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到着!港町ヴィッツ

 蜥蜴の岩場を抜けて、特にトラブルなくゆったりと進んでいたシエナ達は、小休憩を挟みながらも半日程でヴィッツが見える位置まで到着した。

 途中から見え始めた町並みは、まるで中世の港町のような形をしていて、海岸沿いに大きく広がっていて、沢山の帆船も見える。

 その更に奥に見える、火曜日にサスペンスな劇場が起きそうな崖の上には、明らかに偉そうな人物が住んでいそうな大きな館が存在していた。


「わぁ!あれが港町ヴィッツ!」

 シエナはまるで子供のように目を輝かせて、ヴィッツの町並みを見渡す。

「あの崖に見える大きな館がヴィッツの領主のテスタッチョの館だよ」

 ルクスの説明に、シエナはへぇ~…とキョロキョロと辺りを見渡し、「あれはなんですか!?」と、質問攻めする。


 シエナでも知らない事はあるのか、と、ルクスは得意げにシエナが指差して質問してきた物を答えていくが、実はシエナはそのほとんどを知っている。

 敢えて知らないフリをして答えてもらって、観光気分を味わうのと同時にルクスの顔を立てているのであった。

 テミンの領主であるグラハムにも使った男を喜ばせる相槌の『さしすせそ』。これをルクスにも使って、良い気分になってもらうのである。


 あまりに露骨に使い過ぎないように気を付けつつ、シエナは、

『さすがです。知らなかった。すっごーい。そーなのかー。せやな』

 と、巧みに使い分けていた。

 途中からおかしくなってるのは気のせいだと信じたい。



 それから数十分ほどの時間をかけて馬車はヴィッツの門まで到着し、御者が門番に滞在受付をしているところで、シエナは町から漂ってきた磯の香りに思わずニヘラと笑った。

「磯の香りがします~」

 シエナは嬉しそうにしていたが、ルクスは少しだけ気難しそうな顔をしている。

 どうしたのかと思ったシエナが口を開こうとしたところ、それを察したティレルが先に答えた。


「実は、ルクスはこういった海の匂いだったり、海産物が苦手なんだ。全く駄目ってわけではないが、あまりにも強い匂いだと急に吐き気がしてくるんだと」

 そこまで言わなくていい!と、ルクスは慌ててティレルの口を塞ごうとする。

 それを聞いたシエナは「生臭いのが苦手なんですね。まあ、人それぞれ好みがありますので」と、理解を示していたが、ルクスにとっては好きな女の子の前では多少は強がっていたいのであった。


「でも、それだけ匂いが強いって事は、この辺の海は栄養豊富なんですね。これは色々と期待が持てます!」

 特に、磯の香りが強いという事は、海草が多くあると期待がもてる。

 ここの海が地球の地中海のように海草が全くない地域であれば、磯の香りはしないだろうが、これだけ強い匂いがするという事は海草も多いだろう。

 海草が多ければ、それを餌にしている魚も多く生息しているはずなので、少ない種類ではなく多くの種類の魚介類、さらには水産物にも期待がもてるのであった。



「とりあえず、今日はもう夕方近いからどこかの宿に泊まって、明日の朝、領主の館へ行こう」

 いくらルクスが王族とはいえ、夕方前に突然訪問するのは失礼な行為にあたるだろうし、何より相手にも準備をする時間が必要である。


 王族相手に無礼な事や失敗はしたくないだろう。

 できる事なら、領主も王により良い評価を伝えてもらいたいとも思うはずなので、やはり準備時間は必要なのである。

 とは言っても、台風が過ぎてからヴィッツへ向かう事はかなり前から予め伝えてあるので、もしかすると今か今かと待っているかもしれない。


 なので、ティレルは「明日の10時頃に到着する」と御者を遣いに出す事にした。

 前日の夕方前に伝えれば、夜と次の日の朝しか時間はないとはいえある程度は準備もできるだろう。

 それならば相手に恥をかかせる事もないだろうし、こちらもそれ以上気を遣う必要もない。ティレルはそう考えていた。


「宿かぁ。ここの宿がどんなのか楽しみです」

 シエナも嬉しそうにしている。

 シエナは、この世界ではエルシオン一家が経営する黄昏の女神亭以外の宿には宿泊した事がない。

 なので、他の宿がどんなのかが楽しみなのである。


「ルクス、貴族向けの宿と冒険者向けの宿はどちらにする?」

「冒険者向けの普通の宿」

 それで良いよな?と言わんばかりにルクスはシエナを見る。

 もちろん、シエナもどちらかと言えば普通の宿の方に宿泊したかったので黙って頷く。

 高級宿も気になると言えば気になるが、やはり自分のとこの宿と比べる事のできる普通の宿が一番であり、そちらの方が気楽でもある。


「それじゃあ、どこか手頃な宿を探すか。馬車の停められる宿を探してくれ」

 ティレルの言葉に御者は頷いて港町ヴィッツへと入った。ルクス達は何度か訪れているが、シエナは初めての町であるので、馬車の窓から外を見てまるで田舎からのおのぼりさんみたいに辺りをキョロキョロと見渡していた。



「う…気持ち悪い…」

 町に入り5分程進んだところで、強い磯の匂いにルクスが吐き気を覚える。

 馬車の揺れだけだと酔いはしなかったが、それに磯の匂いが加わってしまったせいで乗り物酔いをしてしまったのである。

「大丈夫ですか?」

 心配したシエナは、ルクスの隣に座って背中をさする。

 その時、ふわりとしたシエナの髪の甘い香りがルクスの鼻腔をくすぐった。


「ごめん、シエナ…」

 ルクスは一言そう謝り、突然シエナに抱き付いてシエナの髪の匂いを嗅ぎ始めた。

「え…えぇ!?」

 その唐突な行動にシエナは顔を真っ赤にして驚き、その光景を見ていたティレルとケイトは口をポカンと開けて唖然としていた。


「くんくん…あぁ…良い匂いだ…」

「クンカクンカしないでください!!」

 振りほどこうにも、腕ごと抱き付かれている為にシエナはルクスを振りほどけなかった。

 身体強化の魔法を使えば振りほどけるが、力加減を間違えたら大怪我を負わせてしまう恐れもあるし、流石にそこまでして振りほどく程の事ではない。


「る、ルクス…それはあまりにも変態行為じゃ…」

 ティレルが呆れかえったように呟く。ケイトも激しく同意しているのか首を縦にぶんぶんと振っていた。


「ごめん、本っ当にごめん!でも、シエナの匂いを嗅いでると、気持ち悪さがなくなって、むしろ気分が良くなってきて…」

 そう言って、ルクスはシエナの髪の香りを嗅ぎ続けている。

 自分の匂いで気分が和らぐなら…ともシエナは思っているが、それにしても恥ずかしすぎる。シエナは顔を真っ赤にしたままあちらこちらに視線を泳がせていた。

 たまにルクスのシエナを抱く力が強くなり、その度にシエナは逆にくたっと力が抜けて惚けている。


 シエナにとっては物凄く長く感じた時間であったが、ほんの30秒ほどでルクスは気分がすっかり良くなって、シエナを解放した。

 その際、シエナは若干名残惜しそうに目を潤ませていたが、ようやく空いた両手でそれを悟られないように手で顔を覆い隠す。

「ご、ごめん…」

 ルクスは、もう何度目になるのかとにかくシエナに謝罪をしていた。


「へんたい…」

 手で顔を隠したまま、シエナはぽつりと漏らす。

 そのシエナの言葉に、ルクスはグサリとショックを受けていたが、事実であるのでしょうがない。


「何か、シエナと出会ってからルクスがどんどん残念な王子になっていくんだが…」

 続いてのティレルの言葉に、ルクスは手をついて落ち込む。全く持ってその通りであるであるから反論はできない。

「自業自得ではあるけど…泣きたい…」

 ルクスがそう呟くと、ケイトがルクスの肩に手をポンと置いて慰めるのであった。



 それから数十分の時間をかけて馬宿付きの宿を発見した一行は、そこに宿泊することに決定した。

 探せば他にも馬宿付きの宿は見つかるだろうが、発見した宿は外観はそこまで悪くはなく、むしろ、シエナが「良い匂いがしますね」と、中から漂ってくる料理の匂いにお腹を鳴らしているくらいであった。


 馬車を御者に任せて宿内に入ると、そこは黄昏の女神亭と一緒で受付のあるロビー兼食堂となっていて、多くの客で賑わっていた。

 シエナは、自分の宿は受付は受付、食堂は食堂、と差別化を図っていたが、もしかするとこの世界の宿はほとんどがこのように受付と食堂が一緒になっているのかな?と思いながら、他の客が食べている料理に目を向けていた。


「わぁ!やっぱり港町だけあって、魚料理が多いですね」

 オーソドックスな焼き魚から、蒸し焼き料理、シエナの見たこともないようなこの世界の魚料理が多く見られ、中でも一番シエナの目を惹いていたのは『網焼き』があった事である。


「あ、網焼きがあります!貝とかも焼いてるみたいです!美味しそう~!」

 専用の台が別個に用意されていて、そこで網で魚や貝を焼いている光景を見て、シエナは涎を垂らしながら食べている人達を眺めていた。

「シエナ、恥ずかしいからやめてくれ…」

 ティレルが少しだけ耳を赤くして恥ずかしがっている。シエナの様子を見ていた食堂にいた客達は皆くすくすと笑っていた。


「お嬢ちゃん、ヴィッツは初めてか?ここは魚がうまいからたっぷり味わっていけよ!」

 酒を飲みながら、強面ではあるが人の良さそうな中年男性がガハハと笑うと、シエナも笑顔で「はい!沢山食べます!」と答えた。


「はぁ…すまない。3人部屋1つと2人部屋1つは空いてるか?」

 ティレルは受付まで進み、そこにいた少し目付きの悪い女性店員にまずは部屋が空いてるかを確認する。

「あぁ、空いてるよ。3人部屋はないから片方は4人部屋になるがいいかい?」

「それで大丈夫だ。じゃあ、2部屋よろしく。それと、馬宿も使わせてもらってるからその分も」

 ティレルがそう言うと、目付きの悪い女性店員は「あいよ」と言って、宿泊料金と馬宿の利用料を請求する。


「ウチは初めてなんだろ?ウチは宿泊代金と食事の代金は別個だからそこんとこはよろしくな」

 女性店員はティレルから代金を受け取りながら答え、部屋の鍵を取り出してティレルに「こっちの鍵が4人部屋、こっちが2人部屋な」と言って渡す。


(なんというか…随分と男前な女性ですねぇ)

 シエナはその女性店員の様子を見ながらそう考える。

 自分の宿にはこういった性格の従業員はいないし、黄昏の女神亭のエルシオン一家も接客は丁寧である。

 なんとなく、こういうぶっきらぼうではあるが、それでもフレンドリーに感じられる接客態度も悪くないな、と思いながら、シエナはティレル達について行く。



 部屋の割り振りは、ルクス・ティレル・御者の男性陣が4人部屋、ケイト・シエナの女性陣が2人部屋となり、ケイトは「宿に宿泊で男の目を気にしなくて済むのはどれくらいぶりかしら」と漏らしていた。

 宿屋シエナでも同室に宿泊していたので、他の宿でも同じように同室だったのだろう。

 テミンの領主館では流石に別室ではあったが、基本的に常に一緒に行動している為、ケイトのプライバシーなどほとんどないに等しかったのである。


「まあ、シエナが一緒だから完全に人目を気にしなくて良いって事はないけど…」

 それを本人を目の前にして言いますか、とシエナは心の中で思う。

 しかし、年頃の女性が常に人目を気にするような生き方をしているとさぞかし窮屈であろう。

 シエナはいつも自由に生きている為、ケイトに同情せざるを得なかった。


「とりあえず、荷物を置いたらご飯食べに行きましょうよ。お腹ぺこぺこです」

 同情はするが、それとこれとは話しが別であり、シエナは今を優先する。

 ケイトもシエナと同様に食べる事が生きがいなところがあるので、それに賛成をすると、自分達に宛がわれた部屋に荷物を置いてルクス達がいる部屋へと向かった。


 ドアをノックすると中から「ケイトか?」と言うティレルの声が聞こえてくる。

 ノックしたのはシエナであったが、別にどちらでも構わないので「そうだよ」とケイトが答えると、ドアがガチャリと開き、ティレルが顔を覗かせる。


「お腹がぺこぺこなので、ご飯に行きませんか?」

 シエナは海産物が早く食べたくてしょうがないといった風である。

 この時、チラリと部屋の中を見たシエナはその狭さに驚く。


(2人部屋も結構狭かったけど、4人部屋も狭いですねぇ…。2人部屋よりもほんの少し広いくらいの間取りに二段ベッドが2つですか。う~ん…まあ、基本的な宿ってこんな物なのかな?)

 比較対象が少なすぎる為、シエナは判断ができずにいる。


 シエナは廊下をキョロキョロと見渡し、誰もいないのを確認すると部屋から出てきたルクスに小声の耳打ちで質問をする。

「他の宿もこれくらい手狭だったりするのですか?」

 ルクスは一瞬だけシエナの質問の意図がわからなかったが、少しだけ思案した後に「ああ、自分の宿と比較してるのか」と納得をして、シエナの質問に答える。


「俺達も基本的には貴族向けの宿か領主館しか宿泊しないから比較があまりわからないんだ。シエナの宿に宿泊したのも本当にたまたま普通の冒険者が泊まってる宿に泊まってみようと思っての行動と、シエナの事を聞いてたからなだけなんだ」

 その言葉の後に「まあ、それでも基本的にはどの宿もこんな感じじゃないかな?」と答えていた。


「う~ん…そっかぁ…」

「シエナの宿は部屋広いもんな。ベッドとかも立派だし、料金も安いんだっけ?」

 ルクスはケイトに質問をする。ルクスはあまりお金の事には触れないタイプであるので、安いのか高いのかの相場がわからないのである。


「安いね。貴族向けの宿として営業しても問題ないくらいなのに、あの安さはちょっと異常だと思ったわ」

 そんなにですか?と言った感じでシエナはケイトの方を見る。

 シエナ自身も相場がよくわかってない為、「こんなもんかな?」とかなり適当に料金設定をしている。


「特に、大浴場は安すぎよ。私達は湯沸かし器のおかげで燃料費が掛かってないってシエナから聞いたから納得はしてるけど、普通に薪とかを使ってあれだけのお湯を作ってたら燃料費だけで大赤字になるはずですもの」

 その言葉を聞いて、シエナは「本当に魔晶石様様です」と湯沸かし器として魔晶石が働いてくれた事に感謝していた。


 その機工を作ったのはシエナであるが、魔晶石がないと魔道具として活用できない為、本当に助かっている。

 何気に、宿屋シエナ内はどちらかと言えば現代日本の建物に近い造りをしている為、陽の光が差し込まないところが多い。

 それも、魔晶石の照明を作って設置しているので、かなり大助かりしている。


 もしも魔晶石がなければ、大浴場も作れてないだろうし、陽の光を取り込む為の造りで建物を建てなければならなかった為に、形はかなり違う物になっていただろう。

 そこまで思ったところで、シエナは「あ、そっか。私は魔晶石を利用しているからこそ、部屋も広く、受付と食堂を別にできていたのか」と納得し、他の宿がロビー兼食堂な事にも納得をするのであった。



 くぅぅ~…


 子犬の鳴き声のような音がシエナのお腹から鳴り、シエナは若干頬を赤く染めている。

「じゃあ、飯にするか」

 ティレルは苦笑しつつ部屋を出てロビーへと歩きだす。


「あれ?御者さんは?」

 御者の姿が見えなかった為、シエナが疑問に思うと「あいつは今、領主の館に言伝を伝えに行ってる」と、ティレルが答える。

「待ってなくて良いんですか?」

「俺達は待っても良いけど、シエナのお腹が待ってくれないんじゃないか?」


 そう返されて、シエナはカッと顔を赤くした。

「さ、30分以内に戻ってくるのなら…耐えられます」


「う~ん…多分、それ以上時間かかるとは思うけどなぁ。館との往復時間に言伝の為の手続きとか…」

 ティレルがそう答えたが、シエナは一応「可哀想なので待ちますか」と答え、結局御者が戻ってきたのがそれから1時間半ほど後になってしまい、シエナは少しだけ後悔をするのであった。

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