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ステンザード一家との出会い②

前話で書くのを忘れていましたが、ちょっとしたスペースが空いて、-----で区切られたところは、現在と過去の視点の切り替えとなってます。

「そうして、私達は逃げ出してしまいました…」


 エルクは悲痛な表情をして過去を語る。

 聞いているシエナ達も、皆表情は暗い。どう、声をかけて良いのかがわからないのである。


「それからの旅は過酷なものになりました」


 持っているのは立派な装飾が施されたナイフが1本と、エルクとアンリエットが持っていた少額の路銀。

 旅をするには適さない服装に、一歳半の幼児が1人。

 絶望的な状況である。


「それでも、とにかく私達はステンザード領から離れなければなりませんでした」

 あのまま逃げ出さずに残っていれば、待っているのは何も持たされずに追い出されるエルクとアルバ、そしてアンリエットはグバンの男の夜の慰み者になるという運命のみである。

 それを考えれば愛する妻と息子を連れて、ほんの少しだけであっても路銀を持ち出せた事はまだマシな部類であったとエルクは今でも思っている。


「フォルト王国内は、どの領地もグバンの手の者に墜ちていました」

 ステンザード領から一番近い町へと移動をしたエルクは、すぐさまその領地を治める貴族の屋敷へと訪問しようとした。

 しかし、その町の領主もグバンの者に挿げ替えられていた。


「もはやフォルト王国の中で安心して暮らせられる場所などどこにも残っていなかったのです」

 エルクはナイフを売って得たお金で剣と旅をするのに必要な道具、そして食料を揃え、町を出たと語る。

 そして、ヴィシュクス王国かノーイッシュ王国のどちらかに向かう事をアンリエットと相談をし、まだ幼いアルバに過酷な雪国生活は体力が持つわけがないと判断をして、ヴィシュクス王国を目指したと語った。


「シュバルヘーレ山脈を迂回する為に南下し、バッヘラ大平原を目指し、私達は旅を続けます」


 シュバルヘーレ山脈はとても険しい岩肌の山脈である。

 地球のエベレストやヒマラヤ以上に険しい山脈であり、登山家が十全な装備を整えていたとしても越えるのはかなり難しい山脈なのである。

 当然、その内部の突破に関しても、陽の光が全く差し込まない常闇の天然迷宮であり、更に毒性の強い危険な魔物が多く存在する場所であるので、まだ山脈を越える方が希望がある。


 幼児を連れ、旅にも慣れていないエルク達がシュバルヘーレを越える事は絶対に不可能であった。

 その為、エルク達はバッヘラ大平原から東へ向かい、ヴィシュクス王国へと向かおうと判断したのである。


「バッヘラ大平原に到着するまでに1年近くかかってしまいました。旅慣れた冒険者であれば三ヶ月もかからなかったでしょうが、それでも、旅慣れていない私達が無事にバッヘラ大平原まで辿り着けたのは僥倖だったと思います」


 フォルト王国はモンスターや魔物が少ないとはいっても、全くいないわけではないので、途中で襲われていればひとたまりもなかっただろう。

 護衛を雇おうにも雇うだけのお金は持っていなく、持っていたお金と、ナイフを売って旅支度を整えた残りのお金だけで切り詰めなければならなかったので、無事に辿り着けただけ幸運である。


 しかし、本当に大変なのはそれからであった。


 バッヘラ大平原には、モンスターや魔物は少なくても危険な猛獣が沢山存在している。

 特に気を付けなければならないのが、『バッヘルキャット』と呼ばれる中型の肉食獣である。


 地球のサーバルキャットに近い見た目の、大きさはライオンよりも一回り小さめのそのネコ科の肉食獣は、非常に獰猛な性格をしていてバッヘラ大平原に数多く存在している。

 そして、たまに平原から人里へと迷い込んでくる事もある。

 その際に主に小さな子供が狙われ、連れ去られて食べられてしまうという事態もしばしば発生しており、バッヘルキャットをよく知る近隣の村では「糞猫は見つけ次第殺せ」と、言われる程の嫌われ者である。


 他にも危険な肉食獣は存在しているが、一番気を付けなくてはならないのがこのバッヘルキャットであった。

 ちなみに、このバッヘラ大平原の嫌われ者は、ヴィシュクスでもフォルトでも、そしてグバンでも共通認識の嫌われ者であり、過去に三国が協力してバッヘルキャットを間引きする大討伐隊が編成された事もあった。



「遠回りにはなりますが、少しでも危険を減らす為に私達は森と平原の境を通りました。平原に住む猛獣は滅多に森には入りませんし、野盗もわざわざ平原に出ようとはしませんから」

 急がば回れといった諺があるように、エルク達は冷静に判断をしてバッヘラ大平原を安全に抜けようと工夫をした。

 1年近くの旅で様々な経験を積んだ事により、危険を回避する為の情報だけは特に集めていたのである。


「は~…そうだったんですね。私は何も知らずに平原のど真ん中突っ切って迷子になってましたよ…」

 突如として口を挟んだのはシエナであり、シエナも過去にバッヘラ大平原を抜けてヴィシュクス王国へ逃げ出してきた者の一人である。

 その際、何も情報を持たずにバッヘラ大平原へと足を踏み入れたシエナは、そのど真ん中をがむしゃらに突っ切るだけであり、更に目印となる物が周囲になかった為に長い期間、バッヘラ大平原で迷子になっていた事を思い出して思わず呟いてしまったのである。


 その呟きに思わずその場にいた全員がシエナの過去も気になってしまったところであったが、今はエルクの過去を聞く事に集中をした。


「遠回りではありましたけど比較的安全に進む事ができ、私達は二ヶ月程で何とかヴィシュクス王国に繋がるバッヘラ大平原の出口まで辿り着く事ができました。…しかし」


 本当に大変だったのはそれからであった。



-----



 エルク達がヴィシュクス王国へと繋がるバッヘラ大平原の出口に辿り着いた時、そこではヴィシュクス王国の兵士達が砦の建設に勤しんでいた。


「止まれ!何者だ!!」


 砦の脇に建設されていた関所のような建物にエルク達が近づくと、武器を携えた兵士達がやってくる。

「戦争難民か…?よくバッヘラ大平原を越えられたと称えてあげたいところだが、悪いが今はバッヘラ大平原からヴィシュクス王国への入国は許可されていない。悪いが引き返してくれ」

「そ、そんな…ようやくここまで逃げてきたというのに…」

 兵士の言葉に、エルクはアルバを抱えたまま絶望の表情で膝から崩れ落ちる。


「…すまない。今の時期はどこからグバンの間諜が入り込むかわかったものじゃないんだ。許可なき者は通すわけにはいかない」

 兵士達も本当に申し訳なさそうにして顔を背ける。


 これが、正規の手続きを踏んでいる商人や冒険者ギルド、商業ギルドの関係者であれば書状や証明書を提示すれば通る事はできる。

 冒険者ギルドや商業ギルドなどは特に、どこで誰がギルド登録をしたか、誰がどのレベルやランクに上がったか、などを大陸全土で情報共有化を図る為に必要な通行であるので、兵士達も止める事ができないのだ。


 ギルド関係は大陸規模の大組織であり、どの国にも属してない為にかなり自由に行動が取れるのである。

 ただ、流石に戦時中の国などに入り、その戦火に巻き込まれた場合は自己責任である。



 他の例外としては、王族や貴族である証を所持していれば、ヴィシュクス王国側が逆に保護しようと働きかけていたのであるが、残念ながらエルク達はその証を所持していなかった。

 その為、兵士達も追い返すしか手段が取れなかったのである。


「お願いします…せめて、妻と息子だけでも…」

 エルクは必死になって懇願する。

 しかし、兵士達も命令に背けば自分達が処罰の対象となってしまうので、どんなに問題なさそうな人物だとわかっていても、通す事はできなかった。

 これが、この場に辿り着いたのがエルク達が初めてであったなら、もしかするとそのまま通してくれていたかもしれないが、過去に1人の隊長格の兵士が、この場に辿り着いた1人の少女を憐れに思い、通してしまった結果、重い処罰が下された。

 そんな出来事があった為に兵士達も見て見ぬフリはできないのである。


「…これは独り言なのだが」

 兵士達の内の1人が、ポツリと呟き始める。

「ここより北にしばらく進み、シュバルヘーレ山脈に辿り着く少し前の山は比較的低くて進みやすい山道だそうだ。ただ、ゴブリンやオークが生息していて危険な道である事は間違いないだろう」

「お、おい…お前何を言ってるんだ」

 独り言を呟く兵士を、別の兵士が止めようとするが、それを更に別の兵士が止める。


「ゴブリンは昼間にしか行動しない。そしてオークもハイオークでなければ動きもそこまで素早いわけではないので、夜間に行動すれば、危険な道でも比較的安全には進めるかもしれないな」

 兵士の独り言に、エルクとアンリエットは真剣に耳を傾ける。

「いくらそんな道があったとしても、それでも危険であるのは代わりないから、そこから侵入する馬鹿はいないだろうし、俺達もそこまで見張る事はできないな」

 ようするに、そこから不法入国をする人間は見て見ぬフリをする、と言っているようなものである。


「フォックス隊長だったら、どうしただろうな…」

 独り言を言っていた兵士は、降格処分を下され、別の地へと配属されてしまった自身の尊敬する人物の事を思い浮かべて空を仰ぐ。

「さぁ…な。ただ、追い返す人に少々の食料と水くらいは与えても、問題はないんじゃないかな?」

 あくまでも自分達が受けている命令は、バッヘラ大平原を抜けて入国しようとする者を止めて追い返す役割と砦の建設だけであり、食料などを与えてはならないという命令は受けていない為、処罰の対象にはならないだろう、と、話し合う。


 すぐに1人の兵士が関所ような建物に戻り、大きめの皮の袋を持ってくる。


「携帯食料はかなり保存が効く、食べるのは最後に回すのが良いだろう。他の食料から先に食べるように。それとあまり新鮮ではないが、ネリーを数個入れておいた。道中疲れた時にでも食べると良い」

 兵士達の優しさに、エルクとアンリエットは涙ぐむ。


 通してもらえなかったのはとても残念な事である。

 しかし、それは兵士達にとって守らなければならない命令であり、エルク達が無理矢理通ろうとすれば、優しい兵士達に迷惑をかけてしまうだけである。


 代わりに、別の侵入経路をあくまでも独り言として教えてくれた。

 エルク達はそれを感謝し、深々と頭を下げてその場を後にした。



「生き延びてもらいたいな」

「全くだ…フォックス隊長が通した嬢ちゃんも、無事なんだろうか…」

「無事だと信じたいけど…あの子は…もはや死にかけてましたからね…」

 兵士達はエルク達の背中を見送りながら呟いた。



-----



「それから私達はシュバルヘーレ山脈の方へと戻りました」

 もちろん、ヴィシュクス兵が砦を建設していた場所から山脈近くまで戻るとなると、これまた長い時間がかかってしまう。

 エルク達は一ヶ月以上の時間をかけ、登りやすそうな所を見つけてはそこから山登りをして、ヴィシュクス王国への入国をしようと試みた。


「しかし、そう簡単には事は運びません…私達は山の中で遭難をしてしまいます」

 山育ちではあっても、全く人の手が入っていない大自然には敵うわけがなかった。

 エルク達は兵士達の助言の通り、モンスターとの遭遇を避ける為に主に夜間の行動をしていた。

 その為、向かうべき方向を見失ってしまい、山奥で遭難をしてしまう。


 更に、夜間に行動していたにも関わらず、起きて行動をしていたゴブリン3体の群れにも遭遇してしまう事態にも見舞われ、アンリエットとアルバを守る為に戦ったエルクはかなりの重症を負ってしまう。

 アンリエットの献身的な看病がなければ、エルクはその時に命を落としていただろう。


 冒険者にとっては何も脅威ではないゴブリンだが、エルク達にとっては十分な脅威であった。

 それを身をもって知ったエルク達は、とにかく魔物やモンスターと遭遇しない事を念頭にして登山をする。


 そして、山の途中で見つけた食べられる野草や、野生の小動物などで食いつなぎ、獲物が見つからなかった時には貰った携帯食料を大事に食べる。

 そんな毎日を繰り返していたが、限界がやってきてしまう。


「最後に見つけた水場から、11日が過ぎた頃でした。補充して大事に飲んでいた水も持っていた食料も完全に底をついてしまいました」

 それからはとにかく水場と食べられそうな物を探していた。

 アンリエットとアルバを洞穴に隠れさせ、危険ではあったが昼間の周囲の探索をする。

 ゴブリンに見つかり、必死に逃げ出し、夜になってからアンリエット達のところへと戻る。


 飲まず食わずの探索は4日間続いたとエルクが語ると、話を聞いていた誰もがゴクリと喉を鳴らす。


 今、食堂内にいる冒険者の中にも、山の中で遭難を経験した者はいる。

 そして、そこで水や食料が尽きてしまった時の恐怖も知っている。


 誰もが緊張した様子で、エルクの話に聞き入っていた。



「最初に、アルバが高熱を出して倒れました。意識も朦朧としていて…」

 それまで淡々と思い出すように語っていたエルクの目に涙が浮かぶ。

 当時の事を思い出し、その恐怖から体が震える。


「わた、し、と、アンリ、エット…ぐす…は、何度もアル…ずび…バ、の名を、叫び、ま、した…」

 涙を流し、鼻水を啜りながら、エルクはその時のアルバの命の灯が今にも消えそうだったという様子を語る。

 聞き入っていた客の何名かが感情移入をしてしまい、もらい泣きをしている。


「やがて、私も、アンリエット、も、体力の限、界がき、て、倒れて、しまいます…そこで…」

 エルクは一度顔を俯かせ、ゴシゴシと涙を拭いてゆっくりと深呼吸をした。


 何度も気持ちを落ち着かせるように深呼吸をし、顔を上げたエルクの表情は希望に満ちた表情をしていた。


「そこで、私達は運命の出会いを果たしました」

 希望に満ちた表情を、他の客と同じように聞き入っていたシエナに向ける。

 シエナはきょとんとした表情をした後に、何か合点があったような表情をした。



-----



「アルバっ!目を開けてくれ!!アルバァ!!」

「お願い!アルバ!目を開けて!!」


 エルクとアンリエットは、自分達の腕の中で高熱を出してぐったりとしている最愛の息子の名を何度も叫ぶ。

 それが魔物やモンスター、猛獣を引き寄せてしまう可能性を高めようとも、それでも止める事はできなかった。


 何度も何度も叫び、何日も潤していない喉が枯れ、それでも叫び続けたエルクとアンリエットの口の中は血の味が広がっていた。


 何日も探索を続けていたエルクが、先に体力の限界を迎えてしまい意識を失って倒れる。

 エルクが倒れるのを見たアンリエットは更に悲痛な叫びをあげる。


「いやあぁぁぁあ!!エルク!アルバ!!お願い!目を開けて!目を覚ましてぇぇえええ!!」

 泣き叫び、泣き喚き、そしてアンリエットも同じ運命を辿る。



 倒れる寸前、最後の気力を引き絞ったアンリエットは、その腕に最愛の夫と息子を抱いた。

 そしてステンザード一家は、誰もいない暗く冷たい山奥の中で、その命を散らそうとしていた。



描写はカットしましたが、エルク達は途中で村や町に立ち寄って数日滞在していたりします。


少額の路銀といっても持ちだせたお金は貴族であったので数枚の金貨、更に豪華な装飾が施されたナイフは高値で売れた為、護衛を雇う余裕はなくとも、安宿での宿泊や食料の補充はなんとか賄えている感じです。


色々と描写したい事もありましたが、それを書き始めると長くなってしまうので、なるべく手短に簡潔にまとめられるように頑張ってます。

(それでも、②で終わらせる予定が長くなったので③にまで伸びてしまいましたが)

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