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お好み焼き

 シエナは、「なんでもします」は言い過ぎだったかとすぐに後悔した。口は災いの元である事をすっかり忘れていたのである。

 自分の目の前にいる男性…ルクスは、「なんでもかぁ」と、嬉しそうな表情をしてシエナの方を見ている。


 もし、体を求められても、なんでもすると言った手前、拒否する事ができない。

 もし、宿屋を辞めて結婚してくれと迫られれば、それに従うしかない。


 シエナは、自分から言い出した約束はどんな事でも守るタイプであるので、ほんの数秒前の自分の軽率な発言を悔やんだ。そして、一体ルクスがどんな事を頼んでくるのかドキドキしながら待つのであった。


「そうだなぁ…」

 シエナの心臓は早鐘を打つ。シエナは表情を強張らせ、どんなお願いをされても、どんな事をされても拒否をしないよう、心の準備を整える。


「じゃあ、美味しくて面白い料理を作ってくれよ。実は腹がペコペコなんだ」

 そう言って、ルクスは苦笑しながら自分のお腹を擦る。

 時刻は昼少し前であり、丁度お腹がすいてくる時間であった。


 身構えていたシエナは、逆に驚いてしまう。

「え!?そんなのでいいんですか!?」

 そして、言わない方が身の為であるのに、つい口に出してしまった。


「そんなのって…ほんの少しのアドバイスと話しをちょっと聞いただけだし、こんなもんじゃないか?」

(な、なんという紳士!!)

 シエナの中で元々好感度の高かったルクスの評価が更にうなぎのぼりである。


「シエナの料理って、その前世の世界の料理なんだろ?どれも美味しいよな。もっと色んな物を食べてみたいんだよ」

 ルクスは嬉しそうに語る。

「あ、でも料理は食堂で注文すれば食べられるんだから…お願いは前世の世界の話を聞かせてもらう方がいいかな?」

 すぐにお願いを訂正しようとしたルクスであるが、どちらも無茶なお願いではないうえ、好感度が上がりに上がりまくってるシエナは、そのどちらも了解する。


「料理もご馳走しますし、前世の話もしますよ!」

 料理に興味を持ってくれるのは当然嬉しい事であるが、前世の記憶を信じてくれて、尚且つその話を聞いてみたいと言ってくれる事はとても嬉しい事である。


「ほんとか?ありがとう!」

 ルクスも同じように嬉しそうに笑う。


 早速前世の話をしたいところではあるが、ルクスがお腹をすかせているとの事なので、シエナは先にご飯を作る事にする。そして、どんな物を作るのか悩むのであった。


(う~ん…美味しいのは当然だけど、面白い料理かぁ…)

 外が台風な為、買い物に出かける事はできない。現在、宿内に置いてある食材の在庫でルクスの求める面白い料理を作らなければならない。

 そうなると、レパートリーがかなり難しくなってしまう。


(まず、食堂のメニューは私にとってはオーソドックスな料理ばかりだから除外するとして…そうなると、メニューにない料理…何かあったかなぁ…)

 基本的には思い出された料理はそのほとんどがメニューに載っている。

 それはシエナが前世でよく作っていた料理でもあるので、レシピを完全に覚えているからである。

 それ以外でメニューにない料理となると、レシピを覚えていないか、食材が不足している為、再現が出来ない物となっているので、美味しく作る事ができない。


 シエナは悩みに悩んだ。

(う~ん…ちょっとズルいけど、ルクスさんにどんな味が好みかを聞いて…。ん?好み?)

 その時、シエナに天啓が降りた。


「そうだ!お好み焼きです!」

 かつお節と青のりがないので、少し物足りなくは感じるが、ソースはすぐに作れてマヨネーズはすでに作ってある、美味しくて面白い料理の枠組みに収まるはずであるとシエナは考える。

 その他の材料は海鮮系以外は問題なく揃っている。具材を用意して、好きな物を選んでもらえばそれで万事オーケーである。


 シエナは早速お好み焼き作りに取り掛かる為、ルクスと共に自室を出る。

 共有部屋では、ティレルとケイトが皆と楽しそうに雑談をしていた。


「お、ようやく出てきたか。今、前に行ったハーピーの岩山での話をしていたとこだったんだ」

 ティレルも3日間、暇を持て余していた為、こうして雑談ができる事を楽しんでいた。

 ケイトは言わずともずっとヤヨイの話をしている。


「ん?シエナ、何か嬉しそうですね」

 宿屋シエナで一番影が薄いロベルトは、皆の雑談を聞きに廻っていた為、シエナの様子に真っ先に気が付いた。

 元々、冒険者でもあったロベルトは、観察眼も優れている方である。


「はい!ルクスさんのアドバイスのおかげで、ようやくドライヤーが完成したのです」

 そう言って、シエナは部屋を出る時に皆に見せようと持って出たドライヤーを掲げる。

「じゃあ、それがあれば、シエナがいなくても誰でも温風魔法が使えるって事か?」

 そのロベルトの言葉に、セリーヌが反応した。


「そうなの!?じゃあ、シエナが冒険に行ってる間、タオルで乾かさなくて済むんだね!」

 腰まで伸ばしているブロンドの髪を乾かすのに時間が掛かっていたセリーヌは、特にシエナの温風魔法に頼っていた。

 そして、シエナが冒険に出かけて不在の時には、温風魔法無しに髪を乾かさなければならない為、必死なのである。


「はい。ここのスイッチを押すと普通の風が出て、こっちのスイッチを押すと温風が出ます」

 ドライヤーの簡単な説明をして、シエナはセリーヌにドライヤーを手渡した。

 セリーヌは、喜びながらそれを受け取り、試しにスイッチを入れてみる。


「わ、すごいすごい!本当に温風が出てる!」

 手で出てきた温風を受け止め、喜ぶセリーヌであったが、突如としてドライヤーは風を出すのを止めた。

「え?壊しちゃった!?」と、セリーヌが驚く。


「あ~…いえ、ちょっとしか魔力を補充してなかったので、魔力切れですね。アルちゃん、これからドライヤーの魔力の補充も頼める?」

 アルバの魔力は、実はシエナよりも高く、シエナと違って日常でそんなに魔法は使わないので有り余っている。

 なので、シエナは冷蔵庫への魔力の補充はアルバにお願いをしていた。

「うん、任せて」

 アルバは元気の良い返事をすると、セリーヌからドライヤーを受け取り、シエナに「どこから補充するの?」と質問をしていた。


「ここに見える金属から補充してくれれば良いよ」

 ドライヤーの持ち手部分に、穴が空いていて、そこから金属の板が見えた。

 アルバは、そこに指を入れて魔力を込める。スイッチが入れっぱなしであった為、ドライヤーはその瞬間から温風を吹き出し始めたので、驚いたアルバは焦ってスイッチを切る。


「なんで金属の部分なんだ?」

 横から様子を見ていたティレルが質問をする。

「魔力を通しやすいからです。どうも、魔力は電気と似たようなものみたいですね」

 シエナは質問にパッと答えるが、魔力を通しやすいっていうのはなんとなく理解できたが、電気と言う物が理解できないティレルは首を傾げるだけである。


「あ、電気って言うのは、今外でゴロゴロ鳴ってる雷の力をかなり抑えたものですね。こんな感じのです」

 そう言って、シエナは自分の指と指の間にパリパリっと電気を魔法で走らせた。

 その魔法に、その場にいる全員が驚く。


「し、シエナは雷も操る事ができるのか!?」

 ティレルは心底驚く。

「ん~…自分の魔法として電気を出すのは今のが精一杯ですけど、雷雲があれば狙った場所に雷を落とす魔法を使う事もできますよ」

 自分の魔力を変質させての電気は、せいぜい静電気が少し強くなった程度の威力しか出せない。

 しかし、雷雲がある場合は、雷を落としたい場所と雷雲をその静電気の魔法で繋いで、雷の通り道を通せば、自然と雷を落とす事ができるのである。

 ただ、雷の力は恐ろしい力であり、制御できなかった時は大変な事になってしまうので、シエナは一度試したきり使用していない。

 シエナの使える雷の魔法は、ギガはなかったとしても、ライの威力くらいはあるはずである。充分に恐ろしい威力だ。


「まあ、その電気と魔力は似たり寄ったりな感じな物で、電気が通りやすい物ほど、魔力も通りやすいんだと思うんですよ。なので、金属を使用しています」

 若干、話が逸れてしまっていたので、シエナは無理矢理話を戻し、説明をする。

 ただ、やはり電化製品が存在しない世界で、電気の事を説明するには難しいものである。


 ただ、絶縁体の物には魔力が通わないのかどうかが、シエナにはまだ判断ができていない。

 ゴムやビニールと言った物が身近にないから実験できていなく、燃やした後のゴムっぽくなったスライムは、絶縁体ではないのでわからないのである。


「それより、今から昼食を作ります。アルちゃん、ドライヤーはよろしくね」

 シエナはそう言うと、共有部屋の冷蔵庫から必要な食材を出していく。

「なんだこれ。すごいな」

 ルクスが冷蔵庫を見て驚きの声を出す。今は台風の影響で真夏であっても多少は涼しい方であるが、生ものの食材が傷む事なく保存できるその冷蔵庫を見て、その凄さと便利さを理解する。

(これ、王宮用に作ってくれないかなぁ…)

 当然、欲しがるのも無理のない話しであった。



 それからシエナは、お好み焼きのを作るのに必要な材料を切っていく。

 今回、シエナは台風が来る前に山芋をそれなりに多く購入していた。なので、山芋をすりおろした、とろろを入れたお好み焼きを作ろうとしている。

(山芋を仕入れ始めてくれた青果店には感謝ですね)

 シエナは、山芋をすりおろしながら、たまに買い物に行く青果店へ感謝をする。

 シエナが必ず大漁に購入をしてくれるので、青果店も安心して山芋を仕入れ始めたのである。


 山芋料理も、いくつかのレシピをメモした紙を青果店に渡しているので、どのように調理すれば良いのか質問された時には、そのメモを見て答えているそうであった。

 すりおろしてご飯にかけて醤油を少し垂らすだけであるとろろ飯は、それなりの人気になっているそうである。


「な、なんかそれ…おどろおどろしい見た目だな…」

 焼く直前まで完成したお好み焼きは、見た目が完全にアレなので、ルクスは少しだけ引いていた。

 しかし、使っていた食材にも何も問題がないのも確認してるので、本当に見た目だけ驚いているのである。


「これに似た料理で、もんじゃ焼きってのもあるんですが、それも見た目がおどろおどろしいですよ」

 もちろん、シエナも焼く前のお好み焼きやもんじゃ焼きの見た目がアレにしか見えないので、そのような事を言われても怒りも呆れもしない。むしろ同意するのであった。


「あと十数分で完成しますから。待っていてくださいね」

 シエナが笑顔で言うと、ルクスは焼く前の粉を見て、汗を垂らすのであった。

(美味しそうにも見えないし…今のところ面白い料理じゃないなぁ…別の意味で面白いけど)



 それから弱火と中火の中間辺りでじっくりとシエナはお好み焼きを焼き始めた。

 焼きあがるまでに時間があるので、その間にソースを作り始める。


 共有部屋の中に、お好み焼きを焼く少しだけ香ばしい匂いが漂う。

 結果、その場にいる全員のお腹が鳴り始めた。


「シエナ姉…お腹すいた」

 アルバがそう呟くと、全員が「お腹すいた」と言い出す。

「待っててね。今、ルクスさんの分を作ってるから、これを作り終わったらアルちゃんの分、それから皆の分を作るからね」

 大きな鉄板で焼いてる訳ではなく、1つのフライパンで焼いてるので、どうしても時間が掛かってしまう。

 シエナは、せっかくならお好み焼きとかもんじゃ焼き用に大きな鉄板でも用意しようかな?と考えるのであった。



 そして、ルクスの分のお好み焼きが焼き上がり、ソースを塗ってマヨネーズを網目状にかけると、シエナはルクスの座っている前のテーブルに置いた。

 ふんわりと漂うその香りは、とても美味しそうであるが、やはり青のりとかつお節がないのは寂しくもあり、香りが若干物足りなく感じてしまう。


「どうぞお召し上がりください」

 シエナがそう言うと、ルクスはナイフとフォークを手に持ち、少し悩んだ末、ステーキを食べるような食べ方でお好み焼きを食べ始めた。

 箸はシエナしか使ってない世界なので、ナイフとフォークでお好み焼きを食べるのは、なんともシュールな光景である。


「ん!熱っ…!」

 はふはふと口に入れたお好み焼きを冷ましながらルクスはその味を堪能する。

 そして、ゆっくりと咀嚼をして、口に含んだ分を飲み込むと、シエナの方を向いて答えた。


「うん!これは美味いな!焼く前の見た目はちょっとびっくりしたけど…」

 そう言って、ルクスはお好み焼きを食べていく。

 あまりにもルクスが美味しそうにお好み焼きを食べるものだから、皆の期待は高まった。

 一体、どんな味がするのだろう。と…。


「アルちゃんは中に入れる具材は何が良い?ルクスさんと同じオーク肉にする?」

 シエナはアルバに具材を選ばせる。

 あまり種類が多くないのが残念であるが、こうやって中の具材が選べられるのがお好み焼きの醍醐味である。




「麺も準備すればモダン焼きも作れたなぁ…」

 それからシエナは、手伝いを申し出たガストンと一緒に皆の分のお好み焼きを作り始めた。

 作っている途中で、モダン焼きの存在を思い出したが、焼きそば麺は今は作ってなかった為、断念する。


「しかし、同じ見た目なのに人によって入れる具材を変えられるのって面白いな」

 食べ終わったルクスは、他の皆の食事の邪魔にならないようにテーブルから離れ、シエナの邪魔にならない位置でシエナの事を眺めていた。


「はい!ご希望の美味しくて面白い料理だったでしょ?」

 シエナは少し勝ち誇ったような笑顔で答える。

 そんなシエナの様子に、ルクスは両手を挙げて「参りました」と、いつの間にか勝負をしていたような気分になってしまうのだった。



 シエナ自身もお好み焼きは前世ぶりである。

 オーソドックスなぶた玉…もといオーク玉で調理をし、マヨネーズをたっぷりとかけて箸で器用に食べる。

「いやぁ~…やっぱお好み焼きは美味しいですねぇ」

 そして、青のりは無くても、かつお節はやはり欲しいところであると実感をし、メニューに導入したいところではあるが、かつお節がないお好み焼きは未完成品なので導入できないと断念をするのであった。

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