表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/98

プリンとバニラアイス

 ハーピーの岩山から下山したシエナ達は、テミンへの帰路へとついていた。

 下山直後は、ヤヨイがいつまで経ってもケイトから離れようとしない事態が発生して、ケイトも「もうこの子連れて帰る!」と駄々を捏ね始めるトラブルなども起きたが、全員が説得をして事なきを得たのだった。


「ヤヨイちゃん!絶対に、絶対にまた来るからね!私の事忘れちゃヤダよ!」

 親ハーピーのタナカがヤヨイを爪で鷲掴みをしてヤヨイを引き止め、ピーピーと鳴くヤヨイにケイトが泣きながら言ってた台詞がやたらと耳に残っていて、シエナは近い内にもう一度会いに行った方が良いかな?と思うのであった。



 テミンへの道のりでは、5体編成のゴブリンと3度程遭遇したが、全てシエナが難なく撃破していた。

 ティレルは、シエナの小さな体のどこにあんな力と瞬発力があるのかが不思議でたまらなく感じていて、同時に、シエナの剣術があまりにも酷いモノだった事に驚いていた。


「シエナの剣術は我流か?しっかりとした剣術を学べばもっと強くなれるぞ。望むならいつでも稽古つけてやるからな」

 野営中にティレルがシエナに稽古をつけると申し出るが、シエナは「いえ、別に強くなりたいわけではないので」と言って断った。

 ティレルは「勿体ない…」と嘆いていたが、本人が望んでいるわけではないので強制するわけにはいかない。

 ただ、更に強くなる見込みのある者が、何も学ばずに埋もれてしまうのは、やはり名残惜しく感じていた。



 岩山を出たのが夕方少し前だった為、あまり距離を稼げてなかった一行がテミンに帰り着いたのは、次の日の陽が沈む頃であった。


「疲れたけど、なんか充実した冒険だったな」

 ルクスは嬉しそうに語る。ハーピーの岩山は、冒険者の間では屈指の危険箇所であるにも関わらず、無傷で戻ってこれたからだった。

 無傷で戻ってこれたのも、シエナがハーピーと友達だったから。という事も忘れてはいないが、危険な冒険を冒して戻ってこれるというのは、自信に箔が付く物であり、向上心が高くなるものである。


「う~…ヤヨイちゃんに会いたい…」

 ケイトはずっとヤヨイの事を気にしている。昨日別れたばかりだというのに、すでに会いたがってる様子には、シエナ達も苦笑いをするだけであった。


「また近い内に遊びに行きましょう。肉まんも頼まれましたし。ヤヨイちゃんにはケイトさんから食べさせてあげると良いですよ」

 シエナがそう言うと、ケイトはパッと顔を明るくさせて「絶対だよ!」と言って喜んだ。



「それじゃあ、俺達はここで」

 ルクス達はそのまま領主館へと向かい、シエナは1人で宿へと戻る事に。

 魔晶石も大量に手に入り、今回、作成途中の冷蔵庫も魔晶石を取りつけて魔力を込めるだけで完成する。他にも作りたい道具もいくつかあるシエナの足取りは軽い。


「ただいま戻りました~」

 いつものように、元気な声を出して無事に戻ってきた事を伝え、今回もシエナの冒険は問題なく終わりを告げたのであった。





 それから2日後。

 冷凍室付き冷蔵庫を完成させたシエナは、次々と冷たいお菓子や料理を作っていた。

 冷蔵庫は、共有部屋に1台と、宿屋の食堂のキッチンに大きめのを1台の計2台である。


 冷蔵庫の保存性の良さ、また、もう真夏に差し掛かろうとする季節にも関わらず、冷凍室に水を入れておくだけで数時間後には氷ができるその便利さに、ガストンとコーザ、エトナは驚くばかりである。


「皆さん!これよりデザートの試食会を執り行います!」

 昼食を食べ終わり、皆がゆったりと休憩を始めようとした頃、共有部屋にいる全員にシエナは宣言した。

 従業員は、突然のシエナの宣言に戸惑いつつも、シエナが何かお菓子らしきものを作っているのを目撃していたので、きっとそれが完成したのだろう。と、思っていた。


「最初はこちら!ひんやり冷たいバニラアイスです!」

 じゃーん!という効果音が聞こえてきそうな勢いで、シエナはガラスの器に丸い形で形成された白いバニラアイスを冷蔵庫の冷凍室から取り出した。

 シエナは、いずれアイスクリームを作ると思っていて、アイスクリームディッシャー(アイスを丸くするやつ)を先に作っていたのであった。


 香りの良い木として人気の高いバニラの木から、長い時間をかけてバニラビーンズを栽培し、酒精の高いアルコールに漬けて作ったバニラエッセンスは、少し前からテミンの街では主にクッキーの生地に練り込まれる形で使われている。

 もちろん、広めたのはシエナである。

 シエナが若干残念に思っているところは、バニラビーンズの加工方法を正確には知らなかったので、完璧ではない事と、バニラビーンズを漬けるのに一番最適なウォッカがなかった事である。


 シエナがバニラエッセンスを作りだした理由はクッキーの為ではなく、むしろ今回作ったバニラアイスの為であった。


「冷たいので、一気に食べると口の中と頭が痛くなるので、気を付けてください」

 シエナは笑顔で全員にアイスクリームを配ると、いそいそと椅子に座って両手を併せた。

「いただきます」

 シエナは、すぐにスプーンを手に持ってアイスを一口食べ始める。


「ん~!冷たくて甘くて美味しい~」

 シエナの作った物だから大丈夫だとは思っているが、初めて目にする食べ物なので、若干の不安を感じていた従業員の面々は、シエナが食べるのを待ってからスプーンを手に取った。

 そして、シエナが恍惚の表情を浮かべるのを見て、同じようにして食べ始める。


「わぁ!美味しい!」

 すぐにアルバが率直な感想を口にする。

 他の者も、皆同じような感想を口にして、アイスを堪能した。


 この暑い季節に、冷たい食べ物が食べられる幸福。

 それを作り出したシエナの発想力。皆、口には出さないが、相変わらずシエナは不思議な少女だな、と思うのであった。



「お次はこちらです!甘くて口にとろけるプリンです!」

 今度は冷蔵庫からプリンを出して、皆の前に置いていく。

「…え?これ、メニューにもある茶碗蒸しじゃないの?」

 プリンは陶器の器に入っている状態であり、見た目そのものが茶碗蒸しにしか見えなかったミリアはすぐに疑問の声を挙げた。シエナは、この食べ物を甘いと言っていたが、もし茶碗蒸しであるならしょっぱいはずである。


「ふっふっふ…。見た目は似ていますが、全く別物です。本当はプッチンとやりたいところですが、専用の容器がないので、茶碗蒸しに使用している器で代用しました」

 シエナは意味深な笑い方をして、今度は皆に先に食べるように促す。特に、疑問の声を挙げたミリアに対して「さあ、早く食べるのです」と詰め寄っていた。

 他の者も、全員ミリアが食べるのを待っていた。まるで毒見役である。


 ミリアが意を決してプリンを口にすると、その表情は驚愕の表情へと変化した。

「すごっ!甘くてとろける!」

 ミリアはプリンをあっという間に平らげてしまう。

 それを見ていた他の皆も、最初の一口は恐る恐るであったが、一度食べてしまえばその美味しさにすぐに完食をする勢いで食べ始めた。


 そんな皆の様子に、シエナも大満足である。



「ガストンさん、アイスとプリンですが、デザートメニューに入れて大丈夫だと思いますか?」

 料理長であるガストンに、シエナはメニューにアイスとプリンの導入を訊ねる。

 シエナの方が上司ではあるが、上司だからと言って相談も無しにメニューを増やしたりして、部下の負担を増やしてばかりでは無能なのである。


「これはすでに出来上がった物をあの冷蔵庫や冷凍室ってところに入れて保管してるんですよね?でしたら、なんの問題もありません。むしろ、これは絶対にデザートに加えるべきです」

 料理長の即答によるお墨付きを貰えたところでシエナは更に大満足といった表情を浮かべた。



「ちょっとだけ出掛けてきます。夕方の営業には戻ってきますので」

 そう言って、シエナは木箱を抱えて街へと出かけた。

 親友のディータのところへと向かったのである。


「ディータも食べたら驚くだろうなぁ」

 ニコニコと笑顔で歩きながら、木箱の中に入っているアイスとプリンを食べた時のディータの表情を思い浮かべるシエナ。

 木箱は、内枠の中に凍らせたスライムとおがくずが詰められていて、内部の冷えた空気を外へ逃がさない為に、また、外からの熱がなるべく入り込まないようにした簡易的なクーラーボックスとなっている。

 凍らせたスライムは、ドライアイス並に冷える為にそれだけでも十分保冷の役割を果たす。

 しばらくの間はアイスも溶けたりはしないだろうと思ってはいるが、逆にプリンが凍ったりしないかが心配であった。



『黄昏の女神亭』

 ディータの両親、エルシオン夫婦が営んでいる宿屋の看板を前に、シエナは「やっぱ宿屋シエナは安直な名称だったかな…」と、自身のネーミングセンスのなさを嘆く。

(今だったら…そうだなぁ…大空の翼亭とかそういうの付けるのになぁ…)

 ハーピーと友達でもあり、来世は鳥になりたいと願っているシエナは、もし宿屋の名前を変える事ができるのであれば、そう変えたいと願うのであった。


「シエナ?どうしたの?」

 おつかいをしていたのか、買い物カゴを持ったディータがシエナの後方から話しかけた。

 シエナはディータの方を振り向くと、パッと明るい笑顔と木箱をディータに見せる。


「新しいお菓子作ったから食べてもらおうと思って持ってきたんだよ」

 シエナの言葉に、ディータも嬉しそうな表情をして喜んだ。

 ディータは、シエナの作る料理やお菓子が大好きであった。


「こんにちはお久しぶりです」

 シエナは黄昏の女神亭へと入り、受付にいたディータの母、ローズにペコリとお辞儀をした。

「あらあら、シエナちゃん。久しぶりね。どう?そっちの宿の状況は?」

 ディータと同じ蒼い髪、青い瞳の優しそうなローズは、シエナの姿を確認すると嬉しそうに近況を訊ねた。同じ宿屋を営む者として、仲間意識が強いのである。


「ウチはボチボチです。食堂と大浴場は賑わってるのですが、宿泊はちょっと少ないくらいですかね。もうちょっと宿泊料金安くしようかなぁ…」

 シエナの呟きに、ローズは「シエナちゃんの宿のレベルで料金安くされると、お客さん全部取られちゃうからやめて」と、冗談混じりに笑っていた。が、半分は本気である。


 シエナの宿の強みは、何と言っても他にはない料理と大浴場である。

 これで宿泊料金を安くされると、格安で経営をしている黄昏の女神亭や他の格安の宿の利用客は全て宿屋シエナへと流れてしまうだろう。

 普通の宿と比べると若干安い料金ではあるが、宿泊客があまり多くない理由は、宿屋シエナの存在する場所が、メインが住宅街である3番街区だからである。 


「今日は新作のお菓子を持ってきました。皆さんで食べてください」

 シエナはそう言って、手に持っていた木箱をローズに差し出す。

「いつもありがとうね。シエナちゃんの作るお菓子はどれも美味しいから楽しみだわ」

 ローズはそう言って、シエナから木箱を受け取る。

 ディータも、どんなお菓子なのかが気になってるのか少しそわそわと木箱を眺めていた。


「あなた。シエナちゃんがお菓子を持ってきてくれたわよ」

 ローズは厨房を覗き込み、自身の夫を呼ぶ。

 呼ばれた男性はシエナの名を聞くと、仕込みの作業を中断してまで顔を覗かせにやってきた。


「おう、シエナ。久しぶりだな。元気にしてたか?」

 短めに切った茶髪にバンダナを巻いた茶色の瞳の男性は、シエナの背中をバシバシと叩きながら笑う。

 シエナは相変わらず豪快な人だな、と思いながらも男性に笑顔を見せる。

「チェスターさん、お久しぶりです。私はいつだって元気です」

 シエナはペコリとお辞儀をしてチェスターに挨拶をした。


「この前は心配したぜ。俺達は行けなくてすまなかったな」

 チェスターは、シエナが暴力事件を起こした時の事を思い出し、駆けつけることができなかった事を詫びる。

 そんなチェスターの様子に、シエナは両手を振って慌てた。

「いえいえ、いつも助けてくださってありがとうございます。あの時、ディータが来てくれなかったら、私はいつまで経っても落ち込んでいたかもしれません…本当に…エルシオン家の皆には助けられてばかりです」

 シエナは、この街に来てからディータ達、エルシオン一家に助けられてばかりだと感じていた。

 ディータ達はそうは思っていないが、シエナは返しても返しきれない程の恩義を感じている。


「困った事があればいつでも頼ってこい。できる限りの事はしてやるからな」

 そう言って、厨房に戻ろうとするチェスターの服を、女性陣全員が引っ張って引き留める。


「いやいや、シエナがお菓子持ってきてくれたんだって!一緒に食べようよ」

 ディータがそう言うと、チェスターはうっかりしていたといわんばかりの表情をして、客席として使われてるテーブルの椅子を引いた。

「はっはっは。シエナと話すだけ話して満足していたよ。それで、今回はどんなのを作ってきたんだ?」

 チェスターは宿屋の主人であり、料理人でもあるのでシエナがどんなのを作ってきたのかが気になっている。


「暑い季節になってきましたので、冷たくて甘いお菓子を持ってきました。バニラアイスと言うものと、プリンと言うものです」

 シエナは、ローズがテーブルに置いた木箱の蓋を開けて中を見せる。

 中にはアイスとプリンがそれぞれ3つずつ入っていた。


「これまた見たことないのが出てきたな。さて、どんな味がするのやら」

 チェスターは、シエナにスプーンを手渡されるなりすぐさまアイスを一口食べる。

 他の者と違い、誰かが食べるまで様子を見るという事はしない豪快な性格の持ち主である事が窺われる人物である。


「お、これはいい!甘いし冷たいし。これ、どうやって作るんだ?」

 チェスターの質問に、シエナは少しだけ申し訳なさそうな顔をする。

 作り方を教える事は簡単だが、一番肝心な冷凍庫がないと作れないからである。

 シエナがその事を伝えると、チェスターは「またよくわからんもん作ったんだな」と笑っていた。


「ん~!おいしー!ほっぺがジーンってする」

 ディータもアイスを食べ、甘く、冷たくて口の中で溶ける新感覚に頬に手を当てる。

 ローズもディータと同じような反応をしていて、その光景を見るだけで、ディータは見た目だけでなく、性格もローズ似なんだという事が窺える。


 アイスを堪能した3人は、次にプリンを食べて同じような反応をしていた。

 ただ、ディータが「このシャリシャリした食感がなんとも言えないね」と言った事にシエナは「あ、やっぱ少し凍っちゃったか…」と落ち込んでいた。




「今日は美味しいお菓子、ありがとね」

 3人がアイスとプリンを食べ終わり、ほんの少しの間ディータと雑談をした後、帰ろうとしたシエナにディータはお礼を言う。

 シエナは、「また今度持ってくるね」と笑顔で返すと、手を振って黄昏の女神亭を出るのであった。


(さて、次はどんなお菓子作ろうかなぁ)

 シエナは空になった木箱を持ち、スキップをしながら宿屋シエナへと帰る。

 冷凍室付き冷蔵庫を作った事により、料理の幅は更に広がった。その事がたまらなく嬉しいのである。


「ただ…冷やして作る料理やお菓子って…冷蔵庫がないと広められないのがなぁ…」

 そしてすぐにそれらを広める事ができない事を嘆く。シエナは色々と思考が忙しい少女である。




 その後、アイスとプリンは人気のデザートメニューとなり、作り方を知りたいと言った料理人やお菓子作りが趣味の女性などがシエナに詰め寄り、シエナは小型の冷凍機能付き冷蔵庫を生み出す事になるのであるが、この時のシエナはそれを知る由もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ