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まな板でも効果は抜群

 かまぼこなどのレシピは集まっていた人々に伝え、タコやイカの捌き方、食べてはいけない部位については漁師に広め、次の日の同じくらいの時間に体調に変化がないか、毒で死んだりしていないかを確認させる為にも訪問する事を伝える。


 そして、それらが終わって昼食を食べにいき、食べ終わった後にシエナはルクス達3人に叱られた。


 叱られた内容は、待ち合わせに遅れたとかそういった事ではなく、毒を持つ生き物を食べた事にある。

 ルクスは、シエナが前世の知識を持っていて、タコの毒を取り除く方法を知っていたのだろうと思っていたが、地球のタコとこの世界のタコで毒の位置が違ったり、タコの体自体に毒があったらどうするんだ!と叱ったのである。


 万が一、シエナが毒で死んでしまったら、テミンに残された宿屋の従業員達に合わせる顔がない。

 今後は、そういった危険性のある生き物や食べ物を食べる時には、勝手な単独行動を取らないようにと厳しく言いつけるのであった。


 叱られたシエナはしゅんと落ち込んでいて、更に心配をかけさせた事によってこの後の調査の際には別行動禁止ともなってしまった。

「シエナが死んだら、俺だって凄く悲しいんだ。わかってくれるな?」

 ルクスは落ち込むシエナを優しく抱き寄せ、諭すように頭を撫でる。

 ちなみに、この行動には若干の下心が含まれている。


「はい…すいませんでした…」

 シエナはルクスの胸の中で若干涙目になっていた。


 この後は、市場内における漁獲量の調査であったり、不正が発生していないかを秘密裏に調査し、帰りに市場でシエナが買いたかった物を購入し、夕刻前にはシエナ達はテスタの館へと戻った。


「おかえりなさいませ。調査はいかがでしたか?」

 ルクスが帰ってきているのを見かけた使用人が、テスタにその事を伝えたのか、テスタはエントランスでルクスを待っていた。

 そして、何か問題があればすぐに対応できるように行動しようと調査内容について確認をする。


「調査自体は問題はなかった。…ただ、シエナがちょっと、な…」

 少し言いにくそうにルクスは言葉を詰まらせてシエナの方を見る。

 シエナはビクンと肩を震わせて、俯いてしまう。


「どうされたのですか?」

「その件は私から報告致します」

 すぐにティレルが膝をついてテスタにシエナのした行動について報告をする。

 その内容を聞いたテスタは、みるみる内に顔を赤くして…。


「なんでそんな危険な事をしたのですか!!」


 シエナは、今度はテスタに無茶苦茶叱られるのであった。




「ふぇぇぇん…」

 シエナは自分に宛がわれた部屋でルクスに慰められながら泣いていた。

 テスタの怒号は、ルクス達の叱り方が全然優しいものだと思えるほど、かなり厳しいものであった。


 流石にシエナを叩くような事はしなかったが、その激しい叱り方はルクス達も怯えるほどである。

 そして、テスタの叱っている内容はそのまま自分達が言っていた事と一緒であったので、ルクスが「俺達も叱ったし、シエナも反省しているんだからそれくらいにしてあげてくれ…」と止めた事により、テスタはシエナを叱るのをやめた。


 その時点でシエナの顔面は涙と鼻水でぐちゃぐちゃであり、テスタが叱るのをやめた後も「ごめ゛ん゛な゛ざい゛ぃ゛ぃ゛」と号泣していた。

「ひぐ…ひっく…ぐす…」

 シエナはなんとか泣き止もうと頑張っているが、どうにも気持ちが落ち着かずにずっと泣いている。


「よしよし…ほら、落ち着いて、な?」

 ルクスは昼間にやったように、シエナを抱き寄せて頭を撫でる。

「あ…」

 ルクスに抱き寄せられた事により、シエナはルクスの心臓の音を聞く。


 トクン…トクン…と、非常に心地よく落ち着くその音は、すぐにシエナの気持ちを楽にさせ、シエナは泣き止んだ。

 泣き止んだ後も、シエナはしばらくの間ルクスの心臓の音を聞いていて、そしてその内眠くなってきてシエナは眠りについた。

「寝ちゃったか…」

 すーすーと寝息が聞こえてきたので、ルクスはシエナをそっとベッドに寝かせた。


 ベッドに寝かせられたシエナは、まるで赤ん坊のように体勢を丸くする。

 ルクスは微笑みながらシエナに布団をかけて、頭を一撫ですると部屋から出ていくのであった。


「シエナは?」

「泣き疲れて寝たよ」

 テスタ達のいる部屋へと戻ったルクスは、シエナの事を簡単に伝えるとテスタを少しだけ睨む。

「私達もシエナの事は既に叱っていた。シエナだって反省していたんだから、あんなに怒鳴り声を挙げるようにしなくても良かったんじゃないか?」

 ルクスの言葉にテスタは「う…」と少しだけ怯んだが、「海の生物の恐ろしさを甘く見てもらっては困ります。シエナはまだ子供なのだから…いえ、子供だからこそ、やってはいけない事を身をもって知っていただくてはならないのです」と、反論をする。


 子供の内から甘やかさせられて育った大人は、やって良い事と悪い事の区別が、善悪の区別がつかない場合が多い。

 周りの大人がきちんと、叱って教えるべきなのである。


 ただ、テスタも今回のは流石に激しく言い過ぎたと後々になって反省した。叱るにしても、シエナの物分かりの良さは出会って1日でも理解できているのだから、もっと諭すように叱ってもよかっただろう、と。

 何故か、シエナが気がかりでしょうがなく、無茶をしてほしくないと感じた結果、激しく叱ってしまったのであった。



 夕食の時間になり、メイドがシエナを起こしに行く。

 シエナは幸せそうな表情で寝ていて、少しだけ起こすのが(はばか)れたが、起こさない訳にもいかないので、メイドはシエナを揺さぶって起こす。


「ん~…?」

 眠りについてから1時間ちょっとと、少しだけ中途半端な睡眠時間のせいで、シエナはかなり寝惚けている。

「シエナちゃん、夕食の準備ができましたよ」

 夕食と聞いてシエナはぱっちりと目を開ける。


「え、夕食…?ぁ、そっか…私、あの後寝ちゃったんだ…」

 ゆっくりと起き上がりながら、シエナは何故自分が眠っていたのかを思い出す。


 少しだけテスタのいる場所へ行くのが億劫(おっくう)になるが、自分の為を想って叱ってくれたのだからとシエナは立ち上がる。

 気持ちを切り替え、反省するべきところは反省し、後悔だけはしないようにしなければ、と、シエナは自分の両頬を叩いて気合を入れ直す。

 そして、メイドと共に食堂に向かったシエナは、ごくりと喉を鳴らして食堂の中へと入る。


「お、待ってたよ。さぁ、夕食にしようか」

「あ…お待たせして申し訳ございませんでした」

 シエナが入室すると同時に、ルクスが笑顔でシエナが来てくれた事を安堵する。



「ところで、タコやイカってどんな感じですの?せっかくシエナが毒見をしたのですから、広めていかないと勿体ないですわ」

 食事もある程度済んだところでテスタはシエナに話しかける。

 シエナは、テスタがそうやって話しかけてきた事に少し驚いたが、シエナとしてもタコとイカは広めていきたいと思っているし、せっかく話題を振ってくれたのだからとそれぞれの良さを語り始める。


「どちらも歯ごたえがありまして、噛めば噛むほど濃厚な味わいが口に広がります。天日干しなどして乾燥させた状態であれば保存もかなり効きます」

 シエナの説明に、テスタは「牛肉の干し肉のような感じなのかな?」と楽しそうに説明をするシエナに微笑む。


 それからシエナは、タコとイカの良さを更に説明していく。


 特に先ほど説明していた天日干しによる乾物をシエナは推していた。

 どちらも乾物にした状態から水で戻すと更に濃厚な味わいになる事、乾物の状態で少し火に炙ると酒のつまみに最適な事、水で戻した際に旨味成分が水に溶けだし、それを使ってスープなどを作ると更に美味しさが増す事などをシエナは語る。


「なるほど、その『出汁』と言うのが料理に使われていれば、例え薄味でも料理が美味しく感じられるのですね」

 テスタも自分の知らなかった海産物の知識にメモを取りながらシエナの話しを聞く。

「はい、今日はトビウオを買ってきたので、明日の朝食のスープに、あごだしを使用したスープでもお出ししますね。出汁だけに」

 その言葉に、その場にいる全員が怪訝そうな目でシエナを見る。


(完全に滑ったぁぁぁー!!)

 シエナは調子に乗るとたまに物凄くくだらない親父ギャグを言ってしまう。そして、それはことごとく滑るのであった。


「…えっと、その『あごだし』とは一体?」

 テスタはシエナのギャグをスルーして、あごだしの質問をする。

 シエナは、顔を赤くしながらもトビウオの別名や、あごだしの作り方を説明する。


「本当は、トビウオを日干しにしたやつを炭火で焼いて、それを水に浸けるのが良いんですけど、とりあえずは単純に焼いただけので作ってみましょう。それだけでもかなり違いが出るはずです」

「へぇ、トビウオは美味しいからたまに食べてるけど、そんな使い方もあるのね」

 出汁に近い使い方をしてる料理はあっても、出汁として調理をする事はない世界だったので、旨味成分と言われても少しピンと来ないが、美味しさにかなりの違いが出るのならば、是非試してみたいとその場にいる全員が感じていた。


「あ、そうだ。タコもこれで手に入るし、あごだしを生地に練り込んでたこ焼きでも作ろうかな」

 そうなると、たこ焼きを焼く為の鉄板も必要となる。ヴィッツほどの町であるならば、冒険者ギルド内に工房がある可能性が高いので、シエナはそこでたこ焼きプレートを作ろうかと考える。

 もし、なかった場合にはテスタにどこかの鍛冶工房でも紹介してもらって、そこで自作するか作ってもらうかをすれば良い、とシエナは考えた。


「たこ焼きってどんな料理なんだ?」

「この前食べたお好み焼きって料理が、これくらいの球状になった料理です。その中身の具材がタコの足なんですよ」

 ルクスの質問にシエナが答えると、ティレルとケイトが「あぁ、あれ美味しかったな」と、お好み焼きの味を思い出す。


「きっとたこ焼きも気に入るはずです。名物料理にだってなると思いますよ」

 シエナの言葉に、テスタは「そんなに!?」と少し驚いていたが、実際に食べてみて、名物料理になりそうであれば、シエナに許可をもらって本当に名物料理にすれば良いだけである。


 ヴィッツは、通年で海産物が名物ではあるが、どうにも内陸部に住んでいる人々にはウケが悪い。

 ヴィッツの人々は慣れているが、生臭い匂いがかなりキツイのである。

 そして、独特な味付けもウケを悪くしている為、本当にヴィッツが賑わうのは蟹が捕れる季節だけなのである。

 テスタは、もしシエナの言うたこ焼きが名物となり、蟹の季節以外でも多くの旅行客などが訪れてくれるようになれば、と期待をしていた。




 その後は、少しだけかまぼこなどの話しをして夕食は終わり、シエナはルクスと共に剣の訓練場へと来ていた。


「ルクスさんは魔力が視えるのですから、コツさえ掴めばすぐに色んな魔法も使えるようになると思います」

 訓練場に来た理由は、昨日約束をしていた身体強化の魔法を教える為である。


「でも、今まで色んな魔法が使える人…それこそ、宮廷魔術師と呼ばれる人に教わっても使えなかったんだぞ?できるかなぁ?」

「何を弱気になってるんですか。昨日のやる気を見せてください。そして、魔法を使いこなしている自分をよく()()()()してみてください」

 シエナは、若干弱気になっているルクスを応援してやる気を引き出させようとする。


「う~ん…自分が魔法を使いこなしているイメージかぁ…」

 しかし、やはり弱気の方が勝っているのか、ルクスのやる気は芳しくない。


「…わかりました。では、ルクスさんが魔法を使えるようになったら、膝枕で耳かきをしてあげます!」

 膝枕で耳かきは男のロマンの1つである。

 これでルクスのやる気が出ればと、シエナは若干ドキドキしながらルクスの様子を見ている。

 もし、やる気を引き出すことができなければ、もう少し過激な方法を試さなくてはいけないからだ。


 しかし…。

「よし!やるぞ!」

 急にルクスはやる気に満ち溢れた。効果は抜群である。


「まずは、いきなり魔法を使おうとするのではなく、体に流れる魔力を操る練習をしましょう。そうですねぇ…私の右手に魔力が集中してるのは視えますよね?」

 昨日と同じように、シエナは右手を少しだけ上げて魔法は使わずに魔力を集中させた。


「あぁ、視える。体中から右手に向かって魔力が流れていってる感じだな」

 それまでのシエナは、血液と同じように魔力が体中を循環していたが、今は全身から右手に向かって集中的に魔力が流れていた。

「私と同じように、これを意識して右手に魔力を集中する事はできますか?」

 シエナの言葉に、ルクスは自分の右手をジッと見つめて、グググッと右手に力を込める。

 しかし、ルクスの魔力の流れは平常通り体中を循環しているだけだった。


「それはただ右手に力を込めてるだけですよね。う~ん…何か良い方法は…」

 魔法を使うには集中力が大事である。精神的に集中していないと、今のルクスのようにただ右手に力を込めただけになってしまう。

「王宮で魔法を教えてくれた先生達にも同じ事言われたなぁ…。せっかく魔力が視えるのに、それをうまく操る才能がないから、いくら頑張っても魔法は使えないだろうって…」


 せっかくルクスは膝枕で耳かきという餌に釣られてやる気を出していたのに、幼い頃に自分が言われた事を思い出して、またやる気をなくしていく。

(この浮き沈みの激しさは魔法を使ううえでの集中力を削いでしまいますねぇ…確かに、才能はないようです)

 しかし、才能がないからといって諦めてしまってはそこで試合終了なので、シエナはどうにかしてルクスが魔力を操れるようになる方法がないかを模索し始めた。


(ようするに、全神経を右手に集中させるようにすれば、自ずと魔力も集まるはずですよね。…少し恥ずかしいですけど…ちょっと試してみましょうか)

 ふと思いついた方法は、シエナにとってかなり恥ずかしい方法である。

 しかし、ルクスの為にも自分の恥ずかしさは押し殺して協力してあげるべきだと、シエナはルクスの右手に自分の手を添えた。


「お?」

 なんとかして魔力を右手に集中できないかと頑張っていたルクスは、突然シエナに手を握られて何事かと少しだけ驚く。

 シエナは、握ったルクスの手を自分の方へと手繰り寄せ、そして…。


『ぺたん』


 ルクスの手の平は、シエナの平坦な胸へと当てられた。

(これで無理だったら今度はお尻です!)

 シエナは顔を真っ赤にしながらもルクスの右手を自分の右胸へと押し当てる。

 ルクスは呆気に取られたような顔をしていたが、次の瞬間にはルクスの持つ全魔力の内の半分近くがルクスの右手に集まっていた。


「あ、成功しました」

 むしろ大成功に近いほどの魔力がルクスの右手に集まっていて、シエナは少し苦笑気味である。

 ようするに、ルクスは意識しているのか無意識なのかはわからないが、全神経を右手に集中しているという事がモロ分かりであったからだ。


「こ、こんな感じで魔力を操ってください」

 しかし、シエナの声はルクスに届いていなかった。

 ルクスは、揉み応えも何もないが、とにかくシエナの胸を堪能する事に集中している。

「…?あの、ルクスさん?」

 シエナがルクスの顔を覗き込むように喋りかけると、ルクスはハッとした顔をして顔を赤くした。


「…今、右手に魔力が集中してますよね」

「あ、あぁ…しているな…」

「こんな感じで、魔力を操ってください」

 そう言って、シエナは自分の胸からルクスの手を離す。

 その瞬間に、右手に集まっていたルクスの魔力は、あっという間に元の状態へと戻る。


 シエナの胸に触れていた。

 その感触を思い出しながら、ルクスは右手に魔力を集中しようとする。

 しかし、それから数十分かけてもルクスは魔力を操る事はできなかった。


「…とりあえず、今日はこれくらいで。今から私はテスタさんに弓道を教えなければいけませんので」

「あ…あぁ、わかった。俺はもう少しだけ魔力が操れないか頑張ってみるよ」

 昨日の素振りのように、ルクスは自主的に練習をしようとする。

 シエナは、ペコリと一礼をしてから剣の訓練場を離れ、弓の訓練場へと向かう。


 テスタの館に滞在している間は、毎日ルクスの魔法の特訓にテスタへの弓道の指南、シエナは夕食後が特に忙しくなるな、と苦笑をするのであった。

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