勝負師シエナ
シエナと商人は向かい合って座っている。
2人の間には、小さな石が100個積まれていて、今から2人は魔晶石と大金を賭けた石取り勝負を始めるのであった。
「では、私から取ります。…そうですね、数も多いですし最初は一気に3個取りますか」
そう呟いてシエナは石を3個取り、自分の手元に置く。
「ほう、一気に3個も取るのか。じゃあ、私は1個にしておくかな」
商人が石を1個取り、手元に置くのを見て、シエナは再度3個の石を取る。
「おやおや、また3個か。じゃあ私は今度は2個取るか」
商人が石を2個取ったところで、シエナは「う~ん…じゃあ、私も2個にしようかな」と呟いて石を2個取る。
そんな感じで、シエナと商人は交互に石を取り合っていっていた。
流れというか、空気が変わったのは、商人が6回目の石を取ろうとした時であった。
(気のせいか…?さっきからこいつ、俺と真逆の個数しか取ってないぞ…?)
傍と商人の石を取る手が止まり、これまで交互にとってきた石の個数を思い返す。
(…いやいや、まさかこんな子供が必勝法を知っているわけ…)
そう思って商人が石を1個取ると、シエナはきっちりと3個の石を取っていった。
それから4回石の取り合いをしたところで、商人は「こいつ、まさか必勝法に気付いたのか!?」と、内心で焦る。
もし気付かれていたのならば、この時点で自分の負けはすでに確定している。
そう思った商人は、どうするべきかを迷ってしまう。
(もし、本当に気付かれているのであれば、絶対に負けてしまう…石をこっそりと多く取るか、それとも1個置くか…?)
たったの1個だけでいい。それさえズレれば逆転して必ず勝てるようになる。
そう思った商人は、多く取るよりも、自分の取っていた石を1個戻す方法を取ろうとする。
(大丈夫、石を取る時に1個戻してから石を取れば良いだけだ。バレやしない…!)
心臓をバクバク言わせながら、商人は自分が取った石を1つ右手に握りこむ。
そして自分が取る番になり、石へと向かって手を伸ばそうとしたその時だった。
「どうしたの?おじさん、震えてるよ?」
それまでは石を取る時のみ喋っていたシエナが突然声をかけてきたので、商人はシエナの顔を見て驚きに目を見開いて更に身震いをした。
そこには、先ほどまで誰もが見惚れるような美少女の姿はなく、気持ち悪いくらいに口角をニィと釣り上げさせて笑っている不気味な少女の姿があった。
周囲の人間は、シエナの被っている麦わら帽によってシエナの表情は見えていない。今現在でシエナの表情が見えているのは、正面に座って対峙しているこの商人だけであった。
そして、視線がしっかりと右手に向けられているのを見て、石を握りこんでいるのがバレているのだと悟る。
商人は俯く。
必勝法も潰され、行おうとしたイカサマも潰された。
もはや勝てる方法は何もない。
「いつから、気付いていた…?」
商人の質問の内容は、イカサマの事ではなく、この石取りゲームの必勝法についてである。
「いつからも何も…石が100個って言われた時点ですかねぇ?」
シエナは最初から気付いていた。
商人がわざわざあれだけあった石の数を「丁度100個ある」と言った時点で怪しいと思っていたのである。
そしてルールを聞いたあとに、やっぱりそうか、と思いつつも何も知らない馬鹿な小娘を演じ、先攻後攻の選択権を得られるように演技していたのである。
そして必勝法を知っていると悟られない為に、細心の注意を払い、先攻を得る時にも「表面だったら先行」などと言った言葉を発さずにコイントスを行ったのであった。
商人はがっくりと肩を落とし「私の、負けだ…」と敗北宣言をする。
「え?まだ石は残ってるのに、なんでシエナの勝ちなんだ?教えてくれ」
勝負はまだ途中なのに何故シエナの勝利なのかがわかってないルクスが質問をする。
後ろで見ている魔晶石を盗まれた被害者の女の子や、その他の見物人達も理由を知りたくてうんうんと頷いている。
「簡単な事です。石が4の倍数個あるならば、先攻が3個取って、後は後攻が取った石の数の逆の数を取れば良いだけです。相手が1個取ったなら3個、2個取ったなら2個、3個取ったなら1個、という具合ですね。そうすれば、最初に取った3個以外は4個ずつ減る計算となるので、必ず最後の1個を取る羽目になるのは相手の方となります」
倍数と言われても、ほとんどの人がピンと来ずに首を傾げていた。
唯一、王宮で様々な勉強をさせられていたルクスと、一部の頭の回転の早い商人だけが「あぁ!なるほど!」と納得をしたのである。
「ちなみに、石の数が4の倍数個+1個…つまり101個だったりした場合は、後手必勝です」
ついでの補足説明をシエナはドヤ顔で語った。
そして、一見、最後の方で頭を使って取る個数を調節するように見えるこの遊びも、実は勝負を始めたその瞬間に勝負が決まるという内容に、大金を賭けさせようと話しを持ち掛けてきた商人に見物人達は怒りの声をあげる。
「この子が知らなかったら、10万リウスもの大金をだまし取ろうとしていたのか、ふてぇやろうだ!」
見物人によるこの言葉をきっかけに、あらゆる罵詈雑言が商人に襲い掛かる。
「まあ、そのおかげで、お金を払わずにこうして魔晶石を取り戻す事ができたんですけどね。はい、今度は盗まれないように気を付けてね」
シエナは木箱の上から魔晶石を取り上げ、女の子に手渡す。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
女の子は目尻に涙を溜めながらお礼を言う。
「さて、と…」
そしてシエナは冷ややかな目をしながら、商人に向き直る。
「あなた、全財産はどれくらい持ってるかしら?」
シエナは普段のおっとりとした丁寧口調ではなく、少しきつめの口調で商人に質問をする。
「どうしてそんな事を聞く?」
「質問を質問で返すのは感心しないわ。さっさと答えなさい」
他の見物人達には見えないが、シエナの目付きはかなり鋭いものへと変化した。
その目付きがあまりにも鋭すぎた為、商人は思わずたじろいでしまう。
「だ、大体…15万リウスだ」
しがない行商人が持つにしてはかなり多い金額に、他の行商人達は思わずざわつく。
「では、ここに30万リウスあります。あなたの全財産である15万リウスと、私のこの30万リウスを賭けて勝負をしましょう」
そう言って、シエナは木箱に置いていた10万リウスに更に20万リウスを重ね、合計30万リウスもの金貨を置いた。
シエナのあまりにも唐突な提案に周囲の人間達は思わず「ざわ…ざわ…」と、どよめく。
「5回勝負で先に3回勝った方が勝ち。勝負の内容は勝負が始まる前に交互に決めていく形でどうですか?」
「それだとどちらかが2回でどちらかが3回になるが、それはどうなんだ?」
「もちろん私が3回に決まってるじゃないですか?あなたの倍額を置いてるのですから、それくらいのリスクは背負っていただかないと」
商人は木箱に置かれた金貨を見る。
負ければ全財産を失うが、勝てば全財産の倍額の大金が入ってくる。
(2回は俺が決められるんだよな。と、言う事はこの少女が提示してきた勝負に1勝でもすれば…今、思い浮かんだ勝負内容なら必ず2回勝てる!)
「いいだろう。その勝負、受けてやる」
欲に目が眩んだ商人は、シエナとの勝負を受ける事にする。
「し、シエナ…?なんでこんな勝負なんて挑んだんだ?」
ルクスはシエナの意図がわからなく、思わず質問をする。
「簡単な事です。私はこういう悪徳商人が許せません。恐らく魔晶石を盗んだのもこの人でしょうけど、肝心な証拠がありません。ですが、何かしらの天罰は与えたいのですよ」
「それで、思いついたのが全財産を賭けての勝負です。この悪徳商人の悪銭を没収してやりますよ!」
シエナもシエナで負けた時の事はあまり考えていなかった。
「じゃあ、私と同じように賭け金を木箱の上に置いてください」
シエナがそう言うと、商人は少し出し渋ってはいたが、全財産の入った袋を木箱の上に置いた。
「これ以上は隠し持ってたりはしませんね?」
「してねぇよ。おい、お前ら。俺が目を離した隙に盗みやがったらただじゃおかねぇからな!」
木箱の上という、誰にでも目の付き、盗りやすい場所に置かれている大金に目が眩んで盗みを働いてしまう人間も見物人の中にはいるだろう。
商人はそれを阻止する為にも前もって注意を促し、見物人達を睨み付けた。
その際に、商人はいつもはなるべく気を付けて一人称を『私』と言っていたにも関わらず、その時の一人称は『俺』であった事に自身が気付いていなかった。
「では、勝負を始めましょう。第1回戦は私から決めます。私の提示する勝負の内容は…『ポーカー』です!」
そう言って、シエナはハンドバッグから自作のトランプを取り出す。
当然、この場でポーカーのルールを知っているのはシエナとルクスだけなので、商人や見物人達は「なんだそれ?」と首を傾げていた。
「ルールはきちんと説明するのでご安心を」
そしてシエナはポーカーのルールの説明を始める。
ルールの内容は、数日前にルクス達に説明した内容と一緒な為にスムーズに説明できていた。
ただ、一つだけルクスも知らない追加ルールが存在していた。
「とりあえず、チップの代わりに銅貨を使いましょうか。ん~…45枚か…じゃあ、チップの数は20枚ずつで」
シエナは、お互いにチップを賭けて戦い、相手のチップを0にした方が勝ちというポーカーのルールを提示する。
ちょっとだけ普通のポーカーと違い、シエナ流のルールを織り交ぜたポーカー勝負の始まりであった。
最初の1戦はルールを覚えてもらう為にチップを賭けずに遊びでポーカーを行った。
ディーラーをルクスが務めようとしたが、商人が「お前の仲間だろ?信用できん」と言った為にその辺の見物人がディーラーを務める形となった。
そして、遊びで行ったポーカーでは、シエナが3のワンペア、商人が5のワンペアと、泥仕合のような結果を迎える。
「今のでチップを賭けていれば、私はチップを1枚失い、あなたはチップを1枚得る形となります」
「なるほどな。そして、チップの上乗せは何枚でも可能。レイズのタイミングはカードの交換前に1回、交換後は状況次第で何度でも可能。相手の手が強そうな時に、自分の手が自信がなければ降りる。そして、その時までに自分が賭けていたチップを失う、という事か」
「そういうことです。カード交換後にお互いがレイズし合っていれば問題はないですが、同じ人が同等分の上乗せを2連続で行った場合は、以降は相手はレイズできずに強制的に勝負となります」
この辺りがシエナのオリジナルルールであった。
「大体理解した」
商人は心の中で「これは手の強さも重要だが、どれだけ相手を欺けるかが勝負の分かれ目だな」と、考え、ポーカーの本質をすぐに見抜いた。
「他に質問はないですか?なければ勝負を開始します。とりあえず、場にチップを1枚ベットしてください」
2人は必ず必要となる基本のベットのチップを1枚ずつ場に置いた。
ベットが終わったのを見届けると、ディーラーがカードを配り始める。
そして、シエナと商人による真剣勝負のポーカー対決が幕を開けた。
ポーカー勝負が始まり、9戦目を終えたところでのお互いのチップの総数は、シエナが18枚、商人が22枚となっていた。
お互いが様子見でレイズなしにオープン勝負をして一進一退を繰り返し、若干シエナが不利になっている状況であった。
勝負が大きく動き始めたのは、10戦目を迎えてからであった。
「レイズです!」
場に出したチップ1枚に、シエナは更に3枚のチップを重ね、合計4枚のチップを賭ける。
「む…」
ここに来て初のレイズに商人は少しだけ戸惑う。
(カード交換前に一度に3枚のレイズ、か…かなり自信のある手だという事だな。さて、どうするべきか…)
商人は少しだけ思案する。
(チップの枚数は今は俺が有利。ここは様子見も含めてコールをかけてみるか)
「コール!」
カード交換前の手札はノーペアであるが、商人はコールをかけてシエナと同じ枚数のチップを場に重ねた。
シエナのチップは現在14枚、商人は18枚、そして場には8枚のチップが重ねられている。
そしてカード交換が始まり、シエナが1枚だけの交換をするのを見て、商人は自分のカード交換後にすぐにドロップを宣言した。結局ノーペアだったのでこれ以上チップを無駄にするわけにはいかなかったのである。
(っち、枚数逆転されてしまったか…まあいい、次で取り返してやる)
これで場にあった8枚のチップを得たシエナが22枚、商人が18枚となった。
そして11戦目。
(ほぅ、これは中々の手だ)
カード交換前の時点で、商人はスリーオブアカインドが揃っていた。
もちろん、これは勝負に行くべきだと商人は先ほどのシエナ同様にチップをレイズしていく。
「4枚レイズだ」
「じゃあ、私はそれよりも上の6枚のレイズをします」
商人が4枚のレイズをし、シエナはそれを上回る6枚のレイズをする。
カード交換前はお互いに1度のレイズのみとなるので、商人がここで選択できるのはコールかドロップのどちらかである。
「…コール」
少し訝し気な表情で、商人はシエナと同等枚数になるようにコールを宣言して、更に2枚のチップを場に置く。
「私は2枚の交換だ」
商人は2枚のカードを交換し、フルハウスの役を完成させる。
(よし、スリーオブアカインドからフルハウスに成り上がった!これは滅多な事では負けないだろう)
シエナから借りた役構成の描かれた紙を見て、商人は内心でほくそ笑む。
そしてチラリとシエナの様子を覗う。
シエナはパサリとカードを伏せて置く。
「どうした?降りるのか?」
「まさか、私は交換はしません。このままで良いです」
余裕たっぷりの表情でシエナはカードを交換せずに勝負を続けようとする。
(…これは、配られた時から相当良い役が入ったと言う事か!?…それならばあのレイズも頷ける…)
商人は自分の4枚レイズに被せるように6枚のレイズをしたシエナの自信満々な表情を思い出す。
(しかし、こっちもフルハウス。しかも、3枚揃ってるのは一番強い数字(A)だ)
フルハウスは比較的作りやすい役の中でも一番強い役である。
商人は、おそらくシエナもフラッシュ、もしくはフルハウスが配られた時点で完成していると踏んでいた。
それ以上の役の可能性も否定はできないが、確率的に考えても可能性は相当薄い。
「(試す価値はあるな…よし!)更に2枚レイズだ!」
商人が2枚のレイズを場に置き、シエナはそれにコールで答える。
(やっぱりな。もしも、フォーオブアカインド以上ならばここは更にレイズをしてくる場面だ。それをしないという事はフラッシュかフルハウス。微妙に自信がないと言う事だ!)
ここが勝機だと、商人はそこから更に5枚ものレイズをする。
「7枚のレイズです!」
商人は、シエナはコールをするものかと思っていた。
まさかここからそれを上回るレイズをかけてくるとは思ってなかった。
「…こ、コール…」
コールを宣言し、手元に残ったチップを見て商人は唖然とする。
(残りチップは…2枚…)
「さらに私は2枚レイズです!」
そしてシエナは更に2枚のチップを上乗せする。
これにコールをすれば、商人の手元にはチップは1枚も残らなくなってしまう。いわば全賭けである。
もしも負ければその時点でこのポーカー勝負は終了。
勝てば大幅に有利にはなる。
商人は悩みに悩んだ。
(どうする…フルハウスならほぼ勝てるはずだ…)
ドロップをすれば、2枚しか残らないとはいえ、勝負は続けられるので、まだ逆転の目はあるかもしれない。
大金を賭けた勝負故に、商人は慎重に思案する。
(大丈夫、絶対勝てる。この手で負けるわけがない…っ!)
そう思い、商人がコールを宣言しようと口を開きかけたその瞬間、シエナが少し気味の悪い笑顔を浮かべたのを商人は見逃さなかった。
「…ドロップだ!」
このまま続行すれば、負けていた。そう思った商人はすぐさまドロップを宣言する。
ここまで勝負をしようとレイズしていたにも関わらず、この瞬間にドロップに切り替える思い切りの良さに周囲の見物人達は驚いた。
「…もし良かったら。どんな手だったかを見せてくれないか…」
余程良い手が入っていたのだろうと、商人はシエナの役が気になっていた。
「見ない方が良いですよ。見たらあなたはもう私には勝てなくなります」
シエナはそう言ったが、「それでも見たければどうぞ」と言って、伏せたままの自分のカードを放置する。
商人は一瞬迷ったが、シエナのカードを捲った。そして驚きに目を見開く。
「な!?の、ノーペア…だと…っ!?」
シエナの手は何も揃っていなかった。
それでここまで自信満々にレイズができる事に、商人は思わず「勝てない…」と悟ってしまう。
ちなみに、シエナが気味の悪い笑顔を浮かべた理由は、ある漫画のあるシーンにそっくりだったからである。
あの時シエナは、あえてオールインをして更に「私は花京院の魂も賭ける」て言いたくなり、ついニヤりと笑ってしまっただけである。
だが、そんなネタはこの世界では誰にも通じない為に、思い出し笑い程度に抑えたのだった。
その後、疑心暗鬼になった商人は、次の勝負でシエナがレイズするのを見てすぐにドロップ。
そして次の勝負で普通のオープン勝負となり、ノーペアとツーペアのあっけない勝負の幕切れを見せるのであった。
「これでまずは私の1勝です。さあ、次はあなたが勝負の内容を決める番ですよ」
とりあえず1勝した事により、シエナは少しだけ安堵していた。
「ふん。じゃあ、私の提示する勝負方法は…腕の力比べだ!」
そう言って、商人は別の木箱の上に肘を付く。
(あ~…相撲やレスリングって言ったスポーツがないから、腕相撲とかアームレスリングって名前はなくてただの腕の力比べって名前になってるんですね)
一瞬、腕の力比べとはなんぞや?と思ったシエナであったが、その構え方からすぐに腕相撲だと察する。
「こんな小さな子に力比べなんて!お前には誇りはないのか!」
「うるせぇ!勝つ為には手段なんて選んでられねぇんだよ!こっちは全財産かかってんだよ!」
見物人による野次に商人は怒鳴り返す。
「そうですね。勝つ為に手段を選ばないのは当然の事です。でも、力比べはやめておいた方が良いですよ?こう見えて、私は結構力強いですよ?」
どっからどう見ても貧弱な細腕に商人だけでなく思わず見物人達も笑う。
唯一、ルクスだけがその言葉が本当である事を知っているのであった。
「せっかく忠告してあげてるのに…まあ、いいでしょう」
シエナは商人と手を掴み合う。
ディーラーをしていた男がそのまま号令係を務める。
「それじゃあ、始め!」
ズガン!!
腕相撲が始まったその瞬間にそこそこ大きな音が響き渡る。
一瞬にして、シエナが商人の手を木箱に叩きつけた音であった。
「はい。私の勝ち~。これで私の2勝目ですね」
あまりにも突然の出来事に、ルクス以外の全員は目を丸くしていた。
(ほんと、あの一瞬だけ一部に強化魔法を使えるってすごいなぁ)
ルクスも身体強化魔法を使えるようにはなったが、まだ訓練不足で、あくまでも全身に、そして発動したら魔力が半分になるまでずっと発動しっ放しの状態なので、シエナの身体強化魔法の鮮やかさに感心する。
「ちょ、ちょっと待て!今のは始めの合図を言ってる途中だっただろ!」
全くそんな事はなかったが、負けを認めたくない商人はシエナのフライングを主張する。
「しょうがないですねぇ…。じゃあ、今の勝負は無効にしてもう一度勝負しましょう」
そう言って、シエナは商人の手を掴み直す。
「…こほん。それでは、始め!」
合図と同時に、今度は商人が思い切りシエナの腕を倒そうと踏ん張る。
が、シエナの腕はビクともしなかった。
「それで本気ですか?それじゃあ、流石にこのタイミングならフライングも何もないと思うので、ゆっくりと倒させていただきますねぇ~」
そう言って、シエナは宣言通りにゆっくりと商人の腕を倒していく。
そして、商人は必死の抵抗も空しく手の甲が木箱に付いて敗北をする。
「これで文句ないですよね?」
この細腕のどこにそんな力があるのか。その場にいるルクス以外の全員が驚いていた。
「次の勝負は、そうですねぇ…『ブラックジャック』で勝負です!」
ブラックジャックとは、トランプを使ったゲームの1つで、2枚以上のカードの合計が21になるか、21に近い方が勝ちとなるゲームである。
シエナはAと描かれたカードが1か11として扱うことや、10以降のカードは全て10として扱い、他のカードは数字通りである事を説明する。
「なので、一番強いのはAと、10もしくは絵柄カードの2枚で出来上がる21が最強となります」
シエナの説明に、商人は真剣に聞き入り、他の見物人達も「さっきのポーカーと言い、賭けを抜きにしても面白そうな遊びだなぁ」と聞き入っていた。
「それで、さっきのポーカーではチップを使いましたけど、今回のブラックジャックは1度きりの勝負にしたいと思います」
流石にポーカーで少し長引いてしまった事を反省したシエナは、今度は逆に一発勝負を申し出る。
とは言っても、流石に練習無しではルールを把握していない商人に不公平なので、何度か練習の遊びをする。
「ふむ、こうして21を超えるのがバーストって言ってその時点で負けになるのか」
3度ほど練習の遊びをし、商人はブラックジャックのルールを把握する。
(この人、四則演算がまともに発達してないこの世界で、石取りゲームの必勝法に自力で気付いた事といい、ポーカーのルールもすぐに把握する事といい、行商人なのに15万リウスもの大金を稼げる手腕といい、中々頭の回転が早いですねぇ。これであくどい事をしてなかったら良い人なんですけど…)
たった1つのダメな部分が全てを台無しにしているとシエナは残念がる。
「よし、ルールは理解した」
そしてシエナは商人とブラックジャックの一発勝負を開始する。
今回のブラックジャックでは、1枚目のカードは必ず表にして、2枚目のカードを相手には見えないようにして行うルールで執り行われた。
カードの追加をした場合には、2枚目のカードを相手に見えるように捲って、3枚目のカードを見えないようにする。
そして、これ以上カードを追加する事がない状態にお互いがなった時、同時に伏せられたカードをオープンして、21に近い方が勝ちとなるルールであった。
そして勝負が開始され、シエナは表にしている1枚目のカードは7、伏せている2枚目のカードは5であった。
(むぅ、合計12とはなんという微妙な…これで10や絵柄が来たらその時点でバーストですけど、12じゃまともに勝負できないですし…)
シエナはチラリと商人の1枚目のカードを見る。
商人の1枚目のカードは絵柄カードのJで、伏せている2枚目のカードは6であった。
もちろん、商人も合計16じゃ負ける可能性があるとカードの追加をするか考えつつも、伏せカードがあたかもAのように振る舞おうとも考えていた。
「私はこのままで勝負だ」
結局商人は、合計16のまま勝負を挑む。
「私はカードを追加します」
そう言って、シエナは2枚目のカードをオープンにして、3枚目のカードを受け取る。
3枚目のカードは絵柄カードのKであり、シエナは合計22となりバーストしてしまった。
そしてお互いに隠していたカードをオープンし、当然の如くシエナは敗北した。
「むぅ、これで2勝1敗ですか」
「私は次の勝負もこのままこのブラックジャックで挑む」
勝てた事に気を良くした商人は、自分が決める4回目の勝負方法をそのままブラックジャックと決めた。
本当は、力比べで楽々2勝を拾おうとしていたのだが、その当てが外れてしまったので勝てたこの勝負をそのままの流れで行こうとの考えであった。
そしてそのまま再度ブラックジャック一発勝負が始まり…シエナは3枚で合計18、商人はAと絵柄カードの組み合わせのブラックジャックを叩きだし、お互いに2勝2敗となるのであった。
次のシエナが決める勝負内容で、どちらかが大金を失う事となる。
見物人達もゴクリと喉を鳴らして成り行きを見守っていた。
「さあ、最後の勝負はなんだ?」
勝った流れをそのまま引き継ぎたい商人はシエナを急かす。
「そうですねぇ…。力比べをすれば私が勝てるのですが…それでは見物されてる方達も納得しないでしょうし」
一瞬だけ商人はびっくりしてしまう。
ここで力比べを選択されては勝ち目がなくなってしまうので当然である。
「まあ、ここは『運』が強い方が勝つ。そういう勝負方法にしましょう」
「ほぅ。それでその勝負の内容は?」
「それは…『コイントス』です!」
そう言って、シエナは銅貨を1枚取り出して親指で弾いてそのまま空中でキャッチする。
「銅貨にある顔が浮き彫りにされた面を表とし、そうじゃない方を裏とします。そして、お互いに表か裏かを選んだ後に地面に落とし、向いている面を当てた方が勝者。そんな勝負はいかがでしょうか?」
「なるほど、ポーカーやブラックジャックよりもわかりやすい」
商人にとって何より最後の勝負がきちんと公平性が保たれている事に安堵を感じていた。
ただ、本当に2分の1の運勝負で自身が大金を得るか失うかという事に少しだけ不安も感じていた。
「コインの表裏を選ぶ権利、それと弾く権利、どちらもあなたに譲りましょう」
シエナは手に持っていた銅貨を商人に手渡そうとする。
「その銅貨でなく、私の持つ銅貨を使っても?」
「構いませんよ」
銅貨に何か細工がされている可能性もあると思った商人は、自分の銅貨を使う事を願い出る。
特に細工などはしていないが、いちいち反論しても面倒なシエナはそのまま構わないと言う。
商人が何度か銅貨を指で弾き、向いている面を確認する。
6回ほど弾いたところでは、表表裏表裏表と表が表示された回数が多かった。
「よし、では私は『表』を選択する」
「では私は『裏』ですね。表は顔が浮き彫りにされている方。間違いないですね?」
シエナが最終確認をし、商人がコクリと頷く。
ルクスも、見物人達もゴクリと喉を鳴らして成り行きを見守っていた。
(ん?なんだ?あの糸みたいなのは?)
商人が銅貨を指で弾こうとしたその瞬間、ルクスは商人の持つ銅貨から蜘蛛の糸のように、物凄く細く、見えにくい糸があるように見えた。
しかし、自分以外の誰もそれに気付いていない様子である事に、ルクスは「気のせいか…?」と首を傾げる。
そして、命運を分ける銅貨がくるくると回転しながら、放物線を描いて宙を舞う。
チャリンチャリン…。と音を鳴らして銅貨は地面へと落ちる。
そして誰もが「どっちだ!?どっちの面が出た!?」と顔を覗き込ませて様子を覗う。
「…私の勝ちですね」
シエナが勝ちを宣言する。銅貨は裏の面を空に向けていたのだ。
「…くっ…ちくしょう…」
商人は悔しがって拳を地面に叩きつけた。
瞬間、見物人達もワッと盛り上がり、シエナの勝利を喜ぶのであった。
「はい、これはあなたの取り分です」
自分のお金と、商人の全財産の詰まった袋を回収して、ルクスと被害者の女の子と一緒に市場を後にしたシエナは、女の子に商人から没収した15万リウスの半分の7万5千リウスを手渡す。
「え?えぇ!?」
女の子は受け取った巾着袋を開いてびっくりする。
「こ、こんな大金受け取れないよ!」
中には金貨や銀貨が詰まっているので、そんな大金を見た事もない少女は驚いてしまう。
「それに、おねーちゃんがパパの形見の魔晶石を取り返してくれたんだから、わたしがおねーちゃんにお礼をする立場だよ…」
幼いのにしっかりできた娘だ。とシエナもルクスも感心する。
「お父さんの形見って事は、お父さんはいないんでしょ?」
シエナの質問に少女は「うん…」と頷く。
少女の恰好はかなりみすぼらしい恰好である。それにかなり痩せこけているので普段からあまり食べていない事が窺われる。
更にシエナが質問をしてみると、やはり少女は母親と苦しい生活を送っているようであった。
形見である魔晶石を売れば、生活は楽になるだろうが母親も愛する人の形見なので売りたくないと思っているようであり、そう言った最終手段を使う羽目にならない為にも毎日必死に働いているようである。
「今回、あなたは形見を盗まれて、一時的にではありますが心に酷い怪我を負いました。あの商人からその慰謝料を受け取る権利があります」
シエナの言葉に、少女は意味がわからずに首を傾げる。
「…う~ん。まあ、とにかく、あなたがあそこで泣いていなかったら私はあの場には来てなかったですからね。そしたらこの大金は手に入ってませんでした。なので、あなたはこのお金を受け取る権利があります」
慰謝料と言った言葉が通じなかった為、シエナはとにかく少女がお金を受け取る権利がある事を説明する。
「このお金で、お母さんと幸せに暮らして、ね?」
優しい微笑みでシエナは少女に巾着袋を握らせる。
「それと、しばらくの間は護衛を雇った方が良いです。あの場にいた人達は、あなたがそれだけ大きな魔晶石を持っている事を知ってしまいましたからね。それと、あの商人の逆恨みも買うかもしれないので。その為のお金です」
シエナは更に少女がお金を受け取るべきだと主張をする。
これだけのお金があれば、護衛を雇っても全く痛手にはならない。余裕で数年は持つくらいである。
「うん、わかった。ありがと。おねーちゃん」
少女も、シエナの善意をこれ以上断るわけにもいかないと感じ、満面の笑みでお礼を言って巾着袋を握りしめた。
「お母さんにはきちんと説明をしてね。そして冒険者ギルドを通して護衛を依頼してね」
シエナの説明に、少女は「うん」と元気よく頷き、手を振ってシエナと別れた。
「しかし、ほんと勝てて良かったよ。最後の勝負なんてあんな運任せな勝負…」
「ルクスさん」
ルクスの言葉を遮るようにシエナはルクスの名を呼ぶ。そして…。
「バレなきゃ、イカサマじゃないんですよ」
少しだけ悪い笑顔をして、シエナはイカサマをしていたと暴露をする。
「もしかして、あの銅貨からぶら下がってた物凄く細い糸みたいなのって…」
「気付いてましたか?あれは私が魔法で作った魔力の糸、名付けて『バンジーゴム』です!」
ポーカーやブラックジャックは本気の勝負をしていたが、最後のコイントスはあれだけ『運』と言っていたのにも関わらずに、実はイカサマをしていたシエナ。
イカサマの内容は、魔法で普通の人には見えない糸を作り出し、それを地面と銅貨の表面に貼りつけて、引っ張り合わせるだけである。
名前の由来が少しギリギリアウトなのはもちろん影響されての事である。
万が一魔力が視える者がいた時の為に、蜘蛛の糸のように限りなく細くして見えにくくもしていた。
結局、あの場で魔法の糸の存在に気付けたのはルクスだけであり、誰もがイカサマと気付いていないので問題はなかった。
「まあ、本当はイカサマ無しで勝ちたかったんですけどねぇ…」
シエナも本当は使いたくなかった手に、懺悔をするかのようにしてルクスに暴露をしたのであった。




