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1ランク降格

「とりあえず、話しはわかった」

 副ギルド長はこめかみを抑えながら、受けた報告の内容を理解しようとする。



 テミンに戻った一行は、シエナも連れて冒険者ギルドへと向かい報告を行った。

 ギルド職員達は、早朝に出発したばかりの冒険者達が夕方前に戻ってきた事に少しだけ戸惑いを見せたが、受けた報告をすぐに上司に知らせる対応をしていた。

 その上司が、副ギルド長であった。


 副ギルド長は、すぐにギルド長にも同じように話しを通し、他のギルド職員達と会議をする。

 テミン近辺の平和を脅かしていた盗賊が殲滅されたのは喜ぶべき事であり、問題はない。

 依頼を受けた者達に関しては、結局何もできなかったという事を正直に話してくれた事を感謝する。


 問題はただ1つ。シエナの事であった。


 知らなかったとはいえ、依頼を横取りする形になってしまった点。それはまだ良い。

 問題となっているのは、殺さずに無力化できそうな実力を持っていたにも関わらずに皆殺し、更には最後の1人はわざわざ逃げ出したのを捕らえたあとに殺したという点であった。


 それまでに殺した盗賊に関しては、囲まれていて余裕がなかった。と、考えれば問題はないのだが、逃げ出した頭目を追いかけ、そして捕まえた後に殺したのはやりすぎであると考える。

 冒険者が言っていたように、情報を吐かせる為の生き残りは必要なのだ。

 仮に、1人で連れて帰るのは大変だからと殺処分するのなら、きちんと得られる情報を得てから殺処分するべきであり、それを怠って全く情報を聞かずに殺すのは冒険者としては有るまじき行為であった。


 無関係だとは全員が思っている事であるが、テミンでは数日前に10歳の女の子が1人行方不明になっている。

 万が一、これで盗賊がその女の子を誘拐していたとすれば、その女の子は根城にしているところに独り放置される事になり餓死をする、すでにどこかに売られたとするならば、どこに売ったかを聞きだす必要だって出てくる。


 そういった情報を仕入れる手段を、シエナは完全に潰したのである。

 他の冒険者達への報酬をどうするかも悩んでいるが、どちらかと言えば、シエナのどう考えてもやりすぎな件について、ギルド職員達は頭を悩ませていた。



 その頃、シエナはギルドの待合室にて暇そうに椅子に座って足をプラプラとさせていた。

 せっかくテミンへと帰ってきたのに、すでに1時間以上も待ちぼうけである。

 チラリと受付の方を見てみると、エレン達がダフロスと何か会話をしている。

 そっちに混ざりに行こうかとも考えたが、呼ばれてもいないのに話しに割って入るのも気が引けたので、シエナはそのまま待つ事にする。


 何も知らない人が見れば、父親か何かについてきた子供が暇そうにしているようにしか見えないだろう。

 だが、実際はシエナは今起きている問題の渦中の人物なのであった。



 それから更に1時間が経過しようとしていた頃、ようやく副ギルド長がやってきて、シエナとリーダーを務めていた冒険者、そしてシエナと知り合いであるエレン達を呼ぶ。

 ついでにシエナを知っていた悪態を吐いてた男も呼ばれ、シエナ達は会議室へ入室する。


「とりあえず、今回の依頼は盗賊の討伐依頼だったから、依頼を受けていた者全員に報酬と功績ポイントを与える事にした」

 シエナ達が椅子に座るなり、副ギルド長は冒険者達への対応の決定を告げる。

「そしてシエナにも、報酬と功績ポイントを与える事にしたのだが…」

 一度言葉を区切り、副ギルド長は少し言いにくそうに口を開く。


「シエナは人格に問題があると判断され、現在のシルバーランクであるランク5から、ブロンズランクであるランク4への降格とする」

 告げられた決定事項に、エレン達が異議を申し立てる。

「な、なんでですか!?シエナは別に何も悪い事はしていないでしょう!」

「あぁ、そうだな。どちらかと言えば、社会の害悪を駆除するという良い事をした」

「でしたら、何故!?」

 エレンは熱くなって副ギルド長に詰め寄ろうとする。

 当の本人であるシエナは、ぽや~っとした表情で事の成り行きを見守っていた。


「問題はただ1つ。逃げ出した盗賊を捕まえた後に殺したと言う点だ」

 その言葉に、リーダーの冒険者は「やはりそうか…」と手を顎に当てる。

「話しを聞くに、相手は抵抗も何もしなかったそうだな?むしろ、命乞いをしていたそうな」

 確認を含めて副ギルド長がシエナに質問をし、シエナは正直に「はい、そうです」と答える。


「無抵抗の命乞いをする相手を殺した。これだけで充分に人格に問題があると判断される。別に全部が悪いわけではない。悪人は命乞いをした後に平気で裏切ってくる事もあるからな。ただ、得られるかもしれなかった情報を何も得ようとしなかった。これはシルバータグを持つ冒険者としては(いささ)か正常な判断とは思えない」

「よって、今一度ブロンズランクからやり直し、再度シルバーランクを目指してもらいたいと言うギルド職員全員の判断だ。この決定は覆らない」

 副ギルド長の説明に、エレン達は何も言い返せなかった。


「わかりました」

 そして、シエナも特に不満を申したてる事なく、決定に従う。

「シエナはそれで良いのか?」

 文句の1つも言わないシエナに、カルステンが確認をする。

「えぇ、昔はその日の食い扶持を稼ぐ為にも冒険者をやる必要がありましたけど、今は冒険者をやる必要はないですから。それに、何も考えずに淡々と依頼を受けて、とりあえず昇格試験を受けてみたらいつの間にかシルバーランクになっていただけなので、1ランク降格してブロンズランクになっても、特に何も思う事はないですね」


 通常であれば、シルバータグを持つランク5からはベテランの領域であり、冒険者の憧れでもある。

 それをシエナは簡単に手放そうとする。


 そして、そのシエナの言動を聞き、副ギルド長は再度「やはり人格に少し問題があるな…」と、シエナがシルバータグを持つ冒険者としての自覚が全く足りていないと再認識する。

 普通は、降格してしまったのなら、学び直して再びシルバーランクを目指したいと思います。というような事を言ってもおかしくはない。

 それを、シエナはただ「下がっても問題ない」と言っただけである。

 もしも次にシエナがランク5への昇格試験を受けるような事があった場合、少し厳しい査定になりそうであった。



「まあ…ランクは落ちただろうが、お前の腕ならすぐに昇格するだろ。頑張れ」

 会議室を出てすぐに、スライムの時に悪態を吐いてた男がシエナを慰める。

 その慰めに、シエナは今日一番の驚きを見せた。

「え?あなたが私を慰めるなんて、明日は槍が降るんじゃないでしょうか…」

「どういう意味だゴルァ!!」

 悪態を吐いてた男は、シエナがシルバーからブロンズに降格した事を落ち込んでいるのではないかと心配して、わざわざ慰めたというのに、酷い言われようだったのでつい怒鳴ってしまう。

 最初の時は、魔力が低いのに優秀な魔法使い扱いされていたシエナの事が気に食わなく…というか今でも気に食わないが、二度も単独で困難な依頼を達成してしまっているシエナの腕だけは認めていた。

 それなのに、この仕打ちである。


「冗談です。それよりも、せっかく会議室に来ていたのに、一言も話さなかったですね」

「話すような事は何もなかったからな」

 そう言って、悪態を吐いてた男は「仲間のところに戻る」と言い残して去っていく。


「…俺達も、報酬受け取ったら宿に帰るか」

「そうだな」

 エレン達も、報酬を受け取りに受付へと向かう。

 先ほど、ダフロスに「何の成果も得られませんでした」と、悲しそうに報告をしたばかりだったので受付に行くのは気が退けるが、報酬は報酬である。


「…私も、シルバータグを返却してブロンズタグを貰わないとなぁ」

 シエナは首からネームタグとシルバータグの付いた首飾りを外し、受付へと向かう。

 シエナが他の冒険者の後ろに並んで待っていると、視界の端でダフロスが手招きしているのが見えた。


「シエナ、久しぶりだな。元気にしてたか?」

「お久しぶりです。私は元気でした。ダフロスさんも元気でしたか?」

 エレン達と入れ替わるようにして、シエナはダフロスが受付している場所へと座る。


「あぁ、俺も変わりなく元気だったぞ。…せっかくシルバーランクになっていたのに降格とはな…残念だ」

「まあ、私には宝の持ち腐れだったということですよ」

 ランク4とランク5では、特に受けられる依頼の種類には変わりはない。

 だが、依頼を受ける際にシルバーランクであると、それだけ依頼主からの信頼も大きく増え、良い仕事をすればそれだけ多く報酬が貰える事がある。

 ブロンズとシルバーには、そんな壁があるのだった。


「ほれ、これは今回の報酬だ。そして、こっちがスライムの時の報酬。全く、全然来なくなったからいつまで経っても渡せずに他の職員も困ってたぞ」

「スライムの時の報酬?」

 そこでシエナは初めて以前の緊急クエストも参加扱いになっていた事を知り、ダフロスから話しを聞いてスライムと盗賊の討伐依頼分の報酬を受け取る。


 交換したばかりのブロンズタグは、ランク4のレベル1であった。

 通常はレベル0からスタートであるが、今回の盗賊討伐分の功績ポイント経験値により、その分のレベルは加算されているのだという。

 どちらにしても、シエナはそこには特に興味を示さなかった。



「ようやく、宿に帰れます!」

 冒険者ギルドを出て、シエナはリアカーを引いて自分の経営する宿である、宿屋シエナのある三番街区を目指して歩きだす。

 見慣れた街並みを歩き、自分が住んでいる帰るべき場所へと帰ってきたという嬉しさから笑顔が込み上げる。

 すでに、シエナの中では半日前に人殺しをしていたという記憶はどうでも良くなっていた。



 数十分歩き、最後の曲がり角を曲がったところで見えてきた看板に、シエナは再度笑顔を漏らす。

(いつ見ても、自分の宿があるって良いですね)

 前世からの夢であった宿の経営。それを実現した建物が見え、シエナは心からそう思う。


 リアカーを裏庭に置いた後、わざわざ表へ戻ったシエナは、からら~んと、出入り口につけられたベルを鳴らして自宅でもある宿屋の中へと入る。

「ただいま戻りました~」

「いらっしゃいま…シエナ!おかえりなさい!」

 受付にいたセリーヌが、来客かと思って挨拶をしようとして言葉を止め、入ってきたのがシエナだと知ると、客に見せる営業スマイルとは違った心からの笑顔をシエナに見せた。


「セリーヌさん、ただいまです。何か変わった事とかはなかったですか?」

 早速皆を呼びに行こうとしたセリーヌを呼び止め、シエナは自分がいない間に宿に問題が起きていなかったかどうかを確認する。

「変わった事?ふっふっふ…これを見てみなさい!」

 勿体ぶるようにして、セリーヌは帳簿を取り出してシエナに手渡す。

 シエナは帳簿を開き、自分がヴィッツへ向かった日からのページを捲る。

 そして、そこから5ページ程捲ったところで驚きの表情に変わる。


「わ!満室になってるじゃないですか!え!?次の日も、その次の日も!?」

 普段は宿泊客が全くいないという訳ではないが、宿屋シエナは冒険者の街なのに宿泊に来る客はそう多くない。

 なので、スィートルームを除く通常の12部屋の客室は大体いつも半分程しか埋まらない。

 しかし、シエナがヴィッツに旅立ってから5日後以降は全て満室であった。空いている予備客室も埋まっている。


「一体何があったんですか!?わぁ!嬉しいです!」

 この日も既に満室となっていて、シエナは再度帳簿を見直す。

「シエナが手紙を預けて宿泊に来たチャーチルさん達が宣伝してくれたのよ」

 チャーチルという名を聞いて、シエナはヴィッツに向かう時に助けた女性冒険者達の事を思い出す。


「彼女達が、ギルドで他の女性冒険者達にこの宿を勧めてくれたのよ。ギルドからは少し距離があるけれど、女性にとって非常に泊まりやすい良い宿があるって」

 チャーチル達は、シエナとの約束である宿の宣伝をしっかりと行っていた。

 命の恩人でもあり、更には泊まるところを与えてくれた人との約束を破るわけにはいかない。

 チャーチル達は、自分達が宿屋シエナに宿泊をして感じたありのままの感想を、他の女性冒険者達に伝え、宣伝をしていたのであった。


 チャーチル達から話を聞くまでは、どの女性冒険者も普通の宿屋を利用していた。

 本当は格安の宿を使いたかったが、安全面での不安があったため、少し割高でも鍵がきちんとついていて比較的過ごしやすい宿屋を彼女達は選んでいたのである。

 そこに、普通の宿よりも料金は少し安く、料理も美味しくて大浴場のある宿の存在を知らされ、最初はそんな宿がある訳ない、と半ば信じていなかったが、もしかしたらの期待を込めて宿屋シエナへと足を運んだ。

 そして、聞いてた通りの宿であった事に女性冒険者達は喜び、宿泊をしたのだった。


 更に宿屋シエナの客室には鍵もついていて、住宅街がメインである三番街区であったので治安も悪くない。

 チャーチル達から話を聞いた女性冒険者は、ギルドから距離は離れてもより安全で良い宿である宿屋シエナへと拠点を移し、連日宿泊をしているわけである。



 それを聞いたシエナは、「本当に、情けは人の為ならず。ですね!」とチャーチル達を助け、宿に泊めた判断は正解だったと嬉しそうにする。

「あと、皆と相談して決めた事なんだけど、私達が今使ってる予備客室は、ほとんど1人1部屋使ってるでしょ?それを、2~3人でルームシェアして、空いた予備客室を通常の客室にしようと考えてるんだけど」

「私は構いませんが…皆はそれで良いのですか?」

 客室が多くなれば、それだけ宿泊できる人が増えるという事なので、シエナからすれば何の問題はない。

 ただ、ルームシェアをするという事は、1人でいられるプライバシーの時間が減ってしまうという事であり、それによって従業員間の仲が悪くなってしまう事をシエナは危惧していた。


「私達がルームシェアする部屋は仕切り付きの部屋に集まる事にしてるの、皆寝る時以外はほとんど共有部屋にいるから、そこまで問題はないと思うし、そもそもあの部屋は1人でいるにはちょっと広すぎる気がするのよね」

「う~ん…まあ、問題があれば戻せばいっか」

 ある意味、シャルロットがルームメンバーに夜這いをかけないかというのが一番の心配のタネであった。

「あぁ、それは大丈夫。シャルロットとルームシェアをするのは私だから。ミリアはエトナさんとルームシェアするんだよ」

 シャルロットは同性愛者とはいえ、そのストライクゾーンは小さな女の子であり、巨乳のセリーヌとは親友であっても一線を越える事はない。


 ちなみに、エルク達ステンザード家は元々家族で1部屋使っているので、残ったガストン、コーザ、ロベルトは、男3人で1部屋というむさ苦しい形の部屋となる。

 これにより、合計で更に4部屋空く事となるので、宿泊客が増やせられるのであった。


「なんというか…男性陣がちょっと可哀想な扱いになってますね…」

 こっちはこっちで問題が起きないかが心配である。

 が、シエナの心配は杞憂であり、それからずっと宿屋シエナでルームシェアをする弊害は一切発生する事はなかった。




 その日は、シエナが帰ってきた事により、共有部屋では小規模パーティが開かれた。

 アルバはしばらく会えなかった姉のような存在であるシエナにベッタリであり、ついでにシャルロットもシエナにベッタリとセクハラをしていた。

 自宅通いであるリアラは少しだけ帰るのを遅らせて、シエナのおかえりなさいパーティに参加をし、すでに自宅に帰っていたメリッサは、シエナが帰ってきたという報告を受けてわざわざ宿屋シエナへと戻ってきていた。


「皆、シエナさんが帰ってくるのをずっと待ってたんですよ」

 アンリエットも嬉しそうに第二の娘であるシエナの頭を撫でる。

 シエナも嬉しそうに頭を撫でられ、ガストン、コーザ、エトナの作った料理に舌鼓をうつ。


「帰ってくるの遅くなってすいませんでした」

「いえ、シエナが無事に帰ってきてくれただけで私達は嬉しいです」

 謝罪するシエナに、エルクが父親として笑顔で応える。

「シエナがいなかったせいで、私達がどれだけシャルロットさんにセクハラされた事か…」

「あはは…ごめんなさい。ミリアちゃん、リアラちゃん」

 普段はシャルロットの餌食になっているのはシエナであったが、そのシエナがいない事によってシャルロットの矛先はミリアとリアラに向いていた。

 リアラに関しては自宅通いであり、更には両親がたまに食堂に食べにくる事もあって、シャルロットもセクハラを控えめにしていたが、ミリアに対しては結構遠慮がなかった。と、見ていたメリッサとロベルトは語る。


「シャルロットさん。人の嫌がる事はしてはいけませんよ」

 現在、シエナの平坦な胸に顔を押し当ててスーハースーハーと呼吸をしているシャルロットに、シエナはチョップを入れて叱る。

 次の瞬間に巻き起こる笑い。


 宿屋シエナで見慣れたその光景に、皆が笑ったのである。


 シエナも少しの間離れていて久しく味わうその空気に、「やっぱり家族って良いですね」と笑みを零し、立ち上がる。


「改めまして…。皆さん。ただいま!」

「おかえり!シエナ!」


 全員が声を揃えて、シエナが無事に帰ってきた事を喜ぶのであった。

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