表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/98

冒険者ギルド

「オークの肉が…どこにもない!」

 シエナは、自分の宿のある三番街区から、隣の二番街区まで足を運んでまでオーク肉を探していた。


 しかし、どの肉屋もオーク肉は売り切れていたのである。


「うぅ…まさかこんな事になるなんて…」

 オーク肉がどこにもない理由はわかっている。先週の料理教室が原因だ、と。




 シエナは、週末の宿の食堂の定休日に料理教室を開いていた。

 宿を開いてから1年ほど経ったある日、料理を広めたいのであれば料理教室を開くのが良いのではないか、という唐突な発想から始めたのである。


 料理教室は無料で誰でも受ける事ができ、珍しくて美味しい料理のレシピを教えているので、街に住む主婦に人気を博していた。

 そして、その料理教室では毎回大量の同じ料理を作る為、夕方前になると試食会と称して、料理教室に来ていた人だけでなく、通行人にもその料理を振る舞っているのである。

 もちろん、試食会も無料であった。



 結果、始めの内は知名度も低く、全然人が集まらなかった料理教室であるが、1年ちょっと経った今では、週に一度の三番街区の名物イベントとなっているのであった。


 そして、先週の料理教室で教えた料理は、『オーク肉のトンカツ』であった。

 オークは厳密には豚ではないので、トンカツと言うには適さない。

 なので、シエナは一応『オークカツ』と呼ぶようにしているが、今でもずっと、その名称には違和感を覚えているのであった。


 元々、オークカツは宿の料理の中でも人気メニューの1つであった。

 しかし、人気があっても作り方がわからなければ広まらない。

 そう思って料理教室でそのオークカツの調理方法を教えたところ、主婦に絶大な人気を誇る料理となった。


 試食会を開いてる途中で、通行人にも公表したレシピは三番街区だけでなく、テミンの街中に拡散され、今やテミンの街は空前のオークカツブームになってしまっているのであった。



 元々、料理教室で教えた料理の具材は、数日間は手に入りにくくなる事もある。

 誰でも美味しく簡単に作れる料理があるのだから、当然の理であった。

 それでも全く材料が手に入らない程ではなく、何件か探せばすぐに見つかる程度であった。


 しかし、今回のオークカツの広まり方は少し異常であり、もう何日もかけてあちこちの店を探しているのに見つからない。

 主婦だけでなく、他の飲食店もメニューに新規導入しているので当然である。

 パン屋も、シエナが「食パンに、レタスと一緒に挟んでカツサンドにしても美味しいですよ」と言ったのを聞いていて、本当にカツサンドを作り出して売り始めた結果、売り上げが急上昇しているらしい。

 確実に売れて人気のある食べ物なら飲食関係の店は必ず導入するであろう。


「すまねぇな、嬢ちゃん。ウチもオーク肉は売り切れだよ。仮にあってもおそらく今は高値で取引されるだろうよ」

 その結果が肉屋の主人にこう言われるオチであった。



「あぁ…、しばらくいくつかのメニューは品切れ中になっちゃうなぁ…」

 とぼとぼと宿に向かって歩いて帰るシエナであった。




 元々、オークの肉は安く手に入る使いどころがあまりない肉であった。

 調理方法も、ステーキか加工食品のベーコンくらいしか存在しなかった、やたらと食文化が低い世界なので、そんな中に『衣をつけて油で揚げる』という斬新で画期的な調理方法を教えられたら、誰だって試したくなるだろう。

 安くて、美味しくて、作り方も簡単。それにより、あっという間に広まったのである。

 料理が広まるのはシエナにとって大歓迎ではあったのだが、食材が手に入らなくなるまでとは大誤算であった。


 しかも、よりにもよって、先週の料理教室の終わりに「来週は、このオークカツを使って作った『カツ丼』と言う料理を教えます!」と、予告をしてしまっている。

 なんとしてでも、オーク肉を揃えなくては3日後に迫る料理教室を開く事ができなくなってしまうのであった。

 別に材料を持参してもらってるわけではないので、やはり別の料理へ変更しました。と言えなくもないが、皆、教えてもらったばかりの料理の、更にアレンジレシピを教えてもらえることに期待に胸を膨らませているのだから、それを裏切るわけにはいかなかった。

 しかし、この調子ではハンバーグやしょうが焼きなどの料理を教えてしまうと、大変な事になりそうである。


 宿へ向かって帰っている途中、売ってないのであれば、別の方法で調達すれば良いのでは?と、シエナは頭の中で考えた。

 今まで、買う事のできない物だって、その別の方法を使って手に入れてきたのだから。


 そう思ったシエナは、進路を北に変えて、一番街にある冒険者ギルドの方へと向かうのだった。





 ちなみに、この世界の一週間は10日である。

 10日の間に日本でいうところの日曜に該当する休日が2日、週の途中と週末に存在する。

 週末は完全なる休日であるのだが、週の途中の休日は、休日予備日と言われているだけの休日である。


 10日で一週間、それを4週繰り返して40日で一か月、九か月で360日となり、年末の2日・年明けの祭日1日・年始の2日、の5日を合わせて365日の一年である。

 4年に一度、年明けの1日が増える、うるう年的なものも存在している。


 季節の移り変わりは三か月毎であり、春・夏・冬と変わっていく。

 それぞれの季節に変わる間の前後一週間が、秋と呼ばれる季節となる。


 日本の四季に慣れてしまっているシエナは、最初は戸惑ってしまったが、今はもう慣れたのであった。





「やっぱ、俺達にはまだ早いんじゃないか?」

 冒険者ギルド内で相談をし合っている3人の若い男達の手には、1つの依頼書が握られていた。

 その依頼書には、『討伐依頼:ハイオーク3体』と書かれていた。


 ハイオークは、オークの進化系で、少々厄介な魔物である。

 愚直に襲い掛かってくるオークならば、油断さえしなければ問題なく討伐できるのであるが、ハイオークは多少の知恵があるのでそうはいかなかった。

 基本的な行動パターンはオークとそっくりなのであるが、襲い掛かってくるタイミングにフェイントを入れてきたり、陰からこっそり襲ってきたりするのだ。

 元々、攻撃を食らえばひとたまりもない威力であるのに、そう言った予想外の動きをされるだけで非常に厄介になる。


 それに加えて、ハイオークは人間から奪った武器を使ってくるのであった…。


 オークの攻撃力だけで、骨の一本や二本は持っていかれるというのに、武器なんて使われると、骨だけでは済まない。腕や足が持っていかれる可能性だってある。むしろ、腕や足だけで済めば安い方かもしれない…。


 そんなハイオークの討伐依頼であるが、これが1体だけであるなら、弓や魔法で遠距離からちまちま攻撃すれば何とかなったであろう。

 しかし、3体である。


 3体が一か所に固まってくれてるとは限らないので、1体に対して集中攻撃をしていると、他の2体に襲われかねない。

 もし、襲われれば命を失うかもしれない…。

 ハンターとしてのランクが、まだ2になったばかりの冒険者の男達3人は自分達がこの依頼を無事に達成できるかどうかがわからなかったので、悩んでいるのであった。




 この世界のこの大陸には、『冒険者ギルド』が存在している。

 他の大陸にも同様の物があるが、微妙にルールなどが違っていたりする。


 冒険者ギルドは4歳から仮登録、8歳から本登録が可能であり、本登録を行うと、ハンターとしてのランクやレベルを上げる事ができるのだ。


 ハンターのランクは、『0~10』までの11段階となっていて、登録したばかりの頃はどんなに強い人であっても、『ランク0のレベル1』からのスタートとなる。


 各ランクには、レベルがあり、レベル10が各ランクの最高レベルとなっている。

 レベルが10になると、冒険者ギルドでランクを上げる為の試験を受ける事ができ、合格をすれば晴れてハンターとしてのランクを1つ上げる事ができるのであった。


 レベルは、依頼の達成による功績ポイントによって上げることができる。

 レベルやランクが上がる毎に、次のレベルまでの必要功績ポイントは高くなるが、ランクを上げる事ができれば、受けれる依頼の種類が増え、結果的に報酬で貰える金額が高くなったり、冒険者ギルド内の特殊施設を使うことができるようになるので、皆ランクを上げる為に必死になるのである。


 仮登録では、ランク0のレベル10まで上げる事ができるが、ランクを上げる為の試験を受ける事ができない。

 なので、必然的に受けられる依頼はランク0のものだけとなってしまう。



 ランク0では、素材採取の依頼しか受ける事ができず、ここで意外とランク1まで上げるのに時間がかかる者も少なくはない。

 ランク1から受けれる依頼の数が大幅に増え、自分や自分の所属するパーティーが得意とする依頼を受けたり、人々の生活を脅かすような凶暴なモンスターを討伐すれば、すぐにでもランク2になれる事もある。

 ランク2からは、一部の魔物の討伐依頼を受けることが可能になり、更に冒険者ギルド内にある工房を有料ではあるが使う事ができるようになる。

 また、工房を使うにあたっての鍛冶などの技術は、ランク2になれば半月に一度開かれる勉強会で無料で教えてもらえるので、冒険者を諦めた者は鍛冶職人などになる者が多少なりともいるのであった。


 ランク3から、この近辺に出現する魔物の討伐依頼を受けられるようになるので、そこでようやくダンジョンに入る事ができるようになる。

 ダンジョンと言っても、危険な罠があったり最深部に重要なアイテムや金銀財宝があるわけではない。

 単純に、魔物が住み着いている広い洞窟や迷宮などである。


 しかし、魔物はどういう習性なのか、襲った人間の持っている貴金属を集め、自分の巣へ持ち帰るという行動を取っているので、長い期間ダンジョンの奥底に住み着いている強い魔物の巣には、結果的にそれなりの武具や財宝が眠っている事がある。

 なので、ランク3以上の冒険者は、その財宝を求めてダンジョンに潜る事が多いのであった。



 魔物とモンスターの違いは、知恵があるかないかと、魔法が使えるか使えないかの差である。

 知恵があり、魔法を使えるのが『魔物』、ただ動く物を愚直に襲うのが『モンスター』である。



 基本は、この魔物を討伐できるようになるのは、ランク3からとなっているが、知恵はあるが魔法を使わない魔物は、ランク2からでも討伐できるようになっているのである。


 そして、ハイオークは知恵があるので区別としては魔物に分類されてはいるが、魔法を使わない為、ランク2の冒険者でも討伐依頼が受けられるようになっている。

 その為、ランク2になったばかりの新人冒険者達は、すぐにでも次のランクに上げたい為に、こういった功績ポイントの高い魔物の討伐をしたがる者が多くいるのであった。


 そして、今ギルド内でその依頼書を手に持っている青年たちも、早くランクを上げたいと思っている冒険者のグループの1つであった。



「お前ら、その依頼を受けるつもりならさっさとしやがれ。受けないのなら早く戻せ!」

 長い時間、その依頼書を持って悩んでいた3人は、強面の受付のギルド職員に怒鳴られた。

 その依頼書は1枚しかない為、依頼を受けないのに占領をしてしまうと他の冒険者達の迷惑となってしまう。そう思ったギルド職員は怒ったのである。


「う、受けようかとは思っているのですが…。ダフロスさん…その、俺達3人で無事に達成できますかね…?」

「かー!情けねぇ面しやがって…そんなに自信ねぇなら受けようと思うな!!」


 この3人が良い連携の取れた戦法を得意としているのは、ダフロスと呼ばれたギルド職員はよく知っていた。

 もう少し腕を磨けば、3人で一人前の冒険者と名乗ってもおかしくないだろう。あくまで、『3人で』であるが…。


 今回、3人が受けようとしているこの討伐依頼も、多少の怪我はする可能性は高いが、しっかりと周囲を警戒して、いつもの通りにしっかりと連携を取れば死ぬ事も大怪我をする事もなく、無事に達成できる依頼だろうと、ダフロスは少なくともそう見積もっていた。


 しかし、それは3人が落ち着いて連携が取れる環境が整っている場合としての見積もりだ。

 もし、何か1つでも3人が不利になるような悪条件があれば、無事では済まないだろう。


 だからこそ、逆に無茶をするような依頼を受けずに、少しずつ実力を伸ばしていって欲しい。本人達が難しいと考えている依頼を、意外にも苦もなく達成してしまった場合、高確率で調子に乗って、その後大失敗をすることがあるから。

 ただの大失敗なだけならまだ良いが、死んでしまっては元も子もないのである。



 もしくは、誰か腕の立つ冒険者に同行してもらい、無事に帰ってきてもらいたい。同行者がいれば、依頼が達成できたのは、あくまで同行者の協力があったからだ、と自制心を働かせるからだ。


 ダフロスはそんなツンデレな思考をしながら、3人が依頼を受注するか見守っているのであった。

 依頼を受けるかどうかはあくまで本人達次第であり、ギルド職員が口を挟むわけにはいかない。

 ちょっとしたアドバイスや、この者には依頼を無事にこなすのは絶対に無理だ。と、判断した場合のみ、口を挟んだりするのであった。



「ん?あれは…?」

 3人がまた長考を始めてしまった事にダフロスが苦笑をしていると、ギルド内に1人の若い女の子が入ってくるのが見えた。

 場にそぐわないような買い物カゴだけを持った、見た目が10歳前後の少女。


 シエナである。



 シエナは、依頼ボードのあるところへ歩いていき、ボードに貼られている依頼をジッと眺めた後、受付の方へと歩いていった。


「ダフロスさん。オークの討伐依頼って入ってたりしてないですか?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ