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壊滅的ネーミングセンス

「ただいまです。…あれ?どうしました?」

 ミレイユの巣に戻ったシエナは、奥の方で縮こまっているルクス達を発見すると、どうしたのだろうかと疑問を持った。

「なんで俺達は、こんな恐ろしい場所についてきてしまったのだろうかと…」

 シエナを見て少し安心したのか、ルクスはホッとため息をついてすぐに抜刀できる体制から楽な姿勢をとった。


「そこに…沢山の人間の骨が落ちてるんだが…」

 ティレルがミレイユが寝床にしている干し草の側に転がっている骨を指差す。ティレルは、それが何か?といった表情をするミレイユの方を向き、少し睨み付けると、シエナを待っている間、ずっと思っていた事を口にする。

「今まで何人の人間を食べてきた」

 ティレルの質問に、シエナは何か期待を込めた表情をしてミレイユの方を向く。


 そういった質問の答えはシエナの中で決まっている。

(パンの枚数!パンの枚数!)

 あくまで自然に聞きたい!そう思っているシエナは、答えを教える訳にはいかないので、心の中で何度もそう繰り返した。


「わかんない。かなり、たくさん」

 そんなシエナの思いとは裏腹に、ミレイユは至って普通に回答する。

「シエナ、ほんとにこいつら大丈夫なのか?…ってどうした?」

 ティレルがシエナの方を向くと、シエナは地面に手をついて落ち込んでいた。


 流石にミレイユにそういったネタがわかる訳もないので、察しろというのは無理な話しである。

 更にミレイユはハーピーであるので、パンの存在など知る由もない。食べている物だって肉か果実なのだから。

 それでも、シエナは期待してしまっていた。

 パンという言い回しはなかったにしても、別の物で例えてくれる事を期待していた。


 実際にそういった台詞が聞ける機会、そういった展開になりそうな機会など、滅多にやってこないのである。

「ぎゃふんと言わせてやる」と言う言葉を生で聞くくらい珍しい展開だったからこそ、シエナはミレイユが普通の回答をした事に落ち込んでしまったのであった。



「な、なんでもありません…」

 シエナは立ち上がり、気を取り直すと真面目な顔つきをしてティレルの方を向く。

「ハーピー達が人を食べるのは自然な事です。人だって沢山の動植物や魚を食べてきてるじゃないですか。この世は弱肉強食なのです。食物連鎖なのです」

 シエナの答えに、ティレルは「しかし…」と顔を伏せてしまう。


「言いたい事はわからないでもないですが、ハーピー達だって生きる為に食べてるんです。それに、ミレイユ達は縄張りに侵入してきた人間しか襲いません。そう約束をしています」

 シエナと友達になっているハーピーは皆、シエナと約束をしていた。それは、自分達を害する者以外の人間は襲わない事である。

 シエナは、食べる物がない場合に仕方なく襲うのは別として、それ以外で人間を襲うのはやめてほしいとお願いをしていた。


 これはシエナがただ人間を庇ってるだけではない。そうする事によってハーピーも守っているのだ。

 人間も、自分達を害する存在に対しては、徒党を組んで討伐に向かう傾向にある。逆に、自分達に害がないものに関しては、見て見ぬふりをするのであった。


 ハーピーが人間を襲わない限り、人間からは討伐依頼は滅多な事では出る事はない。

 シエナは、シエナなりに考えて人間もハーピーも守っているのであった。

 そして、ハーピーに少し肩身の狭い思いをさせてしまってる為、ハーピーに会いに行く時にはお土産として肉系の食べ物を持っていく。シエナはそう決めていた。



 シエナがハーピー達との約束を説明し終わる頃、洞窟の入り口からピーピーと甲高いハーピーの鳴き声が聞こえてきた。

「シエナ、コドモ、コドモ」

 ミレイユを含む8匹のハーピーとは別の個体のハーピーが、シエナが来ている事をどこかから聞きつけてやってきた。その傍らには、4匹の小さなハーピーがいた。子ハーピーである。


「わ!ちっさくてかわいいー!」

 子ハーピーを見たケイトは、その愛くるしさに思わず声を出す。

 大人ハーピーは凶暴そうな顔つきで眼球が黒いのに対して、子ハーピーは大人しそうな顔つきで、眼球も人間のように白く、瞳の金色が目立っていた。

 体はまん丸と小さく、頬はぷにぷにと柔らかそうであり、髪の毛はふわふわであった。


 福岡県に存在する川の名前の、博多弁で喋る人魚の漫画に出てくるハーピーのような姿で、唯一違うところがあるとすれば、人間でいう腕にあたる部分が翼である事だろう。


「タナカさん、子供産まれたんですね」

 シエナは子ハーピーを連れてやってきたハーピーの名前を口にして、笑顔で喜んだ。

「タナカさん?」

 ルクスが聞くと、シエナは少しだけ気まずそうな顔をして、質問に答え始めた。

「はい、このハーピーの名前です。私が名付けました。こっちはスズキさんで、こっちはサトウさん、あっちがナカムラさんで…」

 そう言って、シエナはその場にいるハーピーの名前を次々に答えていく。


 ハーピー達は、ミレイユが名前を付けられた事を羨ましがり、シエナに名前を付けて、と、ねだった。

 その際、シエナはネーミングセンスがない為、沢山のハーピーの名前を思いつくことができなかった。

 尚且つ、名前を付けれたとしても覚えている事ができそうになかった為、どうせこの世界じゃ誰も理解できないのだから、と、日本人にありきたりな名前を付けていったのだった。

 結果、岩山に住むハーピーのほとんどは、日本人の苗字ランキングを検索すれば上位を占めている名前で構成されている。


「シエナ、ナマエ、ナマエ」

 タナカと呼ばれたハーピーは、自分の子供達をシエナの前に押し出して、名前を付けてとねだる。

 シエナは、さてどうしようか。といった表情をして、今まではありきたりな苗字だったから、今度は珍しい苗字にしてみようかな、と思ったりするのであった。


(でも、あまり珍しい苗字だと私が覚えられないからなぁ…)

 ハーピーは、見た目だけではどの個体が、誰なのかははっきりとはわからない。

 全員が似たような顔なのである。


 シエナは、髪型や翼の色でなんとか判断をして、○○さんは何色の羽。××さんは髪の毛が長い。などとして覚えていた。

 その際に、ありきたりな日本人苗字だとしっくり覚えられたのである。


(う~ん…なりたい苗字ランキングで付けてみるのも良いかな?確か、結城(ゆうき)とか(たちばな)とか如月(きさらぎ)とか…あ、如月と言ったら2月の事だよね。陰暦で名付けるのも良いかも)

 それなら日本人苗字よりは良いだろうと感じたシエナは、4匹の子ハーピーに1月からの陰暦の名前を付けることにする。

「ムツキ、キサラギ、ヤヨイ、ウヅキ。これでどうですか?」

 それぞれのハーピーを指差して、シエナは名前を付けていく。

 名前を付けられた子ハーピーはピーピーと嬉しそうに鳴き、親であるタナカも満足していた。



「この子凄く可愛い~。連れて帰りたい…」

 ケイトは、ヤヨイと名付けられたハーピーの頭を撫で、自分の荷物の中にあった干し肉を食べさせていた。

 ヤヨイは、嬉しそうに干し肉に噛り付いていて、ケイトに懐いている。


 見た目はほとんど変わらないのだが、ヤヨイは4匹の中でも特に羽の先の色がピンクで鮮やかであった。

「絶対ダメだからな」

 ティレルは腕を組んでケイトが呟いた言葉を拒否する。ケイトも「わかってますよ~だ」と、ティレルに向かってベーッと舌を出す。


「しかし、連れて帰りたくなる気持ちはわかるな。こんなに可愛らしいんだから」

 ルクスは、全ての魔物が子ハーピーのように、愛らしく人懐っこい感じであれば良いのに、と思っていた。

 ただ、それもシエナが他のハーピーと仲良くしているから、子ハーピーも懐いているというのは理解している。

 しかし、元々、子ハーピーは警戒心が薄く、何にでも近づいてしまう。

 この世界のハーピーは一度に6~7匹は産まれるのだが、生き残り大人になるハーピーは半分の3匹残れば多い方であった。


 大半が、子ハーピーの時に興味を持ったモノに警戒心なく近寄り、命を落とすのである。

 生き残る大半もメスのハーピーであり、オスのハーピーは滅多に見かける事はない。繁殖期に入るとようやくその姿が目撃される事があるくらいである。

 シエナは、岩山に住むハーピーのほとんどと友達、とは言っていたが、全員と友達でない理由は、オスのハーピーは1匹も含まれていないからである。


 オスのハーピーはかなり好奇心が旺盛なのだが、それで手痛い目に遭うと、一転して警戒心の塊となり、姿を見せなくなり、自らの巣に引き篭もってしまう。

 生き残ったオスのハーピー自体が少ない為、引き篭もって生き残れる警戒心の強いオスのハーピーは、メスのハーピーにかなりモテるようになる。

 この世界の、オスのハーピーは自宅警備員(ニート)であればあるほどモテるという、なんとも不思議な生態をしているのであった。



 子ハーピーが登場してから、それまでハーピーの事が怖かったルクスとケイトは、手の平を返したかのようにハーピーの事が好きになった。

 子ハーピーの可愛い姿を見た後に、大人ハーピーを見ると、今まで怖いと感じていた眼も、凶悪そうな顔つきも、鋭い牙や爪も、子ハーピーから成長した姿だと思えたら可愛く見えてきたのであった。


「また感覚が麻痺してるんじゃないか?」

 唯一、警戒を解いてないティレルが、ルクスとケイトに現実を見ろと説得をしようとする。

「いや、今度は気のせいでもなんでもなく、怖くない」

 ルクスは自信たっぷりに答える。ケイトはずっと子ハーピーに、特にヤヨイにデレデレであった。


「嬉しいです。皆、ミレイユ達と仲良くしてくれて。これで皆さんも魔物(まもの)友達(フレンズ)です」

 シエナが笑顔で言うと、ルクスとケイトは少しだけ固まった。よく考えなくても、魔物と仲良くなるのはおかしな事であった。

 しかし、ルクスもケイトも目の前にいる子ハーピーの可愛さと、シエナの笑顔を見て、「まぁ、魔物と友達ってのも悪くないかな」と考えるのをやめるのであった。


 そんなルクス達の様子を、ため息を吐いて見ていたティレルは、シエナの背負っているリュックを見て疑問を感じた。

 それは、中身は空で持っていったはずのリュックがパンパンに膨れ上がっていたからだった。


「そ、それ…もしかして全部、魔晶石が入ってるのか…?」

 恐る恐るティレルが訊ねると、シエナは笑顔で「全部魔晶石です」と答えた。



「うわ、すげぇ。こんな沢山の魔晶石見るのは初めてだ」

 シエナはリュックをひっくり返して大量の魔晶石を地面にばら撒いた。

 それまで子ハーピー達と遊んでいたルクスは、その光景に驚きの声を挙げる。


「全部売ったらかなりの金額になるな…」

 ティレルが思わず呟くと、シエナは焦ってティレルと魔晶石の間に割り込んだ。

「だ、ダメです!少しくらいならあげても良いですけど、これは私が色々道具を作る為に採ってきたんですから!」

 シエナの反応に、ティレルは「悪い」と謝る。


「そういうつもりじゃなかったんだ。ただ、これだけの高価な物だから、例え話として全部売ったらどれくらいの金額になるんだろうって思っただけなんだ」

 ティレルが弁明すると、シエナはホッとため息を吐く。


「それより、シエナは武器の方に魔晶石は仕込んだのか?」

 ティレルは話題を変えようと、前に話に出ていたシエナの刀が魔剣になりかけている件を持ちだした。

「あ、忘れてました」


 その話題があった日は、ルクスがシエナにプロポーズをした日であり、プロポーズのインパクトが強すぎたせいでシエナはすっかり忘れてしまっていたのだった。


「じゃあ、今からでも仕込んでおいたらどうだ?うまくいけばすぐにでも魔剣が誕生するかもしれないし、後から魔剣に変化するにしても、早めに仕込んでおいた方が良いし」

 ティレルの言葉に、シエナは刀をバラし始め、どこかうまく魔晶石が嵌められる場所がないかを探し始めた。


「魔剣かぁ。そういえば、父上が16歳になったら『光の剣』をくれるって言ってたけど、あれって魔剣なのかな?」

 ルクスは、その光の剣の実物を見たことがなかった。


「なんですか?戦闘中に道具として使用したら、幻でも見せる効果でもあるのですか?」

 刀の柄を外し、茎の部分に空いてる目釘穴をもう一個増やして、そこに魔晶石を埋め込もうかと考えていたシエナは、光の剣と聞いて思い浮かんだ効果を質問した。

「いや、だから魔剣かどうかもわからないんだって…」


 シエナは「そっかぁ」と、ルクスの方は向かずに相槌を打つ。

「でも、名前も付いてるくらいですし、魔剣かもしれないですね。魔剣と言うよりも、聖剣の方が響きが良いですが」

 まるでゲームに出てくる勇者や英雄が使うような名称の剣の為、魔剣よりも聖剣の方が似合ってるとシエナは感じていた。そして、自分のネーミングセンスのなさを棚に上げて「もうちょっとマシな名前はつけれなかったのかな?」と思ったりするのであった。



 熱魔法を操り、上手い具合に目釘穴っぽい穴を1つ増やしたシエナは、そこに魔晶石の欠片を入れ込んだ。

 剣に使われる魔晶石は、大きければ大きいほど、そして直接触れられる位置にある方がより効果的であるのだが、シエナは別に魔剣に拘っているわけではないので、それでヨシとした。

 そもそも、刀は細すぎるのでどこに魔晶石を埋め込めば良いかがわかりにくいのである。


「名前も何も考えてなかったので、今度ゆっくり決めます」

 シエナは名前の事を聞かれる前に先に答え、刀を鞘へと戻した。



「そろそろ帰りますか?」

 シエナがそういうと、ティレルだけが「その言葉を待っていた」と言わんばかりに立ち上がる。

 ケイトが「えー…もうちょっとこの子達と遊んでたい」と言ったが、あまり遅くなるとすぐに夜になってしまう為、渋々従うのであった。


「シエナ、みんなが、またあれ、たべたいって。にくがはいった、あたたかいやつ」

 洞窟の出入り口に向かって歩いていると、ミレイユがシエナに話しかけた。

 シエナは「あぁ、肉まんですね。今度作って持ってきます」と笑顔で答えると、他のハーピー達も喜んでいた。


「じゃあ、皆、地上までお願いね」

 洞窟の出入り口に到着すると、シエナ達はハーピーにその身を任せた。


 行きは辛かったルクスとケイトであるが、ハーピーと仲良くなった為、帰りは高さによる恐怖を除けばそこまで怖く感じていなかった。

 友達であるハーピーが、自分達を落とすような真似はしない。そう信じている。


 そして、ケイトの傍らには子ハーピーが一緒についてきていた為、ケイトは高さによる恐怖など忘れて顔を破顔させていた。

 子ハーピーは、シエナ達の中で一番ケイトに懐いている。特に、ケイトが気に入っていたヤヨイが、ケイトに一番懐いているのであった。


「うわー、凄い景色だな」

 行きは余裕がなかった為、景色など見ていなかったルクスであったが、帰りは安心していた為、その絶景に感動していた。

「はい。私もこの景色大好きです」

 シエナも笑顔で答える。



 そしてシエナとハーピーは帰りも歌い始めた。

 子ハーピー達もぴよぴよと歌い始めた為、特にケイトの顔がひどい事になっていたのは言うまでもなかった。

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