シエナ vs バルバロッサ
「あら、そんなに汗だくになるまで特訓なんて感心ですわ」
テスタは、息子であるバルバロッサと娘であるベアトリーチェを連れて剣の訓練場へとやってきた。
そして座り込んでいるルクスが汗びっしょりなのを見て、剣の特訓をしていたのだと勘違いをする。
「ようやくコツを掴めてきたんだが…どうやら限界のようなんだ…」
ルクスはゆっくりと立ち上がるとシエナから差し出されたタオルを受け取って汗を拭く。
「えぇ~…久しぶりにルシウス様と手合わせしたかったのに~…」
バルバロッサが木剣を手に残念そうにする。
そのバルバロッサの様子に、ルクスは少しだけ考える素振りを見せた後、木剣が何本も刺さっている筒から適当に1本抜いて手に持つ。
「少しぐらいなら構わないぞ。ただ、手加減してくれよな。俺よりバルバロッサの方が強いんだから」
剣の才能がなく、あまり努力をしようとせずに言われるがままに王宮剣術を習っていたルクスと、剣の才能がある上に真剣に修行を積み重ねているバルバロッサとの実力は2倍近くの年齢差があっても現段階でほぼ互角である。
ルクスの方が体力や筋力は上でも、バルバロッサには祖父や母親譲りの剣術が備わっていて、その動きはかなり素早く、また剣捌きも7歳の子供にしてはかなり上手なのである。
ただ、お互いに決定的な一撃を与える事ができずに、いつもバルバロッサの体力が先に尽きてしまう。それでも、年々増えていくバルバロッサの体力に、ルクスは「そろそろ完膚なきまでに叩きのめされそうだな…」と感じていた。
「何をおっしゃいますか。訓練において手加減は無用です」
それは実力が下の者が上の者に本気で訓練をしたいという時に言う台詞であるが、テスタはうんうんと頷いていた。
「ま、まいった…もう限界だ…はぁ…はぁ…」
それからものの数分のうちにルクスは膝をついて肩で息をしていた。
いつもならばもっと素早く動けるのだが、全く動けなく、またバルバロッサの動きについていけなかった。
それもそのはずである。
ルクスはつい先ほど、総魔力の半分を使い切ってしまっていて、無意識による身体強化の魔法が発動しなかったのである。
お互いの実力が互角の状態で、無意識といえど、片や強化魔法を使用している者と、片や強化魔法が使用できない者では力の差は歴然である。
「えぇ!?もうおしまいですか?」
バルバロッサは物足りなさそうにしている。
流石のルクスも、数分しか持たなかった上にまたもシエナの目の前で良い格好ができなかった事を悔しがっていた。
「しょうがないですわ。ルシウス様は先ほどまで自主鍛錬をしていてすでに疲れていたのですから」
テスタがすかさずフォローを入れるが、ルクスの耳には入っていない。
しかし、ルクスは悔しがってはいたが、同時に思わぬ収穫があった事を喜んでいた。
(シエナが言ってたから意識して視てみたけど、色んなタイミングで身体のあちこちに魔力が集中しているのが視えた!あの時が無意識に身体を強化している瞬間であるならば…っ!)
そう、ルクスはバルバロッサと剣を交えながら、バルバロッサの魔力の流れを視ていたのであった。
バルバロッサは、主に目や足腰に魔力が集中していて、虚の動きの時には腕には全く魔力が籠ってなく、実の動きの時にはかなりの魔力が集中しているのが視えたのである。
相手の虚実がわかるのであれば、これほど戦闘で有利な事はないだろう。
今回は、自身が身体強化できなかった事と、魔力の流れを視る事に集中してしまっていた為に、ルクスはすぐに疲れ果ててしまったが、次は万全な状態で挑んでみたいと感じていた。
「バルバロッサ君は凄いですね。小さいのにこんなに動けるなんて」
剣術に関してはからっきしなシエナは、まだ小さな子供であるバルバロッサが巧みな足捌きを見せ、ルクスの剣を受け流すようにして戦う様を素直に凄いと感じている。
「小さいのには余計だ!シエナの方が小さいじゃないか!」
バルバロッサは顔を少し赤くしながらシエナに悪態をつく。
バルバロッサの身長は135センチメートルであり、シエナの身長は130センチメートルである。
その差はわずか5センチメートルではあるが、実際に並んで立つとその差は目に見えていた。
バルバロッサは、同年代の子と比べて自分の身長が低い事を少し気にしていた。
どちらかと言えば肉食文化であるこの国では、もうまもなく8歳となる男の子で135センチメートルだと少し背が低い方である。
ちなみに、バルバロッサは自分よりも身長の低いシエナの事は当然年下だと思っている。
…まさか6歳も年上だとは思っていない。
ちなみにルクスの身長は180センチメートルと、この世界の15歳男性の平均値を少し下回っているるが、ルクスは別に自分の身長の事は気にしていない。
逆にもう少しで良いからシエナのあちこちが大きく育ってほしいと願っているくらいである。
「シエナの弓術は素晴らしいってお母様が褒めてた。剣術の方はどうなんだ?少しだけ手合わせしてみないか?」
深呼吸をして少し気持ちを落ち着かせたバルバロッサは筒から木剣を抜いてシエナに手渡そうとする。
「私ですか?ん~…剣術には期待しないでくださいね」
そう言って、シエナはバルバロッサから木剣を受け取る。
両者は少し離れるようにして歩き、ある程度の距離が空いたところで向き合う。
危なくなったらすぐに止められるようにテスタが審判のようなものをする。
「お兄さま、がんばってください」
少しだけ拙い口調で、ベアトリーチェが兄であるバルバロッサを応援する。
「じゃあ、お互い準備は良いかしら?」
シエナが木剣の重さを確かめたり握りを確認し終えるのを見て、テスタは声をかける。
「バルバロッサ、いつでも大丈夫です」
「私も問題ないです~」
キリッとしたバルバロッサの返事とは真逆のシエナの間延びした様な声、バルバロッサはそんなシエナに苛立ちに似たよくわからない感情にモヤモヤとしていた。
「それでは、始め!」
テスタの号令と共にバルバロッサは先手必勝と言わんばかりに踏み込んでシエナに斬りかかろうとする。
左肩目がけて剣を振り下ろすバルバロッサは、シエナが驚いた表情で全く微動だにして動いていなかったのを見て、このままでは無抵抗なまま痛めつけてしまうだけだと一瞬で考え、思わず力を緩めた。
「よっと」
シエナはほんの少しだけ身を反らしてバルバロッサの斬撃を避ける。
(避け…られた…っ!?)
バルバロッサは、いくら攻撃が当たる瞬間に力を緩めたとはいえ、確実に直撃するのを確信していたので攻撃を避けられてしまった事に少しショックを覚える。
(こ、今度は手加減しない!)
そのまま剣を持つ手を返して下から上に向かって斬り上げようとする。
「おっと、危ない」
それをシエナは涼しい顔をしてまたもや避け、バックステップで距離を取る。
バルバロッサは逃がさないといった具合で詰め寄り、シエナに向かって突きによる4連撃を放つ。
シエナはバルバロッサの連撃を全て紙一重で躱す。
別に紙一重でなくても普通に避けられるのであるが、あえて全てギリギリまで引き付けて避けている。
これはルクスに魅せる為である。
ルクスが魔力の流れを意識して見始めたのを、シエナはすぐに理解した。
それならば、ルクスの勉強の為にも魅せられる戦いをするべきだとシエナは考えたのである。
しばらくの間はギリギリまで引き付けて避けていたが、段々とシエナは避けるタイミングを変え始める。
色々なパターンを試しているのであった。
バルバロッサは、自分よりも小さな女の子にかすりもしない事に焦りを覚えていた。
シエナの足運びや避け方は、全くもって酷いものである。
素人そのもの、むしろ素人よりも適当さがにじみ出るような酷い避け方にも関わらず、バルバロッサの攻撃はシエナには当たらない。
「よっと…さて、そろそろ私も攻めに回りますね」
わざわざ宣言しなくても良い事を宣言し、シエナは剣を持つ手に少し力を込める。
「えい!」
シエナが木剣を振り下ろし、バルバロッサはそれを防御するように木剣を頭の上で横にして持つ。
カツンと軽い音を立ててシエナの持つ木剣と、バルバロッサの持つ木剣が交差する。
ぐぐぐっとシエナは少しずつ押し込むようにして力を込めると、バルバロッサはその力を受け流すようにして剣を斜めにして滑らせる。
「わわわ…」
押し合いになると思っていたシエナは、自分の力を受け流されて体制を崩す。
ようやく攻撃を当てる好機がやってきたとバルバロッサは体勢を崩して転びかけてるシエナに向かって思い切り剣を振り下ろす。
シエナはあえてそのまま前方へと飛んで攻撃を回避し、前転をしてから綺麗に立ち上がる。
バルバロッサは習った剣術通りの綺麗な型なのに対して、シエナは自由奔放すぎる動きであり、バルバロッサはそんなシエナの動きに予測がつかなかったので驚いている。
シエナは小走りでバルバロッサへと近づき、剣を振る。
バルバロッサはそれを剣で受け流し反撃をしようとする。
バルバロッサの反撃をシエナはバックステップで回避して、また同じように剣を振る。
しばらくの間は、似たような攻防が繰り広げられた。
「よーし、じゃあそろそろ少し本気出しますね!」
シエナは唇をペロリと舐め、剣を中腰に構える。
その言葉にバルバロッサは少しだけカチンと来る。
「…今まで本気でなかったと?」
「何もしていない状態では本気でした。でも、今度は限界を超えての本気を少しだけ出させてもらいます」
シエナの意味がわからない発言に、バルバロッサは少しだけ混乱する。
限界というのはそう簡単に超えられるものではない。それこそ、血の滲むような努力をし続けた結果、超えられるものなのだから。
逆に、ルクスはすぐに理解をした。
今までシエナは目だけに魔力を集中して、バルバロッサの動きを見て攻撃を避けていた。
しかし、今度は身体の要所要所に魔力を集中させているのが視える。
つい先ほどまでは、強化魔法を使わない状態での本気であったのは間違いなかった。それが、今度は強化魔法を使用して、少しだけ本気度を引き上げるという事である。
「では、いきます!」
そう言ってバルバロッサに飛び込んだシエナのスピードは、先ほどに比べると段違いに早いスピードだった。
そのスピードに驚いたバルバロッサは、迎え討とうと剣を振る。が、剣を振った先にはシエナはいなかった。
「後ろです」
テスタも驚きに目を見開いていた。
バルバロッサの真正面から突っ込んだはずのシエナは、ありえないスピードでバルバロッサの後ろへと回り込んでいたのだった。
「えい!」
ヒュッという音を立てシエナは剣をバルバロッサの胴体へと叩き込む。
「ぐぁっ!」
バルバロッサはその一撃を受けて少しだけよろけた後に倒れてしまう。
そしてシエナはバルバロッサの顔面目がけて剣を振り下ろし、寸止めをする。
「私の勝ちですね」
「うぐぐ…」
バルバロッサは悔しそうにする。そして手を差し伸べたシエナの手を払うようにしてパンと叩くとサッと立ち上がってその場を後にした。
ベアトリーチェは少しだけテスタやシエナを交互に見た後に「お兄様、まって~」と、バルバロッサの後についていった。
「あらら、プライド傷つけちゃったかな?」
「あれでプライドが傷つくなら、俺のプライドなんてズタボロだぞ」
負け続けでもあるルクスはもはやプライドの欠片もないのであった。
「ティレルの言っていた意味がわかりました」
剣術は全く持って酷いものであったが、実力はかなりあるとテスタは理解していた。
「シエナ、是非剣術を覚えましょう!あれだけ動けるのに剣捌きや体捌きが悪いのは勿体ないです!」
「遠慮しておきます!」
「遠慮なさらずに!」
ぐいぐいと来るテスタにシエナは困り果てた表情でルクスを見る。
「テスタ、嫌がる人に無理に勧めるのはよくないぞ」
ルクス自身も、自分にとって嫌な事はかなり押し付けられてきたのでシエナの気持ちは良く理解できていた。
ただ、ルクスの場合は例え嫌だと感じていても、王族としての義務が発生している為に、本人がどれだけ望んでなくても押し付けられた事を覚えなくてはならないのであった。
「…わかりました。もし、気が変わったらいつでも稽古をつけて差し上げますからね」
「そ、その時が来たらよろしくお願いします」
そう言って、テスタは訓練場から出ていく。
「ルクスさん、ありがとうございました。助かりました」
「いいよ。俺もやりたくない事をやらされる辛さはよく知ってるからさ」
そう言って、2人は苦笑した。
「テスタ達もティレル達も皆鍛える事を楽しんでるからな。俺にはよくわからないよ」
「娯楽らしい娯楽もあまりないですからね。それに凶悪な魔物だって存在してますし」
娯楽という言葉に、シエナはトランプを完成させていた事を思い出す。
「そうだ、後でトランプというカードゲームで遊びませんか?」
「なんだかよくわからないけど、シエナと一緒ならもちろん良いよ。2人で遊ぶ物なのか?」
「ゲームの種類によってはかなりの大人数でも遊べますよ。皆さんも是非誘いましょう」
その日の夜は、長い夜になりそうであった…。




