テスタの家族
「ルシウス様!お久しぶりです!」
シエナがヴィッツに到着をしてから5日目の昼前、テスタの館の前に立派な外観の馬車が停まり、そこから飛び出してきた少年と少女は、エントランスで出迎えたルクスに飛びつくようにして抱き付いた。
「おぉ!バルバロッサにベアトリーチェ!大きくなったな!」
ルクスは嬉しそうに自分に抱き付いてきた少年と少女の名前を呼ぶ。
バルバロッサもベアトリーチェはテスタの息子と娘であり、どちらもがテスタ譲りの銀髪碧眼の美がつく少年少女であった。
歳はバルバロッサが7歳であり、ベアトリーチェが5歳である。
「おかえりなさい。道中、危険はなかったですか?」
テスタはルクスに抱き付いている自分の息子と娘の頭を一撫でした後、後から馬車を降りてきた気品溢れる美形の男性に声をかける。
「あぁ、護衛として雇った冒険者達が優秀だったから、道中モンスターが出現してもなんの問題もなかったよ。ひと月も留守にして済まなかったな。なんとかバルバロッサの誕生日前に帰り着く事ができてよかったよ」
「台風もありましたからね、仕方ありませんわ。無事に帰ってきてくれてなによりです」
そう言って、テスタは男性に抱き付いてキスをした。
「わ、もしかして、あの男性ってテスタさんの旦那さんですか!」
シエナは少しだけ離れた場所からその様子を窺っていて、小声でケイトに質問をする。
「うん、ヴィッツの領主代行のフリート様。テスタッチョ様に代わって、遠くの地域の領主様との話し合いを担ってるの。入婿だから実権は持ってないけれど、フリート様の言葉はテスタッチョ様の言葉でもあるから、かなりの発言権は持ってるわ」
ケイトの説明にシエナは「へぇ~」とこの世界の貴族の在り方を色々と考えていた。
「お父様は元気でしたか?」
「あぁ、元気すぎるくらいだったよ。王都邸にいる間は私の体はガタガタだ」
いくつかの他領を廻り、台風の間は王都に滞在していたフリートは笑いながらそう言って、右肩を回す。
「ふふ、お父様ったら相変わらずですのね。家督を突然私に譲ったと思ったら、王都邸で暮らし始めて訓練に明け暮れるなんて」
テスタは半ば呆れるようにして肩を竦める。
テスタの父は、テスタとフリートの間にバルバロッサが産まれるなりすぐにテスタに家督を譲り、隠居するかのように王都邸へ移り住んだ。
そして、毎日のように剣や槍などの訓練に明け暮れているのである。
ちなみに、テスタは幼い頃から訓練をさせられていたので今では完全に習慣となっている。そして、今度はテスタが自分の息子であるバルバロッサと娘のベアトリーチェに訓練をさせているのである。
「お義父様も言ってたよ。『さっさと自分の子供に家督を譲って、自分の好きな事をして生きる方が人生楽しいし、若い人の方がより国を良くしてくれるのに…死ぬまで仕事をしてる奴らの気がしれない』って」
フリートは笑いながら言ってるが、それはある意味貴族として生まれた責任を放棄しているだけである。
しかし、それを聞いたルクスは「わかるわー」と、うんうんと頷いていた。…まだ王位も継いでいない未成年であるにも関わらず…。
「お母様!今、王都の方では今までにない珍しい料理が沢山ありましたよ!」
ルクスから離れ、今度は母であるテスタの傍に駆け寄り、バルバロッサは目を輝かせながら楽しそうに王都で食べた料理の事を喋り出す。
テスタは、いつまで経っても可愛い息子に頬を緩ませながら話しを聞き、指を咥えて様子を見ていたベアトリーチェにも「一緒に話しを聞かせて」と笑顔で手招きをする。
ベアトリーチェは、ぱぁっと顔を明るくさせてテスタに擦り寄り、バルバロッサと共に王都で食べた美味しい食べ物の話しを始める。
「それで、ボクが食べた物の中で一番気に入ってるのはカツサンドって食べ物なんだ」
「わたしはクリームパン。とっても甘いの」
テスタは可愛い自分の子供達の話しを笑顔で聞きながら「良かったね」と頭を撫でる。
「しかし、バルバロッサ。いくら気に入ってるとは言っても毎日カツサンドばかり食べ過ぎだ。ここに帰ってきたからには魚を沢山食べてもらうからな」
フリートが戒めるようにしてバルバロッサに告げると、バルバロッサは不満からか頬を膨らませる。
「え~…。もう魚は飽きましたよ。それよりも今はやっぱりカツサンドが食べたいです」
あれだけ毎日連続して食べていたのに、まだ食べたいのか、と、フリートは呆れる。
普通なら、子供が食べ物に関して我儘を言えば母親は怒りそうであるが、テスタはその辺は少し甘かった。
「じゃあ、料理長にお願いして、お昼はカツサンドにしてもらいましょうか」
テスタの言葉にバルバロッサは顔を明るくさせる。
そしてテスタは一緒にフリート達を出迎えていた料理長の方へと向いて、口を開こうとした。…その時であった。
「ちょっと待ってください!」
突然かかるストップの声。声の主はもちろんシエナであった。
「どうしたの?シエナ?」
呼び止められたテスタは、首を傾げてシエナを見る。
「魚は食べ飽きた?自分がどれだけ恵まれた環境にいるかわかってないですね!内陸部の人達は、魚が食べたくても食べれない毎日を過ごしてるんですよ。それにカツサンドばっかりだと体に悪いです!きちんと野菜と魚も食べないと!」
つい最近まで海の幸を食べる事ができなかったシエナは、魚を食べ飽きたと言ったバルバロッサの発言に少しだけ怒っていた。
もちろん、それがただの嫉妬からの怒りなのは理解していて、通常であれば羨ましがる事はあっても怒る事はしない。
しかし、いくらなんでも栄養バランスが悪すぎると感じ、嫉妬心と共に口を挟まずにはいられなかったのだった。
「…?お母様、なんですか?このちんちくりんは?初めて見る顔ですが」
バルバロッサのあまりの言葉にテスタは息子の頭を軽く叩く。
「こら、女の子に向かってちんちくりんはないでしょう。…彼女はシエナ、ルシウス様の友人よ」
シエナの事をなんと紹介したら良いか少しだけ迷ったテスタは、とりあえず無難な紹介の仕方をする。
様子を見てみると、ルクスはシエナの事をちんちくりんと言ったバルバロッサを睨んでいた。
「それで、そのシエナが何故ボクの食べたい物に口出しを?そんなのボクの自由じゃないか」
バルバロッサは、大好きな母親に叱られてしまったのはお前のせいだ。と言わんばかりに不機嫌そうにシエナを睨む。
「えぇ、食べたい物を食べる。それは大いに結構です。ですが、それでは胃が荒れてしまいます。もっとバランス良く食べないと体に悪いと先ほど言いましたよね?」
少し強い口調ではあるが、シエナはバルバロッサの事が心配なのである。
「じゃあ、シエナはカツサンド以上に美味しい物を用意できるって言うのか?」
「いや、それは人それぞれの好みがあるので…」
シエナが言いたいのは栄養バランスについてだったのだが、バルバロッサはカツサンドよりも美味しい物が用意できるのかどうなのかが論点となっているようだった。
「ふん、じゃあ口を挟むなよ」
シエナが余計な口を挟んだせいで、母親に叱られてしまった事を根に持ってるバルバロッサは、シエナをなんとかして黙らせようとする。
「まあ、カツサンドも美味しいですからね。それはしょうがないです。ですが、カツサンドと負けず劣らずの食べ物だって世の中には沢山あるのです。それこそ魚をパンに挟んだ物だってあるのですから」
魚をパンに挟んだ?なんかそれは不味そうなんだけど…とバルバロッサは心の中で思う。
シエナは指を口元に当て、少しだけ考える素振りを見せる。
「…うん。本当はきちんとした野菜や魚の料理を食べさせたかったですけど、カツサンドが食べたいあなたと、魚を食べさせたい私の意見を取り入れた料理を作りましょう。それでどうでしょうか?」
シエナの言葉に、バルバロッサは本当に嫌そうな顔をした。
「それって、今言っていた魚をパンに挟んだってやつか?どう考えても不味そうなんだが」
「大丈夫です。すっごく美味しいです。もし、不味かったらあなたの言う事をなんでも1つ聞いてあげましょう」
以前にルクスに「なんでも言う事を聞く」と言った時はすぐに後悔をしていたが、今回は絶対の自信がある為に後悔はない。
バルバロッサだけが「不味い」と言っても、他の人達が全員「美味い」と言えば問題ないのだから。
「そこまで言うなら見せてもらおうじゃないか」
バルバロッサからすれば、本当に美味しければそれはそれで問題ないし、不味ければ自分に対して生意気な口を聞いてきた娘に何かしらの罰を与えられるので何もデメリットはないのである。
それから40分ほど時間が経過し…。
「お待たせしました。さあ、どうぞ。お召し上がりください」
シエナはすぐに調理に取り掛かり、その食べ物を完成させてきた。
「ん?なんだ、結局カツサンドじゃないか」
挟んでいるパンの種類は違うものの、それ以外の見た目はカツサンドそのものである事に、バルバロッサは「結局他の美味しい物が作れなくてカツサンドにしたのか」と、勝ち誇ったようにシエナを見る。
「食べればわかりますよ」
シエナも負けじと勝ち誇った表情をしてバルバロッサを見る。
勝ち誇った顔で睨み合う2人をルクス達はため息をついて見つめていた。そして、フリートにおいては「ルシウス様の友人が何故、調理場に普通に出入りしてるのか…」と疑問に思うのであった。
「と、とりあえず食べましょう」
テスタが空気を替える為に切り出すと、皆がそれぞれパンを手に持つ。
「いただきます」
唯一パンを手に持ってなかったシエナは、いつものように合掌をしてからパンを手に持つ。
そして、それぞれが一口目を口にしたところで驚きの表情に変わる。
「え!?これって、魚!?」
てっきりオーク肉を揚げたオークカツが挟んであると思っていたシエナ以外の全員は、驚きに目を丸くする。
丸パンを横に2つに割り、間に四角に切った白身魚をフライにした物と、タルタルソース、そしてレタスを挟んだ料理。
所謂『フィッシュバーガー』である。
「名付けてヴィッツバーガーです!」
ヴィッツで獲れた魚を使って作られたフィッシュバーガー、それをそのまま縮めてそう名付ける。そのまんまであるが、シエナは会心の名付けだと考えていた。
「これはうまいな。魚もオーク肉のように揚げると身がふっくらとするのか」
更に、フライの上にかかっているタルタルソースが良い味を出していて余計に美味しく感じるとルクスは思った。
「どうですか?」
シエナはニヤニヤと口元を緩ませながらバルバロッサの顔を覗き込む。
「………悔しいけど、美味しい。あんなにも食べ飽きてた魚がこんなにも美味しく感じるなんて…」
そう言って、バルバロッサはヴィッツバーガーにかぶりつく。
「元々、体が魚を欲してたんですよ。食べ飽きたとは言っても、普段から食べ慣れていた人が長期間その味から離れていたら、久しぶりに食べた時には凄く美味しく感じるものです」
シエナはニヤニヤ笑いから普通の笑顔に戻すと、ついでに作ったじゃがいもを細切りにして揚げて塩をまぶした物…所謂『フライドポテト』をバルバロッサに差し出す。
「これも美味しいですよ。是非、食べてください」
優しげなシエナの笑顔に、バルバロッサはどきりとする。
(顔は凄く普通…平凡な顔つきなのに、なんでこんなにも安心する笑顔なんだろう…。それに、髪の毛も凄くサラサラしてて、肌も白くて綺麗…)
バルバロッサは頬と耳を少しだけ赤くしながら、シエナから受け取ったフライドポテトを頬張る。
「うわ、何これ美味しい!」
ヴィッツバーガーも美味しかったが、バルバロッサにとってはフライドポテトの方がもっと美味しく感じる。むしろ、カツサンドよりも遥かに美味しいと感じていた。
その辺は貴族といえど、やはり子供舌なのであった。
「これ、この前食べたポテトチップスってのに味が似てるね」
「まあ、材料と作り方は一緒ですからね。薄切りにしてるか細切りにしているかの差だけです」
ケイトの呟きにシエナが答える。
小さなじゃがいもを皮ごとそのままフライパンで塩炒めする料理の付け合わせならこの世界にも存在していたが、薄切りや細切りにして揚げた人は今までいなかった。
物凄くシンプルで簡単に作れるのに、逆にこの発想が何故今まで出てこなかったんだと料理長は嘆いているくらいであった。
「本当にシエナは料理や道具作り、魔法や武術まで様々な事に秀でてますのね」
テスタが褒めるようにして言うと、シエナは「武術はあまりできないですけどね」と少しだけ訂正をする。
楽しそうにルクス達や自分の両親と会話をするシエナを見て、バルバロッサは胸の奥が締め付けられるような感覚に陥って自分の胸倉をギュッと掴む。
バルバロッサの隣では、妹のベアトリーチェが少しだけ様子のおかしい兄に首を傾げていた。
「お兄様、どうかしました?」
ベアトリーチェの言葉に、全員がバルバロッサの方を向く。
少しだけ苦しそうに胸を抑えるバルバロッサに、テスタは焦って立ち上がる。
「ど、どうしたの!?胸が痛いの!?」
心配するテスタに、バルバロッサは「大丈夫です。少しだけ胸が締め付けられるような感覚を覚えただけなので」と言って、深呼吸をする。
(え、あれ?もしかして…?)
現在、この場でバルバロッサの状態にいち早く感づいたのは、女の勘が発動したケイトであった。
しかし、確証もないうえに本人の前で暴露するのが憚られたため、ケイトは敢えて何も気づかなかったフリをする。
(なんというか…バルバロッサがルクスに憧れてて色んな事を真似しようとしてたのは知ってたけど…ここまで似なくても良いんじゃないかしらねぇ…)
そう考えて、ケイトはルクスの方をチラリと見る。
ルクスはそんなケイトの視線に気づかずに、バルバロッサを心配していた。
「大丈夫ですか?私、少しですが回復魔法使えるので癒しましょうか?」
そう言って、シエナはバルバロッサの胸に手を当てようとする。
「い、いや、良いよ!全然平気だから!」
バルバロッサは焦ってシエナから離れ、フリートの陰に隠れるようにしてシエナの様子を窺う。
「も~、私の事嫌いなのはわかりますけど、そんな態度を取られると私もちょっと傷つきますよ」
シエナは頬を膨らませてバルバロッサをジト目で見る。
「別に嫌ってはない…さっきは悪かったよ。せっかくボクの事心配してくれてたのにちんちくりんとか口を挟むななんて言ったりして…」
フリートの陰に隠れながらも、バルバロッサは素直に謝罪をする。
「じゃあ、どうして逃げるんですか」
シエナはバルバロッサと距離を詰めようと歩み寄る。
しかし、バルバロッサは逆にシエナから距離を取ろうと離れてしまう。
バルバロッサも、何故自分がこんな行動を取ってしまうのか不思議でたまらない状態であり、同じようにバルバロッサとシエナの様子を見ているケイト以外の人間も、バルバロッサの行動が不思議でたまらないのであった。
全く何も関係のない話しですが…。
キャベツの千切りしてる時に余所見したら指を切っちゃいました。
最近、すぐに何かに指を挟んだり、ぶつけたりする事が多く、そして包丁で指を切るという事までしてしまってるので、本当に気を付けなくてはいけませんね。




