決闘①
最近、更新が遅くて申し訳ございません。
仕事が忙しく、疲れ果てている為に執筆速度が低下していました。
これから更に仕事が忙しくなるので、更新速度がどうなるかはわかりませんが、頑張って書いていきますので、応援よろしくお願いします。
周囲は静まり返っている。
シエナに聞こえるのは、自分の心音とバルバロッサの息遣いだけであった。
「と、とりあえず離してもらえますか…?」
いくらまだ子供同士とはいえ、自分に好意を抱いてくる異性に力強く抱きしめられると、流石のシエナもより一層意識してしまうのだった。
「シエナが『うん』と言うまで離さない」
「そんな、ひどい…」
どこぞのお姫様のような台詞をシエナは呟く。ただし、立場は全くの逆である。
バルバロッサの意思は固く、自分が結婚の申し出を受けない限り本当に手を離しそうにないとシエナは思案する。
拒否をして、身体強化をして無理矢理拘束を解く事は簡単だが、今日はバルバロッサの誕生日であり、主役である人物をないがしろにはできないとシエナは悩む。
そこで問題なのが、この腕ごと抱きしめられた状態で、バルバロッサをどう説得をするか。
3択-ひとつだけ選びなさい。
答え①シエナは突如説得のアイディアが閃く。
答え②誰かが助け舟を出してくれる。
答え③何も思い浮かばない。現実は非情である。
シエナはそんな変な事を考えてしまい、少しにやついた笑みをとる。
そのシエナの笑みを見たフリートと使用人達は「拒否をするような態度を取っているけど、内心は嬉しいんだな」と勘違いをしてしまう。
シエナとしては、誰かが助け舟を出してくれる事を期待している。
特に、バルバロッサの両親であるテスタとフリートは、跡継ぎである大切な息子がただの平民と結婚するなど良しとするわけがない。
一応は客人である自分に対してもそれなりに気を遣う言い回しをしつつもバルバロッサを説得してくれるだろう。とシエナは考え、テスタとフリートの方を見た。
テスタは、少しだけ嬉しそうな、しかし困惑した表情をしながらチラチラとルクスの様子を窺っていた。
フリートは、興味深そうにこの後バルバロッサがどう出るかを顎に手を当てて様子を見ていた。
2人は、たった数日の間でシエナの事をかなり気に入っていた。
一番の要因はやはり料理が美味しい事にある。
誰も思いつかなかったような料理から、既存の料理をアレンジして更に美味しく仕立てる料理の腕前。
シエナが宿屋の経営者ではなかったら、すぐにでも雇いたいくらいであった。
次に、誰も考え付かなかったような面白い遊びや道具を作成する能力を持っている点である。
テスタの館にも設置されている魔晶石を用いた照明器具の他に、シエナが持ってきていたお風呂上りに髪を乾かすのに使用するドライヤー。食材の保存を長持ちさせる事のできる冷蔵庫や、水を入れておくだけで真夏でも氷を作り出す事のできる冷凍庫。子供から大人まで楽しめる色んな種類のゲームが遊べるトランプ。
それらの道具は、全てシエナが考案して作り出したとルクスやティレルから聞いたテスタは、驚きと興奮が隠せずにいた。
フリートも、王都滞在時に見かけた、まだヴィッツには出回っていない湯沸かし器やその他の道具の事をテスタに話した際に、「それは今、うちに泊まっているルシウス様のご友人のシエナが考案した物だそうよ」とテスタから聞かされた時には驚きを隠せなかったのである。
「シエナはあまり内政には関わりたくないって言ってたけど、恐らくは自分達には想像もつかないような面白い発想で国を豊かにできる方法を知っているはずです」
と、ティレルが語っていたのを聞いた時に、テスタとフリートは「一度で良いからシエナの考える政策を聞いてみたい」と感じていたのであった。
そして、将来この国の王となる人物であるルクス…ルシウス・アルド・ヴィシュクス殿下のお気に入りと言う時点で、それはもう興味が最高潮になるといったものであった。
ちなみに、テミンの領主であるグラハムは、例えルクスが嫌がっていてもルクスの事を殿下と呼ぶ。
が、テスタとフリートはあまりにもルクスが殿下と呼ばれるのを嫌がっている為に、王子、もしくはルシウス様、と呼んでいるのであった。
テスタは困惑していた。
シエナの事はかなり気に入っている。シエナにヴィッツに残ってもらって様々な料理や便利な道具を作り出してほしいと思っているほどである。
決して美人に育つとは言い難いが、可愛らしい部類であるギリギリ合格ラインの見た目なので、将来シエナが成人した時に、結婚相手が決まっていなければ一度バルバロッサとの結婚を考えてみないかと持ち掛けようとも思っていたくらいである。
ただ、問題が1つあるとすれば…。
テスタは、もう何度目になるのかルクスの様子を窺った。
ルクスは怒りの表情でバルバロッサを睨んでいた。
テスタは、まだフリート達には話していなかった…。
ルクスがシエナにプロポーズをして振られて、それでも諦めずにアプローチをかけているという事を…。
バルバロッサはそんな事は知らないとはいえ、王位継承権第一位のルクスがアプローチをかけている娘に、横やりを入れる形となってしまっている。
シエナがバルバロッサからのプロポーズを受けるにしても受けないにしても、ルクスからすれば面白くもなんともない話しであった。
そんなルクスの怒り顔で心象を察しているテスタは、手放しでは喜べずにいた。
知らなければすぐにでもバルバロッサのフォローに入り、シエナを説得して婚約を成立させようとしていただろう。
(これは動けないですわね…)
結局、テスタも成り行きを見守るしかないのであった。
フリートとテスタからの助け舟には期待できそうにない気配にシエナは焦る。
それどころか、若干バルバロッサを応援しているような様子でもあった。
どうしようかとシエナが悩んでいると、ベアトリーチェがシエナ達の方へと近づいていく。
シエナは「しめた!」と思った。
初対面の時から、ベアトリーチェが自分に対して距離を置いていたり苦手としているような雰囲気を醸し出しているのはわかっていた。
仲良くなりたいとは思っていたが、今この場では不仲な方が都合が良い。
ベアトリーチェがお兄ちゃんっ子なのはすぐに見てわかっていた。
そんな大好きな兄が、自分の苦手とする相手と結婚しようと考えるなど許すわけがない。
きっと喚き散らしたりして結婚を反対してくれるだろうとシエナは期待をしていた。
「わたしは大賛成です!シエナお姉さま、バルバロッサお兄さまと結婚をして、毎日ベアトに甘いお菓子を作ってください」
シエナは思わず「なんでやねん!」とツッコミを入れたくなり、グッと堪える。
ベアトリーチェがシエナの事を大好きになったのはつい先ほどのケーキを食べた直後である。
ケーキを食べる前だったなら、拒否をしていただろう。
ケーキの一件でシエナの事を認め、むしろずっと自分の為に甘いお菓子を作って欲しいと願っているベアトリーチェにとっては、理由はどうあれシエナがずっとこの館にいてくれるほうが好都合なのである。
ようするに、手の平くるーというやつである。
シエナは自分の知らずの内に、外堀を自分で埋めていってしまっているのであった。
「バルバロッサ君、離してください」
「さっきも言ったけど、シエナが『うん』というまで離さない」
シエナはため息をつく。そして…。
「5秒以内に離してくれなければ、投げ飛ばします。5、4、3…」
シエナの言動に、咄嗟にバルバロッサは飛び退く。
普通であるならば実際には実行に移さないただの脅しにしか聞こえない言動であったが、バルバロッサにはゾワリとする嫌な予感が漂っていた。
シエナが殺気を込めてバルバロッサの手を掴もうとしていたからである。
バルバロッサが離してくれた事により、シエナはバルバロッサと向き合った。
「ありがとうございます。こんな私と結婚したいと言ってくれた方は貴方で2人目です」
シエナはペコリと頭を下げ、お礼を言う。
「でも、ごめんなさい。結婚はお断りさせていただきます」
頭を上げた直後、続けてそう言ってシエナは再度頭を下げる。
「なんで…理由を言ってよ…」
バルバロッサは、聞きたくなかったであろう返答を聞いてショックを受けている。
それでも、納得のいく理由を聞こうと勇気を振り絞って質問をする。
「まず第一に身分の差です。私はただの平民、貴方は貴族、それも国外との貿易を担う領地を持っているという事はそれなりの上級貴族であると思います」
この世界の貴族は、地球の男爵や子爵、伯爵などと言った階級の分け方ではなく、下級、中級、上級と言った3パターンによって分けられている。
下級貴族は領地を持たない貴族であり、領地を持つのは中級からである。
中級貴族は国内の小さな領地を任されている貴族であり、国外との貿易にはほとんど触れる事がない。
上級貴族は大きな領地を任されている上に国外との貿易のやり取りなども国から一任されている。
ヴィッツは、ここから更に東に位置する大陸の国と船による貿易を行っている領地であり、かなり重要な役割を持つ領地であった。
ならば上級貴族の中でもかなり上位な存在である事も簡単にわかることであり、そんな貴族がただの平民と結婚となると、それは余程の事がない限りありえない話しであった。
「ついでに、私はこのヴィシュクス王国の出身ではなく、おそらくなのですが『グバン帝国』の出身だと思われます。これは私自身もよくわかってない事ですが、この国の出生ではない事だけは確かです」
シエナがグバン帝国出身かもしれないと言われて驚くテスタ達。
「それは本当なの?」
信じたくないテスタは思わずシエナに質問をする。
「多分、です。バッヘラ大平原と関所を越えてやってきたのは間違いなくて、かなりの距離を歩いてやってきたので、少なくとも旧フォルト王国かグバン帝国、どちらかの出身だとは思います」
友好国であったフォルト出身ならまだしも、敵対国のグバン出身だった場合は結婚はかなり難しい話しである。
「私としても、グバン出身だとは信じたくないんですけどねぇ…。でも、自分の性格だったりその他に思い当たる節があって…ほぼグバン出身だと思いますよ」
シエナは若干遠い目をして呟く。
テスタ達同様に、バルバロッサもショックを隠し切れない表情をしていた。
「まあ、よく言うじゃないですか。『初恋は実らない』って」
シエナが得意げにそう呟いた瞬間、ルクスとバルバロッサは床に手をついて崩れ落ちた。
フリートが「何故ルシウス様も?」と疑問を感じている中、シエナはバルバロッサに歩み寄ってしゃがむ。
「それと、私とバルバロッサ君ではそれなりに年が離れてますよ?バルバロッサ君は今日で8歳になったようですけど、私は現在13歳です。5歳も年の差があるんですよ」
シエナの年齢を知らなかった者達は驚きに目を見開く。
シエナの見た目は、贔屓目に見て少し成長の遅い10歳前後、普通に見れば8歳前後にしか見えない見た目な為、大体の人がシエナの年齢を聞くと同じようなリアクションを取るのである。
「お、お母様…シエナがグバン出身でも結婚を許していただくわけには?」
「流石に…今の時期にグバン出身と思われる者との婚約はできないわ。せめて10年…いえ、15年くらい前だったなら話しは違ったのでしょうけど…」
グバン帝国は周囲の国々からあまり好かれていない国である。
それでも、フォルト王国に攻め入る前であるならば多少は問題はなかった。
どの国に対しても誠実で心優しく、更に豊富な資源を輸出していたフォルト王国に不意打ちのように戦争を仕掛けたグバン帝国は、ありとあらゆる卑怯な手を使いフォルト王国を滅ぼした。
そして、そのフォルト王国の資源を手に入れるなり他国への輸出を全面的に取りやめ、更なる軍事強化を目論んでいた。
ヴィシュクス王国も、グバン帝国の動向を探る為に間者を送り込んでいて、持ち帰られた情報から次に攻め込まれるのは自分達の国だという事を理解しているのであった。
今はグバン帝国も更なる軍事強化をしている為に、すぐに攻め込まれるという訳ではないが、ほぼ確実に攻め込まれてしまう。
「でも、シエナがもしもグバン出身だったとしても、それはあくまでも出身なだけであって、今はこの国でヴィシュクス王国民として暮らしているのだから…」
「平民同士ならばそこまで問題はないでしょうね。…でも、貴族となると話しは別になるわ。仮に私達が大丈夫だと思っても、他の貴族達が良い顔をしないわ。…それと、ガノッサお父様はグバン帝国の人を毛嫌いしているわ。うちの一族にグバンの穢れた血が混じるのは絶対に許さないでしょうね」
テスタがそう呟くと、バルバロッサは何かを思い出したかのような表情をした。
テスタの実父、バルバロッサからすれば祖父にあたるガノッサという人物は、身体を鍛える事ばかり考えている武闘派な人間であった。
若干脳筋なところもある人物ではあるが、根は真っ直ぐな人物であり、曲がった事が大嫌いである。
元々あまりグバンの事を好ましくは思ってなかったが、フォルトに戦争を仕掛け、更に卑怯な手口や野蛮な行為ばかり行うグバン帝国の事は大がつくほど嫌いになったのであった。
バルバロッサは苦虫を噛み潰したような表情をして俯く。
「さて、ここまで我慢したんだ。そろそろ俺も話しに加わっていいよな?」
流れ弾ダメージを喰らっていたルクスは気を取り直して立ち上がって会話に加わってくる。
その少しだけ怒気を含んだ声に、シエナとテスタは「あ、やばい」と焦る。
「バルバロッサ、シエナを好きになるとは見る目があるとは思う。が、シエナは俺と結婚をするんだ。諦めろ」
「勝手に決定しないでください!」
ルクスの言葉にシエナはすかさずにツッコミを入れる。
「え?ルシウス様…?なにを?」
対するバルバロッサは、一体ルクスが何を言っているのかが少し理解できなかった。
困惑するバルバロッサにテスタが「ルクスがシエナに振られながらも諦めずにアプローチをかけ続けている」という事を説明をすると、バルバロッサは驚きながらも逆にルクスに向き合って言い放つ。
「それで、はいそうですか。と諦められないですよ!シエナはボクの方が断然合ってます!ルシウス様こそ、シエナを諦めてはいかがですか?」
「それは聞き捨てならんぞ」
そしてお互いが睨み合い始める。
「ならば、どっちがシエナに相応しいか決闘しましょう!」
「受けて立つ!」
「だから勝手に決めないでください!」
シエナは「やめて!私の為に争わないでください!」と言いたかったが、それは火に油を注ぐ効果しかないのでやめるのであった。
結局、シエナのツッコミも空しく、ルクスとバルバロッサは勝手にシエナを奪い合う形で決闘の取り決めを始める。
決闘は次の日の夕方、刃はついていないが鉄製の剣を使っての真剣勝負となる。
刃が付いてないとはいえ、鉄製の訓練用の剣は下手をすると骨折、当たり所によっては死んでしまう事だってある。
普段は木製の剣なので、本気で打ち合っても痣程度で済んでいたのだが、かなり危ない勝負内容となってしまっている事に、シエナは頭を抱えるのであった。
「もう!勝手にしてください!ただ、どっちが勝ったとしても、私は結婚するなんて一言も言ってないですからね!そこだけはしっかりと覚えておいてくださいよ!」
開き直ったシエナは、どっちが勝つにしても強制的に結婚させられる事のないように釘を刺しておく。
そして、2人はシエナを賭けての勝負をする事ばかりに頭がいっていて、自分達がシエナと結婚ができる立場ではない事をすっかり忘れているのであった。




