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アレンジ

「う~ん…すでに調理されてる物を更にアレンジって何気に難しいんですよねぇ…」

 シエナはテスタの館の厨房で顎に手を当てて悩む。


 一旦料理を回収し、作り直しをしようとしているのだが、貝は一度煮込んでしまっている為に、これ以上火を通すと硬くなりそうである。

 しかし、この生臭さをなんとかしない限りは、ルクス達が手をつけようとしないだろう。


(この世界の魚や貝って、結構生臭いですよね。川魚もやたらと泥臭いですし)

 水質が良くないのかどうなのかはシエナには判断できないので、とりあえずは今の目の前にある問題を片づけなければならない。

 そして、テスタに命令されて、料理人達は全員シエナの様子を見ている。シエナの調理方法を見て色々と学んでほしいと思っての事だろう。


 しかし、シエナは背中に感じる視線に逃げ出したい気分でいっぱいだった。

(う~…すっごい睨まれてる気がする…)

 料理人達にとってはあまり面白くない出来事だろう。

 自分達の料理を貶され、それを作り直すというのだから。


(…はぁ、でもやるしかないですよね…)

 一応は国の第一王子からのお願いである。無視するわけにはいかない。


 シエナは厨房に移動する前にリアカーへ寄って、自分の持ってきた調味料などが入った箱を回収して持ってきていた。そして箱の中を物色し、どれが合いそうなのかを考え出す。

「…貝はお酒で蒸し焼きにするとして…」

 パスタ風の料理に使われてる貝を、お酒で蒸し焼きにして少しでも香りを良くするのと貝の身を柔らかくしようと思っての事であった。

 後は、ただ蒸し焼きにするだけでなく、味付けも変える必要がある。


 シエナは少しだけ周りをきょろきょろと見渡し、置かれている食材に目を向けた。

「ん~…そこにトマトがありますね。トマトソースでも作りますか」

 トマトソースを絡めれば、それなりにマシにはなるだろう。


「問題はこっち…スープですね…」

 一番生臭いのはやはりスープであり、一番のネックである。

 今、考えている段階ではオーク肉のステーキはもう少し薄く切って、塩胡椒で味を引き締めて焼き直せば良いだけであり、煮豆もチーズを退けて塩茹ですればそこそこマシになりそうという事である。

 パンはそのままでも美味しいが、せっかくなのでトマトソースとチーズ、薄切りにした玉ねぎを乗せて焼き直してピザパン風にしてみようかと考えていた。


 そんな風に、他の料理はアレンジが可能であったが、スープはどうしようもない状態である。

 ここから何かを加えようとしても失敗に終わるのが目に見えている。

(何か良いのないかなぁ…)

 再び調味料の入った箱を物色し始めたシエナの目に、1つの調味料が飛び込んできた。


「あ…カレールゥ…」

 一応持ってきていた自作のカレールゥである。

 シエナは、前世で煮物を作ろうとして失敗した時に、水とカレールゥを入れて誤魔化してきた事を思い出して少しだけしみじみとした。スープや煮物で失敗した時にはとりあえずカレーにしておけばほぼ間違いはない。前世からの経験である。

「少し少なめに入れて、スープカレーにすれば…いけるかな?」

 視界の端に味噌が見えていて、アサリの味噌汁風にしたくもあったが、誰も飲んでくれそうにない未来が見えたのでそこは断念して、シエナはスープカレーを選択する。


「そうなると、スープの中の貝は貝殻が邪魔ですね。一旦全部回収して、パスタの貝と一緒に蒸し焼きにしてから身だけをスープの中に入れますか」

 スープカレーにするならば、オーク肉のステーキを一緒に煮込むのも良いかもしれない。

 色にもアクセントが欲しい為、添えられていた人参とブロッコリーが役立ちそうであった。


「こうなってくると、この大きな豆も別の手を加えたいですね」

 チーズの掛かった煮豆は、チーズを退けて軽く塩茹でをしようかと考えていたが、アレンジが楽しくなってきたシエナは何か良い料理はないかと考える。


「チーズをそのまま利用して…衣をつけてフライにしてみようかな?」

 せっかくすでにチーズがかかっているのだから、それをそのまま利用する事に決定し、シエナは作りたい料理の完成形とその味を想像してみた。

(うん、衣にカレー粉を混ぜれば良い感じの味になりますね)

 イメージが固まってきたシエナはそれぞれのアレンジに取り掛かり始めた。



 料理人達はシエナの事を面白くなさそうに睨むように眺めていたが、ある程度の作業が進んだところでシエナを見る目が変わってきた。


(な、なんという手際の良さ…)

 シエナの包丁捌きも目を見張るものがあったが、何と言ってもその手際の良さが際立っていた。

 いくつもの料理を調理・アレンジをしているにも関わらず、1つの料理に掛かりきりにならずに同時にこなす姿は、その場にいる料理人達を魅了した。

 料理人達にもできない動きではないが、それぞれの担当分野で主に1つの料理に専念する事が多い為、シエナのような動きは滅多にしないのである。


 包丁で切った食材の内、何故使わずに放置しているのかと思った食材も、いつの間にか別の料理の、それも最高のタイミングで投入している姿には料理人達も感心するばかりである。


「あのトマトを煮込んだやつ…最初はなんでトマトを煮込むのかと思ってたが、トマトにあんな使い方があったとは…」

 1人の料理人は、シエナの作ったトマトソースの作り方を懸命に思い出してそれをメモしようとしている。

「あのスープに入れた物体は一体何だ?何故、この漂ってくる匂いを嗅ぐだけでこんなにも唾液が出てくるんだ!」

 カレーのスパイスの香りにより、その場にいる全員は口の中に唾液が分泌されるのを止められずにいた。


「貝に使っていた酒は見た事ない酒だな。一体何で出来た酒なんだ?」

 貝をお酒で蒸し焼きにする時に使用していた酒は、シエナの自作の酒であり、正体はライスワイン…所謂日本酒である。

 酒税法などがないので、シエナは日本酒を作り出して料理や梅酒作りに利用しているのである。

 まだ、あまり多くは製造できていない為、日本酒単体では宿屋シエナのお酒のメニューには載せていなく、この世界には広まっていないお酒であった。


「ん~…よし、良い感じです」

 それぞれの料理の味見をしていき、シエナは嬉しそうな笑顔を見せた。

 ほんの少しだけ生臭さは残っているものの、かなり軽減できているうえに味はかなり良くなっていた。


「どなたか味見をしてくれませんか?」

 自分の味覚に合っていても、それが他の人の味覚に合っているとは限らない。

 特に、ここヴィッツでは生臭さに慣れ、独特の風味を持つ料理が主流であるような気がしたシエナは現地の人の意見を聞くべきだと判断した。


 シエナの言葉に、料理長と思われる人物が名乗り出て味見を始める。

 最初に口にしたのはフライにした豆である。


「む…?おぉ!?」

 驚きの声を挙げた後、感想を口には出さずに目を瞑ってゆっくりと咀嚼をしながら考え事を始める料理長。

 その空気に他の料理人達は緊張からかごくりと喉を鳴らす。


 料理長は豆のフライを飲み込むと、次にピザパンへと手を伸ばす。

 そして、同じように目を瞑ってゆっくりと咀嚼をし、何やら考えこむ。


「この、トマトで作ったソース…そこのパスタにも掛けていたが、他にはどんな料理に使えるんだ?」

「色々ありますよ。ロールキャベツだったり、鶏肉を煮込んだり、オムライスに使ったりと。後でレシピでも教えましょうか?」

 むしろ、興味を持ってくれたなら是非レシピを教えたいところであるとシエナは考える。


 シエナの言葉に、料理長は「是非」と返すと、続いて同じくトマトソースを掛けたパスタを試食した。

「………」

 同じように感想を漏らさずに試食を終えると、最後にスープカレーへと向き合った。


 今までで一番得体のしれない調味料が使われている料理であり、食べるには少し勇気が必要であった。

 他の料理は、シエナが使用していた酒以外は知っている食材や調味料が使われていた為、ある程度の味の想像はできていた。

 しかし、カレールゥを投入されたこのスープだけは、その味を予め想像する事ができなかったのである。


「このスープに入れていたのは一体…?」

 スープにスプーンを入れ、かき混ぜて中に入っている具を確認しながら料理長はシエナに質問をする。

「複数の香辛料を炒めて固めたものです。薄めにはしてますが、それなりに辛いとは思うので気を付けてくださいね」

 普段のカレーは仕上げ時にりんごとはちみつを入れて自分の舌に合うように甘めにしているのだが、今回はスープカレーであった為、辛めのままである。


 実はシエナはさっき味見をした時にその辛さに咳込みかけていたのだったが、流石に咳込むわけにはいかないので、何とか我慢していた。

 そして、味自体は美味しく感じるが、シエナにとってはそのスープカレーは辛すぎる為に「これは食べれないなぁ…」と少し落ち込んでいるのであった。


 料理長はスープカレーの匂いを嗅ぎ、確かに色んな香辛料が混ざった匂いがする、と呟くと、スープを一口口に含んだ。

「ん!?か、辛い!」

 今まで感想を漏らさずに味見をしていた料理長が思わず口に出す程の辛さであった。

 しかし、それは食べる事のできない辛さというわけではなく、ここまで辛くした料理を今まであまり食べてこなかった為にその辛さに驚いた、というのが理由であった。


 その証拠に、料理長はスープを再度口に含んで今度は先ほどまでと同様に目を瞑って味を確認していた。


「うん。少し辛いが美味い。…悔しいな。私達が自信を持って作った物をアレンジして別格の味に仕立てあげるなんて…」

 そう呟いた料理長に他の料理人達が驚くと、料理長は「お前たちも味見してみればわかる」と言って、各料理を少しずつ皿へ移して手渡していく。


 それぞれの料理を口にした料理人達は、自分達が作った物よりも数段美味しく仕上げられていて、更に食欲が湧いてくる匂いの料理に驚いた。


 パスタに入っている貝は、酒蒸しにした為か匂いもかなり抑えられていて、どことなく味わい深い感じとなっている。

 パスタ自体はシエナも味は悪くないと思っていたが、追加で加えたトマトソースの酸味により、食欲が増して更に美味しく仕上がっていた。


 スープカレーで煮込んだオーク肉も、ただ焼くだけではなく煮込みという段階を踏んだので、幾分か柔らかくなっていて、染み込んだスープカレーによって普通にステーキで食べるよりも格段に美味しくなっている。

 もっと時間があれば、角煮のように柔らかくなるまで煮込みたいところではあったとシエナは考えていた。


 豆のフライは、外のカリカリした衣にほんのり感じるカレー粉の味、その衣の次に待ち受けているトロトロでアツアツのチーズに、ふっくらとした豆の食感。

 自分達の豆料理はただの手抜き料理だと思い知らされた料理人達はテスタに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 そしてピザパンでも、同じように自分達は手を抜いていたのだと思い知らされる。

 今まではパン単体や、焼いたパンにバターやジャムを塗るだけであったが、何かを乗せたり、塗ったりしてから焼くだけでこんなにも違いが出るものかと料理人達は感じた。


「俺達の今までって一体…」

 各料理の試食を終えた料理人達は落ち込んでいた。

「もし、私達の料理をアレンジではなく、最初から作っていればもっと洗練された味になっていたんだろうな」

 料理長がそう言ってシエナの方を向くと、シエナはにっこりと微笑むだけであった。


「さ、実力の差も理解しただろう。テスタッチョ様やルシウス様をお待たせしては悪い。早くこの料理を運ぶぞ」

 落ち込んでいた料理人達は、仕えている主、そして国の王子の名を聞くとすぐに気を取り直してそれぞれの料理を皿に移し始めた。

 ここで自分達がうだうだしていても、何も始まらないと、料理人達は速やかに気持ちを切り替えた。




 それから食堂へと運び込まれた料理を見て、テスタは驚いた。

 先ほどの料理をアレンジしただけなので、さして変わりはないはずであるのに、かなり見た目も匂いも違っていたからだ。


「お、これって一昨日食べさせてもらったカレーってやつじゃないか?」

「はい。それをスープに仕立て上げました。一昨日のよりも辛いと思うので気を付けてくださいね」


 そして次々と作り直した料理を並べていき、シエナも自分の座っていた席へと戻ると、冷めきってしまった作り直しをする前の料理を食べ始めた。


「え?せっかく作り直したのに、なんでそっちを食べるんだ?」

 シエナは、手を付けてなかった皿は全部下げていたが、すでに手を付けてしまっていた自分の皿だけは下げていなかった。

 流石に手を付けた料理を鍋などに戻すわけにはいかないし、だからと言って、それを捨てるという選択肢はシエナにはない。


「食材を無駄にはできませんし、それに慣れれば結構美味しいですよ」

 そう言って、シエナはアレンジ前の料理を食べていく。

 スープだけは慣れない独特な味付けである為、少し気難しそうな顔をしながら食べていたが、生臭さなどに目を瞑ればやはり食べれないほどの味ではない。



 日本人のほとんどが松茸の香りも味も好きであるのは、似た香りである大豆製品をほとんどの人が毎日食べているからであり、逆に大豆製品をあまり食べていない地域の海外では、松茸の匂いは悪臭にしか感じないという。それも、それは蒸れた革靴の臭いだったり何日も体を洗ってない人の体臭にも感じるそうだ。

 それと同じ臭いのするそんなものは食べたくないだろう。


 それと同じように、この独特な味付けや香りはヴィッツに暮らす人々にとってはとても良い香りで美味しいものである。

 きっと、毎日食べていけば、シエナもこのスープを美味しく感じる日がくるのだろう。ようは慣れである。

 そして、食べ物に関しては若干抵抗が薄いシエナは、すでにヴィッツの味に慣れ始めているのであった。




 今回の料理のほとんどは、すでに完成していたものをアレンジしただけな為、ルクス達にとっては『食べれない物が食べれるレベルになった』程度であり、美味しさは感じていたものの、今まで食べてきたシエナの料理が美味しすぎた為に少し物足りなさを感じていた。

 しかし、テスタにとってはいつも自分が食べている美味しい料理を、より美味しく昇華させてくれた、と言った感想を持っていて、今までに感じた事のなかった味に驚くばかりであった。


「すごいですわ。色んな料理や調味料を思いついてるだけありますわね」

 テスタの言葉にシエナは頭を搔いて照れる。


 実際には思いついてるのではなく、思い出してるだけなのではあるが、前世の自分が頑張ってくれたからこそ思い出せるのであって、そうでなければシエナの料理レベルはそこまで高くなかったはずである。

 シエナは、これからも前世の自分に感謝しつつ、様々な料理や調味料、そして生活が豊かになる道具を思い出していき、作り上げていこうと感じるのであった。

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