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ヴィッツの市場

 次の日、ルクス達は街の様子を調査する為に出かける準備をしていた。

 特にする事もなく暇を持て余しているシエナは、そのまま館に残っているとメイドにおもちゃにされたり、テスタに何かされそうな気がしたのでルクス達についていく事にする。

 それに、今からルクス達が行こうとしている場所は、港の市場であった。シエナがついていかない訳がない。


 冒険者が興味本位に市場を見に来た。と言う設定の為、シエナは貰ったワンピースを着ずにいつもの冒険者服であり、肩には小型のクーラーボックスと小物が入ったショルダーバッグをかけている。

 当然ルクス達も冒険者服である。


「えへへ、市場楽しみです」

 シエナは軽くスキップをしながら「どんな魚がいるのかなぁ?」とうきうきしていた。

 対するルクスは少し複雑そうな表情をしている。

「市場って鼻に詰め物してても結構生臭いから嫌なんだよなぁ…」

 ルクスは若干鼻声となっていて、それは臭いを少しでも抑えようと鼻の中に布の詰め物をしているからである。


 準備が整うと、シエナ達は館を出て市場へと向かった。



「おぉー!魚や貝がいっぱいです!」

 市場へ到着すると、シエナは目を輝かせて売られている新鮮な海の幸を眺めた。

 地球でも見た事のある魚もあれば、違う進化を遂げたのか若干姿形の違う魚もあった。


「へぇ、似てるけど色々違う部分も多いなぁ」

 (たい)も売られていて、赤い体はそのままだが、やたらと背びれと尾びれがでかかった。

 この世界の海に適応できるように進化したのだろう。


「わ、ハマトビウオがあるじゃないですか!あごだしが作れます!」

 鯛と同じように、トビウオの胸ビレも地球のトビウオと比べて大きかったが、味自体にはあまり変わりはないはずである。


 ちなみに、『あごだし』とは西日本…主に九州で使われるトビウオの出汁である。

 トビウオは、あごが外れるほど美味い魚とも言われていて、飛魚(あご)と呼ばれている。

 焼きあごを頭や内臓を取らずに2、3分割し、水に半日程浸すと黄金色の出汁が出てくる。

 この時点でもかなり美味しい出汁になっているのだが、更に沸騰する直前まで中火にかけると更に美味しい出汁になる。

 昆布出汁と併せると、それはもう絶品の出汁になるのであった。

 このあごだしを用いて味噌汁を作ると、かなり美味しい贅沢で絶品な味噌汁となるので、飲んだ事のない人は是非試してみてほしいものである。


 更に余談ではあるが、日本の一部地域にはあごだしの自動販売機が存在しているので、ジュースと間違わないように気を付けてください(と、シエナが言っています)。



 シエナはすぐさまあごだしを作る為にトビウオを購入しようとする。


「おいおい、買い物に来たわけじゃないんだからな…」

 すぐに買い物を始めようとしたシエナに、ティレルはこっそりと注意をする。

 しかし、シエナは別に調査員というわけでもなく、ただ単にルクス達についてきただけである。

 ティレルも注意をした後にそれを思い出し、シエナに軽く謝罪をした後に「別行動をして、あとで合流するか?」と提案する。


「ん~、そうですね。私も色々見て廻りたいので、そうしましょうか」

 昼食の時間に市場近くにある飲食店前で待ち合わせをする事にして、シエナはルクス達と別行動を取る。

 シエナが別行動をしてしまう事により、ルクスは一層落ち込んでいた。


「シエナ、気を付けてね。テミンはそれなりに治安良かったけど、全ての町が治安良いわけじゃないんだからね」

 別行動するに辺り、ケイトが改めてシエナに注意をする。

 シエナは見た目の幼い少女である。そんな幼い少女に対して悪い事を考える人間はどこにだっているものである。


「じゃあ、何かあったら『じぽー!』って叫びますね」

「じぽーって何よ…普通に叫びなさい」

 そんなやり取りを交わし、シエナはルクス達と別行動を開始する。


「さて、すいませ~ん。トビウオってすぐに売り切れたりしますか?」

 色々見て廻るなら、荷物は少ない方が良い。

 シエナはすぐに売り切れてしまうような商品は先に抑えておき、特に売り切れる心配のないものは、帰りに買おうと思い、店主に質問するのであった。




 それから4時間と少しが経過した頃…。

「いくらなんでも遅すぎないか?何か事件に巻き込まれたとか…」

 待ち合わせの時間になっても、シエナは待ち合わせの場所にやってこない。

 見るのに夢中で時間を忘れてしまったのかと思い、ルクス達はその場でシエナを待っているのだが、1時間半ほど経ってもシエナが現れる気配は一向になかった。


「確かに…。時間を忘れてたにしても、普通は気付くだろうし…。俺が探しに行ってくるから、ルクスとケイトはここで待っていてくれ」

 そう言って、ティレルはシエナと別れた場所へ向かって走り出した。


「シエナ…。大丈夫だろうか…」

 本当はすぐに自分が探しに行きたかったが、冒険者を装ってるとはいえ、国の第一王子が単独で探しに行くのはあまりよろしくない現状である。

 ここはティレルに任せ、ルクスはケイトと共にシエナを待つのであった。



 それから十数分の時間が経過した頃、ティレルはルクス達の所へと戻ってきた。

「どうだった!?」

「どうだったもなにも…とりあえず、見ればわかるからついてきてくれ…」

 ティレルは若干の呆れ顔をしていて、何が何だかわからないルクスとケイトは顔を見合わせた後にティレルについていく。


 市場とはまた少し違う、水揚げされたばかりの魚介類が集まる卸売市場のような場所へと案内されたルクス達は驚いた。


 そこには沢山の人だかりができている。

 普段も多くの人で賑わっている市場ではあるが、一角だけやたらと違う雰囲気の盛り上がりを見せている場所があった。

 その中心に、シエナはいた。


「ちょ、え?シエナ?何してるんだ!?」

 ルクスはシエナに駆け寄り、声をかける。


「あ、ルクスさん。ルクスさんも食べますか?美味しいですよ」

 そう言って、シエナは何やら不思議な形をした食べ物をルクスに差し出した。

「え?何これ…?食べ物なの…?」

 初めて見る食べ物に、ルクスも思わず困惑してしまう。


「はい、白身魚のすり身で作った『かまぼこ』と『ちくわ』と『丸天』です」

 ルクスが周りを見てみると、そこに集まった人々は皆「こんな調理方法があるなんて!」だったり「あっさりした味で美味しい」と、口々に美味いと好感触な感想を漏らしていた。


「とりあえず、話しを聞く前に食べてみるか…」

 そう呟き、ルクスはシエナからかまぼこなどが乗った皿を受け取る。

「これ、魚で作ったんだよな?全然そうは見えないな」

 かまぼこは食紅などがない為、真っ白なかまぼこであるが、普通にスーパーで売られているようなかまぼこであり、その滑らかな見た目は魚の身で出来ているとは思えないほどである。


「お、うまい。元が魚って教えてもらってなかったら何が原材料かわからないな」

 もにゅもにゅとルクスはかまぼこを食べ、ほのかに感じる塩気にシンプルな感想を持った。


「このかまぼこを、醤油に浸けて食べるのが美味しいんですよ。わさびがあればわさび醤油にするのが良いですねぇ」

 シエナとしては、寿司や刺身が食べれない世界なので、似たように食べる事が出来るかまぼこが一番のオススメだったのだが、周りで食べている人々は、ちくわか丸天に群がっている、特に人気なのはジューシーに揚げられた丸天であった。


「まあ、それはそれとして…待ち合わせの時間、とっくに過ぎてるから心配したぞ」

 ルクスが肩を竦めて少しだけ怒り口調で言うと、シエナは太陽の位置を見てサーッと青ざめる。

 待ち合わせの時刻を2時間近くもオーバーしていた。


「…っ!ご、ごめんなさい!作るのに夢中になっててすっかり忘れてました!」

 ルクスが怒っていたのは、シエナが待ち合わせの時間になっても来なかったことではなく、心配をかけさせた事である。

「…無事だったなら別に良いんだけどさ…。それで、ここで一体何を?」


「はい…。ここで皆に白身魚の新たな調理方法を教えて、試食をしてもらってました」

「いや、それは見てわかるから…。なんで、そんな事になったのかを聞いてるのだけど?」

 ルクスとしては別に怒ってるつもりはないが、シエナは怒られてるような感覚に陥り、少しだけビクついている。


「えっと、話せば長くなるってわけではないですが…」

 そしてシエナは、事のいきさつを語り始めた。




 それは今からおよそ3時間半前である。


 市場を見て廻り、買いたい物の目星をある程度たてたシエナは、市場から少しだけ離れた場所にある卸売市場が目に入った。

 もちろん、シエナは喜々としてそこへと向かう。


「わぁ!すっごーい」

 水揚げされたばかりの魚を、漁師達が種類や大きさ別に分けていく様子を眺め、シエナは無邪気に喜ぶ。


「お?嬢ちゃん、魚は好きか?」

「はい!大好きです!」

 漁師の男は笑顔で喜ぶシエナに「そうかそうか」と同じように笑顔で喜ぶ。


「うわっ!またクラーケンの子供が大量にかかってやがる!」


 突如別の場所からその大きな声が聞こえてきた。

「っち…またか。あいつら年々増えてやがるからな…」

 せっかく笑顔であったシエナの目の前にいる漁師は、別の場所から聞こえてきたその内容に苛立ちを覚えて怒り顔になる。

「クラーケンの子供?」

 シエナは首を傾げて漁師に質問をする。


「あぁ、海の怪物『クラーケン』。ここらじゃあまり出没はしないが、たまに沖合に出没しては俺達の船に壊滅的なダメージを与えていく憎っくきモンスターだ。その子供が、俺達の仕掛けた網にしょっちゅう引っかかりやがるんだよ」

 その説明に、シエナは更に首を傾げる。


(ん~?クラーケンって、でっかいイカかタコの化け物ですよね?そういえば、地球でもタコとかイカは悪魔の化身とか言われてるんですよね。んでもって、その子供と言うことは…)

 シエナは、「それって、普通のイカやタコじゃないのか」と疑問に思うが、まずは別の質問を漁師に投げかける。


「そのクラーケンの子供が網にかかってた時はどうするんですか?」

「そりゃ海に帰すさ。下手に殺したりして親のクラーケンの怒りを買ったらたまったもんじゃないし」

 種別が違うのだからそんな訳はないだろう、とシエナは心の中でツッコミを入れる。


「食べたりはしないんですか?」

「昔、試しに食べた奴がいたらしいんだが、食べたそいつはしばらくした後に突然苦しみだして息が出来なくなって死んだらしい。おそらくはかなりの猛毒を持ってるんだろうな」

 そこまで聞いた後、シエナは実際に見にいく事にする。


「うわ、ヒョウモンダコがでかくなったようなタコですねぇ…」

 不気味な斑点を持つ胴の部分だけで人間の頭ほどの大きさを持つタコが大量にそこにいた。

 全長を見ると80センチほどの大きさである。


 そのタコの中に申し訳程度に混ざっているイカは、なんというか普通のイカであった。


(タコって、確かマダコであっても毒を持ってるんですよね。唾液に含まれてるんだったかな?)

 日本で一番食べられているマダコも、実は有毒である。

 とは言っても、普段食べているタコ足などには毒は含まれていない。


 マダコの毒は、タコが唾液を分泌させる器官と、その唾液にチラミンとセファロトキシンという毒が含まれている。

 餌に噛みつき、その傷口からその毒の唾液を注入して、タコは餌を捕っているのである。

 そして、ヒョウモンダコにはマダコよりも強力な、フグと同じ毒のテトロドトキシンという毒が唾液の中に含まれている。


 テトロドトキシンはかなり強力な麻痺毒である。

 神経伝達を遮断して麻痺を起こす毒であり、初期症状では手足の痺れや目眩が起こり、症状が進むと呼吸困難に陥ったり、呼吸自体が止まってしまう恐ろしい毒である。

 拮抗薬(きっこうやく)や特異療法による解毒方法は解明されていないが、人体内の代謝によって分解され、無毒化されて体外へ排出されると言われている。が、無毒化されるまでの間、ずっと人工呼吸をし続けなければならないし、症状が出てすぐに人工呼吸が必要となるので、対処が非常に難しい。

 しかし、対処の方法もそれくらいしかないのである。


 マダコやヒョウモンダコは、(くちばし)と唾液腺、そして唾液を分泌する器官さえ取り除けば無毒で食べる事が可能である。

 ただし、ヒョウモンダコはマダコに比べてそこまで美味しくない。


 しかし、マダコほどの美味しさはなかったとしても、シエナにとってはタコは非常に魅力的な海産物である。

 日干しにしたり、タコ飯を作ったり、たこ焼きを作ったりとかなり作りたい料理が存在する。

「このタコとイカ…食べても良いですか?」

 少し申し訳なさそうにシエナはタコとイカを指差す。


「タコ?イカ?このクラーケンの子供の事か?ダメに決まってるだろ!」

 すぐさま周りの漁師たちから怒りの声が飛ぶ。

 食べれば毒によって死ぬ可能性が高く、尚且つ怒り狂ったクラーケンが襲いかかってくるかもしれない。

 止めるのは当然の事であった。


 そして、逆にシエナは「食べても死なない。殺してもクラーケンは襲いかかってこない」を証明しなければ、これから一生この国ではタコやイカを食べる事ができない。

 港町で食べてないのだったら、確実に国中で食べてないはずだからだ。


 ヴィシュクス王国では食べてないだけであり、別の国や別の大陸ならば食べているかもしれないが、ただタコやイカを食べる為だけにわざわざ別の国に行こうとは思わないし、シエナとしてもこの国で食べたいと思っているのである。


「大丈夫です。クラーケンとこのタコやイカは別の種類なので、これらを殺してもクラーケンは襲い掛かってきません。人間の前で猿が殺されたところで、せいぜい『あ~…可哀想に』くらいしか思わないでしょう?わざわざ猿の敵討ちなんてとろうとは思わないでしょう?」

 シエナは淡々と説明をする。が、漁師は「はい、そうですか」とは流石にすぐに認めない。


「もし死なせただけでクラーケンが襲いかかってくるのだったら、今まで網に引っかかってた中に死んでしまったのも何体もいたでしょう?それだけで襲ってくるはずです」

 シエナがそう言うと、漁師は「う…確かに…」と今まで死なせてしまった個体が何体もいたことを思い出す。


「でも、それはこっちが意識して殺した訳じゃなくて、たまたま死んでしまったものだから、クラーケンも見逃してくれてるんじゃないのか?」

 漁師の中の1人がそう言うと、他の漁師も「なるほど、そういう事か」と納得をしている。


「そんな訳ないでしょう。じゃあ、あなた達は自分の目の前で罠にかかった人間の子供が、その罠でたまたま死んでしまった場合には、罠を仕掛けた人を見逃してあげたりしますか?」

 流石に引き合いに出すには少し卑怯ではあるが、シエナはなんとしてでもタコとイカを食べる為に若干的外れな見解を述べる。

 あとは、これに対して「それとこれとは話しが別だろ」というツッコミが来ないことを祈るばかりである。


 しかし、漁師たちは「う…」と言って黙ってしまう。

 シエナは「よし!全く関係のない事で論破できました!」と心の中でガッツポーズをする。


 そして、今度はその勢いのまま、食べても死なない事を証明する為に、タコを無毒化できる事を説明する。

「昔、このタコを食べて死んだ人がいたみたいですが、タコは唾液の中に強力な神経毒があります。それ以外には毒は含まれていないので、その器官さえ取り除けば、安全に食べる事ができます!私がそれを証明して差し上げます!」

 声高らかに宣言し、「だから食べて良いですよね?」と周りで反対していた漁師に訴えかける。


 漁師達は顔を見合わせて「そこまで言うならもう自己責任だよな…」と渋々認めることにする。


「大丈夫です。万が一の事があっても、皆さんに累が及ばないように一筆書いてから食べますので」

 シエナはニッコリと笑い、心の中で「これでタコやイカが安全だと証明できれば、日干しにした物くらいはテミンでも入荷できるかもしれないですね!」と期待をしていた。



 そして、市場の調理場を借りて、タコを茹で、嘴を取り除き、どれが唾液腺かわからなかった為、とりあえず全ての内臓器官と嘴付近を少し削る。


「へぇ、このタコも茹でると赤くなるんだ。ヒョウモンダコは茹でても赤くならなかったと思うから、このタコは柄が似てるだけで別の種類なのかな?」

 茹でられたタコは、マダコのように真っ赤になり、その体に持っていた不気味な斑点は全く見えなくなった。


 そんな事を呟きながら、シエナはタコを捌いていく。

 本当は色々と調理をしたいが、とりあえずは漁師達に「安全に食べる事ができます」と言うのを早く証明する為に、まずは茹でただけの状態で食べる事にする。


「それでは、いただきます」

 合掌して、シエナはタコを食べ始める。

 漁師達はその様子を固唾を飲むようにして見守っている。


「ん!美味しい!何も味付けとかしてないのに素材だけでこの美味しさはびっくりです!」

 シエナは口に手を当てて咀嚼をしながら驚く。

 タコからは、噛めば噛むほど濃厚な味わいが口いっぱいに広がる。


 あまりの美味しさに、シエナは思わずタコ1匹を丸々完食してしまった。

「あ~、美味しかった!」

 タコを食べ終わったシエナは、続いて同じように網にかかっていたイカを調理し始める。

 このイカがオスであるならば、とりあえず精巣だけ取り除いておけば特には問題はないだろうが、念の為、内臓器官は全部取り除く。

 イカにはアニサキスのような寄生虫がいる可能性が高い為、とにかく加熱処理を施す為に、火炙りにすることにする。


 鼻歌を歌いながらシエナはイカを捌いていく姿を、漁師達は眺めていた。





「それで、その後は焼いたイカを食べて、体に異常が出てないかを時間を置いて確認する為に暇つぶしとして、かまぼことかを作りはじめました」

「中間端折(はしょ)りすぎぃ~!!」

 シエナの話しを聞いていたルクスは素っ頓狂(すっとんきょう)な声を挙げる。


「おかしい!タコやイカってのを食べた後の事はわかる。でも、そこから、なんで、この料理を作る事になったのか!そこを端折るのかよ!」

 急に話しが飛んだシエナに対してルクスは色々とツッコミを入れる。


「いえ、ですので、暇つぶしに…」

 シエナとしては、普通に話したつもりであった。

 タコやイカを食べ、体に異常が出ないか時間を置く必要があったので、白身魚を購入し、ずっと作りたかったかまぼこなどを作った。ただ、それだけである。


「じゃあ、なんでこんな人だかりが?」

 せめてルクスはそれを聞こうと気を立て直す。


「ちくわを焼いてる時と、丸天を揚げてる時に良い匂いが漂ったみたいで、せっかくなので皆に広めようと試食をしてもらってました。ついでにレシピも公開してます」

 白身魚と塩という、物凄くシンプルな材料であり、作り方も難しくなく変な物は一切入っていない。

 焼いて少しだけ香ばしくなったちくわと、揚げてジューシーになった丸天は、それだけで沢山の人を呼び込むようになった。


 かまぼこだけは残念ながら、あまり目立たないうえに冷やすために氷水を使用した為、普段氷など準備できるはずのない人々にとっての興味は薄い。

 逆に、木の棒と焼く場所さえあれば作れるちくわに関しては「これを作って商売しても良いか?」と言う商人なども存在するくらいであった。

 丸天は油をそれなりの量使うので商売するにはちくわが一番だと考えたのだろう。


「それと、タコとイカもこれから広まると思います。それぞれ注意する点もありますけど、それも併せて注意をしていく感じになりますね。まずは漁師さん達に天日干しをしてもらって、それを売ってもらうようにしました」

 かまぼこ作りをする直前に、漁師の1人が「俺も毒見をしておく」と勇気を出して名乗り出てくれて、その漁師がタコを食べた際に「こんなに美味いのを俺達はなんで毎回逃がしてたのか!」と悔しがっていた。

 もう1日は様子を見て、シエナと漁師の体に特に異常が見られない場合には、きちんと毒の含まれる部位を取り除いて販売するようにしようと話しを進めていたのである。


 万が一、クラーケンが襲ってくるような事があった場合には、シエナはきちんと自分が退治しようと考えている。

 が、その可能性は限りなく低いとシエナは見積もっている。


 シエナの読みは正しく、これから数十年の間、ヴィッツはクラーケンに襲われることはなかった。

 その間に、タコやイカの名前はしっかりと広がり、タコとイカは、クラーケンとは別物と言う認識もしっかりと広まるのであった。

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