メイドのおもちゃ
「きゃー!見て見て!髪の毛すっごいサラサラ~。それに良い匂いがする~」
「肌も綺麗ですべすべしてる~、羨ましぃ~!」
昼食後、ルクス達が再度会議を始めようとしたので、シエナは作りかけのトランプを作るか料理長と料理の話し合いでもしようとしていたのだが…。
メイド達におもちゃにされていた。
メイド達は、シエナを一目見てからずっとその髪の毛と肌が気になっていたらしく、シエナに話しかける機会を窺っていた。
シエナが1人になったタイミングで若いメイドの1人がシエナに話しかけ、シエナが笑顔を見せて返事をしたところで畳みかけるように他のメイドもシエナに群がっていく。
そして出来上がったのが、メイド達によるシエナ完全包囲網であった。
「うわぁ~…根元からクシを通しても全然引っかからない…なんてきめ細かな髪なんだろう」
現在のシエナの髪の毛は、背中の中間辺りまで伸びていてそれなりの長さになっているので、通常なら毛先からクシで梳いていかなければすぐに引っかかってしまったり傷んでしまうだろう。
しかし、あまりにもサラサラなシエナの髪質は、根本からクシで梳いても全く引っかからず毛先まで辿りついてしまう。
メイド達はシエナの髪の毛を羨ましがった。
「この頬っぺた。すっごいプニプニしてる」
更に指でシエナの頬を突いてはそのもっちりとした感触に酔いしれていた。
中には耳たぶを触ってふにふにとしているメイドもいる。
シエナは半ば諦めの表情でなすがままにされているのであった。
「なんで左の方がやたらと髪の毛長いの?」
勝手にポニーテールを梳かれたシエナの髪は、左側が右側よりも10センチ程長い状態であった。
普段は、そのアンバランス差を隠すために、左側のみ三つ編みにしていたりポニーテールにしているのである。
「自分で切ったから、です」
切り方までは答えず、シエナは自分で髪の毛を切っている事を伝える。
するとシエナの髪いじりばかりしているメイドが「こんなに綺麗な髪なんだから、揃えないと勿体ないよ!」と言って、強引にシエナの手を引いて椅子へと座らせた。
「切り揃えるけど、良い?」
既にハサミを手に持ってちょきちょきとさせているメイドは、シエナが答える前に既に切る体制まで入っていた。
「え、あ、はい。では、お願いします」
シエナもその行動の早さに戸惑いながらも、せっかくなので髪の毛を切ってもらう事にする。
そろそろ切ろうかとも思っていた頃だったので丁度良かったのである。
メイドは、シエナの肩に布を掛けるとクシを使ってシエナの髪を梳き、指と指の間に髪を抓んで少しずつ切りはじめた。
ちょき、ちょき、と、軽快な音が鳴ってパラパラとシエナの髪は少しずつ切られて肩に掛けられた布や床へと舞い落ちる。
(そういえば、誰かに髪を切ってもらうのって、前世以来だなぁ…)
前世でよく通っていた美容院にいた猫は元気だろうか…。いや、時間の流れが一緒であるならばすでに寿命で死んでいるだろう。
髪を切ってもらった事によるきっかけで、シエナはそんな事を思い出し、美容室にいた看板猫の愛くるしさを懐かしんでいた。
「揃えるくらいで良いよね?」
髪を切っているメイドがシエナに質問をすると、シエナは「いえ、ばっさりとセミロングくらいが良いです」と答える。しかし…。
「だめ!こんなに綺麗な髪なんだから、揃えるくらいで良いよね?」
(これ、『はい』を選択するまで続く無限ループだ…)
もはや強制的である。
しかし、切ってもらっている立場であるのでシエナは「では、それでお願いします」と答え、それだったらたまにはもっと伸ばしてみようかな?と考えるのであった。
メイドが丁寧にシエナの髪を切りそろえていき、切り終わると今度は念入りにクシで梳かす。
全てが終わった時には、シエナの髪はまるで輝いているようにキラキラとしていた。
「わぉ…なんだか自分の髪じゃないみたい」
鏡を見たシエナも驚きのピカピカ具合である。
「それにしても、こんなに綺麗な髪の毛…本当に羨ましいなぁ…」
髪を切っていたメイドが、シエナの髪を手でサラサラと流しながら更に頬擦りをして呟く。
「ヴィッツでは洗髪剤やトリートメントは売られてないのですか?」
テミンのすぐ近くの町なのだから、液体石鹸などの製造方法を教えた商人は当然持ち込んでいると思っていたが、もしかすると持ち込まれてないのかな?とシエナは考える。
「売られてるよ。ただ、それらを持ってくる行商人がたまにしか来ないし、テスタッチョ様や他の貴族の方々がすぐに買っていくから中々私達は手に入らなくて…あと、やっぱり高い」
(あ~…まあ、工場とかあるわけじゃないから、そんなに大量生産もできないか。それに、モンスターや魔物がいる世界だから、運ぶのだってかなりの労力いるもんね…)
道中が平和であれば輸送料だけの上乗せで済むだろうが、命がけで運んでいる行商人は、その分の料金も上乗せして売らないと、やっていけないのだろう。
中には護衛を雇う商人だっているはずなのだから、その分は稼がないといけない。
「それでも、手に入った時には皆で使ってるんだけど…シエナちゃんみたいにこんなにサラサラにはならないよ」
毎日継続しなければ確かに効果は薄いだろうが、特にシエナの髪に効果が抜群なのは理由がある。
それは、トリートメントを作ったのがシエナであるから。
製造の段階で、シエナは自分の髪で何度も実験を繰り返している。
自分の髪にすら合わないのに、他人の髪に合うわけがない。そう思ったシエナはとにかく調合する薬草などを何度も量り直し、調合方法を変えてみたりして自分の髪に合うようにトリートメントを作り上げた。
結果、出来上がった液体石鹸、洗髪剤、トリートメントは、全てシエナに完全適合する調合方法となっている。
効果が抜群なのは言うまでもないのであった。
「それにしても、肌も綺麗ねぇ。何かしてるの?」
「いえ、肌は特に。…私が子供だからじゃないでしょうか?」
温泉が見つかれば、それを使って化粧水を作るのも良いだろうが、まだシエナは温泉を発見していない。
肌が綺麗なのは単純に自分が子供だからだろうと結論づけた。
「そっかぁ…」
メイド達は残念そうに肩を落とす。
その後、メイドの1人が貴族令嬢などは美を保つ為に泥パックのような事をしているから、その辺の泥で試してみたらどうかな?とシエナに話すと、シエナは「ミネラルが豊富に含まれてるなら効果はあるけど、どうなんだろ?」と疑問に思っていた。
それに、パックは肌質に合っている人でないと逆に悪化する事がある。
下手にパックをするよりも、自然体そのままでいた方がマシだったという人も少なからずいただろう。
そう考えると、やはり泥パックはオススメはできない。
「やめていた方が良いですよ。それだったらキャベツを沢山食べた方が絶対に良いです」
シエナはメイドに肌質に合わなかった時に逆に肌がボロボロになってしまう事を説明し、肌に何かをつけるよりも、体の内側から改善していった方が良いと言うことを説明する。
「へぇ、キャベツにそんな効果が…。でも、あの青臭さってどうも苦手なんだよねぇ」
魚介の生臭さの方が酷いと思うけど…とシエナは思うが、そこは口に出さずにキャベツの効能を更に説明する事にする。
「キャベツに含まれてるボロンって成分は、バストアップの効果があるそうですよ」
その説明に、メイド達は一斉にシエナの方を向く。
(まあ、キャベツのみの摂取量では効果はかなり薄いでしょうけど…)
これが地球であるならば、簡単に摂取できるサプリメントがあるので合わせて摂取すれば効果はそれなりに見込めるかもしれないが、サプリメントが存在しないこの世界では見込みはかなり薄いだろう。
しかし、あえてシエナはその説明は省く。プラシーボ効果だってあるかもしれないのだから。
メイド達がバストアップと聞いてかなりの興味を示した為、シエナは特にキャベツを摂取するに良い時期を説明する。
メイド達はそれを聞いて目を輝かせて、同時にシエナの胸を見て「本当に効果があるのか?」と疑問を持った。
「私はまだ初潮を迎えてない子供なので…」
13歳にもなって初潮がまだ来てないシエナは、半ば自虐的に答えるのであった。
「なんでそんなに色々と詳しいの?」
それからも、美容や健康に良さそうな事をシエナはメイド達と話していたのだが、1人のメイドがあまりにもシエナが物知りな事に疑問を持つ。
「…生まれ持っての知識?」
もう何度目になるのか、シエナはそう答える。
シエナが前世の知識を引き継いでいるという事を知っているのは、この世界でただ1人、ルクスだけであり、ルクスが信じてくれたのだから、他の人達も信じてくれそうではあるが、万が一信じてもらえなかった時は頭のおかしい人扱いされたり、可哀想な目で見られる事になるので、やはり本当の事は話す勇気が湧かないのである。
メイド達は「そんな訳ないじゃん」と、ドッと笑っていて、シエナがそう答えたという事は、あまり喋りたくはない秘密だという事を察してそれ以上は聞かないようにしていた。
それから少し経った頃…。
「じゃーん!これ、私が子供の時に着てた服。高かったから捨てるの勿体なくて取ってたんだけど…これ、シエナちゃんにあげる」
1人のメイドが白いワンピースを自室から持ってきて、シエナに手渡す。
少しヒラヒラのついた良い生地を使用しているワンピースは、良家のお嬢様が着ていても不思議ではないくらいの出来栄えの物であった。
「え!?良いのですか?嬉しいです!」
先の経験から、やんわりと断っても結局もらう事になりそうであった為、シエナは驚いて凄く喜んで見せた。
こうする事で、相手も「こんなに喜んでもらえて嬉しい」と思うようになり、お互いにとっても一番良い結果を迎えられるのである。
「じゃあ、早速着てみてよ」
他のメイドがワクワクしながらワンピースを受け取ったシエナを見る。
シエナは一瞬だけ「今!?」と思ったが、サイズが合わなかったりする場合や、プレゼントしてくれたメイドの手前、流石に着ない訳にもいかなかった。
シエナが自分の着ている冒険者服を脱ごうとすると、メイドの1人が着替えを手伝おうとする。
「だ、大丈夫です。1人で着替えられますから」
シエナは断るが、メイドは「人の着替えを手伝うのが癖になってまして…着替えるのを見てるだけというのは落ち着かないので手伝わせてください」とお願いをしてくる。
お店などで働いている人が、別の店に買い物に行ってそこの店員が「いらっしゃいませ」と言っているのを聞いたら、つい癖で自分も「いらっしゃいませ」と繰り返してしまうような、もはやそのレベルの職業病である。
シエナも職業病レベルに染みついてしまった癖に関しては、気持ちも良くわかっているので、仕方なく手伝ってもらう事にする。
シエナが両手を水平になるように横に上げると、メイドはシュルシュルとシエナの衣服を脱がせていく。
そして肌着まで脱がせると次はワンピースを上から被せるように着せていく。
ワンピースを着たシエナのスカートにメイドは手を突っ込むと、カチャカチャとシエナの穿いているハーフパンツのベルトを外していく。
流石にシエナもこれには恥ずかしくて頬を赤く染めていた。
そして、ハーフパンツも脱がされたシエナは真っ白なワンピースを身に纏っただけにも関わらず、まるで良家のお嬢様、もしくはそこそこお金を持っている裕福な家庭の子供のような雰囲気へと変貌を遂げた。
「可愛い~!良く似合ってるよ」
シエナは頬をポリポリと搔いて照れる。
「あとは頭にリボンとか付けると良いかも!」
そしてどこから取り出したのか、赤いリボンをシエナの頭へと巻いて、頭のてっぺんでそこそこ大きな蝶々結びを作るのであった。
「うんうん、良く似合ってる。あとはアクセサリーなんかもほしいね」
「もっと腕にシルバー巻くとかさ」
そしてメイド達は再度シエナをおもちゃにし始める。
きゃいきゃいと楽しそうな雰囲気に、シエナもされるがままとなっているが、部屋に置いてある姿見で自分の恰好を見ると、少しだけ頬を赤く染めてくるりと廻ってみた。
(たまには、こういう恰好も良いかも)
ひらりと舞ったスカートが、ゆっくりと元の位置へと戻るのを見る。
自分の持っている服は、まるで田舎の娘が着ているような地味な衣装が多数を占めていて、その中に冒険者服、そして現代日本で少し色気づいた女子小学生が着ているような服が少しあるだけであった。
今、着ているような清楚そうな服は一着も持っていない。
(帰ったら買ったり作ったりしようかな)
買う時にはディータに選んでもらうのが一番良いかもしれない、とシエナは考えて、次にディータと遊びに行く時を楽しみにする。
「靴が少し残念だよね。そりゃ冒険してきてるんだからこういう丈夫なブーツはわかるけど…」
シエナがディータと遊びに行く時の予定を考えている時、メイド達はシエナの穿いている靴で議論を交わしていた。
シエナも、そういえば普段穿いてる靴も動きやすさ重視で可愛くないからなぁ…。と、少しずつではあるがファッションに拘りを持とうとし始める。
丁度、その時であった。
「ベルで呼んでも誰も来ないと思ったら…あなた達、仕事はどうしたの?」
少しだけ怒ったような呆れたような表情のテスタがシエナ達のいる部屋のドアを開けて立っていた。
メイド達はビクリと反応し、時間を忘れて話し込んでしまっていた事に焦りを覚える。
仕事を疎かにしていた事。そして、テスタが言っていた言葉…「ベルで呼んでも誰も来ない」。
主人からの呼び出しを無視する事は、使用人としてあってはならない事であり、聞こえなかったでは済まないのである。
メイド達は青い顔をして「申し訳ございません!」と一斉に頭を下げた。
テスタは深いため息を吐いた後にシエナの方を見る。
「あら、素敵な服ね。凄く似合ってて可愛いわ。あなた達が?」
テスタは再度メイド達の方を見ると、メイド達は青い顔のままコクコクと頷いていた。
「今回はシエナの相手をしていたという事で罰は免除してあげる。実際、素敵なコーディネートだし。とにかく、休憩にしたいからお茶とお菓子を用意して、ルシウス様も待ってるから手早くね」
テスタがそう言うと、メイド達は「はい、直ちに!」と一斉に散らばっていく。
「本当に可愛いわ。ルシウス様が見たら喜ぶんじゃないかしら?」
そう言って、テスタはシエナの顔にするりと手を当てて頬を撫でる。
(なんか、百合系の漫画でありそうなシチュエーションですね)
無駄な知識があるせいで、シエナはテスタの行動にはときめかずに、おかしな思考をするのであった。




