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シエナ、港町ヴィッツの存在を知る

 昼食を食べ終わった後のシエナ達は、共有部屋で雑談をしていた。

 普段は従業員しかいないその部屋であるが、その日は、シエナがルクス達を招待したので少し違った雰囲気が醸し出されている。

 それは決して悪い雰囲気ではなく、台風で出かける事もできない、お客さんもやってこない宿の面々にとっては非常に喜ばしい出来事なのであった。


「そしたら、そこに親ハーピーが子ハーピーを連れてやってきてな。それがまた凶悪そうな親ハーピーと違って凄く可愛らしいんだよ」

 現在話題となってるのは、先ほどシエナとルクスがシエナの部屋にいた間に繰り広げられていたらしいハーピーの岩山の話の続きとなっている。


 話し手にルクスも加わり、従業員の皆はその冒険譚に目を輝かせて聞きに廻っていた。

 普段、シエナはあまり皆に冒険の話をしないのである。


「んで、その親ハーピー…タナカだったっけ?が、シエナに子ハーピーにも名前を付けてくれってなって…」

 ルクスも、普段はあまり冒険譚を語らないのだが、この日ばかりは楽しそうに語っていた。

 まず、シエナがいる時点でやる気に満ち溢れている。

 次に、ルクスも台風のせいでかなり暇をしていた。なので、こうやって話をするだけで盛り上がってくれる存在はかなり嬉しいのである。


「それで、シエナがヤヨイって名付けた子を、ケイトがめちゃくちゃ気に入っちゃってな。帰りも懐いたヤヨイがついて来ようとしてたし、ケイトも連れて帰りたいとか言い出して大変だったよ」

 そこでドッと笑いが巻き起こる。

 流石の皆も、それを本気とは思っていなかった。しかし、ケイトは本気だった…『本気(マジ)』と読む方で、本当に連れて帰ろうとしていたのであった。


「あ~…話をしてたらヤヨイちゃんに会いたくなってきちゃった…。ねぇ、シエナ。台風が過ぎたら、会いに行かない?」

 ケイトは、台風が過ぎ去った後に、岩山へ行かないかとシエナを誘う。しかし…。

「こらこら、台風が過ぎたらヴィッツに向かうんだから、そんな時間はないぞ」

 ティレルが呆れたようにケイトを叱る。


「ヴィッツ?」

 シエナは、初めて聞く名称に首を傾げる。向かうと言う事は、地名であると思うが一体どこなのだろうかと疑問に持つ。

「知らないのか?ヴィッツは、テミンから1日半から2日くらい北東に向かったところにある港町だ」


「港町!?そんな近くに!?」

 ティレルが答えると、シエナは驚きの声を挙げた。まさかそんな近くに港町があるとは知らなかったからである。


 シエナの反応を見た全員の心は1つになった。

(あ、これはヴィッツに向かうな…)と…。


「わ、私も行きたいです!一緒に連れていってください!」

 やっぱり…。と全員が苦笑する。シエナのこういうところの行動パターンはかなりわかりやすいのである。


 シエナのお願いは、もちろんルクスが喜んで了承した。むしろ、ついてきて欲しかったくらいなのである。

「えへへ…海の幸♪海の幸♪」

 シエナはご機嫌だった。テミンには、海産物はあまり多く売られてなく、売られていたとしても大体が日干しにされている物や、酒と一緒にビン詰にされている物であって生ではない。更に値段が高かったりするのである。

 テミンの中に流れる川や、北に出てすぐ傍にある大きな河で捕られた川魚は生で売られていたりするが、この世界の川魚はかなり泥臭く、更にパサパサした食感である為、あまりおいしくないのである。


 シエナの料理技術ならば、泥臭さも消してそれなりにおいしくは調理できるが、手間もコストもかかってしまう為、シエナはあまり川魚を調理しようとはしない。どうしても魚が食べたい時にだけ調理するのである。

(ティラピアみたいな魚がいればフライとかにして美味しく食べられるんだけどなぁ…)

 そして、常々シエナはそんな事を考えているのであった。



 そして、今回、シエナは港町の存在を知った。

 港町と言えば、豊富な海産物である。


 これはもう行くしかない。シエナは頭の中でずっと食べたい海産物を思い描いている。

(寿司や刺身は…流石に無理だよねぇ…この世界にも当然アニサキスみたいな寄生虫はいるだろうし)

 断念せざるを得ない物も、予め考えておき、シエナは台風が過ぎ去った後に向かうヴィッツへの期待を膨らませる。


「ヴィッツと言えば、秋冬の季節にカニが大漁に捕れるのでしたっけ?」

 ロベルトの言葉にシエナが超反応を示す。

「カニ!?(かに)ですか!!」

 どの種類のカニかが気になるところである。

 タラバガニのように、身がたっぷりで食べ応えのあるカニなのか、ズワイガニのように濃厚で美味しいカニなのか、はたまたガザミのように身もミソも美味しいカニなのか…。

 シエナはこの世界に生を受けて、未だ口にしていないカニの味を想像し、涎を垂らした。


「あぁ、ヴィッツが一番盛り上がる季節は、カニが捕れる秋冬なんだ。俺達は、ヴィッツの台風の被害状況と、そのカニの漁獲量を調査する為に向かうんだ」

 ティレルが答える。

 宿屋シエナの従業員には、既にルクスが王族である事、そしてその任務の事はバレてしまってるので、何も隠す必要がない。任務の事はバレたと言うよりも、やたらとテミンの滞在が長い事に疑問をもったシエナがルクスに質問した際、ルクスが「任務で調査中」とバラしたのである。

 バレてしまってるので、もう何も隠す必要がない。ルクス達にとって、宿屋シエナは身分や任務を隠す事なく、素でいられる心も体も休まる場所となっているのであった。


「そーなのかー」

 シエナは両手を真横に伸ばしたポーズで答える。そのポーズに深い意味はない。


「ヴィッツの調査が終わったら、次はどちらへ向かわれるのですか?」

 シエナのポーズを見たシャルロットは、思わずシエナを後ろから抱きしめる。

 そして、ついでとばかりにティレルに質問を投げかけた。


「ヴィッツの調査が終わったら、またテミンへと戻ってくる。そして、少しの間テミンに滞在した後に、王都エインリウスに戻る予定だ」

 ティレルのその言葉に、少しだけルクスの表情が暗くなる。


 ルクスの身分を隠しての任務をする期間は、10歳から成人する16歳までとなっている。

 そして、次の新年が明けた春を迎えたら、ルクスは16歳となる。


 16歳になれば、王都で誕生パーティーが開かれ、全国民に向けて正式に第一王子としてお披露目となるのである。

 それまでは、ルクスの…ルシウスの本名と顔を知っているのは、王都に住む貴族、地方の有力貴族など、かなり限られた人数となっている。

 例外として、宿屋シエナの従業員と、ルクスがプロポーズをした時に居合わせた常連客が、ルクスの正体を知っているくらいである。


 そして、成人を迎えると、ルクスは今までのように調査と銘打っての外出が難しくなってしまう。

 正式に王子として発表をされれば、顔も名前も広まるので、今までのように気軽に外へ出る事ができない。

 これが、完全な平和な世の中であれば問題ないのだが、今はグバン帝国に攻め込まれる可能性が非常に高い時期なので、間者が入り込んでいた場合に真っ先に命や身柄を狙われる立場となるからである。


 その為、ルクス…ルシウスは、城内での公務に追われる事になってしまう。

 身の安全や、これから王の座を引き継ぐ事になるので、当然だろう。



 シエナと会える時間は、ルクスにはもうあまり残されていない。

 親の決めた結婚相手と結婚をして、なりたくもない王になって、国を纏めなくてはならないと嫌々思っていた。

 それでも、王族として、課せられた責務を果たす為、その気持ちを押し殺して我慢して生きてきていた。多少の我儘は言った事があるが、両親である王や王妃を困らせるような我儘は一度も言った事がないのである。


 それが、シエナと出会ってから全てが変わってしまった。

 王になりたくない気持ちは、あまり変わっていないが、もし、これでシエナと結婚をして、その上で王になるのであれば、それは大歓迎なのである。


 シエナと一緒なら、国をより良くしていくのもきっと楽しいだろう。

 今のルクスはそう考えていて、シエナのいるこの国を、守りたいと思っていた。


 しかし、ルクスは、シエナがどれだけの努力をして、どれだけの気持ちを持って宿屋を建てたかを知ってしまっている。

 危険な冒険を冒してまで、ずっと建てたいと願っていた宿屋…。それを辞めて結婚をしてくれとは言えない。

 結局、ルクスは数々のジレンマを抱え、これから成人するまでの残された時間を生きていかなくてはならないのであった。



「一度、テミンに戻ってこられるのですね。では、ケイトさん。その時にでもヤヨイちゃんに会いに行きましょう。それで良いですか?」

 ルクスの想いには気付く事なく、シエナはケイトと約束を交わす。

 ケイトも、主であるルクスが少しだけ暗い表情をした事には全く気付かずに、シエナの言葉に嬉しそうに頷いていた。



 それからは、本当にとりとめのない雑談が繰り広げられ、外に出れない退屈さを紛らわしていく。

 途中で、食堂の食材置き場の様子を見に行ったガストンが「じゃがいもから芽が出ようとしてますね」と言う報告をして、それを聞いたシエナが、じゃがいもを薄切りにしてそれを油で揚げて塩をかけた、所謂ポテトチップスを作ったりして皆でワイワイと楽しく過ごしていた。


 ポテトチップスは、ルクスもティレルもケイトも気に入り、ケイトが自身の持つメモ帳にメモを残していた程である。

 どの世界でも、こういったスナック菓子はやはり人気が出るのであった。




 そしてその日の夜…。

 夕食を食べ、交代で風呂に入ったシエナ達は、就寝する為にそれぞれの部屋へと帰っていく。

 しかし、ルクスはシエナの部屋へおじゃましていた。

「まずはどこから話そうかな…?」

 それは、シエナの前世の話を聞く為である。


 ルクスは、シエナから香る石鹸の匂いに、少しくらつきながらも意識をしっかりと保ってシエナの話を真剣に聞こうとする。

 それは、きっとこの世界が発展する為の大ヒントになるであろうし、シエナとの仲がより深まると感じているからだ。


「そうですね。まずは星の名前からですね」

 そしてシエナは語りだす。前世の地球の事、そして自分の事を…。



 シエナがルクスに話した内容は、主に生活必需品にスポットを充てた内容となっていた。


 地を高速で走る自動車。

 海に浮かび、高速で移動できる大きな鉄の船。

 空を飛ぶ、金属で作られた大型の鳥、飛行機。


 様々なものを映し出す魔法の鏡、テレビ。

 調べた事をなんでも答えてくれる魔法の箱、パソコン。

 遠くにいる人といつでも会話ができる携帯電話。


 他にも、冷蔵庫の話や、洗濯機、掃除機の話などもし、発展しすぎた科学は、魔法と見分けがつかない。という事を説明する。


「その地球ってところは本当に凄いんだな。…空を飛ぶ乗り物か…あったら便利だろうな。作れたりしないのか?」

 その質問には流石のシエナも「無理っ!」と即答した。

「仮に作れたとしても、燃料がないです。…おそらくこの世界にも石油はあるとは思います。その石油が発見されれば、おそらく科学は一気に発展して、いずれ飛行機も作られるでしょう」

 シエナはそこで一拍おいて、鋭い目付きをしてルクスを見た。


「しかし、石油が発見されれば、ほぼ間違いなく争いが起きます。石油の出る国は豊かになりますが、出ない国がそれを狙って攻め込んだり、奪い合いが発生してしまうのです。現に、グバン帝国は自国にない物を求めて、フォルト王国に攻め込みましたんですよね?それと一緒です」

 そして、便利な乗り物であるはずの飛行機は、空から爆弾などを落とす為の大量殺戮兵器へと変貌してしまう事を恐ろし気に語る。


「争いが起きない程度の、この世界でも再現できそうな便利な道具はこれからも作っていきますが、使い様によっては戦争で使われる兵器となってしまう物に関しては、私は作りません」

 シエナは念を押すように答え、ルクスはそれに頷いた。


「そういえば、その便利な道具とか作り出して、なんでそれで金儲けとかしようとしないんだ?」

 料理などもそうだが、シエナは作った物のほとんどの技術を、無償で提供していた。

「私は色んな世界に、様々な生物として記憶を持って転生をします。もし、またこの世界に人間として生まれ変わる事があれば、自分が提供していた技術で楽ができるんですよ。いわば、未来の自分への投資ですね」


「まあ、中には商人さんにお願いされてて、しばらくの間は作り方を教えてない物もあります。液体石鹸とかがその例ですね。代わりに、商人さんが売り上げの一部を私にくれるのですよ。…結構馬鹿にできない金額になってますよ?」

 いわば特許のような物である。

 シエナの教えた技術で儲けたいと思った商人が、作り方を広めるのを待ってもらう代わりに、その商品の売り上げの一部をシエナに渡す。

 液体石鹸などは、飛ぶように売れているらしく、商人はかなり儲けているそうだった。


 シエナは、宿屋としての売り上げの他に、冒険者としての報酬、そして作り出した料理の一部と道具の使用料が別口での収入となっているのだった。

 これはシエナが徴収しようとしたわけではなく、全部商人の方から言い出した事である。

「私はいらないって言ったんですけどね。それで儲けさせてもらうのだから、支払うのが義務って言って聞かないので、貰う事にしたんです。まあ、お金はあって困るものではないですし」

 ちなみに、それで得た収入は主に料理教室を開く為の食材集めに使われている。

 それでもかなり余る方ではあるが、使わずに貯めこんでいてもしょうがないし、料理が広まる為であるならばそれくらいの出費は全然苦ではない。

 更に、お金を使う事によって経済が少しでも回るのであれば、それは良い事である。


「そっか…。ありがとな」

 ルクスはシエナにお礼を言う。

「なんでお礼?」

 シエナは、なんでお礼を言われたのかが理解できずに首を傾げた。


「他にはない地球ってところの技術や料理を独占して金儲けだってできるのに、それをせずに逆に皆の為になる事をしてくれてありがとうって意味だよ」

 そう言って、ルクスはシエナの頭に手を伸ばして、シエナの頭を撫で始めた。


「べ、別に皆の為にやってるんじゃなくて、将来、私がまたこの世界に転生した時の為なんだからね!勘違いしないでよね!」

 シエナは顔を赤くして、わざと悪態をつく。

 将来の自分の為と言うのは本当だが、広めるのにわざわざ無償で提供する必要はない。

 それを理解していたルクスは、それに対してお礼を言ったのであった。



「それにしても…地球か…どんな凄い所なんだろうか…行ってみたいな」

「私がいた国は日本と言う国で、平和な国でしたよ。食べ物も美味しいし、優しい人が多いですし」

 しかし、どれだけ望んでも地球に転生する事は難しいだろう。

 何千回、何万回…はたまた何億回といった転生を繰り返してきたシエナの魂であっても、地球に転生した事は3回しかない。

 そして、前世の日本の記憶はあっても、1回目と2回目に転生した時の記憶は欠片も残っていない為、シエナは地球での転生は、前回が初めてだと思っているくらいである。


 これから遠い未来でまた地球に転生する事があり、そこで日本語などを見たり聞いたりすれば、日本語の知識が蘇って過去に転生した事がある星だと理解できるだろうが、その時には今の気持ちは忘れてしまっているだろう。

 魂に刻まれた記憶と知識が残っているだけで、全くの別人なのだから…。


「俺も、シエナみたいに前世の記憶を保持したまま、その日本ってところに生まれてみたいな」

「良いですね。日本は本当に良い所ですよ。私の心の故郷です。私ももう一度、日本に生まれたいです」


 そして2人は叶わぬ願いを口にし、少し困ったように笑い合うのであった。

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