森での出会い
大きく息を吐く。
ため息を吐きそうになり、意識して深呼吸に切り替える。ため息を吐くと幸せが逃げていくと言うからな。
もっとも、布の服(学生服)と木の棒(木刀)で異世界へと放り出されればため息も吐きたくなるが。
一先ず人里を探さなければ、異世界転生初日からサバイバルとかハードルが高すぎる。
とは言え、辺り一面どっちを見ても木しかない。
空き地の周囲を回って見てみたがどちらにも見てわかる範囲に道らしきものが見当たらなかった。
ここだけがぽっかりと開けた空き地になっている。
それはそれで不思議なのだが、今は森から出て人里へ向かうことが先決だ。
これが山中での遭難であれば、山頂へ向かって登山道を探すというが基本だったりするのだが、残念ながらこの森は平地だ。
どっちを向いても木ばかり。どっちに行けば最短で人里なり道なりに出られるのかは運次第。
ならばと俺は、木刀を地面に垂直に立て、適当に手を離す。
木刀が倒れ南東を指す。
木刀を拾い、南東へ向かって歩き出した。
幸い20分ほど歩いたところで道に行き当たった。
運が良い。
道は森を横断するように東西に向かって伸びている。
道幅は広く5〜6メートル程はあり、馬車らしき轍も出来ている。意外と通行量も多そうだ。
さて、どちらに向かうべきか。
どちらに行っても人里にたどり着けるだろうが、どちら行く方がより近いか。
また木刀で棒倒しでもして決めるか?
と思ったところで、風に乗って微かに人の気配が流れてきた。なんとなくだが、複数の人間の気配だ。
気配察知が仕事をしているのだろうか?
気配を感じたのは一瞬だったので気のせいかもしれないが、せっかくだから人の気配のした方へ行ってみることにして西へ向かって歩き出した。
5分ほど歩いたところではっきりとした声が聞こえてきた。
どうやら人が争っているようだ。
道から森へと入り、気配を消しながら騒ぎの方へと近づいて行く。
そっと様子を伺うと停車した幌馬車と、その周辺で争う男たちが見える。
盗賊に襲われた商人ってところか。
倒れている者も何人かいる。服装からみて盗賊と護衛の双方に被害が出ているようだ。
残っているのは護衛が1人と盗賊が3人か。
馬車の中にいる人数は判らないが、居たとしても非戦闘員だろう。
さて、どうするか。
襲っている側は見るからに盗賊っぽいので助勢するのは構わないだろう。
問題は、俺の武器が木刀しかないってことだ。
真剣を持った相手に木刀で挑むのはさすがに無謀だと思う。
ホント、なんでここで武器が木刀なんだよ。
とは言え、見捨てて逃げるにしろ助けに入るにしろ、早く決めなければ最後の護衛もやられてしまいそうだ。
ええい、ままよ。
やるなら存在がばれてないことを活かした不意打ちしかない。
仕事してくれよ隠密スキル!
木刀を脇構えに構え、気配を消したまま一番近くにいる盗賊の背後へと走り寄る。
そのまま盗賊の背後から走り込みの勢いを消さずに後頭部の付け根、亜門と呼ばれる急所へ木刀を突き入れる。
頭部ってのは意外と硬くて、木刀で叩くと木刀の方が折れかねない。なので突く。
「ぐべっ」
盗賊がおかしな声を上げてのけぞるような姿勢で前のめりに倒れる。
倒れる盗賊を放置して二人目の盗賊に走り寄る。
「何だっ?」
二人目の盗賊がこちらを振り返ると同時に、しゃがみこむ様に腰を落としながら二人目の盗賊の膝に木刀を叩き込む。
盗賊からは俺が消えたように見えるはずだ。
しゃがんだ状態から立ち上がりの勢いに乗せて剣を持つ手首に逆袈裟に木刀で叩きつける。
盗賊が剣を落とすのを見ながら、振り上げている木刀を今度は袈裟切りに首筋へと叩きつける。
わずか1秒足らずの間の三連撃で二人目の盗賊が白目をむいて倒れる。
三人目は、こちらに気を取られた隙を突いて護衛の男が倒していた。
残心をとりつつ木刀を無構えにし護衛へ声をかける。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。助かった」
護衛が緊張気味に答える。
助けられたとはいえ知らない相手だ。一応警戒しているのだろう。
倒れているのは護衛が2人に盗賊が6人、商人らしき男が1人。
俺が倒した盗賊2人はまだ生きているが、他は全て事切れている様だ。
もう少し早く着いていればもう1人か2人は助けられたかもしれない。
「生き残ったのはあなただけですか?」
護衛が答えるより早く幌馬車から少女が飛び出し、倒れている商人らしき男に駆け寄る。
「お父さん!お父さん!!」
商人の遺体に縋りついて泣きだす。
それを見て俺の緊張も解ける。
「2人だ。俺とお嬢さんのな」
少女を見ながら護衛が答える。
「俺はアレン。ジェイムズさんの護衛を請け負った冒険者、の生き残りだ。お嬢さんの名前はカレンさんだ」
警戒を解いたらしいアレンが名乗る。金髪にブルーの瞳、中肉中背の剣士だ。年は20代前半と言ったところか。
「俺は賢一です」
名前を言ったところで言葉に迷う。
もう少し早ければと言うのは独りよがりな気がするし慰めにもならない。
かと言って素性を話すにも説明に困る。異世界から転生してきたなどと馬鹿正直に言う訳にもいかない。
「とりあえず、2人だけでも助かって良かったです」
「ああ、本当に助かったよ。ありがとう」
アレンと話し合い、商人の馬車で一緒に街に向かうことになった。
ここから街までは半日ほどの距離。まだ昼前なので夕方までには着けるそうだ。
商人のジェイムズ氏と殺された護衛2人の遺体を馬車に載せた。
盗賊は息があった者も全てとどめを刺し、首だけを馬車に積んだ。
盗賊は首だけでも報奨金が出るらしい。
ちなみに盗賊にとどめを刺すのと首を落とすのはアレンがやった。
俺にはまだ無理だった。
とどめを刺すぐらいは平気だったが、首を切る場面はさすがに気分が悪くなってしまったのだ。気分が悪くなる程度で吐かずに済んだのは精神苦痛耐性のおかげかもしれない。
戦闘で相手を殺すことに否やはないが、動けない相手にとどめを刺したり死体の首を切り落とすのはまだハードルが高い気がする。
この世界で生きて行くなら慣れなければいけないのだろうが。
出会ったのはクマさんではありませんでした。え?知ってた?そうですか…