料理教室
「今日はリクエストに多かったピーマンが苦手な人でも美味しく食べられるピーマン料理をご紹介します!」
その日は、週に一度の食堂の定休日…及び料理教室の開催される日であった。
料理教室はシエナがこの世界の食文化のレベルが低い事を嘆き、様々な料理を広めていこうと思い、始めたことである。
最初の内は参加者も少なく、初めて見る料理やその調理方法に驚かれたりもしたが、今となっては次にどんな料理を教えてもらえるのかワクワクされていて、絶対に美味しいとも言われている。
料理教室の開催場所は、宿屋シエナの食堂である。
食堂にあるテーブルを繋げ、そこでいくつかのグループに分けて開催している。
調理に必要な道具、及び、食材も全てシエナが用意している為、教室に来る者は手ぶらで参加が可能となっていて、更に授業料などもシエナは徴収していない為、料理教室は今ではかなりの人気を博していた。
シエナは、2週間前の料理教室終了時にリクエストがあるか訊ねたところ、夫や子供がピーマンが苦手、と言う声が多数挙がった為、ピーマン料理を教えようと考えた。
とは言っても、あまり多くのピーマンを使用した料理を一度に教える事はできない為、連続しない程度に分けて教えるつもりではある。
そして、今週の料理教室で教えるピーマン料理は2種類。
『青椒肉絲』と『ピーマンの肉詰め』であった。
今回の料理教室は、先週の終わりに誰でも美味しく食べられるピーマン料理を教えると宣言していた為、期待を込めた主婦層が多く参加していた。
その中には、ルクスのお伴であるケイトの姿も含まれていて、その目は他の誰よりも期待が込められてきらきらと輝いていた。
ケイトは今回、初めての料理教室参加となる。
先週、ルクスが「今日もシエナに会いにいこう」と言って、呆れながらも宿について行った時に、料理教室が開催されていたのを目撃してから、興味津々だったのである。
「これって、私も参加できますか!?」
ケイトがシエナに訊ねると、シエナは「誰でも無料で参加できるので、是非来てください」と、笑顔で答えた為、「次の教室には絶対に参加するから!」と、ルクスとティレルに宣言していたのである。
ルクスは、シエナに会いに行く理由ができるのでもちろん快諾したのだが、ティレルは「街の調査が進まねぇ…」と嘆くのであった。
「俺、ピーマン苦手なんだよな…」
そして、料理を作る事はしないが、見学に来ているルクスとティレルの姿も食堂にあり、ルクスはピーマンが苦手な事を呟く。
ルクスは、プロポーズ騒動からわずか3日で完全に立ち直り、そこから数日置きに宿屋シエナへと足を運んでいた。
現在は領主であるグラハムの館に宿泊しているが、夕食を宿屋シエナの食堂まで食べにきたり、シエナと少しだけ雑談をしにわざわざ足を運んでいるのである。
もう少ししたら、ルクスはシエナにデートを申し込もうかとも考えていた。
最初の内は、プロポーズ騒動のせいで頭に布を巻くなどして若干の変装をしていたが、先日発生した『おっぱいミサイル事件』により、噂が完全に上書きされて消された為、今はもう何も変装などはせずに堂々としている。
ちなみに、おっぱいミサイル事件が起きた時、ルクスも遠目ではあるがセリーヌの胸に見惚れていたのは言うまでもなかったのだった。
「まず、料理を教える前に美味しいピーマンの見分け方を教えます」
シエナの台詞に、主婦層が「おぉ!?」と驚きの声を挙げる。
「まず、色による見分け方を説明します」
そう言って、シエナは美味しいピーマンの色での見分け方の説明を始めた。
ピーマンは、濃い緑色の方が太陽の光によく当たっている為、熟していて美味しい。
ビタミンも色の濃い物の方が豊富に含まれていて、その分若干硬さも増してしまっているが、歯ごたえがあると思えばなんら問題もない。
色の薄いピーマンは、逆に太陽の光をあまり浴びていなかったり、熟していない為に渋みがあって結構苦かったりする。
栄養も、濃い色の物に比べるとガタ落ちしてしまっているのである。
シエナはわざわざ色の薄いピーマンもあえて購入していて、それを見本に皆に見比べてもらうようにして配り始めた。
「並べて見るとわかる通り、色にかなりの違いが出てますよね。薄緑のピーマンは、見た目だけなら苦味は少なく見えますが、実は逆なので、まずは色の違いでピーマンを選別しましょう」
そしてシエナは、「次にヘタの形での判別方法を教えます。ヘタの部分を見比べてみてください」と言って、更なる見分け方の説明を始めた。
ピーマンはヘタから悪くなり、鮮度の低い物は黒くなったり切り口がしなびていたりする。
鮮度の低いピーマンは、それだけ味も落ち、苦味が増してしまう。
色だけで判断をすると、鮮度の低いピーマンを選んでしまう事があるので、ヘタもよく観察しましょうと、シエナは注意をした。
「あと、なんと言ってもやはりハリとツヤです。ハリとツヤのあるピーマンを選びましょう」
付け加えるように説明をし、シエナは最後にたまたま発見したヘタが6つあるピーマンを取り出した。
「ピーマンのヘタは、通常なら5枚です。なので今皆さんが御覧いただいてるのは全て5角形になっていると思いますが、稀にこのように6角形になっているピーマンもあります。それ以上ある場合もあります」
そう言って、シエナは自分の手に持つピーマンのヘタを全体に見えるように見せた。
「このヘタが6枚以上あるピーマンは、苦味が少なく栄養も豊富で美味しいので、ピーマンを買う時には是非、ヘタが6枚以上あるピーマンを探してみてください」
主婦層は、今までそんな事意識もした事なかったと感心し、手元に配られたピーマンをしげしげと眺めるのであった。
そして、シエナによる美味しいピーマンの見分け方講座は終わり、メインである料理教室が開催された。
「青椒肉絲の前に、先にピーマンの肉詰めを教えます」
そう言って、シエナはピーマンの肉詰めの作り方を説明する。
作り方は簡単で、縦に2つに割り、小麦粉を馴染ませたピーマンにハンバーグを詰めて焼くだけである。
シエナは、ちょっとしたひと手間を加えたいなら、みじん切りにしたピーマンをハンバーグに混ぜ込むと、尚良いとも説明を付け加え、今回はそのひと手間を加えたピーマンの肉詰めを作る事にしたのであった。
「焼いてる時に、ソースを加えて煮込むと、更にピーマンの味が気にならない料理になるので、もしこれでもピーマンの味が気になって食べれない、という人がいたら、煮込みピーマンの肉詰めにしてみると良いでしょう」
そこまで説明したところで、シエナは「そういえば、煮込みハンバーグって何気にメニューにないなぁ…」と、急に思い出すのであった。
ピーマンの肉詰めも、後は焼くだけの状態まで完成させ、シエナは続いて青椒肉絲の調理方法の説明を始めた。
タレを作るのに少し時間が掛かってしまい、シエナはピーマンの肉詰めよりも、先にタレを作るべきだったかな?と、少しだけ反省をしながら、具材の切り方は縦に細切りしてください。と説明した。
本当であればタケノコを使いたかったが、季節が合ってなく、タケノコが準備できなかった為、シエナはじゃがいもを代用して青椒肉絲を作る事にした。
じゃがいもを細切りしている時に、「本来の具材はじゃがいもではなく、タケノコなので、タケノコが生える季節になったら、是非試してみてください。そっちの方が断然美味しいです」と一緒に説明し、同じように牛肉の代わりにミノタウロス肉を細切りにして全ての具材を切り終えるのであった。
「では、それぞれ焼き上げていきましょう」
ピーマンの肉詰めは弱火でじっくりと蓋を閉めて蒸し焼きをし、それが焼きあがるまでの間に青椒肉絲の焼く順番を説明する。
青椒肉絲にタレを加えて焼き始めたところで香ばしい匂いが漂い、見学をしていたルクスのお腹がグー…と鳴るのであった。
「すっげぇ良い匂いだな…シエナが教える料理なんだから、当然美味いんだろうな」
ルクスは、それまで黙ってシエナの姿を眺めていた。
料理をしている時の、料理を教えている時のシエナの姿はとても眩しく見えた。
輝いて見えるシエナに、ルクスは更に心惹かれる。
(でも、ピーマン使ってるんだよなぁ…)
使われてる材料に若干の不満が残りつつも、ルクスはその料理の完成を心待ちにしていた。
「これで完成です」
シエナが料理の完成を宣言をすると、料理教室ではワッと歓声が挙がる。
思ったよりも簡単に作れる料理だった為、参加していた者達は皆、自宅でも作ってみたいとソワソワしていたが、それよりも先に、この料理教室の一番のメインイベントが待ち構えている。
試食会である。
まず、自分達が作った料理の味が、どんなものなのかを実際に食べてみないと、自宅で作って苦手な味だったら目も当てられない。
なので、料理教室に参加していた者達は、皆、試食会が開かれるのを楽しみに待っていた。
そして、料理教室に参加をしていない人々も、同じように宿屋シエナの食堂の外で待ち構えていた。
料理教室では、いつも大量に料理を作る為、教室に来ていた者だけでは食べきる事ができない。
なので、試食会と称して、シエナはいつも参加をしていない人々にも料理を振る舞っているのである。
料理教室と試食会は、すでに宿屋シエナの存在する3番街区では週に一度のイベント事となっていて、夕方前になると宿屋シエナ前には大勢の人が集まるようになった。
シエナは、美味しい料理は広まってほしいと考えている為、人が集まるのは大歓迎であり、その際に、料理のレシピを大きく書いた紙も用意していて貼り出している。
街に存在する別の食堂の料理人も、珍しく美味しい料理を知る機会としてやってきている為、公表したレシピは、美味しい料理ほどすぐに広まっていく。
少々値段の張る食材や調味料を使っていた場合には、広まるスピードは遅いのであるが、今回の青椒肉絲とピーマンの肉詰めは、安く材料を揃える事の可能な料理で、作り方もそれなりに簡単な為、シエナはすぐに広まると思っている。
「それでは、試食会を開始します!」
シエナが宣言をし、エルクが外に並べていたテーブルにそれぞれの料理が少しずつ載せられた皿を置いていくと、置いた端から皿はなくなっていく。
「うまい!ピーマンに少し残った苦味が肉の旨さを惹き立てている!」
「このチンジャオロースってのも、タレが絡んでて美味しい!これならいくらでも食べられそう!」
料理を口にした者達が思い思いの感想を口にして、周囲は若干の食レポ合戦が繰り広げられていた。
「皆さん!毎度の事ですが、お皿とフォークは返してくださいね~」
たまに皿やフォークごと持って帰る人もいるので、シエナは毎回声に出して皿の返却をお願いする。
シエナのお願いに、全ての人々が「は~い」と返事をし、料理に舌鼓を打つ。
食堂内でも、同じように料理教室に参加をしていた者達が、自分達の作った料理を口にして美味しいと感動していた。
参加はしていないが、見学をしていたルクスも料理を渡され、勇気を出してピーマンを口にする。
「ん!うまい!ピーマンってこんなに美味しかったっけ?」
こんなに美味しいなら、これからはピーマンも食べていこうとルクスは考えるのだが、これはあくまでシエナが美味しいピーマンを選別し、更に食べやすいように調理をした物の為、数日後に別の食堂でピーマン料理を食べたルクスが後悔する羽目になるのはまた別の話しである。
ルクスの素直な感想を聞いたシエナも、ルクスに微笑む。
「お口にあって良かったです。まだまだあるので沢山食べていってください」
そう言って、おかわりを持ってきたシエナを見て、ルクスは心の中で「結婚しよ」と思うのであった。
その日の料理教室も大成功であった。
それまであまり人気のなかったピーマンであったが、ただの野菜炒めとして使用するのではなく、ピーマンの肉詰めのような一工夫があれば、だいぶ変わるという事を知った人々は、これからピーマンを使った料理を色々と開発していくこととなる。
シエナも、自分が教える前に人々が色んなピーマン料理を思いついていった事に驚き、少しずつではあるが、この世界の食文化レベルが高くなってきたのを実感し、嬉しさに笑顔を見せるのであった。




