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ハーピーの群れ

「俺、ちょっと恐ろしい夢でも見てるのかな…」

 ティレルが呟いた言葉にケイトが涙目でこくこくと頷く。


 現状を簡単に説明すると、シエナ達4人がハーピー8匹に囲まれている状態である。

 いくら安定した地面に立っているとはいえ、それだけの凶暴な魔物に囲まれていたら、崖上でなくても死を覚悟するレベルである。

 ミレイユが仲間を連れて降りてくる前に、シエナはハーピー達にミレイユの寝床まで運んでもらうという事を説明していた。しかし、いざ魔物の大群に囲まれたとなると、不安になってしょうがないのである。


 ハーピー達に全く敵意はなく、皆嬉しそうに4人の周りを羽ばたいていた。

「ピーギャー」

 何匹ものハーピーが意思疎通を図っているのか鳴き声を挙げている。

 ただ、それらが威嚇にしか思えないルクス達は怯えている。


「みんな、シエナたちを、かんげいするって。きちんと、せつめいしたから、シエナいがいのにんげん、こうげきしない」

 その言い方だと、シエナだけは攻撃するようにも捉えられるが、シエナは気にする様子もなくハーピー達に手を振ってお礼を言っていた。


「ありがとねー。ベーコン持ってきたから後であげるね」

 シエナの言葉を、ミレイユがそのままハーピー語で他のハーピーに伝えると、ハーピー達は嬉しそうに笑っていた。

「じゃあ、とりあえずミレイユのお家までお願いね」

 シエナの言葉にミレイユは頷き、一度だけ少し大きく鳴き声を挙げると、2匹1組でシエナ達をその大きな爪で優しく掴んで空へと飛び始めた。


「わ、うわわ…!?」

 ルクス達は同じようなリアクションを取り、腕を掴まれて宙へと浮く。

「ちょ、シエナ!めちゃくちゃ怖いんですけど!?」

 すぐにルクスが音をあげる。

 しかし、シエナはルクス達が騒いでいるのを無視して上機嫌に歌を歌い始めた。

 シエナが歌を歌い始めると、ハーピー達も同じように歌い始める。


「こ、この状況下で歌えるなんて…ってか何語だよ!」

 ティレルは下を見ないようにしながら的確なツッコミを入れる。

 シエナとハーピーは日本語で歌っている為、ルクス達には何を言ってるのかさっぱりである。

 ちなみに、ハーピー達もそれがどういう意味を持つ言葉なのかはわかっていない。理解できるのは、この世でただ1人、シエナだけである。


「歌は良いですねぇ。人が生み出した文化の極みですよ」

 どこかで聞いたような台詞を言いながら、シエナは再度歌い始めた。

 その後も、シエナはハーピー達とミレイユが寝床にしている巣である洞窟に到着するまで歌い続け、ぐったりとしているルクス達とは裏腹に元気いっぱいであった。


「生きた心地がしなかった…」

 ルクスの言葉にティレルが同意する。ミレイユの巣は標高2000メートル程の高さに存在するので、そこまで高い位置まで到着できる人間はほぼいない。

 いたとしても、それは山の内部の洞窟であり、外の景色など見ることはないのであった。


「コノ、コ、キゼツ、シ、テル」

 ケイトを掴んでいたハーピーが、ケイトを優しく地面に降ろすとかなりの片言で喋った。

 ケイトは顔色が悪くぐったりと意識を失っている。そして、その下半身はよく見ると湿っているのであった。


「静かだと思ったら…」

「あらら…」

 シエナはルクス達から隠すようにケイトの下半身にタオルケットを巻き、見えないようにケイトのスカートとドロワーズを脱がせた。


「ミレイユ、ちょっと奥の方借りるね」

 シエナはそそくさと巣の奥へと引っ込んでいき、皆から見えない位置で水魔法を使ってスカートとドロワーズを洗浄し、その後、熱魔法を複合させた風魔法を使って乾かしていく。

(う~ん…これと同じ原理で作れば良いのに、なんでドライヤーは成功しないのかなぁ…)

 シエナは服を乾かしながら、未だに完成していないドライヤーの事を考える。



「シエナー!放置しないでくれー!」

 洞窟の入り口の方からルクスの叫ぶ声が聞こえてくる。ハーピーの群れに囲まれてる状態で、ハーピーと友達であるシエナが離れてしまう事は一番不安に感じる瞬間だろう。

「すいませんー。今戻りますー」

 シエナは、まだ服が生乾きなのが気になったが、ルクス達を放置するわけにもいかないので戻る事にした。軽くではあるが洗ってあるので、問題はないとも思っている。


 シエナは元の位置に戻り、まだ意識の戻ってないケイトにドロワーズとスカートを穿かせ、自分の持ってきていたリュックサックを降ろすと、中をごそごそと漁り始めた。


「よかった。多めに持ってきていて」

 シエナはリュックからベーコンブロックを8つ取り出し、それぞれハーピーに渡していく。

 ベーコンブロックを渡されたハーピー達は嬉しそうに翼をパタパタとさせた。


「ハーピーってベーコン好きなのか?」

 ティレルがシエナに質問すると、シエナは肯定も否定もしなかった。

 ハーピーは肉食ではあるが、ベーコンが特別に好物という訳ではない。ただ単に肉であればなんでもいいのだ。

 しかし、普段は生肉しか食べていない為、ベーコンのように加工されてすでに味が少しついているような肉は滅多に食べれないので喜んでいるのだった。


 シエナがそう説明をすると、その話を聞いたルクスは自分の荷物から干し肉を取り出した。

「じゃあ、せっかくだからこれもあげるよ。牛肉で作った干し肉」

 ルクスはハーピーに干し肉を分け与えていく。ハーピー達はそれを口で受け取り、食べながら非常に喜んでルクスに擦り寄った。

「オマエ、スキ。トモダチ、トモダチ」

 あっという間に懐かれたルクスはハーピーに囲まれたが、ハーピーが拙い喋り方ではあるが好意を寄せる言葉を発していた為、ルクスは地上での怯えとは違って今度は別の意味で緊張をしていた。


 ハーピーは、人間でいうところの腕に当たる部分が翼になっていて下半身は鳥そのものであるが、胴体に当たる部分は人間と一緒である。

 何故かヘソも存在しているのだが、特にルクスの目を釘づけにして緊張させているのはその乳房であった。


 ハーピーは服など着ない。

 なので上半身は丸裸であり、ハーピーは皆そこそこ胸が大きい。

 8匹のハーピーに囲まれて擦り寄られているルクスは、魔物という事に目を瞑れば、上半身裸の女性に囲まれて揉みくちゃにされているという状況である。

 柔らかい胸の感触が押し付けられ、少し獣臭くはあるが見た目は可愛いハーピーに纏わりつかれたルクスは、そういった事への免疫力があまりない為、極度に緊張しているのであった。


 更にルクスを緊張させる小さな影が、いつの間にかハーピーの群れの中に1つ混じっていた。

 牛肉自体が人間の間でもそこそこの値段がするものであり、それをわざわざ干し肉にした物は高価である。

 普段、牛肉代わりに食べているのがミノタウロスの肉であるシエナは、その干し肉を見て涎を垂らし、自分も欲しいと本能の赴くままに行動して、ハーピーと一緒にルクスへ擦り寄っていたのだった。


「牛肉の干し肉!美味しそうです!私にもください!」

 シエナはぴょんぴょんと飛び跳ねながら、ルクスに干し肉をねだる。

 ルクスが干し肉を持った状態で手を上に挙げていた為、それを取ろうとしたシエナは勢い余ってルクスに抱き付いてしまった。


 ルクスは顔を真っ赤にして固まってしまった。

 幼い身体つきではあるが、シエナはルクスが好きになった女の子である。

 その女の子に理由はどうあれ抱き付かれれば、免疫力の低い男子であるルクスが固まってしまうのは無理ではない話しであった。

「ん~…あとちょっと!腕、下げてください!」

 シエナはルクスに体を密着させたまま、ぷるぷると腕を伸ばしてルクスの持つ干し肉を奪おうとする。


 そして、シエナが干し肉を取ろうと背伸びをしたところでルクスはバランスを崩してしまい倒れ込んでしまった。

 シエナはそのままルクスの手から干し肉を奪うと「やった!」と喜び、現在の自分とルクスの体制を見て固まる。


「………」

 ルクスは地面に仰向けで横たわり、顔を真っ赤に染めている。

 そして、シエナはそんなルクスのお腹より少し下の位置に馬乗りをしている状態であった。

 どうみても、シエナがルクスを押し倒している状態である。


 シエナは顔を真っ赤に染めると慌ててルクスの上から飛びのいた。

「ご、ごめんなさい!」


 シエナはわざとらしく咳払いをして、ルクスを起こす為に手を差し伸べる。

 ルクスはシエナの手を取って起き上がり、服に着いた汚れを手で払った後、シエナから視線を外しながら頭をポリポリと搔いた。

 シエナもルクスを見ないようにして奪い取った干し肉を一齧りして、そのシエナとルクスの様子を、ハーピー達は大人しく見守っていた。



「…何があったの?…なんかスカートが湿ってるんだけど…」

 それから数分が経過して、ケイトが目を覚まして現状を確認しようとする。

 ティレルは「後で説明する」と、小声で耳打ちをしてニヤついていた。


 ケイトが目を覚ましたところで、シエナはミレイユ達に今回の目的を説明し始めた。

「…と、言うわけで、それなりに多くの魔晶石が欲しいから、どこか良い場所ない?」

 シエナの説明が終わると、ルクスはシエナの肩を指でちょんちょんと叩く。

「ここにある魔晶石じゃだめなのか?」

 周りを見ると、ミレイユが寝床にしている洞窟には魔晶石があちこちに埋っていて、淡い光を放っていた。


「これはダメ。ミレイユの」

 ルクスの言葉にミレイユが翼をバサバサさせて採掘を拒否する。この洞窟内にあるのは、ミレイユが光源として利用している魔晶石であり、採られると困る物なのであった。

 シエナが昔、同じようにミレイユにこの洞窟にあるのを持って帰って良いか聞いた時にも拒否をしているほどである。


「イシなら、このあいだ、いいばしょ、みつけた」

 代わりにミレイユは、魔晶石が採れる良い場所を発見していた。そしてその場所への案内を買って出る。

「ありがと。じゃあ、早速だけど行こうか。どこにあるの?」

 シエナがミレイユにお礼を言って、目的地がどこかを質問すると、ミレイユは「ここから、もうすこし、うえ」と言って上を見上げた。


 ルクス達の顔面は蒼白になった。ここより更に高い場所に、同じようにして飛んでいくことになるからである。

「こ、この洞窟内って安全?安全なら俺達、ここで留守番しておきたいんだけど…」

 あんな怖さを体験するのは、もう帰る時だけで十分だ。と、ルクスは留守番を願い出た。

 ティレルとケイトも必死に頷いている。


「じゃあ、私とミレイユだけで行ってきましょうか。なるべく早く戻ってきますから」

 シエナは気にする様子もなく、すぐに出発しようとする。

 その際に、リュックサックからノミとトンカチを出し、折りたたんで入れていたリュックサックを取り出す。その中に魔晶石を詰め込んで持ち帰るつもりなのである。


「俺達、もうちょっとだけ奥の方にいるから」

 ティレルの言葉にシエナは頷くと、ミレイユに掴まれて外へと飛び出していった。

「よく怖くないな…」

 シエナを見送った後、ティレルはボソッと呟いてルクス達と一緒に洞窟の奥の方へと足を運ぶのであった。



 洞窟の奥へと足を踏み入れたルクス達はギョッとした。

 ミレイユが寝床にしていると思われる干し草が敷かれている場所には、沢山の骨が転がっていたからだ。

 その中には、人骨と思われる物も見受けられる。


「ぇ…」

 不意にルクス達は恐ろしくなった。

 現在、入口付近には7匹のハーピーが群れている。そして、そのハーピーと友達であるシエナは今はいない。

 先ほどの干し肉の件で、ハーピーへの恐ろしさを感じ取る感覚が麻痺していたのだと改めて思い知らされる。


「シエナ…早く帰ってきてくれ…」

 ルクス達は身を寄せ合い、なるべく骨から離れた場所で、いつでも武器を取り出せる体制をとって警戒をするのであった。



 それからシエナが戻ってくるまで、1時間以上が経過していた。

明けましておめでとうございます。

今年も頑張っていきますので、どうかよろしくお願いします。

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