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まさかの訪問者

「ただいま戻りました~」

 からら~んとベルの音を鳴らして、シエナは無事に自分の宿へと帰り着いた。

 シエナの後ろには、アッシュとレイラ、そしてナルガの姿もある。


「おかえりなさい」

 休憩所で、シャルロットがソファーに座って接客をしながらシエナの帰りを歓迎する。

 その接客相手が…。


「んん!?カイエン様にシフォン様!?」

 シエナは目を丸くして驚いた。何故、自分の宿の休憩スペースに貴族様がいるのかと。

 その服装はお忍び用なのか、質素な服装ではあるが間違いなくカイエンとシフォンであった。

「やあ、シエナくん。久しぶりだね。お邪魔させてもらっているよ」

 カイエンがシエナに挨拶をしてきて、シエナは慌てて挨拶を返す。


 それと同時に沸きあがる疑問とその光景。


「今日はどうしてこちらに?それと…失礼かもしれないですけど、シフォン様ってこんなに明るい方でしたっけ?」

 シエナの目には、飛びっきりの笑顔でシャルロットに抱き付いて甘えているシフォンの姿があった。

 頬を摺り寄せているその姿はまるで甘えん坊の子猫のようである。

 前にシエナがシフォンの姿を見た時は、それはもう目に光りが宿っていない人形のような無機質な表情だったものだから、そのギャップは激しい。


「ははは…前に突然辞めてしまったメイドの話はしたよな?そのメイドがシャルロットなんだ」

 カイエンの言葉にシエナはシャルロットを見る。

 シャルロットは少し気まずそうに後頭部を搔いていた。


「つい先日、シエナくんから娘の元気がないという話を聞いたシャルロットが、心配して見舞いに来てくれたんだが…まあ、見ての通りすっかり元気になったよ。…元気になりすぎな気もするがな…」

 そういってカイエンは苦笑をする。


 シフォンは貴族令嬢だが、その振る舞いは令嬢とは思えないほどに子供っぽくシャルロットに甘えている。

 カイエンとしては、もう少し落ち着いてもらいたいとは思っているが、前みたいに無表情で元気がないのに比べれば遥かにマシなので、何も言う事ができないという現状である。


「おいクソガキ。俺ぁもう仲間のところに戻るが、構わんな?」

「あ、はい。旅に同行してくださってありがとうございました」

「帰りに言ってた食事のサービス、忘れんなよ?」


 立ち止まって会話を始めてしまったシエナに、ナルガは痺れを切らして仲間の所へと戻る許可を求める。

 それと同時に、冒険の帰りにシエナがナルガとアッシュ達にした約束を忘れていないかを確認する。

 貴族が目の前にいようが、いや、そもそも貴族と気付いていないが、接客中であるにも関わらず態度を変えないナルガはある意味大物である。


「もちろんです。改めまして、ありがとうございました」

 シエナはペコリと頭を下げて、階段を登っていくナルガを見送る。

「セリーヌさん、空きの客室はありますか?」

「通常客室は全部埋まってるけど、予備客室なら空いてるよ」

 すぐに受付にいるセリーヌに客室の空きを確認したシエナは、セリーヌに事情を説明してから予備客室の鍵を受け取る。


「それでは、アッシュ様にレイラ様、お部屋の方へと案内します」

 これもシエナがアッシュとレイラに約束をしていた宿泊サービスである。

 客室へ案内しようと歩き出そうとしたシエナを、アッシュが呼び止めた。


「俺達は大丈夫だよ。もうここの利用方法にも慣れてるし。それよりも、そちらの方は貴族様、なんだろ…?俺達よりもそっちを優先した方が良いよ」

 ナルガと違って、カイエンを貴族と見抜いたアッシュは、自分達なんかよりも貴族を優先した方が良いと、シエナの案内を遠慮する。しかし…。


「いいえ!例えどのような方が相手であっても、この宿に来られてる限りは全員大事なお客様です!全員が平等でなくてはいけません!」

 そう言って、シエナはせっかく遠慮をしたアッシュの申し出を断り、予備客室への案内を開始する。


 アッシュはおそるおそるカイエンの方を振り向いた。

 不敬を働いたと目を付けられてはたまったものではないからだ。


「気にしないでくれ、私も今日は貴族としてではなく、客としてやって来てるんだ。逆に君たち方がシエナくんの先客なのに、それを奪う形となってしまった事を詫びるよ」

 アッシュの心境を読んだカイエンは、アッシュを安心させる言葉を送る。

 その言葉に、アッシュはホッと心の中で安堵のため息を吐く。

 レイラも同じ事を考えていたので、アッシュと同様に安堵のため息を吐いていた。



「ごめんなさい。空いてるのが予備客室だけだったので、お部屋は三階になります」

「いいよ、気にしないで。それに無料(タダ)で泊めさせてもらうんだから文句なんて付けられないよ」


 客室への移動中の階段を登ってるところで、シエナはアッシュとレイラに謝罪する。

 この後、アッシュとレイラはいつも宿泊している二人部屋よりも更に広い客室に案内された事を驚く事になる。

 無料で宿泊させてもらってるのに、こんなに広い部屋に宿泊しても良いのだろうか、と、逆にシエナに謝りたくなるくらいであった。



 アッシュとレイラに部屋の案内を終えたシエナは、再度一階に降りてカイエンとの会話の続きをしようとする。

 ナルガのせいで会話が中断されたので、まだカイエンが宿に来た目的を確認していないのだった。


「お待たせ致しました」

「ん?もう良いのか?」


 意外にもシエナが早く戻ってきた事にカイエンは少しだけ驚いていた。

 もう少しだけ時間がかかると思っていたのである。


「はい、大丈夫です。それで、カイエン様は今日は何故当宿に?」

「銭湯の建設に着手をする前に、シエナくんの所の大浴場を利用させてもらおうと思ってな。私の館の風呂場とどれだけ違うのかを自分の目で見て、体験してみたいと思ったんだ」


 カイエンが調査依頼をしたテッツとメローナは、宿屋シエナの大浴場は素晴らしいと細かく説明はしていたが、やはり自分の目でも一度確認や体験をするべきだとカイエンは考えてわざわざ宿屋シエナへと赴いたわけである。


「そうだったのですね。えっと…」

「シエナの懸念してる事はわかってるから大丈夫よ。大浴場の準備は、今、エルクさんとロベルトさんが進めている所。準備が終わったら営業開始時間になるまでは旦那様…カイエン様に貸し切りにするって話になってるから」

 シエナとの付き合いがそれなりに長い従業員達は、シエナが懸念するであろう事も全てお見通しであり、今まさにシエナが懸念した事を全て自分達で考えて先に行動していたのであった。

 シャルロットがそれを説明すると、シエナは笑顔で「皆さん流石ですね!」と喜んでいた。


 本来だったら、宿内清掃関係などは主にシャルロットが担当しているのだが、シフォンに捕まり身動きが取れない状態となってしまったので、エルクとロベルトが代わりを買って出たのである。

 エルクもロベルトも、宿の仕事は全て器用にこなすことができるのだ。

 ただ、エルクは接客や書類整理の方が向いていて力仕事はあまり向いていない。

 ロベルトはその逆で力仕事は向いているのだが、接客や書類整理はあまり得意とはしていないのである。


 ある意味正反対の二人であるが、お互いが自分に足りないところをしっかりと自覚していて、お互いがお互いを助け合ってシエナや宿の為に頑張ろうとしているのをわかっている為、エルクとロベルトは仲が良い。

 人付き合いが苦手なロベルトが、この宿内のメンバーで一番心を許しているのはもしかするとエルクなのかもしれない。



「シャロ!一緒にお風呂入ろうね!」

 シャルロットがシエナに説明を終えるのを見計らって、シフォンがシャルロットに約束を持ちかける。

 ちなみに、このやりとりは実はこれで5回目であり、流石のシャルロットも笑顔は崩してないが内心では苦笑をしていた。


 それからもシフォンはシャルロットにべったりであったのだが、突然顔を上げてシエナの方を見る。

「そうです!忘れてました!」

 あまりに突然だったから、シエナもビクッと反応をする。


「シエナちゃん、この間は美味しいケーキをありがとうございました」

 シフォンは元気になってから改めて、シエナの持ってきたケーキの美味しさを思い出して感動を覚えたのである。

 しかし、それもシャルロットと再会しなければ感じられなかった感動ではあるが…。


「お口に合ったのでしたら良かったです。また珍しくて美味しいお菓子をお持ちしますね」

 ケーキの事を褒められたシエナは、更に上機嫌となって自ら約束を取りつける。

 明るくなったシフォンにもう一度美味しい物を食べてもらいたいという気持ちも含まれてはいる。


 それから少しの時間が経過した頃、エルクとロベルトが揃って戻ってくる。

 その背後にはカイエンが連れてきたメイド服を着ていないメイドがついてきていた。


「大浴場の準備が完了しました。いつでもご利用いただけます」

 エルクが丁寧にカイエンへと対応する。

 そして、戻ってくる際にすでに姿の見えていたシエナへと向き直る。


「シエナさんおかえりなさい。無事に帰ってきてくれて何よりです」

「ただいまです」


 大浴場から戻ってくる際にシエナの姿を確認していたエルクは、本当なら先にシエナを優先したかったが、グッと堪えてお客様を優先していた。

 アッシュやレイラ、そして宿屋シエナの従業員の面々は、シャルロットやシエナの対応を見てカイエンが貴族であると当たりをつけていたが、エルクだけは一目見た瞬間からカイエンの事を貴族だと見抜いていた。

 元は同じ貴族だけあって、その目は確かである。


 そして、他のお客様ならまだしも、流石に貴族相手に優先順位は間違える事はできない為、どれだけシエナに早く話しかけたくても我慢をしたという事であった。


「そういえば、シエナくんはどこに行っていたのだ?」

「竹を取りに少し冒険へ行ってました」


 シエナの返事にカイエンは「自分で取りに行ったのか!?」と驚きの声をあげる。

 誰しもが思う事ではあるが、シエナは冒険者には見えない為、普通ならば採取依頼をかけるところだろうと考えるのである。

 それと同時に、カイエンは二番街区の空いている土地、もしくはテミンの街の外の、それなりに近い位置で竹を植えようかとも考える。

 今までそれを考えてこなかったのは竹があったところで何に利用できるかが思いつかなかったという事や、すでに存在する利用方法は全て普通の木材で代用できる事であり、お金にならなかったからである。


 何故、今回は竹を植えようかという考えに至ったかといえば、目の前の少女シエナが、わざわざ竹を必要としていたという事を知ったからである。

 シエナであれば、自分達にも思いつかないような利用方法や金になる利用方法があるのではないかという考えに至ったのだ。

 だが、その前にカイエンは確認を怠らない。


「わざわざ危険を冒してまで手に入れた竹は何に使うんだ?」

「フィラメントを作ったり、竹弓を作ったり、蒸籠を作ったりしようかと思いまして。あと他には…」

 指折り数えて竹の利用方法を述べるシエナであるが、カイエンは真っ先に聞いた事もない単語に首を傾げていた。


「その、ふぃらめんと、とは一体何なのだ?」

「豆電球という、灯りを灯す事のできる道具の部品です」


 更に聞いた事のない単語が出てきて、カイエンは更に首を傾げる。

 このままでは首が直角に曲がってしまいそうであった。


「蝋燭や魔晶石の灯りでは駄目なのか?」

「魔晶石の灯りは高価ですからねぇ。私は作ったのが自分自身なので宿の至る所に設置できてますけど、普通の人々は、基本は蝋燭ですからね。それらの人達にも蝋燭よりも安全な灯りを供給できればと思っています」

 蝋燭だと火事になる恐れだってあるので、シエナはより安全で便利な豆電球を普及させたいと考えていたのであった。


 魔晶石の灯りを作り出したのがシエナだという聞き逃せない文脈もあったが、カイエンはそれよりも真っ先に、シエナの言う豆電球が利用価値の高そうな物だと見抜いた。

 シエナの言葉から察して、豆電球は比較的安価で灯りを灯す事ができる便利な道具であろうと考えたのである。


「その豆電球だが、完成したら見せてもらう事はできないだろうか?」

「構いませんよ。むしろ、技術を提供するので代わりに大量生産していただけると助かります」


 シエナも他に作りたい物だってあるので、一度完成させる事ができたらその技術丸ごとを別の人間に放り投げて、その人達が大量生産してくれたら良いな、と思っているのであった。

 普通ならば、その技術を独占して金儲けをしようと考えるはずであるが、シエナの目的は金儲けではなく、遠い未来の来世の自分が少しでも楽できるように、自分の知る限りの技術などを普及させたいだけなので、シエナとしてもこの世界の人間としても大助かりなのである。


 詳しい話は、豆電球が完成し、実物を見せてもらった時にする事にして、カイエンは竹を植えて増やす事を決意し、心のメモに刻み込んだ。




 それからカイエン達は貸し切り状態で大浴場を堪能した。


 シフォンは大好きなシャルロットに久しぶりに体を洗ってもらえた事によりかなりの上機嫌となっていて、カイエンは自分の館の風呂よりも立派で利用しやすい大浴場にしきりに興奮していた。

「あの浴槽に使われていた木材…何て良い香りを放つんだ…!シエナくん、木材に関しては秘密にしているが、どうしても秘密か?」

 全てにおいて宿屋シエナの大浴場は素晴らしいとは思っていたが、特にカイエンは浴槽に使用されている檜の香りを気に入っていた。


 以前に会議をした際のテッツとメローナの報告通りであり、カイエンはどうしても檜が欲しくなってしまい、シエナが秘密にしていると知ってはいるが、望みをかけて質問をしてみた。

「申し訳ないですが、秘密です。おそらくこの近辺にはあまり自生していない木なので、非常に希少価値が高いんですよ」

 これが実は街の外を歩けばすぐに見つかるような場所にある木であったなら、シエナも教えていたのだろうが、ヴィシュクス王国内には檜はあまり自生していないのである。


「じゃあ、私の館で使用する分だけ採取をしてくるとかはできないか?指名依頼を出して、報酬も弾むが?」

「う~ん…前に私が伐採した時に一応植林はしましたけど…それでも数に限りがありますからねぇ…申し訳ございませんが、お断りさせていただきます」


 普通の冒険者ならば、貴族からの指名依頼は涎を垂らして飛びつくものであるが、シエナはそれを断る。

 指名依頼は、その冒険者の事を信頼して出される依頼であり、功績ポイントも高いし報酬だって依頼人との直接交渉でかなり引き上げも可能である。

 シエナはその報酬すら聞かずに交渉の余地はない対応をしていた。

 貴族からの依頼をはっきりと断れるシエナも、ナルガと同じくある意味大物である。


 基本的にテミンの…いや、ヴィシュクス王国内の貴族はそのほとんどが少々優しく甘い性格をしている。

 通常ならば貴族からの頼みを断る事は不敬罪にあたりそうではあるが、それですら「じゃあしょうがないか…」で済ますほどの甘い性格である。

 勿論、中には厳しい性格の貴族もいて不敬罪にしてすぐに刑を執行する貴族もいるので、シエナがこうやって問題なく生き延びてこられているのは、知り合った貴族が皆優しい性格をしていたからであった。


 ちなみに、恐怖で民を従わせているような貴族や隠れてあくどい事をしている貴族に関しては、ルクスやレクス、そして国の調査員によってその悪さを暴かれてしまい、貴族位を剥奪されたり断罪されたりしている。

 国がしっかりと民を守ろうと行動している為、このヴィシュクス王国は平和で優しい人種ばかりが揃った国になっているのであった。



 シエナに指名依頼を断られてしまったカイエンは、それでも諦めきれなかった。


「じゃあ、もしもあの木材の木を自分達で見つけた場合は、伐採しても構わないよな?」

「探す気満々ですか…まあ、それは仕方ないですね。木は私の物でもないですしそれを止める権利は私にはありませんし…」

 勿論、シエナとしてはやめて欲しいとは思っているが、それはただの我儘である。

 シエナも自分の私利私欲の為に檜を伐採したのだから、檜を見つけた他人を止める権利などあるわけがない。


(まあ、そう簡単には見つかる場所にはないし、見つかっても流石に全部は伐採されたりしないでしょうからね)

 それなりに離れた位置の、それもシュバルヘーレ山脈の麓に檜は自生しているのだから、本当に見つかったとしても数年は大丈夫だろうとシエナは考える。


 ちなみに、カイエンは冒険者ギルドに依頼を出すもその木材の木がどのような見た目で生えているのか、どのような場所に生えているのか、何という名前なのかを答える事ができずに採取依頼を出す事ができなかった。

 代わりに珍しい木の採取とその自生している場所の調査するという依頼を出したのであるが、結局檜は見つかる事はなかったという。

 冒険者達が持ってきた木材は、稀にまだ誰も発見した事のない木も混ざっている事もあったが、そのことごとくが檜ではなかったのであった。

前話の後書きに書いていた、新作小説の『転生はできなかったけど転性はしました』が完結したのでシエナの更新を再開します。

と、言っても、その完結した新作小説の番外編(本編よりも多い)も同時に執筆して書き溜めますので、シエナの更新はまたもや少々遅くはなりそうです…。

なるべく早くは更新できるように頑張ります!

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