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醤油の汎用性

「このメニューのここからここまで一通り全部ください」

 シエナの言葉にルクス達は「ぶほぉあ!」と吹き出す。

「シエナぁ!?」

 御者が帰ってきてすぐに食堂へと向かったシエナは、御者が帰ってくるまでの間に眺めていた網焼きメニューから、そのページに載っている食材を全て注文した。

 当然、ルクスもティレルも、ケイトも御者も驚いて思わず大声を挙げる。


「大丈夫です。支払いは任せろーバリバリ」

 持っているのは皮でできた巾着袋であるが、効果音だけでも口で言ってみるシエナ。

 色々とツッコミどころはあるが、まずはそこではない事をティレルが指摘する。


「違う、そうじゃない!そんなに食えるわけないだろ!もっと常識的な量を注文…」

「ぇ?食べられますよ?」

 ティレルの言葉を遮って、シエナはきょとんとしながら答える。

 注文を受け付けている目付きの悪い女性店員は「どうすんのさ?早くしてよ」と急かしている。別に食べきれなかったとしても、その分のお金はきちんと請求するので問題ないのである。


「私が責任を持って全部食べるので、とりあえず全部」

 とりあえず生。のようなノリで、シエナは料理を全部注文する。

 その様子にティレルは「もう知らん!」と、憤慨している。


「し、シエナ…大丈夫なのか…?かなりの量になるぞ?」

 心配したルクスがシエナに喋りかけるが、シエナはきょとんとした表情をした後、得意げに「大丈夫です!お金はかなり持ってきてますから!」と、ルクスが心配しているのとは違う答えを返した。

「さっき一通りメニューを見ましたけど、一品一品はそこまで量は多くないみたいです。貝とかも一皿4~5つみたいですし、小さな魚は3尾程度で大きな魚は1尾程度、これくらいなら余裕です」

 その後にルクスの質問に対する答えも返していたが、ルクスは心配するばかりである。


「それでも20品くらいあるじゃないか…」

 普通に考えても、大食いの成人男性でも完食するにはきつい量である。

 更にルクスは魚介類はあまり好きではないのでそればかりが大量にあっても困るだけなのである。


「ルクスさんは魚介類が苦手なんですよね?お肉もあるようですし、そちらを注文されますか?」

 と、次のページをめくって肉料理の文字を指差す。

「ぁ、あぁ…ありが…じゃなくて!これ以上注文する気か!?」

 苦手ではあっても、食べられない事はないのでシエナの手前、我慢して食べるかと覚悟はしていた。

 それなのに、シエナは更に別の料理も注文しようとする。食べきれるわけがないとルクスは思っている。


 もうルクスは何度も思っている事ではあるが、シエナの体はかなり小柄である。

 その辺の8歳の子供の方が成長してるんじゃないかと言う程の小ささであり、痩せ細っている。

 体重もかなり軽く、一度ルクスがお姫様抱っこをした時にはあまりの軽さに驚いていたほどである。

 そんな体の小さなシエナがそんな量を食べきれる訳がない。ルクスだけじゃなく、ティレル達もそう思っているのであった。


 そして、シエナはルクスの為に更に肉を追加注文し、更に皆に「お米は食べますか?」と聞いて、誰もいらないと答えたので、自分用に米を追加注文。

 10分後にはシエナ達のいる網焼きテーブルには物凄い量の食材が積まれているのであった。


 当然、周りの客達もざわついている。

「おい…あのテーブルやばくねぇか…」

「たまにいるんだよな、ああいう食べきれない量を注文する馬鹿が…」

 と、ニコニコ顔のシエナを罵倒するような声も聞こえてくる。



 店員がセットして火を点けていた木炭も良い感じに燃えていた。

 シエナは涎を垂らしながら、トングを使って魚や貝を網の上へと載せていく。

 ジュー…と言う音を点てて載せられた食材が焼かれ始め、その匂いにシエナのお腹は可愛い音を通り越してついには『グゥ~…』と言う音を点てる。


 焼けるまでのしばらくの間は待つしかないが、ひっくり返す必要のある食材は何度かひっくり返して焼け具合を確認、二枚貝がパカッと開いたところでシエナはその日一番の笑顔を見せて「さぁ!食べましょうか!」と言って、手を併せた。


「いただきます」

 焼けたばかりの貝を手に取り、シエナはちゅるりとその貝の身を口に吸い込む。

 柔らかい身から出た水分がほど良い塩味を持っていて、ぷりぷりのその身はなんとも言い難い美味しさがあり、シエナは頬を抑えながらだらしない笑顔を見せて「美味しいですぅ~」と咀嚼をする。


 そのあまりにも美味しそうに食べるシエナの姿に、ルクスも思わずゴクリと喉を鳴らして、シエナが食べていた同じ種類の貝に手を伸ばして食べてみる。

「あ…普通にうまい。そこまで生臭くはないんだな」

 今までルクスが食べてきた貝料理は、単純に水で茹でた物が多かった為、生臭さがかなり残っていた。

 焼いた貝ももちろん生臭くはあるが、茹で料理に比べると生臭さはかなり薄い。

 ティレルもケイトも、そして御者も目の前に積まれた食材の山は見ない事にして、とりあえず食べる事にした。


「この辺の海って、タコとかイカは捕れないのですか?」

 別の種類の貝をもにゅもにゅと食べながら、シエナはメニューにも載ってなく、他の人達も食べていないタコやイカの事を質問する。

 シエナの質問にルクス達は顔を見合わせて『?』マークを浮かべていた。


(う~ん…この様子だと、この辺の海にはいないのかな?これだけの種類の魚介類があるんだから、いそうなものですけど)

 そんな疑問を持ちながら、シエナは更に別の貝に手を伸ばす。

 そしてその貝の身を食べたところで微妙な面持ちとなった。


「…う~ん?美味しいは美味しいんだけど…何か物足りない…」

 最初の一口二口はこの世界で初めて食べる味であった為美味しく感じていたが、元々シエナはテミンで様々な地球料理の再現料理を食べていた為、味に物足りなさを感じてしまった。

「すいません~、ちょっと良いですか?」

 シエナは目付きの悪い女性店員を呼ぶと、少しだけ申し訳なさそうな顔をする。


「なに?」

 女性店員は「まだ追加注文するのか?」と言った感じで少し呆れ顔であったが、シエナは別の事をお願いしだす。

「少しだけ、調味料と食材を持ち込んでも大丈夫でしょうか?」

 物足りないなら、その分を足せば良い。そして、必要な分は全てリアカーに載せてある。

 そう考えたシエナは、あとは持ち込みが大丈夫かどうかを確認するだけであった。


「持ち込みぃ?今までそんな事したやつはいなかったが…まぁ、いいだろう」

 女性店員も、特に考える事なく調味料と食材の持ち込みを許可する。

 普通に考えたら、食材などを持ち込まれると売り上げが落ちる可能性もあるので持ち込み不可になりそうなものだが、女性店員にとってはそんな事はどうでもいいのであった。


「やった!ありがとうございます」

 喜んだシエナは、早速馬宿の方へと向かう。

 そしてリアカーに積んである荷物の中から、醤油などの調味料と大根、そしてちょっとした調理器具を取り出すと、それを抱えてルクス達のところへと戻る。


(…何故、大根…?)

 シエナの持つ食材の中の大根が一番気になるところであるティレルが疑問を持つが、質問しなくてもすぐにシエナはその大根を何かに利用するのだろう。そう感じて様子を見る事にした。



 シエナは、持ってきた包丁を使って大根の皮を桂むきをして、おろし金を使って大根おろしを作り始め、焼き魚の隣に添えていく。

 次に高価な塩を大量に使ってエビに(まぶ)してエビを焼いていき、網焼きしている貝の中でもホタテに近い種類の貝の上にバターを乗せたりと、他の食材にも色々とかなり好き放題に調味料をかけ始めた。

 そして、一番の最後の仕上げにと醤油を垂らすと、途端になんとも言えない香ばしい香りが食堂内に広がる。


「な、なんだこの匂い…?メチャクチャ旨そうな匂いだ」

「さっきのテーブルのやつらだ、あそこから漂ってくるぞ」

 ざわざわと他の客達も、醤油が焦げる香ばしい香りにシエナ達の方を見る。


 シエナは唇をペロリと舐め、更に美味しくなったであろう魚介類に期待を寄せる。

「さ、これでもっと美味しくなったはずです。食べましょ?」

 そして自分の手を打って、とある寿司屋のポーズを取ると、ルクス達に食べるように促す。


「う、うまっ!これはたまらん旨さだ!」

 ティレルがバターと醤油をかけたホタテっぽい貝を食べると、そのあまりの美味しさに思わず声を挙げる。

 魚介類が苦手なルクスも、その美味しさに何度も同じ貝に手を伸ばす。


「この大根を摩り下ろして醤油をかけた焼き魚も美味しい!大根にこんな使い方があったなんて!」

 ケイトが大根おろしを添えた焼き魚を食べて声を挙げる。


「焼き魚の焦げた部分にある成分には…えっと、ベンツなんとかって言う発がん性物質があって、大根おろしにはその発がん性物質を抑える効果があります」

「更に、大根おろしは脂っこいものでベタついた口の中をさっぱりさせてくれる口直しの効果だったりタンパク質の分解を手助けする消化酵素であったり、魚の生臭さを抑えてくれる効果もあるので、焼き魚との相性が抜群なのですよ」


 シエナはケイトに大根おろしの素晴らしさを説明する。

 発がん性物質のくだりではケイトはよくわかってなかったが、とにかく大根おろしと焼き魚が相性が良い事だけは理解できて、思わず大根おろしが好物になりそうであった。


 御者は、シエナが塩を塗したエビを殻ごと食べているのを見て、同じように殻ごと食べて感動していた。

 シエナの持ち込んだ調味料と食材の効果で、ルクス達の食欲は一気に加速して、山のように積まれていた食材はみるみるうちに減っていく。

 それでも、かなりの量は残っているが、シエナは「普通に皆が完食しそうな勢いですね」と言った表情をして山積み食材を眺めるのであった。



「う…あいつら、あんなに美味そうに…ってかこの匂いマジでやべぇ…」

「あの醤油ってのは最近テミンから広まってきた新しい調味料だよな…?そ、そんなに美味くなるのか…?」

 周りにいた客達は、食べるのを忘れてずっとシエナ達の方を見ている。

 それだけ、醤油の焦げた匂いが美味しそうであり、シエナ達は本当に美味しそうに食べているのであった。


「あんたたち」

 唐突にシエナ達に目付きの悪い女性店員は話しかける。

 どうしたのかとシエナが振り向くと、女性店員は「あんたたちが色々持ち込んでから他の客の食べる手が止まってしまったじゃないか、どうしてくれるんだい!」と、怒っているわけではないが、まるで怒っているかのように抗議してくる。


「えぇ~…」

 そう言われてもどうしろと?としか言いようがない。

「んで、どうも皆あんたの持ってる調味料とかが気になるそうだから、それを分けてやってくれないか?」

 まあ、わざわざ言いにくるということはそういう事であり、シエナもそれは理解している為、スッと調味料を差し出す。


「悪いね。特にこの醤油ってやつが皆気になってるみたいでさ。使い方はあんたがやってたみたいにすれば良いのかい?」

「えぇ、焼けた貝に垂らして、中で少しだけ沸騰させる程度だったり、焼き魚にそのままかけていただいたりすればいいです」

 シエナの説明を聞いた女性店員は、そのまま別の客のところへ向かって皆に醤油を使わせていく。


「おぉ!これは美味い!一味違った風味に香ばしい香り!」

 最初の一人目が一口食べた後にそう感想を漏らすと、醤油には大勢の客が殺到した。


「あらら、これは持ってきた分じゃ足りないかもですねぇ…」

 シエナはそう言って立ち上がって、リアカーへ予備の醤油を取りにいく。

 それがなくなると醤油は在庫切れなので、大事に使いたいところではある。

 しかし、そんなシエナの思いとは裏腹に、食堂に戻ってきた瞬間にシエナの手からその醤油の入った瓶は消えた。

 目付きの悪い女性店員にぶん取られたのであった。


(えぇぇ~…)

 これにはさすがのシエナもドン引きである。

「ん?少なくなったから追加で持ってきてくれたんだろ?」

 いや、まあそうだけど…。と、シエナは思いながらもまさかいきなり取られるとは思ってもいなかった。

 自分の分も確保しておかないと、まだまだ食材は沢山あるのである。


「この醤油ってテミンから流れてきた調味料だろ?行商人が売ってたが、どんな調味料なのかもわからないのに買えるわけがないって思ってたが…これは良い調味料だ」

 客の一人がそう言うと、シエナは嬉しそうに笑う。

「醤油はどんな料理にも合う万能調味料となってるので、本当にオススメですよ」

 一番の万能調味料は塩であるが、醤油も負けず劣らずの万能調味料である。


「へぇ、そんなに良い物なのかい?じゃあ、今度仕入れておこうかね。やたらと人気みたいだし」

 目付きの悪い女性店員も、醤油に興味を持っていてしげしげとビンの中の液体を覗き込む。

 シエナは「こういった網焼きがあったり魚料理が多いところは是非オススメです」と、醤油が更に広まる大チャンスなので醤油を売り込んでいく。

 その結果、自分の持ってきた醤油がなくなったとしても、広まる可能性のある先行投資と思えばそこまでは辛くない。

 むしろ、今なくなったとしてもヴィッツにも行商人が醤油を持って売りにきていると情報を先ほど得てるので、買えば良いだけなのである。


(まぁ…今食べる分は残しておいてほしいですけど…)

 流石に遠慮したところがあるのか、追加で持ってきた分を使い切られるという事はなく、なんとかシエナは醤油の残りの半分は確保する事ができ、ルクス達が「もう食べれない」と満腹になった後も、宣言通りに残った食材を全て平らげるのであった。


 そして、その光景を見ていた人達は「あの小さな体のどこにそんなに入るのか…」と驚いていて、更にシエナが「少し食べたりないですねぇ…」と呟いていたのには苦笑をするしかなかったのであった。

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