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再会

 次の日の朝、シエナ達は野営地を出発し、2時間程で蜥蜴の岩場へと到着をした。


「ここからは蜥蜴の岩場近くを通る事になる。本当にごく稀に人の通る道にも出てくるそうだから、警戒を怠らないようにな」

 ティレルの言葉に御者は頷く。

 そして、御者だけでなくシエナ達もいつでも飛び出せるよう入念に準備を行い、小窓から側面の警戒、後方の警戒に努めた。


 万が一、岩から飛びかかられた場合には、御者はすぐに馬車内へと逃げ込むように打ち合わせしてある。

 攻撃の要となるのはシエナであり、今回は弓装備でなく魔剣ルフランを手に持っていて馬車後方を見張っている。そして、一番に飛び出す手筈になっているのであった。


 とは言っても、余程運がない限りは、人が通りやすいように岩が退けられた広い道に蜥蜴が出現する事はない。

 蜥蜴達は、岩がない場所だと途端に弱くなる。

 別にスピードも力も何も変わってなく、岩を武器として使用してくるわけでもないのだが、岩の陰に隠れ、岩を飛び移るという事に慣れすぎてしまっている為か、障害物の何もない広い空間になると逆に動きが鈍くなってしまうのである。

 普段、慣れた動きでないと調子が狂ってしまうのは、どの生物にも共通する事なのであった。


「それじゃあ、いくぞ!」

 ティレルの号令で、馬車は蜥蜴の岩場のすぐ横の広い道を進み始めた。



 人間、一番初めの内は警戒していたり注意深くなるのだが、慣れというのは恐ろしいものである。


「それで、その商人が『この剣はなんでも斬り裂ける剣だ。そしてこの鎧はなんでも防げる鎧だ』って言って、それを聞いてた冒険者が『じゃあ、その剣で鎧を斬ろうしたらどうなる?』って質問したら、周りの皆がもう大爆笑でさ!」

 と、30分を過ぎた辺りから警戒も薄れて雑談をしてしまってる始末である。

 雑談の中心人物はルクスとなっていて、あまり気を張り詰めていても疲れるだけか、と、ティレルも注意する事なく、ルクスの分まで警戒に努めていた。


「そういうのを『矛盾(むじゅん)』と言うのですよ。話しでは剣と鎧ですが」

 シエナも、ある程度警戒しつつも聞きに廻ると言ったように少しだけリラックスをしていた。

 矛盾のような話しは、どの世界にも共通して存在していて、シエナは「世界が違っても、やっぱりどれも似たような言葉が生まれるなぁ」と、世界の成り立ちを面白がっていた。



 そんな時であった…。


「きゃああああぁぁぁぁぁーーーーーっ!」

 突如どこかから女性の悲鳴が聞こえてきて、ルクス達は何事かと驚く。

 そして、シエナだけが馬車を一目散に飛び出して、近くの高い岩の上へとジャンプをして登った。


「あそこに女性冒険者4人が!大蜥蜴の大群に襲われています!」

 シエナの100メートル程の視線の先には、15匹もの大蜥蜴に囲まれた冒険者の姿があった。

 そして、その内の1人が負傷をしているのか、地面に倒れこんでいる。

 シエナは、方向を指差して状況を簡単に説明するなり、岩と岩を飛び移って助けに向かった。


 女性冒険者達の状況はかなり悪く、一刻の猶予を争う状態であった。

 1人が負傷して倒れているところに、3人が守るように囲んでいる。そして、更にその周囲を大蜥蜴が囲んでいる。

 倒れている冒険者の怪我はかなり深いようで、血だまりができているのが、シエナの目には見えた。


(あと少し…っ!お願い!耐えて!)

 岩を飛び移って移動するシエナのスピードはかなりのものであったが、それでもほんの数秒後には冒険者達は大蜥蜴に飛びかかられて命を落としてしまうだろう。

 それでもシエナが到着するまでの数十秒の間、耐えられているのは、1人が巧みな槍捌きで大蜥蜴を近寄らせないようにしていたからだ。


 もうまもなくシエナが冒険者達のとこへと辿りつくというところで、シエナの視界の端に黒い影が飛び込んできた。

 その黒い影は、黒髪黒目20歳前後の青年で、岩と岩の間を器用に走り抜けて女性冒険者達の方へと向かっている。


 そして、シエナはその黒髪の青年と視線が合った。


(あの人…どこかで…)

 黒髪の青年も同じような事を考えたのか少しだけ呆気にとられた顔をしていた。が、今はそれどころではないとシエナも青年も真っ直ぐ前を向いて冒険者のところへと向かう。


「うりゃあぁ!」

 岩の上から大蜥蜴に斬りかかり、1匹の首を斬りおとして着地をしたシエナは、すぐさま近くにいたもう1匹の大蜥蜴の首めがけてルフランを振り上げる。


 ズバッ!という音が聞こえ、シエナが到着してすぐに2匹の大蜥蜴は絶命し、その一瞬後には黒髪の青年が到着し、すぐ近くにいた大蜥蜴に斬りかかって1匹討伐する。


 そして青年は倒れている女性の怪我の状態を見て、すぐに治さなければ死んでしまう事を悟ってシエナに視線を送る。

「君!回復魔法は!?」

「あまり得意じゃないです!」

 シエナは青年の言いたい事をすぐに理解して、回復魔法が得意ではないと言う事を、わかりやすく簡潔に説明する。青年もすぐに理解して、倒れている女性冒険者の方へと駆け出した。


「1分…いや30秒時間を稼いでくれ!ボクが治す!」

 青年は、シエナの強さを信じてこの場をシエナに託す。

 シエナは「わかりました!」と力強く頷くと、冒険者達に一番近づいていた大蜥蜴に斬りかかる。


 そして、それから僅か10秒程の間で、シエナは新たに3匹の大蜥蜴を討伐し、岩の上から飛びかかってきた大蜥蜴の攻撃を避けようと横へジャンプした。

(あと9匹!って、あれは…っ!)


 現在、この場に生き残っている大蜥蜴9匹の他に、少し離れたところにもう1匹の大蜥蜴が現れた。

 その大蜥蜴は、息を吸い込むような素振りを見せた後、黒髪の青年の方へめがけて大きく口を開く。


(やっぱり!大蜥蜴じゃなくて、火蜥蜴(サラマンダー)!まずいです!)

 シエナは、着地をしてすぐに反転をすると青年の方へと駆け出す。

 このままでは回復魔法を使っている青年と、倒れている冒険者がサラマンダーの火の餌食となってしまう。


 そして、サラマンダーが大きめの火炎弾を吐き出した時、シエナの後を追ってきたルクス達がようやく到着したところだった。御者は戦闘要員ではないので、馬車で留守番である。

 そして、シエナは青年の前へと駆け込んで火炎弾の方へと振り向く。


「シエナ!危ない!」

 ルクスは、シエナのほんの数メートル手前まで火炎弾が迫っているのを目撃して、声を挙げる。

 シエナ自身も、駆け込んだもののこの後どうすれば良いかわからずに困惑した。


 シエナはアンチマジックの魔法が使えない。

 どういう原理でアンチマジックを使っているかが理解できない為、イメージができないのである。

 そして、火炎弾をかき消そうと、水の魔法を使おうと思っても、大気中の水分を集めるのに少しの時間がかかってしまう。

 このままでは、シエナは成す術なく火炎弾の餌食になってしまう。


 シエナは、咄嗟にルフランを盾にするように構えて、ルフランに助けを求めるように魔力を込めた。

 そして、サラマンダーの火炎弾とルフランがぶつかったその瞬間、『キィン』という音が鳴って、火炎弾はサラマンダーの方へと跳ね返った。


「え…っ!?」

 それを見ていた全ての人間が驚いたが、すぐに全員行動に移る。

 跳ね返った火炎弾は、火を吹いてきたサラマンダーに直撃したが、大したダメージにはなっていないはずである。

 ルクス達が急いで女性冒険者を守るような配置につくと、シエナはサラマンダーへ向かって駆け出した。


「守りは任せます!私はサラマンダーを討ちに行きます!」

 ルクス達がコクリと頷くのを確認すると、シエナはサラマンダーの方に向き直し、更に加速した。


「す、すごい…サラマンダーより速い…」

 どこかで聞いたような、しかしニュアンスの違う台詞を、女性冒険者の1人が呟く。

 シエナは、大蜥蜴やサラマンダーが得意とする岩と岩を飛び移る移動方法と全く同じ移動で、サラマンダーに迫る。

 素早さはシエナの方が上であり、シエナはあっという間にサラマンダーの眼前まで到着すると、目にも止まらぬ早さでサラマンダーの首を跳ね落とした。


 辺りを一瞬だけ見渡し、他に潜んでいるサラマンダーがいないかを確認し、シエナは再度元の位置へ戻る為に駆け出す。

 厄介な魔物(サラマンダー)が消えたとはいえ、大蜥蜴も十分に厄介なモンスターなのである。


 シエナがかなり時間稼ぎをしてくれた為、集中して怪我をした冒険者の治癒を行う事ができた青年は、怪我が完治したのを確認すると、あとの守りを女性冒険者に任せて大蜥蜴の討伐へと向かった。


 青年はかなりの強さであり、ルクス達が3人で1匹の大蜥蜴を倒している間に、1人で1匹の大蜥蜴を倒していた。

 そしてシエナも負けてなく、元の位置まで戻ってくるなり、大きくジャンプをすると、岩の上にいた大蜥蜴を1匹退治するのであった。


 それから数分も経たない内に、シエナ達はその場にいた大蜥蜴を全滅させる事ができた。

「よし、急いでここを離れるぞ!」

 ティレルがそう言うと、シエナ達は黙って頷いてその場を離れ、馬車の方へと戻りはじめた。




「助けていただいてありがとうございました」

 シエナ達が馬車まで戻ると、女性冒険者の内の1人が立ち止まってシエナ達にお礼を言って頭を下げた。

 そして、同じように他の3人も頭を下げて「ありがとうございました」とお礼を言う。


「いえいえ、無事で良かったです」

 シエナは笑顔で全員が無事な事を喜ぶ。

「それにしても、あれだけの怪我をあんな短時間で完治できるなんて…凄いですね」

「そうですか?…まあ、ボクは人より回復魔法はちょっと得意かもしれないですね」

 女性冒険者には肩から胸にかけて抉られるように噛まれた痕があったのだが、それはすでに綺麗さっぱりなくなっている。

 失った血は戻ってこないが、傷を塞ぐ際に自然治癒能力を高める魔法を青年が使用していた為、冒険者の血色はだいぶ良くなってきていた。


 そして、それだけの怪我を傷跡も残さずに綺麗に治せると言うのはとんでもなく凄い事なのである。

 シエナであれば、30分から1時間程の時間をかければ傷を塞ぐ程度の治癒はできるであろうが、傷跡までは消す事ができない。シエナの回復魔法は、あくまでも治癒能力を高める効果しか持たないので、噛み傷などは必ず残ってしまうのだった。


 それを目の前の青年は完全に消してみせた。

 これは、人の細胞や組織を完璧に理解してないとできない技術である。

 この世界でそれだけの技術を持った魔法使いはそういないだろう。


「…やっぱり、どこかで見た事あると思ったら…もしかして、ジュダスさんじゃないですか?」

 シエナは、目の前の黒髪黒目の青年をどこかで見た事があるとずっと思っていた。

 青年も、先ほど冒険者を助けに向かってる際にシエナと目が合った瞬間に同じような事を感じていたので、シエナの言葉に「あ、やっぱりボクとどこかで会った事ありましたか」と、シエナの顔を見て懸命にどこで会ったのかを思い出そうとしていた。


「ジュダスって、あのシュバルヘーレの事を教えた冒険者か?」

 シエナとジュダスの会話を聞いていたルクスは、前にシエナからシュバルヘーレの事を聞いた時に話しに出てきた人物を思い出し、シエナに質問をする。

「あ!あの時の女の子!無事だったのか!」

 ジュダスも思い出したのか、シエナが無事だった事を安堵する。


「ボクがシュバルヘーレの事を教えたせいで、シュバルヘーレに行ったと思ってハラハラしていたよ…。良かった、行くの止めたんだね」

「いえ、シュバルヘーレには行きましたよ」

 シエナがそう告げると、ジュダスは驚いていた。が、驚き方が若干演技臭かった事にルクスは首を傾げる。


 ジュダスは嘘を吐いていた。

 まるでシエナが行くのをやめたから無事だったと思うように嘘を吐き、シエナの言葉にも驚く演技をしていた。


 当時、シュバルヘーレに向かうシエナの後を尾行していたのはジュダスである。

 これが今、この場にいたのがシエナだけなら、「実は後ろから尾行して様子を見ていた」と言った可能性もあったが、他に話しを聞いている人間がいる為、そう嘘を吐いたのだ。


 ジュダスはシエナが崖から落ちる瞬間も目撃していて、これは死んだと思って助けには向かわなかった。

 もし、その話をしたならば、責められる可能性も出てくる。

 それに冒険者の持つネームタグは、可能な限り回収する必要があり、回収不可の場合は報告をする義務が生じているが、ジュダスはその報告もしていない。

 それがバレたら面倒な事になる。だから、ジュダスは嘘を吐いたのだった。


(しかし、よく生きてたな…まあ、いいか。今後の楽しみが1つ増えた。それよりも今、だな…)

 心の中でそう呟いたジュダスは、女性冒険者達の方を見る。


「あの…本当にありがとうございました。意識が遠のいていって、もう死んだと思ったら、怪我が治ってて…なんとお礼を言ったら良いのやら…」

 大怪我をしていた弓を持つ少し小柄な少女は、ジュダスに何度もお礼を言う。


「気にしなくて良いよ。悲鳴が聞こえなかったらボクも助けに来れなかったからさ」

単独(ソロ)で冒険してるのか。珍しいな…まあ、あの強さなら単独でも問題はないだろうけど…)

 ティレルはジュダスが独りな事が少し気になったが、先ほどの大蜥蜴との戦闘でジュダスの強さを目の当たりにしている為、勝手に納得をした。



「改めまして自己紹介をさせていただきます。私はチャーチルと言います」

 そう言って、一番身長の高い女性が自己紹介を始めた。4人の女性冒険者達は全員金髪碧眼であり、見た目も中々美しい部類である。

 チャーチルは頑丈そうな鎧を身に纏い、少し大きめの盾と長い槍を持った女戦士であった。


「マチルダです」

 次に前に出てきたのは、チャーチルと同じく頑丈そうな鎧を身に纏い、バスタードソードのような少し大きめの剣を持った女剣士である。


「ビショップだよ」

 若干軽いノリでマチルダの次に出てきたのは、ローブを着こみ、鉄の杖を持った女魔法使い。

 ここまでの3人の自己紹介を聞いて、シエナだけが「おぉ!?」と何か期待を込めた表情をしていた。


 そして、最後に弓を持つ一番小柄な少女が前に出てきて、口を開こうとしたところで…。

「待ってください!」

 シエナが弓使いの少女の自己紹介を止めた。


「…どうした?シエナ?」

 ルクスは不思議そうな表情をして、シエナを見つめる。

 シエナは何故か得意げな表情をしていて、弓使いの少女の方を向いた。


「私があなたの名前を推理してあげます!」

 その場にいる全員が困惑する。

 名前を推理とは…。ヒントも何もないのに…。皆の心の声が聞こえてきたような気がしたが、シエナは気にせずにドヤ顔のまま推理を開始する。


「あなたは…」

 ヤギね!とはボケずにシエナは真面目に考える。


(チャーチル、マチルダ、ビショップ…これらの名前に共通する事…それは戦車の名前!)

 それも全部同じ国の戦車の名前であった。


(そして、全員が名は(てい)を表すような武器、防具を身につけています!)

 チャーチルやマチルダのように頑丈そうな鎧、ビショップのように遠距離から支援ができる魔法使い。

 そしてシエナは目の前の少女の武器を見る。


(弓!弓使いです!これはもう名前は決まってるでしょう!)

 同じ国の戦車の名前で、名は体を表す武器を持つ、答えは1つしかない!とシエナは自信満々に口を開いた。


「あなたは…アーチャーと言う名前ですね!」

 そして指を差して高らかに名前を宣言するシエナ。

 全員の視線が弓使いの少女に集まり、そして…。

「ち、違います…」


 風の吹く音がやけに寂しく感じた。

 シエナは名前を宣言したポーズのまま、耳まで真っ赤にして固まった。


 ほんの数秒の間だけ、時間が止まったような錯覚を覚えたが、時間が進み始めたその瞬間にルクスとティレルは大爆笑した。

「うはははは!あ、あれだけ自信満々に答えて…!ち、違いますって!」

「や、やばい!腹がよじれる!く、苦しいー!ヒー!」

 ルクスもティレルも遠慮なしに笑い転げ、我に返ったシエナは「じ、じゃあクロムウェルですか?バレンタインですか!?まさかのセンチュリオンですか!?」と…とにかく戦車の名前を口に出す。


「そ、その…すいません。全部違います…。私、アリスって言います」

(ここまでお膳立てされてて、まさかの普通の名前!)

 シエナは地面に手を叩きつけて悔しがるのであった。

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