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キャンプで食べるカレーは美味しい

「あ、すいません。ちょっとだけ止まってもらっても良いですか?」

 テミンを出て15分程進んだ所で、シエナは御者に馬車を止めるようお願いする。

 そこは、テミンから出て東に徒歩30分程歩いた位置にある農場で、その内の1つの牧場にシエナは牛の飼育を頼んでいるのである。


 シエナは牧場主の所へと向かい、牛の様子はどうかと聞きに行き、何事もなく元気に育ってきていると聞くと、すぐに馬車へと戻ってきた。

 本当は牛の様子も見ておきたいところではあったが、ただでさえ自分の都合で現在馬車を止めてるのだから、あまりルクス達を待たせてはいけないと思っての事である。


「すいません。お待たせしました」

 シエナが馬車に戻ると、すぐに再出発をする。

「あの牧場に何か用事でも?」

 ケイトが質問をすると、シエナは嬉しそうに「牛を三頭育ててもらってるのです」と答える。


「牛を?何の為に?」

「食べる為です」

 一応聞いてみたが、答えはわかりきっていた為にケイトは苦笑する。


「餌と飼育方法を変えて育ててもらってるので、きっと美味しい肉に仕上がってるはずです。一頭が次の秋が食べ頃に育っているはずなので今から楽しみなんですよ」

 そう言ってシエナは涎を垂らす。


「シエナの教えた餌と飼育方法か…どんな感じになってるんだろうか」

 ルクスは興味あり気に呟く。

「秋に戻って来られるのですよね?では、その時にご馳走しますよ!ステーキでもすき焼きでもバーベキューでも!」

「え!?いいのか?」

 ルクスが驚くと、シエナは「美味しい物は皆で分かち合うべきなのです!」と、当然のように語る。


「で、ステーキはわかるけど、すき焼きとバーベキューって何?」

 ケイトは、シエナの答えた料理名が気になるらしく、質問をする。どの世界であっても、ステーキは存在するが、すき焼きは日本にしか存在しない。

 もしかすると、日本と同じような文化を歩んだ世界がどこかに存在して、すき焼きが存在する世界もあるかもしれないが、今のところ、シエナはすき焼きは前世の日本でしか見た事がない。

 バーベキューは、名称は違うが別の世界でも同じ調理方法があったのを前世で思い出している為、もしかするとこの世界でも名称が違うだけなのかもしれない。


「すき焼きは、薄切りにした肉とその他の野菜などの具材を、砂糖と醤油と酒で煮たり焼いたりした料理となってます。甘じょっぱい味が肉に染み込んだ料理で、寒い季節に食べると本当に美味しいですよ」

 その説明にケイトは首を傾げる。どうやら、味が想像できないようであった。


 それもそのはずである。

 砂糖や酒はまだしも、醤油はまだ広まり始めたばかりの調味料であり、醤油を使った料理はまだあまり多くない。

 用途は、すでに調理された物にかけて食べると言うのが主であり、料理中に加えて煮込むといった料理は、シエナはまだあまり教えてないので、一体どんな仕上がりになるのかすら想像できないだろう。


「まあ、食べてからのお楽しみと言う事で。バーベキューもその時に」

 シエナも、それまでの間にすき焼きを関東風にするか関西風にするかが迷うところであった。

 椎茸やかつお節がないので、割り下を別の物で代用して作る事になるので、現在ではどちらかと言えば割り下が必要ない関西風で作ろうと思っている。

 元々、シエナの前世もすき焼きは関西風の方が好みであり、そちらをメインに作っていたほどである。


(ただ、関東風も美味しいんですよねぇ…)

 もしかすると、シエナの体は関東風の方が好きかもしれない。そう考えると、やはりどちらも一度は作ってみたいと思うのであった。




 それからの移動は、ほぼ平和そのものであった。

 たまに御者からモンスターの発見報告があり、気づかれてなければ移動を中止して過ぎ去るのを待ち、襲い掛かってこられたなら撃退をすると言った、冒険者としてありふれた行動をしている。


 今回、シエナは前線には立たずに支援にあたっていた。

 魔剣ルフランがどのような能力かが不確定な要素であった為、持ってきていた弓と魔法での後方支援である。


 前回、ハーピーの岩山からの帰り道で、ほとんどのモンスターをシエナが倒してしまっていた為、ルクス達が自分達も活躍したい、と言ったからでもあったが、シエナとしても、たまには弓で後方支援も悪くないと思っている。


「シエナって、剣捌きは良くないのに、弓の扱いは上手いんだな」

 ティレルは思った事を素直に口にした。ど素人そのもののお粗末な剣術と違い、シエナの弓の腕前は中々の物であった。

(これが和弓だったらもっと上手く扱えるんだけどなぁ)

 この世界でシエナが使ってる弓は、シンプルな形をしたコンポジットボウであり、シエナの体からすると、少し大きめに作られている物であった。


 前世の癖で、わざわざしなくても良い『射法八節』を取り入れたシエナの動作は、逆にそれでルーティン化されているおかげか、命中精度も高く、また弓を引く動作も美しかった。

 ただ1つ問題があるとすれば、わざわざ足踏みから始め、残心もきちんと行う為に次の矢を放つまでの時間がやたらとかかる事である。

 これはシエナが『一射絶命』の精神で弓を引いてる為であり、そうでなかったら命中精度はガクンと落ちてしまうだろう。人間、次があるとは思ってはいけないのである。




 そんな事もあったが、シエナ達のヴィッツへの移動は順調であり、陽が暮れる少し前には海岸近くまで出る事ができた。

 独立懸架式馬車のおかげで、車輪が石や段差に引っかかる事なく、スムーズに進めた為、馬の負担もだいぶ軽減されているのである。


 ただ、それでも本来であれば蜥蜴の岩場の少し手前までは進む予定であった。

 平和な移動だったとはいえ、そこそこモンスターとエンカウントしていた為、やり過ごしの時間であったり戦闘だったりと、時間を食ってしまったのである。


「よし、じゃあ今日はここらで休むとするか」

 ティレルの号令で全員は野営の準備に取り掛かる。

 寝る場所は馬車内であり、不寝番が1人外で見張りをするだけであるので、野営の準備と言うのは、むしろ焚き火と食事の準備である。


 待ってましたと言わんばかりに、シエナはリアカーに積み込んでいた荷物から、鍋と自作した飯盒はんごう、そしてクーラーボックスから大きめのビンを取り出した。

 ビンの中身は茶色の液状の食べ物が入っていて、見た目だけ見ると食欲があまり湧きそうにない物である。


 ただ、それはこの世界の人間から見たらであり、日本人であったらほとんどの人がそれを見るだけで食欲がかなり湧くだろう。

 そのビンの中身は『カレー』であった。


「うわっ…!なにそれ…?」

 ボトボトと鍋にカレーを入れるシエナを見て、ケイトが驚きの声を出す。

「カレーという、高価な香辛料をふんだんに使った料理です。ウチの一番の高級料理ですよ」

 ちなみに、シエナはそのままの味だと、とてもじゃないが辛くて食べられないので、りんごとはちみつ、そしてヨーグルトを加えている。


 沢山の種類の香辛料を炒めてカレー粉を作り、そこから薄力粉などを混ぜてカレールゥを作り出す。

 作ったカレールゥは陽の当たらない常温で三か月くらいなら保存が効くので、シエナはいくつか作り置きをしていた。

 あとは、普通のカレーの作り方をしていき、仕上げの時にすりおろしたりんごとはちみつとヨーグルトを加えて味を調えて完成である。味としては甘口と中辛の丁度間くらいなので、それくらいならシエナはなんとか大丈夫なのであった。


 今回は、先に予め作ってきていて、それをびん詰にして持って来ていた。

 あとはカレーを温めて、ご飯を炊いてそれによそうだけである。


 普段、宿屋シエナ内でもカレーというものは滅多に注文される物ではない。

 高価な香辛料を沢山使ってる為に、それだけで値段が割高となってしまっている、そのうえ、やはり見た目の悪さと味の想像がつかない為、誰も注文しないのだ。

 更に、はちみつもそこそこ値段の張る嗜好品な為、甘くしようとすればするほど、高価な仕上がりになってしまうのであった。


 カレールゥの保存がそろそろ危ないかな?という時期がやってくると、宿屋シエナの従業員にはカレーが振る舞われる。

 最初の内は従業員も驚いていたが、今は普通に受け入れられてるうえに、アルバがカレーの事をかなり気に入ってるくらいである。


 今回は、せっかくだから食べてもらおうとカレーを作ってきたのである。

 自然の中で食べるカレーはとても美味しい物であり、シエナも一度はやってみたかったのだ。



「お米じゃなくて、こちらのカレーに合うパンも用意してますので、お好きな方をお選びください」

 飯盒の米が炊けたところで、シエナがリアカーの荷物から取り出したのは少しいびつな形をしたパンであった。


「今までにないパンだな。これは、何て言うパンなんだ?」

「ナンです!」


 ほんの一瞬だけ、静かになった。


「えっと…何て名前のパンなんだ?」

「ナン!と言う名前のパンです!」


「ナン…だと…?」

 それはひょっとしてギャグで言ってるのか?と、ティレルは思っていた。

 御者も苦笑いをしていて、今この場の空気が読めてないのはシエナだけである。


「? なんで皆さん黙り込んでるんですか?」

 当然、ただパンの名称を答えただけだと思っているシエナの頭の上には「?」が浮かんでいる。

「じ、じゃあ…せっかくだから俺はそのパンを貰おうか」

 あえて、ナンだとは言わず、ティレルはナンを受け取る。


「はい、どうぞ」

 シエナは木の皿にお米をよそって、その上にカレーをかけてルクスに手渡す。

「な、なんか凄い見た目だな。焼く前のお好み焼きもそうだったけど…しかし、匂いは…食欲をそそる匂いだな」

 ただ、カレーの見た目はお好み焼きと違ってこれが完成形であるので、これ以上変わる事はない。

 それぞれに料理が行き渡ったのを確認し、シエナはいつものように合掌をして「いただきます」と言うと、スプーンを使ってカレーを食べ始めた。


「ん!まだ辛かった!」

 シエナの舌では、甘口と中辛の間でも結構な辛さを感じている。

 しかし、それでもその辛さこそがカレーの美味しさであり、楽しむポイントでもある。


 ルクス達は顔を見合わせ、誰が一番最初にカレーを口にするか牽制しあっていた。

(こういう時に、まさか第一王子に毒見役をやらせるわけないよな?)

 ルクスは目でティレルに語る。ティレルもルクスの言いたい事は理解していたが、逆に切り返す考えをしていた。

(まさか、自分の好きになった女性の料理を食べないわけないよな?普通、真っ先に食べるよな?)

 ルクスとティレルは、お互いに目で先に食べろと言い合い、それを理解していたケイトはため息を吐いた。

 御者はそう言った事がわかる訳もなく、しかもシエナの驚き料理には慣れていない為、恐ろしくて手が出せないと言ったところである。


「あれ?皆さん食べないんですか?美味しいですよ?」

 見た目にも味にも慣れているシエナは、ぱくぱくとカレーを食べ、お米を食べきると今度はナンの方へと手を伸ばした。


「う~ん、やっぱりナンで食べるのも美味しいですね。これで焼きたてだったらもっと最高だったのですが」

 ルクス達の気も知らずに、シエナはカレーを堪能する。そんな様子からルクス達は複雑そうな表情をして顔を見合わせた後、笑い出した。


「え?な、なに…?どうしたのですか?」

 自分のひとり言以外、誰も喋ってなかったはずなのに皆が笑い始めた為、シエナは何がなんだかわからずに困惑する。

「なんでもないよ。さ、シエナが作ってくれた料理だ。冷めない内に食べないとな」

 そう言って、ルクスはカレーライスを一口食べる。

「…うん?ちょっと辛い…?」

 シエナに合わせた辛さなので、そこまで辛くはないのだが、なんとも言えない味が口に広がる。

 もぐもぐと咀嚼をし、飲み込んでから「これ、そんなに美味しいってわけじゃ…」と、ルクスが思って一度スプーンを置こうと思った刹那、ルクスは凄い勢いでカレーを食べ始めた。


「る、ルクス!?」

 そのルクスの様子にティレルが驚く。

「なんだこれ!うめぇ!最初の一口目はよくわからなかったけど、後からだんだん癖になる!」

 そう言って、ルクスは皿に盛られていたカレーの半分をあっという間に食べる。


 そのルクスの様子から、ティレルもケイトも、そして御者も恐る恐るカレーを口にして、ルクスと同じ様な反応をしていた。

「おいしー!香辛料の辛味が後からやってきて…これは止められないわ!」

 ルクス程の勢いはないが、ケイトもナンを千切ってはカレーに浸けて口へと放り込む。

「このナンってパンも、このカレーって料理にほんと合うな!それに、カレーを付けずに食べても美味いぞ!」


 その言葉にルクスは「俺にもナンをくれ!」と言って、シエナからナンを受け取る。

 御者も、「こんなに珍しくて美味しい食べ物は初めてだ…」と驚いていた。


(よし!少しずつではありますが、見た目が悪い料理も受け入れられつつありますね!今度、味噌汁でも作ってみましょうか)

 シエナは皆に見えないようにニヤリと嗤い、これから広めていきたい料理の事を考えるのであった。


 ちなみに、この後シエナ達は複数の猛獣やモンスターに襲われる事になったのだが、その原因が明らかにカレーのスパイシーな香りだった為、シエナは「もう、外ではカレーは食べない方が良いですね…」と反省をするのであった。

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