久しぶりの宿屋経営
久々に自分のベッドで熟睡したシエナは、日の出前に目を覚ます。
「ん~…!やっぱり自分のベッドで寝るのが一番落ち着きますね!」
洗面を済まし、入念にストレッチをしてからシエナは寝間着から普段着へと着替える。
この日の予定は、まずは皆の朝食を作る事。
そして、店先の掃除をし、食堂の営業前の手伝いをしてからチェックアウトをするお客様のお見送り、そして再度店先の掃除をし、先日ヴィッツから持って帰ってきた荷物の整理である。
昼からはエルクの書いた日報やその他の書類に目を通し、何も起きていないだろうが問題がなかったかの確認、及び売り上げの管理である。
結構な日数の書類整理が溜まっているので、これは時間がかかりそうであった。
夕食には持って帰ってきた海の幸を皆に振る舞おうとシエナはどんな料理が良いかと思案する。
だが、その前に朝食である。
シエナは、いつもの自分用である日本人向けの朝食を作りだす。
ヴィッツで海苔の養殖が成功すれば、この食卓に焼き海苔も加える事ができる。その時の事を思い浮かべるとシエナはワクワクする。
今日のシエナの朝食には、あまり作り置きができない納豆はなかった。
シエナ以外誰も食べないので、当然である。
特にやはり臭いが気になるそうであった。
「納豆も作らないとなぁ」
米が炊けるまでの間に、シエナはロールパンに切れ込みを入れてその間にレタスとチーズ、そしてトマトを挟んでいく。
こっちは従業員達の朝食である。
全員分の朝食が完成し、米も炊けたのでシエナは自分の朝食を食べ始める。
(そういえば、昨日結構魔力を使ったのに、魔力が全回復しているなぁ)
もぐもぐと米を咀嚼しながら、シエナは自分の残魔力を確認する。
盗賊の親分の解剖と治癒をした際、シエナはかなりの魔力を消費していた。
残魔力が全魔力の四分の一程しか残っていない状態となっていて、普段のシエナであれば、そこで「この後の為に」と、きちんと魔力を温存したであろうが、この時のシエナはひどく興奮をしていた。
それこそ、「全魔力を使い切るまでこの盗賊を解剖する」という勢いだったのだ。
魔力が尽きたら、シエナは非力でひ弱な小娘である。それこそ、シエナよりも年下の女の子よりも弱いくらいの非力さである。
もし、盗賊の親分がシエナの魔力が尽きるまで我慢できていたのなら、シエナを返り討ちにできていた。だが、その前に心が折れてしまい、命を投げ捨ててしまった。
通常なら、それ以前にショック死しそうなものであるが、親分の精神力が強かった事と、解剖をされていても人体の方が無意識に魔法を使用して痛みを和らげていたのである。
シエナが冒険者達と共にテミンへと戻り、職員達が会議をしている間、ギルドで暇をしていた。
その時にも残魔力を確認していたのだが、普段よりも回復のスピードが早かった。
この時のシエナは、「前々日に食べたネリーの効果がまだ残ってるのかな?」と考えたが、すでに消化も吸収も終えている食べ物の効果が残っているとも考えにくかった。
(と、なるとその後に食べた食べ物…蜥蜴肉?)
考えられる魔力回復スピードの増加の一番の要因は、蜥蜴肉であった。
「ん~…?前に食べた時は残魔力とか気にしてなかったからなぁ…」
比較のしようがない為、考察はまた今度という事にして、シエナは今は朝食に集中する事にした。
「お!シエナちゃん!久しぶりじゃないか。またどこかに冒険にでも行ってたのかい?」
「シエナちゃんようやく帰ってきた!ねぇ、早く次の料理教えてよ~」
「おはよう、シエナちゃん」
早朝だが街を歩く人達はそれなりに多く、近所に住む人々はシエナの姿を確認するなり口々に挨拶をしていく。
「おはようございます!お久しぶりです!」
シエナも掃除をしながら道往く人々へ元気良く挨拶を返す。
久しぶりにシエナの姿を見た事により、最近宿の食堂へ食べに来ていなかった人達も、久しぶりに夕食でも食べに宿屋シエナへと行こうかと心の中で思うのだった。
朝の食堂の営業が開始され、宿の宿泊客や近所に住む人達が宿屋シエナの食堂へと訪れる。
シエナは少しだけ給仕を手伝い、メリッサと共に受付へ立ってチェックアウトをする宿泊客の見送りをする。
数グループのチェックアウトを終えて数分後、新たな宿泊客が階段を降りる足音がシエナとメリッサの耳に届く。
「あ、チャーチルさん!」
階段を降りてきた宿泊客は、以前シエナが大蜥蜴から助けたチャーチル達で、チャーチル達は今から食堂へ向かおうとしているところであった。
シエナは宿の宣伝をしてくれたお礼を言おうと受付から出る。
「シエナさん!お久しぶりです」
「シエナ!久しぶりだな!その節は世話になった」
今は鎧を脱いで身軽になっているチャーチルとマチルダが、シエナから呼ばれて食堂へ向かおうとしていた足を止めてシエナの方へと振り返る。
ビショップとアリスも少し遅れて階段から降りてきて、シエナの姿を確認すると嬉しそうに駆け寄る。
「シエナさん。お久しぶりです」
「アリスちゃん久しぶり。もう体は大丈夫?」
「はい!おかげ様ですっかり元気です!」
そう言って、アリスは両手を使って可愛くガッツポーズを取る。
元気そうなアリスの様子にシエナは微笑み、チャーチルの方へと向き直る。
「宿の宣伝をしてくださってありがとうございました。おかげ様で宿泊してくださるお客様が増えまして大助かりです」
「いえいえ、命の恩人の頼みですし、一宿一飯の恩義だってございます。宣伝くらいでお礼ができるなら安いものですよ」
「実際には、一宿どころか三宿だったけどね」
チャーチルの言葉に被せるようにして、ビショップが呟く。
チャーチル達は一泊だけのつもりで翌日にチェックアウトをしようとしていたが、メリッサがそれを引き留めた。
チャーチル達も最初は困惑したが、「せめてアリスの調子がもう少し良くなるまで…」と、厚意に感謝し、アリスだけを宿に残して素材の採取依頼などを受けていた。
そして3日目に、女性冒険者限定の報酬額がかなり美味しい依頼があったのでそれを受けた。
この依頼の達成には数日間を有してしまう依頼だった為、そこで宿をチェックアウトし、6日後に無事に依頼を達成したのである。
アリスの調子も2日目にはかなり良くなっていたので、依頼を受けてる最中は無理をしない程度に抑えて行動を共にしていた。
ちなみに、この依頼を受けるまでの間に、チャーチル達は宿屋シエナの宣伝も一緒に行っていた。
集めた素材を買い取ってもらう為に冒険者ギルドへ寄った際、他の女性冒険者達に声をかけていたのである。
そして、その宣伝を聞いた女性冒険者達は、半信半疑で宿屋シエナへと赴いたという訳である。
報酬額が美味しかった依頼を終えたチャーチル達は、今度こそ自分達のお金で宿屋シエナへと宿泊をした。
そして、改めて宿屋シエナの居心地の良さを実感し、宿屋シエナを拠点として冒険へと出かけるようになったのであった。
「なので、改めましてお礼申し上げます。シエナさん、本当にありがとうございました」
チャーチルが丁寧に頭を下げてお礼を言う。それに倣ってマチルダもビショップもアリスも頭を下げてお礼を言う。
「困った時はお互いさまです。ささ、お腹も空いたでしょう。お席までご案内致します」
途中からは接客の対応へと変更して、シエナはチャーチル達を食堂のテーブル席まで案内する。
シエナがチャーチル達の椅子を引いて着席させている最中に、今日は珍しく給仕をしているシャルロットが水を運んでくる。
この日はリアラが休みなので、シャルロットが代わりにウエイトレスをしているのだった。
シャルロットは普段のシエナに見せる雰囲気とは違って非常に上品な雰囲気を纏って接客を務める。
数年前まで貴族の館でメイドをしていた経験によるものである。が、最後の最後、シャルロットのアリスを見る目付きが獲物を狙う目になっていたのをシエナは見逃していなかった。
(アレがなければなぁ…)
アレとはもちろん、同性愛者+幼女趣味である。
給仕をその日担当であるシャルロットとミリアに任せ、シエナは再度受付へと立つ。
チェックアウトをしていく冒険者達はやはり女性が多く、シエナの知らない顔ばかりであった。
(頑張ってお客様の顔を覚えていかなきゃ!)
見送りをしながらシエナは新しく宿屋シエナを利用してくれたお客様の顔を覚えていくのであった。
「シエナさん、ちょっとよろしいでしょうか?」
最後のお客様の見送りを終え、再度店先の掃除を終えたシエナはエルクに呼ばれる。
「どうしました?」
「いえ…シエナが助けた女性冒険者達の事で少しお話が」
エルクからの珍しい話題振りにシエナは首を傾げる。
あまり他の人には聞かれたくない話しだという事で、エルクとシエナは庭の倉庫へと入る。
「チャーチルさん達がどうしましたか?」
「えぇ、そのパーティーメンバーであるアリスって子なのですが…」
少しだけ歯切れが悪い様子のエルク。
もしかすると、自分にも少し言いにくい話題なのかもしれないと、シエナは考え、次のエルクの言葉を待つ。
「あの子は…いえ、すいません。やはり私の思い過ごしだと…」
「えぇ~…流石に気になりますよ…」
聡明なエルクがただの思い過ごしをするわけがないとシエナは感じる。
しばらくの間、エルクは考え込む。
「シエナさんにお願いがあります。もし、知る機会があればで良いので、彼女の本名が『アリスティア』ではないかの確認をお願いしてもよろしいでしょうか?」
ようやく絞り出した答えは、アリスの本名に関する事であった。
「なるほど、要するに確信が持てるようになるのは本名がわかってから、と…。そして、確信が持てるまではやっぱり話す事はできない。そういう事でよろしいですか?」
「シエナさんは話しが早くて助かります」
「わかりました。ただ、もし本名を隠して行動をしているという事は、それだけデリケートな内容と言う事になるので、本当に知る機会があれば、の話しです。無理に聞こうとは思いませんけど良いですか?」
シエナの言葉に、エルクも「その方が問題がなくて助かります。むしろ、私もそう言おうと思ってたので」と答える。
「…もし、私の思い過ごしではなく、彼女がアリスティアなのだとしたら…」
一度エルクはそこで言葉を途切れさせ、ゆっくりとシエナの目を見る。
「彼女を救ってくださって、本当にありがとうございました」
そう言って、エルクはシエナに頭を下げた。
なんとなくであるが、シエナは今の会話の流れでエルクの思い過ごしではなかった場合のアリスの正体に勘づいていた。
似たような例とつい最近まで一緒にいたからという事もあるからかもしれない。
ただ、憶測だけで決めつけてはいけないので、シエナもエルクと同様に確信が得られるまでは、アリスを見守っていこうと決めるのであった。
その後、シエナは荷物の整理をし、書類の確認をする。
書類が溜まってしまっている分、追いつく為に少々忙しくなってしまうが、その忙しさがシエナには少し心地よかった。
なにせ久しぶりの宿屋の経営者としての業務なのである。
「これからはもっと忙しくなるでしょうね。頑張らなきゃ!」
チャーチル達のおかげで、一番のネックであった宿泊客の少なさは改善された。
そうなると、次に改善をしていかなければならない事は多々発生するだろう。
実際に、大浴場の営業に差し障りが出ていると日報にも書いてあるのをシエナは確認している。
利用客の多くは女性なので、あまりに大人数が一斉に来ると入りきれないのである。
そう言った問題を、シエナは頭を悩ませて改善策を考える。
思いついた改善策は、すぐに実行に移すわけではなく、従業員全員と相談もする。
そうして、宿屋シエナは更に利用がしやすく、親しみやすい宿へとなっていくのであった。
書きたい話の小説が多すぎる!!
現在、私はメインである『冒険者の宿屋シエナ』を執筆し、投稿していますが、実は同時進行で色んな小説を書いています。(書いてはいるが、まだ投稿はしていない)
他にもまだ書き始めてはない小説もありますが、どれもこれもがプロットだけは完成していたりします。
そして現在、投稿しているのは冒険者の宿屋シエナのみですが、他に書いている小説のタイトルだけ先に紹介しておきます。(どれもいずれ投稿予定)
・死業式
ジャンル:現代、サイコホラー
・俺はこの世界で唯一の付与魔術師
ジャンル:異世界転生、ハイファンタジー、恋愛
・私はクラスで浮いている。
ジャンル:現代、恋愛、??(このジャンルはネタバレになるので伏せてます)
・風邪薬を調合したつもりが若返り薬だったから、第二の人生を謳歌する
ジャンル:ハイファンタジー
・今度こそ君を守りたい
ジャンル:現代、転生、恋愛
と、まあ…色々と風呂敷を広げすぎて纏まってません。
この中で長編となるのは「俺は世界で唯一の付与魔術師」で、冒険者の宿屋シエナを越す部数の投稿になりそうなので、まずはシエナを終わらせてから投稿を始めようかと思っています。
逆に、部数が少なくすぐに終わる作品は「私はクラスで浮いている。」で、本当は短編として書き上げて投稿する予定でしたが、思いのほか長文となってきたので、もう少しだけ詳しい文章に書き直して、何部かに分けて投稿したいと思っています。
今のところの予定では、10部くらいの短い話にはなると思っていて、すでに4部分書き終えているので、少しだけメインにこの小説の執筆を進めて、完成次第投稿していきたいと思っています。
シエナの投稿が遅れているのに、他に浮気し過ぎじゃないかというツッコミが聞こえてきますけど、頑張って書いていくので応援よろしくお願いします。
ちなみに、冒険者の宿屋シエナは、今投稿しているのは『無印版』となっていまして、無印版が終わったら話の流れがちょっとだけ違って、更にエンディングの違う『Refrain版』を書きたいとも思っています。
一体、何年かかるやら…。




