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シュバルヘーレ③

 どれだけの時間眠っていたのか、次にシエナを目を覚ました時にはかなりの空腹となっていた。

 そして、魔力もかなり回復していた為、シエナは警戒を忘れて熟睡してしまったんだなぁ…。と、若干反省をしていた。


「ここは安全地帯なのかな?良かった。寝てる間に襲われなくて」

 寝る前に消した松明にもう一度火を点け、リュックから食料を漁る。

 シエナは少し考えた後に、残った食料の半分近くを平らげた。


 それは熟考した末によるものではなく、完全にシエナが食べたかったからである。

 食料が手に入らない、もしくは手に入りにくい時には、普通は手持ちの食料は大切に食べなければならないが、シエナはただ単に「食べたいから食べる」、それだけで生きている。


「ふぅ。そこそこお腹も膨れました」

 それなりの量を食べたはずだが、シエナの満腹には程遠かったらしく、シエナはそう呟くと松明を手に周囲を少しだけ探索した。


 崖下は少しだけ広い空間になっていて、シエナは岩陰の窪んでいる場所を安全地帯として眠っていた。

 空間にはいくつかの進めそうな空洞があり、シエナは空洞の前に立つと顎に手をやり悩んだ。


「う~ん…分かれ道が複数あるとどこから行くか迷いますよね」

 ここは最もポピュラーな左から攻める選択をしようかとシエナが思った時、手に持っていた松明の火がユラユラと揺れた。


「ん?風…?」

 シエナのいる空間には4つの空洞があり、そのどこかから風が吹きこんでいた。

 シエナは、松明をそれぞれの空洞の前に持ち、どの空洞から風が吹き込まれているのか確認する。


「ここね。もしかすると、出口が近いのかな?」

 体制を立て直す為にも、また深く潜り込んでしまった為、自分が通ってきた道さえも忘れてしまっているので、シエナは出口が近くにあるならば、一旦外に出るのも手だと考えた。


「それだったらこの道しかないですね」

 シエナはリュックを背負い、風の吹きこんでくる方へと向かって歩み始めた。



 周囲を明るく照らす魔法が便利すぎたのか、松明の灯りでは少し心もとないと感じているシエナであったが、休憩をする前にほぼ魔力切れを起こした事を思い返すと、少しでも魔力は温存しておくべきだと判断し、松明の灯りのみで歩を進めていた。


 しばらく進んだ所でとある疑問が浮かぶ。

「…おかしいです。さっきから何もモンスターが出てこないです」

 うんざりするほど見てきた蛇のモンスターや蝙蝠のモンスターはその姿を見せず、たまに蜘蛛の巣を貼ってる蜘蛛のモンスターがいるくらいであった。

 もしかすると、自分の周囲を照らす魔法がモンスターを呼び寄せてた?そう考えたシエナであったが、その先に広がっていた大空洞に、その答えは潜んでいた…。



「わぁ~…広いなぁ…」

 学校の体育館程の大きさの空洞に出たシエナは、その空洞の大きさに思わず声を漏らす。

「…ん?」

 耳をすませてみると、その大空洞から『シュ~…』という蛇の鳴き声のような音が聞こえてきた。決して『シェー!』ではない。そんな出っ歯な奴はこんなところにはいない。

 もしかして、また蛇のモンスターかな?と、思ったシエナは、松明の灯りではよく見えないと感じた為、周囲を明るく照らす魔法を使う。


 次の瞬間、シエナは松明を落とした。


 落とした松明を拾おうとはせず、シエナはギュッと目を瞑ると見えていた限りの情報を処理しようと、照らしていた魔法を解除し、深呼吸をした。


(待って待って…!もしかして、もしかすると…いや、もしかしなくても…っ!!)

 シエナが見たもの…それは大きな鶏の化け物だった。


 それがただのでかい鶏であったなら、シエナは何も焦らなかっただろう。

 むしろ、喜々としてその鶏を狩りに向かったはずである。

 シエナが焦ったのは、その鶏の尾の部分が蛇だった事にあった。


(コ、コカトリス!?)

 その空洞にいたのは、目を合わせた相手を石化させてしまう恐ろしい魔物であるコカトリスであった…。



 シエナが見えていた限りでは、コカトリスの大きさは、胴体のみなら軽自動車程の大きさで、鶏部分の首の長さを合わせると3メートルから4メートル程の大きさがありそうだった。


(まずいです!非常にまずいです!)

 シエナは焦りまくった。石化を防ぐ為にとりあえず目を瞑ったが、今度は自分が何も見る事ができない。その状態で動き回る事など不可能であった。

 そして、急に寒気がしたのを感じたシエナは、自分の存在がコカトリスに見つかったのだと悟った。


(も、もうダメだぁ…おしまいだぁ…)

 まるで劇場版の野菜の王子のように急にヘタレたシエナは、腕をだらんとさせた。


(確か…コカトリスは実は蛇の方が本体で、その蛇にはピット器官ってのがあるんだよね…)

 シュ~…と本体の蛇が鳴く声と、鶏の部分のトットッと歩く音が近づいてくるのがわかる。

 完全な暗闇なのに、真っすぐにこちらへ向かって来ている気配を感じるに、やはりピット器官によって自分の位置が完全に把握できているのだろう。

 それならば、何も見えない自分は成す術もない。


 万策尽きたと感じたシエナは、せめて痛みもなく一噛みで絶命させてくれる事を願い、ミレイユに捕らえられた時のように、この人生は特に良い思い出がなかった事を嘆いて、それでも微かにあった良い思い出を思い出そうとした。



 数少ない良い思い出を走馬灯のように思い出そうとしたシエナの瞼の裏に、涙ぐんでいたディータの顔が思い出される。

『帰ってきたら、一緒に遊びに行こう!』

 ディータの言葉が思い出され、シエナは目をカッと見開く!…事はせず、代わりに口を開けた。


「あああぁぁぁーーーーーーー!!!」

 シエナは、目を閉じたまま大声で叫び、身体強化の魔法を肌と耳に集中させた。


「どうせ向こうにははっきり見えていて、こっちは見えないなら同じ事です!」

 シエナは刀を抜刀すると自分に向かって噛みつこうとしたコカトリスの攻撃をサッと躱し、逆に斬りかかった。

 その目は未だ閉じられたままである。


「あああぁぁぁーーーーーー!」

 シエナは再度叫び声を挙げる。

 そして暗闇の中、目を閉じた状態にも関わらず、まるで周囲が見えているかのように走り始めた。



 シエナが使っているのは反響定位(エコーロケーション)である。

 動物が、音や超音波を発し、その反響によって物体の距離や方向、大きさなどを知ることに使われている。

 反響定位(エコーロケーション)を使う動物で、一番有名どころと言えばイルカだろう。


 シエナは、超音波は出す事はできないが、とにかく大声を出して反響させた自分の声を肌で感じ、耳で聞きとって周囲の状況を把握しようと努めた。

 正確にはわからないが、ある程度の障害物の位置は把握できていて、シエナはとにかく躓かないように気を付けて走り周るだけである。

「はっきり言って開き直りです!岩陰に隠れてもピット器官の前では無駄なのだったら、逆に大声を出しまくるだけです!」

 そしてシエナは、とにかく大声を出し続け、反響定位でコカトリスの位置を把握し、その猛攻を避け、逆に攻撃を仕掛けていった。



「ディータと約束!したんだから!こんなところで死んでられないんです!」

 ディータとの約束を果たす為、シエナは更なる攻撃の手段を模索する。


「喰らえ!ピット器官潰し!」

 シエナは人の形をした火の魔法を繰り出し、空洞内の至るところに設置した。

 温度は人の体温と同じくらいをイメージし、何かしらの衝撃が加われば抑えていた温度が一気に高温になるイメージを付与している。

 維持するのにそこそこの魔力を使うが、反響定位だけでは攻撃を避ける事はできても、決定打となる自分の力の籠った攻撃が与えられないので、シエナは魔力の出し惜しみをしない事にした。


 コカトリスは混乱した。

 つい一瞬前まで獲物は1体だけだったはずなのに、急に獲物がその数を増やしたからだ。

 近くにいた獲物に噛みかかってみたところ、急激に膨れ上がった温度により口の中を火傷してしまう。


 今までこんな獲物は見た事がない。

 コカトリスは、火によって明るく照らされた周囲を、ピット器官に頼って動くのは危険と判断し、ピット器官を閉じて眼で獲物を探った。


 対するシエナは、今度は自分の声を圧縮した空気爆弾のようなものを作り出し、時限式で爆発するようにイメージして空洞のあちこちに飛ばし始めた。

 ピット器官潰しをした事により、コカトリスの動きが少しおかしくなった為、目と耳で自分の動きを探ろうとした気配を察知したからである。


 コカトリスは、音が訳のわからない方向から聞こえてくることに更に混乱した。

 全く何もない空間から先ほどまで叫び声を挙げていた獲物の声が聞こえてくる。


 その方向に向かって、石化魔法を使用してみるが、そこには何もいなく、不発に終わる。

 目の前の獲物の形をした何かに噛みつけば火傷、頼みの綱である石化魔法は不発、コカトリスは、今まで感じた事のない恐怖を覚えた。



(よし!次は…目くらましです!)

 シエナは周囲を照らす魔法を、自分の出来る限りの最大出力で、連続して使用した。

 まばゆい光が周囲を照らしては消え、また照らしては消え、を繰り返し、コカトリスは目でシエナを探ろうとしていた為に、そのまばゆい光に、人間で言うてんかんのような物を引き起こす。


 コカトリスの動きが、完全に鈍ったのをシエナは逃さなかった。

(喰らえぇぇぇーーー!!)

 シエナは渾身の力と魔力を込め、コカトリスに向かって刀を振り下ろし、刃がコカトリスに斬りこまれたのを感じると、その刃を一気に引いた。


 コカトリスの鶏部分の首が千切れ落ちる。


 コカトリスは、今まで体験した事のない痛みにのたうち廻った。

 その隙を、シエナは見逃さずに今度は蛇の部分を斬りおとす。


「これで、とどめぇぇぇーーーー!」

 斬りおとしたコカトリスの本体である蛇の頭に刀を突き刺す。何度も、何度も突き刺し、最後のいたちっぺで石化魔法を使われないように眼を潰す。


 やがて、コカトリス本体の蛇は動かなくなった。



「はぁ…はぁ…」

 肩で息をしているシエナは、コカトリスの返り血を大量に浴びていた。

 咽かえるようなその血の匂いに少し吐き気を覚えながらも、シエナは周囲に散らしていた火の魔法を解除し、残存した魔力を吸収して少しだけでもと回復を図る。


 周囲を明るく照らす魔法を使い、恐る恐る目を開いてみると、そこには口を大きく開けて絶命しているコカトリスの姿があった。


「やった!勝った!コカトリスに勝ったぁー!」

 シエナは両手を挙げて万歳をして喜ぶ。

 まさか、コカトリスに単独で勝てるとは思わなかったからだった。


「このコカトリスがいたから、この近辺にはモンスターがいなかったんだなぁ」

 それはコカトリスを恐れたモンスターが逃げ出していなくなったのか、コカトリスが捕食していなくなったのかの判断はシエナにはできなかった。

 ただ、どちらにせよ原因はコカトリスであると悟る。


「あ~…疲れた…うへぇ…何気に血の色が青色じゃないですかぁ…やだぁ…」

 自分についている返り血の色を見てみると、青色の血であった為、シエナは気持ち悪く感じた。


 シエナは、水魔法で血を洗い流す事を優先付けて、万が一モンスターがやってきてもすぐに見つからず、逆に自分がすぐに見つける事ができそうな場所を探して最初にコカトリスがいた付近へと進む。


「ぇ…」

 シエナは絶句した。

 鳥の巣のように草木で作られたコカトリスのものと思われる巣を発見し、「後で寝るのに使わせてもらいますか」と呟いた時に、ふとその更に奥を見た時にそれは見つかった。


 シエナの目に飛び込んできた物…。それは、大量の金貨や、貴金属で作られたアクセサリーや財宝であった。

 中には、折れた剣やひしゃげた兜などもあったが、金貨だけでも相当な量がある。


「こ、これ…全部、本物ですか!?」

 シエナは金貨を掴み取り、じっくりと観察する。触った感じや噛んでみた感じは本物の金であった。

 普通の金貨だけでも数百枚はありそうなのに、中には少し大きめの大金貨も混ざっている。

 それにルビーやサファイヤなどで装飾された貴金属も含まれていて、その場にある財宝だけでかなりの価値がありそうであった。


「…宿屋…建てれますね」

 シエナはニヤリと嗤った。

 魔晶石を探しにきた事はすっかり忘れ、シエナは目の前の財宝に目が眩んでいた。

 うひひ、と少しだけ気色の悪い笑い声を挙げて、繁々と金貨を1枚1枚眺めていく。


 そして、数十分の時間が経過し、コカトリスの血がカピカピに乾燥してしまってから、シエナは地面に手をついて「洗い流すの忘れてた…」と項垂れるのであった。




「ん!コカトリスの肉美味しい!」

 水魔法で血を洗い流し、熱と風の複合魔法で服を乾かしたシエナは、おもむろにコカトリスの肉を焼いて食べ始めた。

 元々、食べもしないのに無益な殺生はしたくないと思っているシエナであるので、今回もそれに倣い、まずは一口食べてみようと行動に移したのである。


 そして、鶏部分は普通の鶏よりも若干食感が違う鶏肉のような蛇肉であることが判明し、蛇部分は上質な蛇肉であることが判明した。

 鶏肉部も美味しいと感じていたが、蛇肉部の前にはその美味さも霞んでしまう。

 シエナは、かなりの量があったにも関わらず、蛇肉部をあっという間に平らげてしまうのであった。


「ん~…食べたら眠くなってきました」

 欠伸をしながら、シエナはコカトリスの巣へと向かう。

 そして草木で作られた枯れ草のベッドに横たわると、すやすやと眠りにつくのであった。



 おそらく日を跨いだと思われる程眠っていたシエナは、目覚めた後に財宝をリュックの中へ詰め始めた。

 必ず持ち帰り、これを元手に宿屋を建てるんだ!と息巻いている。


「ん?これ、冒険者タグ…」

 財宝の中には、冒険者が首から下げているネームタグがいくつか含まれていた。

 恐らくは、あのコカトリスの犠牲になった者達のだろう。

 シエナは、手を併せて犠牲になった者への冥福を祈ると、ハンカチでタグを包んで大事そうにポケットへと仕舞いこんだ。


 ずっしりと重くなったリュックを背負ったシエナは、松明に火を点けると風の吹き込む穴を探した。

 コカトリスの大きさからして、シュバルヘーレ内部を闊歩している訳ではなく、この空洞を拠点にしているとシエナは踏んでいた。


 そして、それなのにも関わらずにこれだけの財宝を集められると言う事は、近くに出口があるはずだとシエナは考えている。恐らくは、入ってきた冒険者を襲ったり、たまに外に出て商人などの人間を襲い、その財宝を奪ってきたのだろう。


(ってか、入った瞬間にボスクラスがいるダンジョンってやだなぁ…)

 自分の突入した出入り口が、コカトリスなどがいる場所じゃなくて本当に良かったとシエナは安堵した。

 今回は運良く勝つ事ができたが、コカトリス以上に凶悪な魔物や、複数のコカトリスに襲われればひとたまりもなかっただろう。



 松明の火が揺れ、風を感じる事のできる空洞を見つけたシエナは、出口を求めて歩き始めた。

 金貨の詰まったリュックを背負う為に身体強化魔法を断続的に掛け続けているが、コカトリスの肉が意外にも栄養が豊富であった為、食べ終わってからぐっすりと眠ったシエナの魔力は全回復している。


 警戒は怠ってなかったが、それから30分程歩いてもモンスターに襲われる事はなかった。

 そして、そのままシエナはシュバルヘーレの外へと脱出する事に成功したのであった。

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