いところで後ろから声が掛かる。
後ろを見ると中肉中背の貧相な男が立っていた。目を細めて怪訝な顔をしてやると、イラついたように男が話し出した。
「人のパーティーメンバーをのしといて何も無かったように話を進めてんじゃねぇよ、おい」
パーティーメンバーと言うのは、この足元で伸びている男のことだろうか?
なら都合が良い。
「お前、もしかしてここで寝ている男の仲間か?なら都合が良い。邪魔だから持って帰ってくれ」
「なっ?!」
「人の隣でいきなり寝込まれて迷惑してたんだ。これだから酔っ払いは困るよな。よろしく頼むよ」
「ふ、ふざけんなよ」
「お前も、ギルドで酔い潰れたくは無いだろう?」
と言いつつ木刀を居合いで振り抜き、男の首筋で寸止めする。
男が引きつった顔で言葉を失う。
男から言葉が返ってこないので木刀を引いて受付のお姉さんの方に向き直り続きを促す。
「ギルドの説明をお願いします」
受付のお姉さんは何かをあきらめたような表情で説明を始める。
「冒険者ギルドは上からS、A、B、C、D、E、Fの7つのランクに別れています。基本はFランクからのスタートとなります。
ギルドへの登録は13歳から可能です。なお、13歳未満でもDランク以上の冒険者の後見がある場合はGランク冒険者として登録が可能です。その場合、Gランクでの活動中の評価次第で13歳の本登録の際にEランクからスタートすることが出来ます。
ケンイチ様は、15歳ですのでFランクからのスタートとなります。」
お姉さんは登録用紙をみて一瞬驚いたような表情をして説明を続ける。
もしかして、13歳未満だと思われていたのだろうか?日本人は欧米人からは若く見えると言うからな。断じて背のせいではないと思いたい。
「こちらがギルドカードになります。カードに血を一滴着けてください。それで登録完了となります。初回は無料ですが、失くすと再発行には銀貨5枚が必要となりますのでご注意ください」
白色のカードを受け取り、表面に血を垂らす。一瞬カードが光り、すぐに元の白いカードに戻った。
カードの色はギルドランクで変わるらしい。ありがちな仕様だが判りやすくて良い。
「これでケンイチ様も冒険者です。依頼は自分の1つ上のランクまで受注することが可能です。
依頼には報酬とは別にギルドの評価ポイントがあり、依頼を達成することで評価ポイントが貯まっていきます。ギルドランクの昇格には一定の条件があり、この評価ポイントも昇格条件の1つとなっております。なお、Cランク以上のランクアップにはさらに試験が必要となります。」
冒険者ギルドの制度的にはよくあるラノベのテンプレを大きく外れてはいないようだ。
細々とした注意事項や諸案内を聞いたあと、ついでにギルドのお勧めの宿を教えてもらい席を立った。
気づくと足元の酔っ払いは居なくなっていた。
何故か入ってきたときより多くの視線を感じる。
何となく落ち着かないので依頼の確認は明日で良いだろう。
俺は紹介された宿へ向かうべくギルドを後にした。