魔剣ルフランの能力
「と、とりあえず気を取り直して…。私はシエナと言います」
先ほどの失態を忘れるかのように、シエナは自己紹介をする。
はっきり言ってなかった事にはできないが、それでもその場の空気は変える必要がある。ルクスとティレルに関しては、まだ大笑いをしているくらいなのだから。
「ちょっと…あんまり笑うとシエナに悪いよ。それに、笑い声を聞きつけた大蜥蜴とかがやってくるかもしれないんだから」
ケイトが注意をすると、ルクスとティレルは苦しそうにしながらも何とか息を整えて笑いを止め始めた。
それでも、思い出し笑いをするように急に吹き出したりはしている。
「はぁ…はぁ…大変失礼した…。くくく…お、俺はルクスって言うんだ」
ルクスは口元を抑えながらも何とかして自己紹介をする。ティレルもルクスに倣って、深呼吸をして自己紹介をする。
「俺は、ティレル」
まだ若干呼吸が整っていない為、本当に手短に自己紹介をして、ティレルは再度深呼吸をし始めた。
「ごめんなさいね。この馬鹿共が…。私はケイトって言うの。よろしくね」
主に対して馬鹿とはなんだ。と言った具合でルクスがケイトを睨んだが、ケイトは知らんぷりをする。
ついでに、いつの間に降りてきたのか、御者も自己紹介に加わっていて、特にチャーチルに話しかけていた。
「ボクが最後だね。さっきシエナが名前を言ってたけど、ボクはジュダスって言うんだ」
ジュダスが自己紹介をすると、アリスが頬を赤く染めて「ジュダスさん…」と呟いていた。
ジュダスは4年前にシエナと出会った時には、少し可愛い顔つきの優しそうな青年だったが、今はルクス顔負けの美形に成長していた。女の子ならば誰でも見惚れてしまうレベルである。
そして、アリスはそのジュダスに大怪我を治してもらったので、文字通りの命の恩人である。惚れないわけがなかった。
(それにしても、やっぱり黒髪黒目の人って、見てると落ち着くなぁ)
顔の好みはエルクやルクスではあるが、シエナは黒に近い色の髪や目の色をした人が好きであった。
ただ、ヴィシュクス王国は金髪碧眼の人種が多く、黒髪黒目の人種は滅多に見かけない。
ティレルがグレーの髪に黒色の眼なので、顔は好みでなくてもかなり気に入っている。
そんな中に現れたルクス以上に美形で、黒髪黒目のジュダス。
シエナも思わず目の中がハートマークになりそうであった。
(でも、全身黒づくめって…何か厨二病みたいですね)
ジュダスは黒色のジャケットに黒色のズボン、黒色のブーツに黒く塗られた金属製の胸当てと、左腕に籠手に近い小さな盾を着けていた。
更に、先ほどの大蜥蜴との戦闘の時にチラリと見えたのが、剣の刀身も真っ黒であった事である。
(いくらなんでも黒に拘り過ぎです!カラスですか!)
おそらく、この場にいる全員が同じような事を思っているはずである。
ジュダスと4年前に会った時には、もう少しまともな恰好をしていた。それが今はこの有様である。
(ここまで来ると、せっかくのイケメンで黒髪黒目でも残念に思えますね)
ルクスと同じく思った事を口に出しやすいシエナも、流石に黙って首を横に振るだけであった。
そして、シエナは今度はアリスの方を見る。
(ほんと、アリスって名前の娘はなんでこんなにも美少女が多いんでしょうか!ちょっと羨ましいです!)
アリスは小柄な少女で、中々の美少女であった。
どの世界にも必ずアリスという名前の少女は存在するのだが、そのほとんどが美少女である。
「私13歳です。アリスちゃんは何歳ですか?」
あまりにも歳が気になった為、シエナはアリスに歳を訊ねる。その際に、「人に何かを訊ねる時は、まずは自分から」というのを実行していて、シエナが13歳だと言う事にチャーチル達は驚いていた。
その驚き方は、主に「13歳でこの見た目は可哀想」と言った感じの驚き方である。
「わ、私は9歳です」
シエナと違い、アリスは年相応と言ったところであり、シエナとアリスが並んで立つと、悲しい事にシエナの方が年下に見えるくらいであった。
「ほんと、シエナって…いや、なんでもない…」
ルクスがシエナの見た目が幼い事を口に出そうとしたが、シエナに睨まれた為に口を閉じる。
「そ、そういえば、シエナのルフランってサラマンダーの魔法を跳ね返してなかったか」
焦ったルクスは、話題を切り替える為に先ほど自分が到着した時に見た光景を思い出す。
シエナの眼前に火炎弾が迫っていたが、シエナがルフランを盾にするように構えたと思ったら、火炎弾はサラマンダーの方へと跳ね返っていたように見えた。
それはアリスと御者以外の全員が目撃している。
「やっぱりそうですよね。私も目を疑いましたけど…もしかして、ルフランの能力って『反射』なのかな?」
Refrainと名付けたのに、効果がReflectionというのはなんとももどかしくもある。
若干似てはいるが、意味は全く違う。
(それなら、『リフ』って名前の方が良かったかも…まぁ、いいか。どうせこの世界に英語やフランス語を知ってる人なんていないし)
シエナはそんな事を考えながら、ルフランを鞘から抜いて魔力を込めてみる。
ルフランの刀身は淡く青白く光りはじめ、それ以外に特に何も起こる様子はない。
「ビショップさん、なんでも良いので、魔法をかなり弱めに撃ってもらっていいですか?」
シエナは、ルフランを斜めに構えてビショップにお願いをする。
ビショップは少しだけ戸惑ったが、コクリと頷いた。
「では、いきます」
ビショップは精神を集中して、自分の手の平に野球ボールくらいの大きさの火の玉を出すと、それをシエナの持つルフラン目がけて放った。
万が一、反射せずにシエナに直撃した時や、逆に反射がどんなにルフランを傾けていても術者の方へ反射してしまった場合の自分の身の安全の為に、いつでも消せるように、消せなかった時には軽傷で済むようにかなり弱めの遅めに放っている。
ビショップの放った火の玉はゆるゆるとシエナに近づいていき、そしてルフランと接触をした瞬間、『キィン』という音が鳴って、ルフランを傾けていた方角へと飛んでいった。
「や、やっぱり!ルフランの能力は『反射』です!」
シエナの言葉に皆が「おぉ!?」と驚く。
「す、すごい!魔法を反射できる道具なんて見た事ないよ!防具ですらかき消すか吸収のどちらかしかないのに…更にそれが武器に付属されるなんて!」
ルクスが若干興奮気味に説明をする。
この世界に存在する魔剣・魔法剣は、どれも攻撃用の効果しか持っていない。
一部例外も存在するが、ほぼ全ての武器が攻撃用の効果しか発動しないのである。
そして、逆に防具も防具としての効果しか発揮されない。
使い方次第では、攻撃用に転換できそうな効果を持つものもあるが、ほとんどが補助的な役割しか果たさないのである。
「シエナ、ちょっとごめん」
そう言って、突然ジュダスがシエナに斬りかかる。
驚いたシエナは、ルフランでガードするように構え、ジュダスの真っ黒な剣とシエナのルフランはガキンと言う音を鳴らしてぶつかり合った。
「と、突然どうしたんですか!?」
ジュダスが全然本気を出してなかったのは理解しているが、それでも説明もなしに唐突だったので、シエナの心臓はバクバク鳴っている。
「ふむ…。ごめん、もう1回」
そして、ジュダスは再度説明なしにシエナに向かって剣を振る。
ルクスだけが、「あれ?刀身に魔力が…」と、かなり弱めではあったが、ジュダスの剣が魔力を帯びているのが見えていた。
ルフランとジュダスの黒剣がぶつかり合ったその瞬間、ルフランから『キィン』という音が鳴って、ジュダスの剣は上方向へ弾かれ、剣を握っていたジュダスはその勢いでよろよろと後ろへと後ずさった。
「…やっぱり!物理攻撃は反射できないけど、魔力を帯びてる物なら反射できるんだ」
ジュダスがそう呟くと、全員がジュダスの確認したかった事を理解した。
「せめて、その確認がしたいって前説明をしてくれても良かったんじゃ…」
シエナはルフランを鞘に仕舞いながら、ジュダスを少しだけ睨む。
一歩間違ってたら大怪我をしていたかもしれないからだ。
「ご、ごめん。興味を持った事はすぐに試したくなる性質で…」
ジュダスは素直に謝罪をし、自分のこの悪い癖を何とかしないとな。と呟いた。
兎にも角にも、ルフランの能力はこれで判明した。
『魔力を帯びてる物を反射する能力』
まだシエナは試せてはいないが、何も魔力を帯びていない火の玉などは反射できない。
サラマンダーの火炎弾も、ビショップの火の玉も、魔力を帯びていたからこそ反射ができたのであり、もしも、何も魔力を帯びていない魔法に見える攻撃をされた時には反射ができない為、若干使いどころが難しくはある。
シエナも何となくそれを理解して、「なるべく反射に頼らないように気を付けよう」と考えるのであった。
そんなシエナの心境もおかまいなしに、ルクスはティレル達と興奮して語り合っている。
魔剣自体滅多に見かけない物であり、それが魔法攻撃を反射できる能力であるなら尚更である。
「あ、あの…すいません。盛り上がってるとこ悪いのですが…」
話しの腰を折るようですいません。と言いたげに、チャーチルがシエナ達に話しかける。
「あ、はい。なんでしょうか?」
「その…これ、少ないですけど、助けていただいたお礼です」
そう言って、チャーチルは懐から小さな巾着袋を取り出して、シエナに手渡そうとした。
「え!?いえいえ、別にお礼なんていらないですよ。ね?」
シエナは両手を振って受け取りを拒否し、ルクス達の方を見て同意を求める。
ルクス達もシエナと一緒で、お礼はいらないと感じているので、「うん、いらない」とだけ頷いていた。ジュダスもいらないと頷いている。
シエナは、宿屋の売り上げと特許に近い道具の売り上げの一部、調味料や料理の使用料が入ってくるのでお金には困っていない。
ルクスは言わずともこの国の王子であるので、お金に困るような事などないのだ。
ティレルとケイトも、普段はルクスの付き添いや護衛として、必要経費で行動できている為、支払われている給金はほとんど手付かずである。
なので、本当にシエナ達はお礼のお金はいらなかったのであった。
「そ、そういう訳にはいきません!確かに少ないかもしれないですが、必ず受け取っていただかないと…」
「ちょっとチャーチル!それ私達の全財産でしょ!?それがなかったら、テミンに戻った時にどこにも泊まれなくなっちゃうよ!」
チャーチルが無理にでもシエナ達にお礼のお金を渡そうとしたところで、ビショップが口を挟む。チャーチル達の中で、唯一ビショップだけがお礼のお金を渡す事を渋っているのであった
お礼を渡すのは構わないが、何も全財産を渡す必要はない。そう思っているのである。
「聞いて、ビショップ。私達は命を救われたのよ?特にアリスなんかは死にかけていたところを助けてもらった。はっきり言って、私達の手持ちじゃ足りないくらいなのよ」
チャーチルの持つ巾着袋の中身は銀貨が数枚程度入っているだけであり、命の恩人に支払う金額としてはかなり少ない。
それでも、気持ちだけでも渡しておかなければならない。
「それに、これで私達がお礼を渡さずにいたら、今後同じような事があった時にも私達は渡すのを渋ってしまう事になる。ハンターとして、どんなに少額であっても助けてもらった礼は必ず果たさなければならないのよ」
チャーチルはビショップを宥めるように説明をする。
お礼のお金を絶対に渡さないといけないと言うルールは存在しない。しかし、だからと言ってそれを渡さない理由にしてはいけない。
そうでないと、誰も人助けをした際にお礼を渡さなくなってしまうし、逆に「どうせお礼ももらえないから、放っておこう」となりかねないからだ。
ビショップもそれは理解していた。
しかし、先日の台風でチャーチル達はヴィッツで足止めを喰らっていて、すぐに稼がないと宿代もなくなってしまう程貧困していた。
そして、今手元に残っているお金を全部渡してしまうと、しばらくの間は野宿が確定してしまうのである。
アリスは怪我は治してもらったが、今日だけでもしっかりと休める場所で休まないと、体を壊してしまう可能性があった。
ビショップはそれを心配しているのであった。
「そしてあなた達も、人助けをするのは本当に良い事で、お礼もいらないって言う気持ちもわかりますが、これで本当にお礼を受け取らなかったら、別のハンターに迷惑がかかる事を理解してください」
チャーチルの矛先はシエナ達に向く。
チャーチルのその説明ではシエナ達はさっぱりわからなく、全員が頭の上に「?」を浮かべている。
シエナは基本は単独で冒険をしていて、冒険の事を教えてくれる先輩冒険者などはいなかった。
ルクス達に関しては、あくまで仮の姿として冒険者をやっているだけなので、冒険者の常識の一部が抜けている。
ジュダスも、シエナと同様に単独で活動している為、冒険者の常識の一部は知らないのであった。
そんなシエナ達の様子から、チャーチルも自分の言葉が足りなかった事を理解して、別の例を挙げて再度説明を開始する。
「もし、あなた達が魔物やモンスターなどに襲われていた商人を助けたとしましょう。商人は当然お礼を渡そうとしてきます。しかし、そのお礼を受け取らなかった場合、商人は次から『あ、お礼は渡さなくても良いんだ』と、思うようになってしまいます」
「商人と言うのは、同じ商人同士の繋がりがかなり強いです。そう言った情報はすぐに広まってしまいます。すると、全ての商人がハンターに助けられてもお礼を渡す事がなくなってしまいます」
「ハンターは別に慈善事業ではありません。中にはそのお礼目当てで助ける人だって存在します。かなり高額の金銭を要求する事だってできるのですから」
「実際、商人が渡す金額は、本来護衛依頼をかけるよりも多額の金額を渡す事になっています。ルールとして決まっているわけではないですが、それが常識になっているのです。あなた達は、その常識を壊して、他のハンターの迷惑になる行動をしているのですよ?」
「…わかりました。受け取ります」
チャーチルの説明を聞いたシエナは、少しだけ険悪なムードになりかけていた為、口を開く。
シエナのその言葉にルクス達は驚いていたが、同じようにチャーチル達のやり取りを見ていた為、受け取らないわけにはいかないとも感じていた。
ビショップも、その説明を聞いてようやくお礼を渡す事を納得した。
今まで、そう言った機会に巡り合った事がなかっただけであり、ようやく理解する事ができたからだ。
「その前に、ちょっとだけ待っていてください」
そう言って、シエナは馬車の方へと向かう。そして、リアカーに積んである荷物の中から、紙と羽ペンを取り出すと、何やら書き始めた。
ほんの数分の後、シエナはそれを封筒の中に入れて皆のところへと戻ってくる。
「お待たせしました。では、お礼のお金を受け取ります」
そしてシエナは両手で受け取るようにして、チャーチルから巾着袋を受け取り、すぐに中身の銀貨を取り出して、空になった巾着袋をチャーチルへと返却した。
「確かに受け取りました。では、こちらをどうぞ」
そう言って、シエナは先ほど何かを記していた手紙をチャーチルに手渡す。
「これは?」
当然、チャーチルは疑問に持つ。
「この手紙を、テミンの三番街区にあるそこそこ大きな…『宿屋シエナ』という宿屋の人に渡してください」
そして手紙に書かれている内容を説明し始める。
「その手紙には簡単に説明すると、『お代はすでに受け取ってるので、この手紙を持ってきた人達を泊めてください』と、言った文章が書かれています。これで、宿屋の心配はないですよね?」
シエナがニッコリと笑うと、チャーチル達は絶句した。
「…え?ごめん。意味がわからないんだけど…」
マチルダが手紙の入った封筒を見て困惑する。
「私、宿屋シエナという宿屋の経営者『シエナ』と申します。自分で言うのもなんですが、良い宿だと思いますので、是非宿泊をしていってください」
「いやいや、さっき渡したのは助けてもらった事へのお礼であって、宿泊代金じゃないからね!」
チャーチルが声を荒げる。
「じゃあ、少しで良いので助けてください…実は私の宿って、食堂やその他の施設は人気があるのですが、宿泊客が少ないのです…。宿泊をして宣伝して広めてください」
シエナは少し悲しそうな表情をして、助けを求めるように懇願する。
ちなみにその他の施設と言っても大浴場だけなのだが、シエナはあえて大浴場の説明をしなかった。
ちょっとしたサプライズのつもりである。
チャーチルとマチルダが渋るが、ビショップはアリスの方をチラリと見た後に、チャーチルに「お言葉に甘えさせてもらおうよ。宣伝を頑張って、宿泊客を増やしてあげたら良いんでしょ?」と説得をしようとする。
アリスは立ってるのが辛くなってきたのか、少しだけフラついていた。
そのアリスの様子を見て、チャーチルも折れた。
「わかった、ありがとう。宿泊させてもらって絶対に宣伝をすると誓うよ」
そう言って、チャーチルは手紙を懐に仕舞いこむ。
そのやり取りを見ていたジュダスは、フラついているアリスの方をチラリと見た後に心の中でため息を吐いた。
(しょうがない。今回は諦めるか)
「ボクもこれからテミンへ戻るつもりなんだ。良かったら一緒に戻らないか?たまには誰かと会話を楽しみながら歩きたい気分なんだ」
そう言って、ジュダスは街まで護衛すると言う事を誤魔化して、チャーチルに申し出る。
「はい、もちろん良いですよ」
チャーチルもそれを理解していたが、あえて気づかないフリをした。そうしないとジュダスが恥をかくだけである。
「あ、じゃあジュダスさんも是非、私の宿に泊まっていってください。袖振り合うも多生の縁って言いますし」
シエナはここぞとばかりにジュダスにも宿泊を勧める。しかしジュダスは…。
「ありがとう。でも、ボクは四番街区に持ち家があるんだ。台風でしばらく帰れてなかったから、掃除とかもしたいし」
そう言って、やんわりとシエナの申し出を断った。
シエナは少しだけ残念そうにしていたが、持ち家があるならしょうがない、と納得をする。
「で、袖振り合うも多生の縁って何?」
誰もが意味がわからなかったが、あえてスルーしていた事をルクスが質問した。
その空気の読めなさっぷりはまさにルクスであった。




