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冒険へ出掛けます!

「ただいま~」

 幼さの残る間延びした様な声で、シエナは宿屋3階にある従業員共有スペースのドアを開けた。

 共有スペースは、リビングダイニングキッチンのような形になっていて、キッチンの隣には小さな部屋が1つだけあった。

 その小さな部屋が、シエナの部屋である。


 共有スペースには、1人の女性と1人の男の子がいた。


「あ、シエナ(ねえ)お帰り~。遊ぼ~」

 金髪の男の子が嬉しそうにシエナに駆け寄る。

「ごめんね、これから少しの間、冒険に出かけるの」

 男の子は不満そうな顔をして頬を膨らませた。


「こら!アルバ!シエナさんを困らせては駄目ですよ。もうそろそろ7歳になるのだから、少しは落ち着きなさい」

 アルバと呼ばれた少年は、その母親らしき人物に怒られてしまう。

 怒られたことにより、しょぼくれた顔をしたので、シエナがアルバを抱き寄せて頭を撫でた。


「まぁまぁ、このくらいの子供はまだ遊びたい盛りなんですよ。アルちゃん、私が帰ったら遊んであげるから、それまで我慢できるよね?」

 シエナにぎゅっと抱かれ、少し顔を赤くしたアルバは、無言で頷いた。


「そういう訳なので、数日間は不在にします。アンリエットさん、少しの間、宿の事はお願いします」

「わかりました。夫もご存じでしょうか?」

 アンリエットと呼ばれた女性は、その腰ほどまであるウェーブのかかった長い金髪を揺らしながらシエナに近づき、シエナに抱かれているアルバの頭を撫でながら、シエナに質問をした。

 エルクとアンリエットは夫婦であり、アルバはその2人の息子である。


「はい、エルクさんにも先ほど伝えました」

「わかりました。シエナさん、貴女でしたら大丈夫だとは思うのですが、無理はせず、無事に帰ってきてくださいね」

 これはシエナが冒険に出かけたり、数日の間宿を不在にする時に必ずアンリエットがシエナに言う台詞であり、その毎度のやり取りにシエナは苦笑するのであった。



 この宿は、シエナがいなくても問題なく営業できるようになっている。

 むしろ、シエナは働く必要がないのであるが、宿屋経営は今のシエナの生きがいなので、働いているのである。


 一応は従業員のそれぞれに中心的な役割を与えているが、調理を含めシエナはほぼ全ての事を従業員全員に教え込んでいる。

 そして、十分な人数を雇い、それに『シフト制』を導入して、従業員を交代で休ませて回すようにしているのだ。

 万が一、その日がありえないくらい忙しくなっても、その日が休みの者が手伝いに降りてきてくれたりもする。

 シエナは、そういう時には臨時手当を付けるようにはしているが、そんな忙しい日は滅多にはないので、安心して数日間不在にすることがあるのだ。

 シエナ不在時にトラブルが起きても、エルクとアンリエットがいればなんら問題ないという安心感もある。


 万が一、シエナが死んでしまったり、何年も戻れないような状況になった時は、宿の事はエルクとアンリエットに全て委任・譲渡するようになっている。

 2人はその話をシエナから聞かされた時には、断固として拒否をしていたのだが、シエナによる説得により、渋々と了解したのであった。


 しかし、確かに2人はその件は了解はしたが、シエナに子供ができて、その子供が宿を継げるくらい大きく育つまでは、必ず生きて戻ってくること、と逆にシエナに約束をさせたのである。

 当然、一番はシエナが寿命で死ぬまでは生きてほしい。とも付け加えて…。

「それまで、自分達もシエナを全力でサポートします」と言う台詞には、シエナも感動したのであった。



 シエナは、自室に入って冒険の身支度を始めた。

 丈夫な布で作られた動きやすい冒険服に着替え、あまり意味はないとは思っているが、皮の胸当てを装着する。

 腰のベルトに、金属製の小さな水筒を4つ取り付けた後、もみあげの三つ編みをほどいて、後ろで髪を結って小さなポニーテールを作る。

 冒険をするのに便利な道具をいくつか詰め込んでいる小さなリュックサックを背負い、その上から丈夫な毛皮で作られたフード付きのケープを羽織る。

 靴もブーツに履き替え、手袋を嵌め、最後に武器を腰ベルトに差し込むと、シエナは忘れ物がないか部屋の中を見渡した。


「弓は…いらないかな?」

 一応持っていこうかと思い、弓に手を伸ばしかけたが、やはり必要性を感じなかった為、シエナはそのまま弓は置いて行くことにした。

「よし、あとは倉庫からかな」

 そう呟いた後、シエナは自室を出た。


「アンリエットさん、それでは行ってきます。アルちゃん、留守番よろしくね」

 アンリエットに挨拶をしたあと、アルバに手を振りながら共有スペースを出る。

 アンリエットもアルバも、同じく手を振りながらシエナを見送るのであった。



 1階に降りたシエナは、休憩所で休む3人に「もう少しだけ待っていてください」と言って、受付裏の倉庫に行き、いくつかの日持ちする保存食と幾ばくかの調味料、携帯用の食器と小さな鍋を木で作られた箱の中に入れ、それを持って裏庭の方へと向かった。

 向かった先にあるのは、裏庭に作られた小さな物置小屋である。


「複数人で冒険するのは久しぶりだなぁ。これくらいあれば良いかな?」

 物置小屋にもいくつかの乾燥食材が置かれていて、その中から適当に選んだ食材を、倉庫に置いていた木製の手引き車に乗せていく。

 木製の手引き車の横には、金属製のリアカーらしき物が置いてあるが、車輪部分にはタイヤとなる部品が付いていなかった。

 シエナがいくら探してもゴムの代わりになりそうな物がなかったので、完成間際でお蔵入りになっているのである。


「あとは…これを4人分っと…」

 食材の他に、小さく畳まれたタオルケットを4枚と、布の袋に入れられた細い筒状の物を4つ、手引き車に乗せていく。

「よし、準備完了っと」

 乗せた荷物の箱を、ズレたり落ちたりしないように紐で固定をし、手引き車を引いてシエナは倉庫を後にした。



「お待たせしました」

 出立の準備が完了したシエナが戻ると、エレン達は若干名残惜しそうな表情をしながら立ち上がった。

 シエナの準備がもう少し時間がかかると思ったエルクが、エレン達に追加のお菓子を持ってきますと言って、少し離れた時の出来事だったので、そのお菓子を食べそこなってしまったからである。


「あ、もう出られますか?」

 丁度、エルクが追加で持ってきた茶菓子の饅頭を持って戻ってきた。

「では、これは途中の休憩時にでも食べてください」

 そう言って、持ってきた饅頭をシエナに手渡す。シエナは、エルクにお礼を言いながら、饅頭をナフキンに包んだ。


「では、行ってきます。留守の間はよろしくお願いします」

「お任せください。無事に戻ってきてください」

 アンリエットと同じようなやり取りに、シエナは苦笑をしながらエレン達と外へ出た。


 宿の外には、先ほどシエナが用意をした木製の手引き車が置いてあり、シエナはその手引き車に乗せてある箱の中に、ナフキンに包まれた饅頭を入れると、手引き車を引いて歩き始めた。


「ちょ、ちょっと!俺達が引きますよ!」

 これからこの4人で冒険をするのに、見た目が一番か弱い女の子が、一番大変そうな荷物を引いているのは、流石に人目を気にしてしまう状況である。

 そう思ったカルステンが、シエナを止める。


「お気持ちは嬉しいですが…。これ、結構引くのも大変ですよ?」

 カルステンは「いいから」と言い、シエナを退かせて代わりに手引き車を引こうとした…、が、先ほどまでシエナが楽々引いていた手引き車はカルステンがいくら力を振り絞って引いても動かないのであった。

 シエナが何気なく車輪の下を見てみると、丁度車輪に引っかかっている出っ張りがあったので、おそらくはそれが原因で中々動かせない状態なのであろう。


 手引き車には、荷台の4分の1程しか荷物は置かれていないが、木製の手引き車の元々の重量が結構あるので、引くのも意外と大変なのである。

 車輪の部分も、木を丸く削っただけの車輪になっているので、それなりの重量であり、懸架(けんか)式という訳でもないので、ちょっとした段差でも引っかかってしまう。

 少しでも勢いがあればそのまま乗り上げて進むことができるが、一度引っかかってしまうと、そのまま引いて進むにはかなり力がいるので、一度少し後退する必要があるのであった。


 この手引き車は、シエナが8歳の時に作った物で、今ならば、木製でももう少しマシな状態の物を作れるのであるが、愛着もあるので壊れるまでは使おうとしているのである。


「やっぱり、良いですよ。私の荷物なんですし、私が引きます」

 そう言って、シエナは手引き車を引いて歩き始めた。


「お、俺…あれくらいの物すら引いて歩けないのか…」

 カルステンはがっくりと落ち込み、それをクラウドが慰めるように肩に手を置くのであった。




 街の出入り口の門まで進み、門番に挨拶をしながらシエナ達は街の外へと足を踏み出した。

 門と言っても、別に特別なゲートなどがあるわけではない。街は移住者によって年々拡大されていってるのだから、街からほんの数メートル離れた所にすぐに取り壊せる小さな門と小屋があるだけである。

 街が拡大されて、門の位置が街に飲み込まれそうな位置になったら、少し離した位置に立て直す。その為、この小さな門と小屋は結構簡単な作りでできているのであった。

 街への出入りは特に手続きが必要な訳ではないので、わざわざ門から入る必要はないが、他の地域からやってきた者は、門番か役所で滞在受付をしていた方が、万が一何かあった時に助けてもらえる事がある。なので、冒険者はきちんと門番に滞在受付を済ませるのであった。


 ここの門番とシエナは顔見知りなので、シエナの今の状態を見ても特に何も感じてはいない、むしろ、更に荷物を積んでいる時がほとんどなので、今日の荷物数は少なく感じるくらいであったのだった。


「そういえば、シエナさんは…」

「あの…今更ですけど、敬語じゃなくて普通に話しかけてくれると助かります。私の方が年下なのですし。私は年下なので、そのまま敬語で話させてもらいますが」

 エレンの言葉を遮って、シエナがそう言う。エレン達がシエナに対して敬語であったのは、シエナの方がランクが格上だからである。


 ほんの一瞬、エレンはどうしようかと考えたあと、シエナがそう望んでいるのだから、敬語はやめて普通に話しかけるのであった。

「シエナは、ランク5って事は、シルバーランクなんだよな?って事は、持ってるタグはシルバータグなのか?」

「はい、そうですよ」

 そう返事をして、シエナは片手で手引き車を引きながら、空いた手で胸元からペンダントのような物を引っ張りだした。


 ペンダントのような物は、2枚の金属製のネームタグとなっていて、片方は銀で、もう片方は鉄でできているタグであった。

 銀のタグにはシエナの名前が刻まれていて、鉄のタグにはシエナの現在のランクとレベルが刻まれている。


「おー、すげー!これがシルバータグか…初めて見た」

 そう言って、エレンも同じく胸元からタグを引っ張り出す。

 エレンの出したタグも、2枚の金属製のタグであったが、名前が刻まれているタグは銅で出来ていた。


「ブロンズタグかぁ~。懐かしいなぁ~…」

 エレンの銅で出来たタグを見て、シエナが昔の自分を懐かしむ。



 冒険者は、ハンター登録をした時に必ず2枚のタグを渡されるのである。

 片方は、全員共通のランクとレベルの刻まれた鉄のタグで、これはレベルやランクが上がる度に冒険者ギルドで交換される。

 冒険者ギルドも、いちいち刻み直すのではなく、すでに大量に準備されてる物と交換をするのであった。

 そうしないと、大勢いるハンターのランクとレベルをいちいち作り直す羽目になるからである。


 そして、もう片方がハンター登録をした者の名前を刻んだネームタグである。

 登録し立てのランク0から、ランク4までは俗にブロンズランクと呼ばれ、銅で出来た『ブロンズタグ』を渡され、ランク5からランク9まではシルバーランクと呼ばれるようになり、銀で出来た『シルバータグ』と交換される。

 ランクが10になると、ゴールドランクとなり、金で出来た『ゴールドタグ』と交換されるのであるが、そもそもランク10になった者など、ギルド設立から今までの間でほんの一握りしかいないのであった。


 一般的なハンターは、そのほとんどがランク4である。

 ランク4からランク5に上がる為の試験が難しいのもあるが、ランク4のレベルを上げる為の必要経験値が普通の冒険では中々貯められないからである。

 そして、頑張ってランク5に上げても、ランク5からは活動状況や評価により、降格もするのであった。


 ランク4までは、どれだけ依頼を失敗しようが、評価が悪かろうがランクやレベルを下げられる事はない。あまりに酷い場合は、登録自体が抹消されるのであるが…。

 しかし、ランク5からは人間性が重要視され、悪い噂が多い人物は尾行されたりと、徹底的に調べ上げられるのであった。

 そして、シルバータグを渡すには不適切と判断された際には、例えランクが9であろうが一気にブロンズタグである、ランク4まで落とされるのである。


 そういった経緯も相まって、冒険者の多くはランク4であり、シルバーランクになっている者は一人前の証であり、全ての冒険者の憧れであった。




 そんな冒険者憧れのシルバータグを有するシエナであるが、シエナからすると「なんかいつの間にかシルバーになってた」と言う…ある意味、冒険者泣かせであるのであった。

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