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財宝の使い道

「うわぁ…何かあっさり出られたから少し悔しい…」

 苦労して山岳を歩き回って入り口を探したシエナは、意外にもあっさりと脱出できたことを悔しがった。

 しかし、だからと言ってそこから何日もシュバルヘーレ内を彷徨いたくはなかった為、シエナはすぐにでも抜け出せた幸運を素直に喜ぶ事にする。


「ん~…太陽があの位置にあるから、東はあっちかな?」

 シュバルヘーレを抜け出したシエナは、陽の当たる場所まで移動をすると、太陽の位置を確認して自分の進むべき方角を確認し、山岳を下り始めた。


 そして、2時間程の時間をかけて山岳を下り終えたシエナは驚愕した。

 そこにはシエナが持ってきた手引き車が、見覚えのある場所に置いてあった。


「ほ、ほんの少し探す場所を変えてれば、コカトリスはいたけれど、すぐに出入り口を見つける事ができたってパターンですか…」

 シエナはずっと彷徨い続けてきた時間はなんだったのだろうと落ち込んでしまう。


(もしかすると、意外と近くに他の出入り口があったのかもなぁ…)

 シエナは、手引き車に財宝の詰まったリュックを乗せ、持って行けずに手引き車に残していた保存食を食べながら思案する。

(まぁ、今更見つけてももう入りませんけどね)

 もぐもぐと咀嚼をしながら、もう一度だけシュバルヘーレのあった山岳を見上げ、そしてシエナは思い出した。

「あ!魔晶石!1個も見つけてない!」


 しかし、財宝を手に入れたので魔晶石はいらない事を思い出し、シエナは帰路に着く。

 シエナは気付いていなかった。シュバルヘーレですでに自分が何度も魔晶石の横を過ぎ去っていた事を。更にシエナは気付いていなかった。魔晶石を何度も踏んづけていたりした事も…。




 大金を手にしたシエナの足取りは軽く、来る時には12日掛かった道のりも、9日で帰り着く事ができた。

 道中では来る時と同じようにモンスターや魔物に襲われた時は逃げの一手を繰り返し、警戒を怠らずにとにかく急いでテミンへと戻った。せっかく大金を手に入れたのに、死んでしまっては元も子もないからである。



「ディータ。ただいま」

 シエナは黄昏の女神亭へと入り、ディータの姿を確認すると笑顔で近寄った。

 ディータは手に持っていた箒を落とし、駆け足でシエナに抱き付く。


「おかえり!良かった!無事に帰ってきてくれて!」

 ディータは涙ぐみながらシエナの無事な帰還を喜ぶ。

 シエナはそんなディータの頭を優しく撫でながら、生きて帰ってこれた事を喜んだ。


「見て見て、凄いの手に入れたよ!」

 丁度、ディータの父であるチェスターと、母であるローズも、シエナの声を聞きつけてフロントへとやってきた時だった。

 シエナは、背負っていたリュックを降ろし、その中身を見せる。


「おぉ!これは凄い!」

 チェスターがすぐに驚きの声を挙げた。中身が金銀財宝なので当然だろう。

 ローズは口に手を当てて声にならない驚きを見せている。


「す、すごい…これ、どうしたの…?」

 ディータは、驚きながらも、その財宝をどうやって手に入れたかシエナに質問をする。

 シエナは「ダンジョンで見つけました!」と、えっへんと胸を張る。


「えぇ!?ダンジョンに行ってたの!?」

 ディータは、シエナが長く冒険に出かける事は聞いていたが、ダンジョンに行くとは聞いていなかった。

 普通に、何らかの長い期間を必要とする依頼を受けたのだと思っていたのだった。

 もしダンジョンに向かうと知っていたならば、ディータはシエナを止めていただろう。それが、目的地がシュバルヘーレと聞けば尚更である。


「本当に…良く、無事に帰ってきてくれたね…」

 行ってしまったものはしょうがない。ディータはとにかく、シエナが無事に帰ってきてくれた事だけを喜んだ。

「うん。ディータのおかげだよ…。ディータがいなかったら、私…死んでた」

 シエナはコカトリスと遭遇した際に、一度は死を受け入れてしまった事を思い出す。

 そして、ディータとの約束を思い出した事により、諦めずに戦う事が出来た事を感謝する。


「わたし…なにもしてないよ…?」

 ディータは目に涙を浮かべたままきょとんとしていた。

 実際に、ディータ自身は何もしていないのだから、心当たりは何もなかった。


「ううん。ディータが、約束してくれたから、私は諦めずに生き延びる事ができたの。ディータが私を心配してくれてなかったら、私は死んでた」

 シエナはそう言って、自分を心配してくれた存在であるディータを優しく抱きしめる。

 今度は、チェスターも空気を読んで微笑んでいた。


 ディータは、優しく自分を抱きしめるシエナを力強く抱き返した。

 この子はずっと守らなくてはいけない存在だ。自分が守らなければ、この子は無茶をしてしまう。

 そう感じたディータは、シエナを離すもんかという気持ちで力の限りシエナをギュッとする。

「く、くるしぃ…」

 シエナは丁度お腹の辺りを力強く抱きしめられてる為、苦しんでディータの肩をタップする。



「それで、このお宝はどうするんだ?」

 ディータから解放されたシエナに、チェスターは質問する。

 シエナの持ち戻った財宝は、一生は無理だとしてもかなりの間、何もせずに暮らしていけるだけの金額にはなりそうだった。


「はい。これからギルドと役所に行って然るべき手続きをしてきます」

 チェスターが聞きたかったのは使い道の事であったが、シエナはたまに変な勘違いをして答える節がある。

 本人は至って真面目に答えてるので、そう返されてしまったチェスターも「お、おう…」と反応をするしかなかった。



 ダンジョンで見つけた財宝は、届け出などを出す必要などは特にはない。

 あくまでも、見つけた人の物である。


 しかし、届け出などをしてない時に、大金が盗まれる事件などが発生すると、突然大金を手に入れた人間は真っ先に疑われてしまう。

 過去にも、ダンジョンで財宝を手に入れた冒険者が届け出を出さずに豪遊していた。

 そんな時に貴族の館に泥棒や強盗が入ると、普段は金欠なのに、豪遊をしている冒険者は真っ先に疑われてしまう。そして、無実の罪を着せられてしまうのだった。


 これは、偶然と言う訳ではなく、ダンジョンで財宝を手に入れたのに届け出を出してない冒険者を発見した悪人が、チャンスとばかりに罪をなすりつけてるのである。


 シエナは、見た目が見た目なので疑われる可能性は低いが、それでも然るべき手続きはしておくに越したことはないと判断している。

 手続きをしておいて損はない。逆に、手続きをしておかないと損をする事がある。そうなれば、当然誰でも前者を選択するだろう。



「それに、ギルドには他にも用事がありますから」

 そう言って、シエナはポケットからハンカチに包まれたネームタグを取り出した。


 冒険者の持つネームタグは、冒険者としての本登録をしている証であるが、一番重要とされてるのが、死亡している冒険者の身元確認用である。

 冒険中に死亡している冒険者を発見した場合、回収不能な場合を除いて、ネームタグの回収が義務付けられているのであった。

 回収不能な場合は、発見報告だけでもしておかなくてはならない。


 ずっと行方不明になる冒険者も少なくない。帰りを待つ家族だって存在している。

 そんな家族に死亡をしていると知らせるのは少々酷だが、知らさないわけにはいかない。ネームタグは、手続き完了後に遺族に引き渡される。

 それが、本来のネームタグの使い道であった。



「そうか。…で、お宝はどんな使い方をするんだ?」

 今度は、勘違いをされないようにしっかりと質問を確実に行うチェスター。

 ローズもディータも、シエナの財宝の使い道に興味があり、シエナの方を向く。


 シエナは、満面の笑みで答える。


「宿屋を建てます!」



 エルシオン一家は驚きの表情を見せて固まる。

 シエナが宿屋で働きたいと言う雰囲気を出していたのは一家全員が感じ取っていた。

 それが、まさか自分自身の宿を建てるとは思いもしなかった。


 チェスターは、ポカンとした表情から、ニヤリと嗤うとシエナの頭に手を置いた。

「はっはっは!ウチの商売敵になるのか!そりゃ負けてらんねぇな」

 口では商売敵と言っているが、その目は慈愛に満ちていた。

 ローズもディータも、同じような目をしている。

 特にディータは、宿屋を建てると言う事は、シエナが冒険者をやめてこの街でずっと平穏に暮らしてくれると信じているからだ。


「わかんねぇ事があったら宿屋を経営してる先輩としてアドバイスするからな」

 そう言って、チェスターはシエナの頭を優しく撫でた。

 シエナは、チェスターの言葉に「うん!」と元気良く頷く。

 きっと、これからも良好な関係を築いていけるだろう。そう感じていた。



「でも、この財宝じゃ二番街区に建てるにはギリギリかもね。建てれても、最初の初期費用が足りなくて営業できないかも」

 ローズが、シエナの持つ財宝を見て、ある程度の見積もりを建てる。

 テミンの二番街区は、商業特化区な為、土地代が物凄く高いのである。しかも、それはそこまで大きい土地でない上に、シエナの持つ財宝では、ほんの小さな宿を建てるだけで精一杯となりそうであった。

 もちろん一番街区にも土地自体があまり残っていなく、やはりそれも法外な金額となっている。


「そ、そんなぁ~…」

 シエナはがっくりと肩を落とす。これだけの財宝がありながらまさか足りないとは思わなかったからだ。


「…三番街区なら、広い土地が結構余ってて、それなりの安さで売ってるだろうな。宿を経営するには少し向かない区域だけど」

 チェスターの呟きに、シエナは「それでも一向に構わない」と言った表情を浮かべる。



 その後、シエナはエルシオン一家と相談をし、ギルドと役所に手続きをしてから不動産屋(に該当する店)を見て廻った。

 そして、現在宿屋シエナが建てられてる土地を見つけ出し、そこを思い切って購入をして、宿屋を建てるのであった。







「これで私がダンジョンに潜って財宝を発見し、宿屋を建てるまでのお話しはおしまいです」

 シエナがそう言って自分の冒険譚を語り終えると同時に、周りから「ワッ!」歓声が沸き起こる。

 シエナ、ルクス、ディータはその歓声に一体何があったのかと驚いた。


「すげぇ!すげぇぜ嬢ちゃん!」「こんなに小さい子なのに苦労したんだね」

「あの三番街区にある立派な宿屋はこの子が持ち主だったのか!こりゃ驚きだ!」

「コカトリスってどんな味だったの!?」「他には何か面白い冒険譚ないのか!?」

「うー!やっぱ冒険者ってのはこうでなくっちゃな!」


 それは、シエナの昔話に聞き耳を立てていた人々であった。

 最初は誰も興味もなく、むしろ気付いてもいなかったが、何人かの人間が、無意識に耳を傾けてるうちにシエナの冒険譚に興味を持ち、周囲の人間に「少し静かに」と言って聞き入っていた。

 その行為は、他の人々にも興味を持たせる結果となり、シエナがシュバルヘーレに突入した場面を語り始めた時にはかなりの人数がシエナの冒険譚に聞き入っていて興奮していた。


 語るシエナは気持ちを込めて語っていた為に、聞き入る人々に気付いてなく、ルクスとディータも、シエナの冒険譚を聞き入っていた為に、周囲の人々に気付かなかった。


 人々は、語り終えたシエナの冒険譚を反芻するように語り合い、その話題を肴に料理を食べる。

 シエナ達が昼食を食べる為に入った料理店は、ここ数年で一番の大盛況を見せるのであった。



「いや~、君、吟遊詩人にもなれるんじゃないか?」

 料理店の店主が「店を盛り上げてくれたお礼だ」と言ってフルーツの盛り合わせを持ってきてくれて、シエナにそう言った。

 シエナは、楽器は持っていなかったがその語り方が人々の興味をそそる語り方であった為、そう感じたのであった。


 店主の言葉に、ルクスとディータも頷く。

「まさかそんな危険な冒険をしてるとは知らなかったよ。ほんと、無事に帰ってきてくれて良かった」

 ダンジョン内での詳しい話しは、当時のディータは恐ろしくて聞く事ができなかった。

 今は精神的にも成長している為、聞き入っていた人々と同じように大興奮して聞くことができる。

 しかし、それでもシエナが危険な冒険をしている事には少し腹を立てていた。


「あんまり心配かけさせないでよね」

 そう言って、ディータはシエナのおでこにデコピンをする。

 シエナは「あいたっ!」と目を「><」にして反応した。


「そんな危険を冒してまで、宿屋をやりたかったんだな…」

 ルクスは、自分がシエナに結婚を申し込んだ時の事を思い出す。

 普通であるならば、王子にプロポーズをされて断る女性などいるはずがない。

 それなのに、シエナは断った。


 その理由が「宿屋をやりたいから」。

 いくらなんでも断る理由としては少し弱いと思っていた。

 しかし、今のシエナの話を聞いて、ルクスはその考えを改めた。


(本当に、宿屋が生きがいで、それに人生をかけてるんだな)

 シエナの気持ちを知ってしまったルクスは「これから結婚を申し込み辛くなってしまった…」と少しだけ落ち込んでしまうのであった。


 それから3人は、昼食を食べ終わった後に遊びの続きとして、あちこちの店を見て廻るのであった。

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