決闘②
バルバロッサの誕生日会の次の日の夕方頃、訓練場の中央付近でルクスとバルバロッサは軽鎧と兜を着込み、刃の付いてない剣を手に向かい合っていた。
この決闘の勝敗で得られるものは何もない。あくまでもどちらがシエナに相応しいかを勝手に決闘をして決めようとしているだけである。
言うならば、2人が決闘をするのは只の男の意地である。
「ルシウス様、今日は完膚なきまでに叩きのめしてやりますよ」
「やれるものならやってみろ。俺は去年までの俺とは違うんだからな」
数日前の手合わせではルクスはすでに疲れ果てていた為に、2人の実力は去年までと比べるとどうなっているかの判断が付かなかった。
しかし、まだ幼いとはいえ、日々訓練を繰り返していて体の方もまだまだ成長途中であるバルバロッサの実力は留まる事を知らず、去年に比べると遥かに実力も上昇している。
対するルクスは、訓練もそこそこに調査の仕事ばかり(でも、サボってばかりである)をしている為に実力を伸ばしきれていない。
唯一有利な点があるとすればそれは成長と伴ってついた体力と筋肉量の差だけである。
今回、2人は普段は着ていない軽鎧を着ている為、動きは少し鈍くなってしまう。
しかし、もう大人の体であるルクスは多少の重さなど大した負担にはならないが、子供であるバルバロッサにとってはかなりの負担となる。
その点を考慮すれば、この勝負はかなりルクスに有利に働くものであった。
ルクスもバルバロッサも、剣を手に馴染ませるようにして握りを確かめ、鎧の位置なども問題ないかを確認する。
お互い準備が整ったところで一度剣を鞘に戻し、再度向き合う。
「準備はよろしいですか?」
審判を務めるテスタが声をかけると、2人は黙って頷いた。
「それでは…はじめ!」
テスタの掛け声とともに、ルクスとバルバロッサは剣を抜いて駆け出す。
手始めに剣をぶつけ合い、力比べをするかのように押し合う。
純粋な力だけならルクスの方が上なので、その力比べはすぐにバルバロッサが押される形となり、バルバロッサは後ろへと飛び退く。
「やぁ!」
バルバロッサが横薙ぎの形で剣を奮うが、ルクスはそれを難なくと躱す。
ルクスの躱す方向を読んでいたのか、バルバロッサは追撃の形で鋭い突きを放ち、同じように追撃が来ると読んでいたルクスはその突きを下から弾き飛ばすようにして剣を振り上げる。
しばらくの間、どちらもお互いの攻撃が当たらない攻防を繰り広げていた。
様子がおかしくなったのは、打ち合いを始めてから5分程経った頃である。
「ルクスの動きが…いつもより悪いな」
「どうしたのかな?何か、別の事に集中しようとして、逆に集中できてない感じ?」
ほぼ毎日を一緒にいるティレルとケイトが、ルクスの調子の悪さに気が付いた。
あまり訓練をしていないとはいえ、王宮剣術を習っているうえに仮の姿で冒険者をやっているルクスである。
普段ならもっと素早く、綺麗に動けていた。
しかし、今のルクスはケイトの推測通りに何かに集中しようとして、逆に集中ができていない状態で動きが悪くなっていた。
すぐにテスタとフリートも、そしてルクスと打ち合いをしているバルバロッサもルクスの様子が少しおかしい事に気が付いた。
「なんですか!手加減のつもりですか!?」
少しだけ苛立ってしまったバルバロッサはつい声を荒立ててしまう。
しかしルクスはそれに返事をせずに必死に集中をする。
(…まさか、身体強化の魔法をこの戦闘で身につけようと?)
シエナだけが、ルクスの意図に気が付く。
この数日、ルクスはシエナと魔法を使う特訓をしていた。
訓練の結果は、本当にほんの少しだけ自身の魔力を操れる程度にしか結果は出ていなく、身体強化の魔法は愚か、基本的な土魔法ですら使えないくらいであった。
それでもルクスは、逆に真剣勝負をしている時だからこそ必死な訓練になると考えていたのである。
(思い出せ。少しだけ操れた魔力の流れを…シエナの魔法の使い方を…!)
そしてルクスはこの数日でシエナが手本として使って見せてくれた魔法の使い方を思い返すのであった。
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「まだまだ全然魔力を操れていないですが、魔力を操れるようになったら、今度は魔力の放出を覚えてもらいます」
「魔力の放出?」
道場の外で、シエナはルクスに更なる魔法の使い方の説明を始める。
「今からあの岩に向かって、ただの魔力の塊を放ちます。私の魔力の流れをよーく見ておいてください」
そう言って、シエナは岩に向かって手を伸ばし、少しだけ気合を入れる。
魔力が視えない者からすればそれはただ岩に手を向けて気合を入れただけにしか見えないが、ルクスの目にはシエナの体内に流れる魔力が、手の平に集中をして一気に解き放たれた瞬間が視えていた。
岩に当たった魔力の塊は、特に何か起きる訳でもなく拡散し、空気中へと消えていく。
「今のが魔力の放出です。今のはただ魔力を飛ばす事だけを考えてましたが、この放出した魔力に命令式…ようするに、自分がどう魔法が使いたいのかを具体的にイメージしたものを乗せて放出すれば、その魔法が使えます」
更にシエナは、「土魔法で土の槍を使うイメージを乗せて魔力を飛ばすので、しっかりと見ていてください」と自分が今からどのような魔法を使うかを説明してから、手本を見せる。
シエナがパンッ!と手を併せ、そのまま地面に手を付けると1メートルほど離れた場所から土で出来た槍がズゴンと盛り上がる。まるでどこぞの錬金術師のようである。
ちなみに、別に土魔法を使う際に手を併せて地面に手を付ける必要は全くない。
これはシエナが、土の槍を使う魔法であるならばこの感じが一番イメージしやすい、という理由だけで行っている、言わばシエナ流のルーティンなだけである。
ルクスは今のシエナの魔力の放出から、魔法の発動までの流れを見て、「なるほど、わからん」と頭を抱える。
一目見ただけで理解できるのであれば、すでに魔法が使えていてもおかしくないレベルの理解力である。
「次は、放出した魔力を体中に覆っての身体強化をしますね」
すぐさまシエナは、魔力を体中から放出して見の周りに留める。
「これが主に全ての人々が無意識に使用している身体強化魔法です。私はどちらかと言えば体の内部からの強化の方が得意なんですけどね」
体の内部から強化する方法であれば、消費魔力も少なくて済む。ただし、骨や筋肉を強化できても、体の外を覆っている訳ではない為、防御力を上げる事は難しい。
シエナが以前、ハイオークとの戦闘で使用した防御力を高める魔法は、外に放出した魔力を鋼鉄のように硬くするイメージで使われた。
シエナはその放出した魔力をある程度であれば再吸収する事が可能であるが、一般の人々は再吸収できずに消費してしまうだけである。
「魔力の放出かぁ…それが出来ない限りは魔法を使うのは難しいんだな」
「そうですね。ただ、全ての人々が無意識に使用していたりするので、コツさえ掴めば必ず使えると思いますよ」
実際、ルクスも今まで無意識に身体強化の魔法は使用してきているのである。
あとはそれを自分の意思で使いこなせるかどうかの問題である。
「まあ、まずは魔力を自由自在に操れるようにならないと、ですね」
今まで何人もの先生に魔法を教わってきたルクスであったが、今まで魔力を操れる事はなかったのでつい不安を感じてしまう。
しかし、ここにきて初めて少しだけではあるが魔力を操れ始めたという実感は、多少なりともルクスに自信をつけさせていっていたのであった。
「う~ん…何か良いコツの掴み方とかないものなのか…」
「あるとするならば…やっぱり実践ですかね?」
他の者と違い、ルクスは生まれつき魔力の流れが視えるのである。
ならば、実践で自分の無意識に発動する魔法の魔力の流れを観察し、その流れを掴んで同じように自在に操れるようにすれば良いのである。
シエナはそれを説明する。
「ですが、この方法はある意味諸刃の剣です。ヘタをすれば無意識に発動していた魔法すら、変に意識をしてしまって発動しなくなり、そのせいでこの先ずっと無意識発動型の身体強化魔法が使えなくなる可能性もあります。なので、地道に努力する事をオススメします」
ルクスとしても、今まで無意識になら発動できていた魔法が使えなくなるのは困る。なので、シエナのこの考えにはかなり悩むのであった。
「まぁ、焦らずゆっくりやると良いですよ。急がば回れ、とも言いますし」
(そうだな、どうしても負けられない戦いがない限りは、シエナの言う通り焦らずゆっくりやるか)
シエナの言葉にルクスはそう考え、その後に「むしろこうやってシエナと一緒にいられる時間が多くなるなら出来なくても良いかもな」と、楽観視し始めるのであった。
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そして現在、ルクスはこの戦いはどうしても負けられない戦いだと感じていた。
別にこの勝負に勝てばシエナと結婚できるというわけでもない。只の意地での勝負なのであるが、それでも負けたくなかった。
ここで負ければ、自分はシエナには相応しくないのだと感じてしまうのが怖いのである。
その心が、ルクスを絶対に負けられない戦いだと感じさせ、身体強化の魔法の習得を焦らせた。
(…くそっ!視えるのに、なんでうまく操れないんだ…!)
魔力の流ればかりに目がいき、ルクスはバルバロッサとの勝負に集中ができていない。
集中はできてはいないが、ある程度は対応できている。しかし、それは本来の実力での対応ではなく、別の事に気を取られた状態での対応なので、どうしても動きが鈍くなってしまっていた。
結果、ルクスはまだ始まって間もないというにも関わらずにかなりの体力と魔力を消耗してしまっているのであった。
(あと少し…あと少しで何かが掴めそうなのに…!)
これまでの自分自身の魔力の流れ、そしてバルバロッサの魔力の流れを視て、ルクスは何かを掴みかけていた。
あとはそれを掴み取り、物にするだけである。
「もうこれで終わりにしてあげます!」
バルバロッサが気合の入った一撃をルクスに向けて放つ。
魔力の流れから、それがかなりの気合が入っている攻撃だとルクスにはわかっていた。
しかし、わかっていても防げない攻撃はある。
「ぐぅっ!」
バルバロッサの攻撃を防ぐ事も躱す事もできなかったルクスの軽鎧に衝撃が走り、右肩部がへこんでしまう。
そのあまりの力強さにルクスは剣を落としてしまう。
「しま…っ!」
慌てて剣を拾おうとするが、それよりも先にバルバロッサの追撃が飛んでくる。
ルクスは無意識に回避行動として後ろへと飛び退いた。
(あれ…?今の感覚…)
飛び退く瞬間に感じた力強さ。体勢を崩していた為、本来であればあまり距離を空ける事などできないはずなのに充分な程の距離を取る事ができている。
(今のが無意識に発動した強化魔法…。これをそのまま意識的に使用するイメージを…!)
バルバロッサは構わずに追撃をしようと剣を振りかぶるが、その動きがルクスには少し遅く見えていた。
その瞬間、ルクスは身体強化の魔法を自分の意思で使用する事に成功した。
「はぁっ!」
バルバロッサの気合の入った上段斬りをルクスはスムーズに躱し、床に転がっている自分の剣を拾う。
「おぉ!今の避け方は余計な力も入っていない良い避け方だ!」
思わずティレルは拳を握りしめて喜ぶ。
シエナはシエナで、思わず「こ、この動きは…トキ!」と言いかけて我慢する。
(ルクスさん、なんとか身体強化の魔法を自分の意思で発動させたみたいですね。でも、あのままだと…)
シエナはルクスの魔力の流れを見て心配そうな表情をする。
(自分の魔力がかなり早いスピードで消費されていくのがわかる…あと3分も持てば長い方…2分…いや、1分!それまでに、決着をつける!)
無意識による瞬間的な発動や、シエナのように自在に使いこなす事はできない為、今のルクスは常に全身に強化魔法を使用している状態であり、蛇口を開けっ放しにした状態の水のように魔力を垂れ流してしまっている。
そうなるとすぐに魔力が尽きてしまうのは当然の理である。
ルクスは一気に勝負を決める事にする。
(なんだ…?ルシウス様から今まで感じた事のない気配…これは、圧倒的な強者の気配!?)
バルバロッサは突如としてルクスから自分よりも遥かに格上の気配を感じ、剣を構え直す。
油断をすると一瞬で勝負が決まってしまうような、そんな身の危険を感じ、神経を研ぎ澄まさせる。
バルバロッサはこれ以上ないくらい集中していた。
決して目を離さず、どんな動きで来ようともすぐに対応ができるように構えていた。
バルバロッサからすれば、それは瞬きをした瞬間の出来事にしか感じなかった。
目を閉じ、次に目を開けた瞬間にはバルバロッサは地面に倒れていた。
「は、はやい…一体何が起こったんだ…?」
観戦していた者は、シエナを除いて皆目を丸くしていた。
「ルクスさん。いくら刃はついてなくて軽鎧を着てるって言っても、それだけの速度で人体の急所を四か所も突くと下手したら死んでしまいますよ。もっと手加減しないと」
シエナだけは、ルクスがバルバロッサの急所を目にも止まらぬ速さで突いていたのが見えていたので、ルクスに注意をする。
「す、すまない…。ちょっと加減がわからなくて…いつものように打ってしまった」
ルクスとしては普段の訓練のように打ったつもりであったが、魔法の効果で身体が強化されたルクスの力やスピードは、桁外れに高くなっていた。
そんな速さで急所に向かって攻撃を与えられれば、軽鎧を着ていて、普段から鍛えているバルバロッサでさえ衝撃で倒れ込んでしまうほどである。
「大丈夫?立てる?」
テスタがバルバロッサに声をかける。
バルバロッサは何とか起き上がろうとするが、特に鳩尾に重い一撃を喰らっていた為に立ち上がる事ができなかった。
「…完敗です…ルシウス様がこれほどまでに腕を上げているとは思いませんでした」
倒れ込んだままの姿勢で、バルバロッサは敗北を認める。
「ありがとう。バルバロッサのおかげで俺は強くなれたよ」
バルバロッサに歩み寄ろうとしたところで、ルクスの魔力がほぼ半分となり、それまでルクスが意識的に発動させていた身体強化魔法は解けてしまう。
結果、急に力を失ったルクスはバランスを崩してこけてしまった。
「いたた…これじゃ格好もつかないな」
ルクスは苦笑しながら立ち上がる。
「ルクス!おま、いつの間にそんな技術を身に着けたんだ?動きが全く見えなかったぞ」
ルクスとほぼ毎日行動を共にしているティレルは、日々の訓練の中でルクスが目にも止まらぬ速さで動く瞬間など見た事がなかった為に驚いている。
「ちょっと、な。まだ完全にこの技術を自分の物にはできてないけど、完璧に使いこなせるようになれば、今よりも強くなれると思う」
「そうですね。使いこなせるようになったら、魔りょ…もがが…」
シエナが更に説明をしようとしたところを、ルクスはシエナの口を押さえて喋れなくする。
(ごめんシエナ。この身体強化の魔法の事はもう少しだけ皆に黙っててくれないか?)
シエナの耳元で、シエナだけに聞こえるくらいの声量でルクスは囁く。
シエナは超近距離によるルクスのウィスパーボイスにゾクゾクと少し興奮しながらもコクコクと頷く。
ルクスは、身体強化の魔法はしばらくは隠しておきたかった。
シエナは勘違いで意識的に使いこなせる人は大勢いると思っているが、まずそのような魔法がある事自体、全ての人類が知らない。
そんな他の人が知らない力を使えるようになったのであれば、それはもう、なるべくなら自分達だけの秘密にしたいと思うのが欲深い人間の性である。
しかし、何もずっと秘密にしておくというわけでもなく、せめて自分自身が完璧に使いこなせるようになるまでは秘密にしておきたいとルクスは思っている。
今まで魔法が使えなかった自分が、ようやく使えるようになった魔法である。
すぐに広めて他の人達がすぐに使いこなしてしまっては気分的に悲しくなるのである。
「…?どうした?」
当然、ティレルは急にルクスがシエナの口を押さえた事に疑問を抱く。
ティレルだけでなく、その場にいる全員も同じ気持ちである。
「な、なんでもない!それよりも、どうだ!これでシエナは俺のだ!」
ルクスはシエナの口元を押さえた状態のまま、バルバロッサに言い放つ。
「ルシウス様…それ、何か悪人が人攫いしながら言ってる台詞に聞こえますよ…」
知らない人から見れば、幼気な少女の口を無理矢理押さえつけている危ない変質者である。
ルクスは慌ててシエナを放し、シエナは顔を赤くしながら自分の口を指でなぞる。
「ルクスさん…この勝負に勝ったからって私は別に結婚を受けるわけじゃないですからね?」
もちろんルクスもそれはわかっているが、宣言せずにはいられなかったのである。
ただ、それでもやはり断られるとショックを受けてしまう。
「じゃあ、この前約束したデート…デートに行こう」
落ち込みながらもルクスはめげずにシエナをデートに誘う。
「良いですよ。いつ行きますか?」
シエナは今現在は毎日何か用事があるわけでもないので、いつでもデートに行くことが可能である。
「そうだな…。ティレル、調査の仕事を少し前倒しして、何とか一日空ける事はできないか?」
ティレルは、ルクスが仕事を後回しにするのではなく、前倒しして一日空けようと頑張る姿勢に成長を感じて感動をする。
シエナに出会う前のルクスであれば絶対に後回しにしていた。
男と言う生き物は、好きな人が出来ると張り切るのである。
「いくつかの箇所を分担して2~3日で回れば、4日後には丸一日は空ける事が可能だな」
「よし、じゃあデートは4日後だ」
シエナが「わかりました」と笑顔で答えると、バルバロッサだけは少しだけ面白くなさそうな表情をしていた。
勝負に負け、更に自分の目の前で好きになった女の子が勝負した相手とデートの約束をしている。
面白くないのは当然であった。
(…勝負には負けたけど…絶対シエナを振り向かせてやる!)
バルバロッサは母親の手を借りながら起き上がり、シエナを見ながらそう心の中で叫ぶのであった。




